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38. 腹ごしらえ

ご指摘いただいて誤字を修正しました。

ありがとうございます。

 出発してから大体三時間。

 リータはすっかりナハトに慣れ、かなりのスピードで走っても大丈夫だった。どうも、もともと馬には乗ったことがあったようだ。


 リータの話を総合すると、村は腕に自信のある冒険者がよく訪れているらしい。冒険者とは、妖の生物を倒し、その皮や角、妖玉(ようぎょく)、魔力の結晶などを売ることを主な収入源としている人たちのことである。一般的には定住をしておらず、世界中を旅していることも多い。

 この森は伝説級の妖の生物がでるとのことで、名を上げたい冒険者の登竜門といったところのようだ。しかしドラゴンとして生を受けてから、シオンに会うまで一度も人間なんて見なかった。腕に自信のある奴らでも森の入り口あたりで何かを狩るので精一杯なのだろうか。初めての旅の出発点がとんでもないところだったが、まあドラゴンの棲む森だもんなとノイは自虐的に納得する。


「……降りるー」

 先ほどから、リータが少しぐずつき始めた。ずっと移動だったので飽きてしまったのだろう。まだ森は抜けられていないが、ちょうど川に行き当たったので休憩することにした。

 ナハトが川辺で足を止めると、シオンが飛び降りた。ノイがリータをシオンに渡す。リータは地面に足がつくや否や、川に向かって走り出し、足をつけてきゃっきゃと喜んでいる。シオンがゆっくりとそのあとを追っていた。


「深いとこ行ったらダメだよ」

 ノイはリータにこえをかけつつ川を覗き込むと、魚を見つけてザブザブと川の中に入っていく。見たこともない魚が多いが、イワナのような魚を見つけ、現の魚ではと期待に胸を踊らせた。ちらりと二人を見ると、リータは一生懸命川の石をひっくり返しているところだった。シオンもしゃがんでリータのひっくり返す石の下を覗いている。

 こちらに背を向けているのを一応確認して、ノイは魔法で川の水の一部を持ち上げた。水の中には魚が四匹入っており、ノイはそのまま川辺に持ち上げた水を落とした。びしゃっという音と共に、魚が陸でピチピチしていた。


 四匹のうち一匹は金属のような光沢のある真っ青な魚で、陸に上がると尾びれから氷の粒のようなものを出していた。明らかに妖の魚であるそいつをノイはつまみあげ、川へと戻す。後の三匹は例のイワナのような魚で、陸でただピチピチと跳ねているだけだ。

 ノイはナハトの背の荷物からナイフを取り出し、三匹のエラやハラワタ、血合いを取り除き、手頃な枝を拾って串刺しにする。素早く焚き火を起こしてから、まわりに緩くS字になった魚を串ごとさしていった。


「あっ! おさかな」

 リータが勢いよく走ってくるので、焚き火に突っ込まないように抱き止める。相変わらず塩を持っていないので、焦げすぎないように注意が必要だ。あとから来たシオンに、もうしばらく二人で遊んでおいてとリータを託す。

 三十分ほどで、かなりいい感じに焼けてきた。やはり尾びれが少し焦げてしまったが、とてもおいしそうだ。ただ今回はリータがいるので、少々念入りに焼いておく。あとは、このイワナのような魚が現の生物であることを祈るばかりだ。口には出さないが、時々シオンの腹から聞こえる重低音を聞くたびに、ノイはどこか焦燥感のようなものを覚えるのだった。


 更に十五分ほどたった頃、ぐずるリータをシオンが抱えてきた。ここでも飽きてしまったのかすこぶる機嫌がわるかったが、美味しそうな魚のにおいにぱっと顔を輝かせた。

 一匹をシオンに渡し、もう一匹は大きな葉の上に置いた。シオンは魚を色んな角度から眺めて匂いを嗅いだあと、お腹の辺りにかぷりと噛みついた。

「うまい」

 シオンはにかっと笑い、もう一口魚に噛みついた。ノイは魚が現の生物だったことに心から安堵し、にっこりと笑った。


「リータも! リータも!」

「熱いからちょっと待って」

 葉の上に置いた魚を木の枝でほぐして骨を取っていく。ほぐした先から、リータは手でつまんで美味しそうに食べていた。よそさまの子供にさせるには少し行儀が悪いかとも思うが、今回は許してもらうことにする。

「オレ、もっととってくる」

 シオンは骨も全て平らげた串を焚き火の近くにさすと、立ち上がった。

「あと一匹食べてもいいけど」

「んー、これはノイんだろ。大丈夫、すぐとってきてやるよ」

 シオンはそう言うと、ナハトのもとへ向かい槍を持ち、川に入っていった。


「リータも!」

「リータはこれ、食べてからね」

「いやー!」

「そう? じゃあ俺食べちゃうよ」

「だめー!」

 なんだかんだ言いつつリータも一匹平らげた。しかし川には行こうとせず、ノイに寄りかかってうとうととし始める。ぐずっていた原因はこれかとノイは思いながら、荷物からグロロスカニーチャの毛皮を出してリータをくるみ、焚き火から少し離れたところに座ったナハトに寄りかからせた。


