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37. 名前とネックレス

 リータを寝かしつけて焚き火のところに戻ると、青年がじっと焚き火を見つめていた。ドラゴンは果物の入ったカゴを青年に差し出した。

「まだちょっと残ってるから食べなよ。朝に食べただけだろ」

「お前は?」

「俺、いまお腹減ってないし」

「一個くらい食えよ」

「じゃあ、一個ね」

 ドラゴンはマルベリーをひとつ取ってから、青年の向かいに焚き火を挟んで座る。青年はノイチゴを一つ取ると、指でぷにぷにと触っている。


「名前って……」

 青年がふいに話し出す。

「名前って、皆持ってんのか?」

 さっきのリータの話か、とドラゴンは思いながらマルベリーを頬張る。

「うーん、そうだね、大抵の人は持ってるかな」

「誰から貰うんだ?」

「そうだな……親とか、親戚とか、その他親しい人とかじゃない?」

「誰だ? そいつら」

「親は、自分に(せい)を受けさせてくれた人とか、育ててくれた人、かな」

 ドラゴンは微かに覚えている前世の両親と、ベイリットの母親を思い描いていた。

「育てる?」

「一人で生きていけるようになるまで、いろんなことを教えたり、身の回りの世話をすること、かな。ほらさっき、リータがパパって言ってたろ。あれ、親のことだよ。親戚は、親の親とか、兄弟姉妹とか……」

「兄弟姉妹?」

「同じ親を持つ人同士のこと」

「んー」

 青年はまた考え込んでいる。ドラゴンもまた、考え込む。

(そう言えば、自分の親はどこにいるんだろう。卵から生まれて以来、ずっと一人だったけど……)


「オレの親、どこいんだろ」

 ポツリと呟かれた青年の言葉にはっとするが、すぐに青年が自分自身のことを言っていることに気づいた。

「いんのかな?」

「……少なくとも、君が生まれたときにはいたと思うけど」

「今も、生きてんのかな。オレにも、名前、あったのかな」

 青年は独り言のようにつぶやくと、ぷにぷにしていたノイチゴを口に入れる。青年はドラゴンに会うまでのことを何も覚えていない。だから、もしかしたら名前があったのかもしれない。記憶と共に失われてしまったのか、それとも……。


「なあ、お前、名前あんの?」

「……ない、かな」

「親は?」

「……わからない」

「なんだ、オレと同じじゃねーか」

 青年は少し寂しそうににかっと笑う。


「で、親しい人って、誰だ?」

「えっ、あぁ、仲がいい人とか、いつも一緒にいる人とか……」

「んー、それならちょうどいいな」

 青年は今度は嬉しそうににかっと笑った。

「オレ、お前に名前もらう」

「え?」

「その代わり、お前にオレが名前やるよ」

「え?」

「そういや、こいつは名前あんの?」

 青年は馬の姿のドラゴンを指差して尋ねる。

「え? あ、いや、ないけど……」

「じゃあ、お前にも名前やるからな」

 青年は馬の姿のドラゴンに笑いかける。

「ち、ちょっと待って」

 ドラゴンは慌てて立ち上がった。

「なんだよ、イヤなのかよ」

「そうじゃないけど……」

「じゃあ、お前にもらう。ほら、早くしろよ」

 急に言われてもと、ドラゴンは狼狽える。


(確かに、このまま名前がないのは不便だし、怪しまれるか。でも名前なんて、どうやってつければ……)