「あ? リータ寝ちまったの?」

 シオンは両手に二匹ずつ、合計四匹の魚をもって戻ってきた。

「まだ夜じゃねーのに。どっかいてーのかな?」

「お昼寝だよ。まだ小さいから、昼にも寝たりするんだ」

 ノイは自分の魚を食べつつ答える。

「へー、あ、まだあと四匹とったんだけど、なんかぬるぬるしていっぱい持てねーの。もう一回持ってくる」

「わかった、今持ってるやつ、処理するから貸して」


 その後、シオンのとった魚を二人で平らげたころにリータが目を覚ました。寝起きのいい子らしく、すぐにナハトに上ったり滑り降りたりして遊び出す。ゆっくりしていたからか、昼も数時間ほど過ぎてしまっている。現の魚が出てきたということは、そろそろ森を抜けられるのではないかと、ノイは期待しながら片付けていった。

 焚き火の片付けも終わり出発しようとした時に、なんだか近くが騒がしいことに気がついた。微かに馬の鳴き声のようなものが聞こえる。

「なんだろう、気になるな」

「行ってみるか?」

 シオンの問いに、ノイは少し考える。


「うん、ちょっと行ってみる。シオンはここで、リータとナハトと待ってて」

「あ? お前だけでいくのか?」

「危なかったら困るからね。すぐ戻ってくるよ」

 シオンはちらりとナハトとじゃれるリータを見る。

「わかった、なんかあったら呼べよ」

「うん、ありがと」

 そう言うと、ノイは音のするほうへ駆け出した。


 ーーーーー


 最初はただの野生動物かと思っていたが、ふいに人の叫び声のようなものが聞こえて、ノイは足を早めた。音が大きくなるにつれ、なんとなく事態が把握できてくる。多分、人が襲われている。


「ぐわあぁぁあ!」

 その場所に行き着いたとき、一人の男性が木に叩きつけられているところだった。男性は顔がすっぽり隠れるヘルムを被っている。金属と革でできた、とても立派なものだ。その他身に付けている防具も、デザイン的にも機能的にも最高級品、といったところだ。

「グルルルルルル」

 対峙していたのは、出発準備で干し肉にしたあのイノシシのような妖の生物だった。多分、男性に体当たりをしたあとだろう。かなり怒っているようで、牙が赤く光出す。こいつは、確か魔法で熱湯を出してくるはずだ。


 最高級の装備のお蔭で、男性は深い傷を負っていないようだが、それでもすぐには立てないらしい。そしてよく見ると、なぜか武器を持っていない。魔法を放とうとしていることに気付いた男性は、氷の盾を出した。しかしすでに結構消耗しているのか、出てきたのは薄く弱々しいものだった。これでは到底防げないだろう。そんなことには一切配慮せず、牙から渦のような熱湯が放たれた。


 ノイはちょうど男性の真後ろにおり、そこから男性の前に魔法で氷の盾をだす。男性の出したそれとは比べ物にならないほど頑丈な盾は、熱湯の攻撃をなんなく防いだ。驚く男性の前に出て剣を構え、イノシシのような生物を真っ直ぐに見据える。相手はカリカリと三度ほど地面を引っ掻くと、飛びかかってきた。剣と牙がぶつかりあい、文字通り火花が飛び散る。さすがに強い力で、前世でははじきとばされていたかもしれない。

 だが、今は人の姿をしているとはいえ、ドラゴンだ。ぐっと一気に押し返すと、イノシシのような生物は吹っ飛び、地面の上をスライディングしていく。くるりと立ち上がると、踵を返して逃げていった。後ろの男性が、ひっと息を飲む音が聞こえた。


「……怪我はないですか?」

 イノシシのような生物の気配が遠くにいってから、ノイは男性に声をかけた。

「あっ、ああっ! 大丈夫だ! 助かった!」

 男性は立ち上がろうとしているが、足に力が入らないようだ。

「す、すまない、怪我はないのだが、どうも腰が抜けてしまって……くそ、なさけない……」


「ヒヒイィン」

 どこからか馬の声が聞こえると、男性はハッとしたように辺りを見渡した。

「エレオノーラ! どこにいる」

「ヒヒィン」

 悲痛な馬の声は、少し遠くの方から聞こえ、ここからは見えない。

「すまないが、私の馬の様子を見てきてくれないだろうか。さっきの体当たりされて、ふっとばされたんだ。頼む、この通りだ!」

 男性はノイに向かってヘルムを被ったまま頭を地面にすり付ける。

「頭をあげてください! 大丈夫です、すぐに見てきます!」

 ノイは慌ててそういうと、すぐに馬の声の方へ向かった。


「これは……」

 悲痛な声でなく馬は、後ろの脚が見るからに折れていた。必死に男性のもとへ行こうとしているようだが、当然立ち上がれない。馬が脚をおると、回復は絶望的だ。苦しみながら延命するか、安楽死させるしかない。

 ノイは男性のいた方を向き、木や茂みでうまいこと隠れていることを確認すると、素早く馬に近づき手をかざした。

「ブルルルルルル!」

「大丈夫、エレオノーラ、君を助けたい」

 興奮して暴れるのをなだめつつ、手に集中する。途端に紫色の光が溢れてきて、折れた脚へと吸い込まれていく。


「ブルルルル……」

 治したあともしばらくは暴れていたが、痛みがなくなったのか、少し落ち着きを取り戻したようだ。

「よし、いい子だエレオノーラ」

 ノイが首もとを優しく叩くと、エレオノーラはゆっくりと立ち上がった。そのタイミングで、後ろからがさりと音がして男性が現れた。こちらもなんとか立ち上がれるようになったらしい。


「エレオノーラ!」

「ブルルルル」

 男性が駆け寄ると、エレオノーラは嬉しそうに耳を横に倒して目を細める。ノイは右手人差し指で頬をカリカリと掻きながら、少し興奮していただけだと男性に伝えた。

「ああよかった、お前までなくしてしまったら……本当にありがとう、ありがとう」

 男性が頭を何度も何度も下げるのを見て、ノイはまた慌ててしまう。


「本当に助かったよ。まだ死ぬわけにはいかんからな。と、剣は……ああ、あんなところに」

 男性は近くの繁みに入っていき、これまた立派な最高級の剣を持って戻ってきた。腰に剣を指し直すと、ふうとため息をつく。

「あなたは、冒険者ですか?」

 先ほどのリータの話を思い出し、ノイは尋ねてみた。確かに装備や剣は腕自慢の冒険者に相応しいものだが、男性の様子からはそれほど熟練の冒険者という感じがしない。


「ああ、はは、いや、私は鍛冶屋なんだ。冒険者ではない」

 男性はそう言うと、ヘルムを外した。金に近いブロンドで、同じ色の髭が口元を覆うほど生えている。目は綺麗な青色だ。髭でわかりにくいが、まだ二十代後半くらいだろう。背が高く、筋肉はついているが細目の体格だ。

「私はエルメルだ。トトゥキマトンで鍛冶屋をしている」

「トトゥキマトン?」

「ああ、失礼、この森に一番近い村だよ。この森にくる冒険者が拠点にする村なんだ。君は……冒険者か? 村にはよらなかったようだが……」

 エルメルが不思議そうに眺めてくる。

「友達と旅をしているんです。この森には、偶然迷いこんでしまって……」

「そうだったのか、いや、それは運が悪いな。まあ君ほど強ければ、あまり問題ないのかな。えーっと……名前を聞いてもいいだろうか」

「あ、ノイです」

 大人の人と会話するのは久しぶりだったので、感覚をすっかり忘れていた。名乗るのが遅くて失礼だったかとドキドキしたが、エルメルは気にしていないようだった。


「ノイか、トトゥキマトンは森を抜けて馬で半日、歩きで一日くらいの場所だ。途中看板がたくさんあるし、一本道だから迷わないはずだ。パンサリーという防具屋があるから、よかったら寄ってくれないか」

 エルメルはノイに向かってもう一度深々と礼をした。

「さっきは本当に助かった。本当に、本当にありがとう。パンサリーに私の師匠、ハンネスがいるはずだ。しばらくは留守かも知れないが、一週間もしないうちに戻ると思うから、時間があるなら訪ねてみてくれ。弟子の恩人を粗末にする人ではないから、事情を話してゆっくりしてくれたら嬉しい。こんなことしかお礼が出来ないのは申し訳ないが……」

 エルメルは頭をあげるとヘルムを被り直し、エレオノーラの馬具を点検しはじめた。

「エルメルさんは、森の奥へ?」

「……ちょっと用があってな」

 エルメルは背中を向けたまま、肩を落とす。

「娘を迎えにいかないといけないんだ」


 ぽつりと呟かれた言葉を聞いて、ノイはあっと思い当たる。

「娘さん、リータって名前じゃ……」

「知っているのか!?」

 エルメルが食いぎみにすごい勢いで振り返り、ノイに詰め寄る。ヘルムがノイのおでこにぶつかったが、気付いていないようだ。

「リータは、リータは……!」

「俺の友達と一緒です! 元気です!」

 気迫に圧倒されて、ノイはそう言うのが精一杯だった。エルメルはへなへなと座り込んだ。

「……生きてる……? リータ、リータ……」

「怪我もないです。今は俺の友達と遊んでいるはずです。あっちの川原で……」

「リイイィイィタアアァアア!」


 エルメルは飛び起き、ノイが指差した方向にすごい勢いで走っていってしまった。主人がいなくなり途方にくれたように嘶くエレオノーラをなだめて手綱を引きつつ、ノイは急いでエルメルを追うのだった。

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