 困惑しながら青年を見ると、ニコニコと笑っている。風が吹き、ふわりと薄紫色の髪がなびいた。その様子を見て、ドラゴンは前世の、それも小さい頃の記憶を思い出す。


 長い黒髪の女性がまだ小さなヨシスケを撫でる。手には薄紫色の押し花のしおりがあった。ヨシスケがしおりを指して何かを尋ねると、女性は優しそうに花の名前を……


「……シオン」

「ん?」

 つい口にでた言葉にドラゴンははっとした。きょとんとする青年に慌てて弁明する。

「シオンって花があるんだ。君の髪を見てたら、思い出して……」

「シオン?」

「……ごめん、俺向いてないな、ちょっと待って別の……」

「んー、なんで? いいじゃん、シオン。気に入った。オレの名前、シオンにする」

「……いいの?」

「おー、シオンがいい」

 青年は嬉しそうに、にかっと笑う。

「ありがと」

 その笑顔が本当に嬉しそうで、ドラゴンはなんだか安心して吹き出してしまった。


「よし! じゃあ次はオレだな」

「あ、いや、俺のは……」

 ドラゴンは慌てる。これまで青年と過ごしていて、いささか彼の常識というものに不安があった。とんでもない名前をつけられたら……。

「んー」

「ま、待って、俺……」

「ノイ」

 青年がドラゴンを見ている。濃い紫色の目に吸い込まれそうな気がした。

「え?」

「だから、ノイ。お前の名前」

「ノイ?」

「そ、ノイ」

 青年が得意気に話し出す。


「お前、最初、オレにノイチゴくれたから。でもノイチゴだと、果物のやつ食うとき紛らわしいだろ。だから、ノイチゴの最初とって、ノイ」

 ドラゴンはつい吹き出してしまった。

「ノイチゴからかよ」

「あ? なんだよ気に入らね?」

「ううん、気に入った。ありがとう」

 ドラゴンはまだ笑っていた。なんだか胸の辺りがポカポカと暖かい気がする。生まれてから、ずっと一人で、名前なんてなくても全く問題なかった。でも、現世で初めてもらった名前はふわりと暖かく自分を包み込むようだった。


 ドラゴンはふと思いつき、胸元からネックレスを取り出す。長めに作って二重にしていたそれを魔法で二つにわけて、何やら刻み込んでいる。青年はそんなドラゴンを不思議そうにじっと見ていた。

「はい、これ」

「んー、なんだこれ」

「石のネックレス。これも、名前と一緒で持ってる人が多いんだ。リータも持ってたろ? こっち、君のね」

「いいのか? お前のじゃねーの?」

「俺には、少し長すぎたからね。それにほら」

 ドラゴンが差し出したネックレスには、シオンと文字が彫られている。

「君の名前、もう彫っちゃった。ほら、手だして」

 青年が差し出した手に、ネックレスを乗せる。

「こっちは、俺の」

 ドラゴンはもうひとつのネックレスを青年に見せる。ノイと文字が彫られていた。

 青年はいろんな角度から受け取ったネックレスを眺めていたが、ふいに嬉しそうに笑った。


 それにしても、結構まともな名前だったと、ドラゴンは勝手に青年の命名センスを疑ったことを恥じ、心のなかで謝罪する。

「よし! 最後はお前だな」

 青年はネックレスを首にかけて馬の姿のドラゴンのところに行くと、首もとをぽんぽんと優しく叩いた。

「お前は、んー……あっ、名高く果てしないトップ!」

「「前言撤回」」

「ん? あ? 今のお前?」

「俺だよ! なんだそれ」

「こいつの名前。いいだろ? なー、名高く果てしないトップ」

「いや、言いにくいし、そもそも名前かもわかんねえよ?」

「なんで? かっこいいじゃん」

「あのね、名前ってのは……」

「こいつを表す何か一つ、特別な単語のことだろ?」

「いや、うんまあ、そうなんだけどね、あのね……」

「トップって、一番って意味があんだろ?」

「そうだけど、じゃあ名高くとか、果てしないとかいらないだろ?」

「あったほうがかっこいいぜ」

「そうかなぁ!?」


 この後数十分言い争い、正式名が名高く果てしないトップ、通称は縮めてナハトで決着した。


 ーーーーー


 朝、リータが起きた気配で目が覚めた。リータの顔を洗ってやり、カゴに残っていた果物を全部食べさせる。焚き火を片付けている間、リータは走り回ってはしゃいでいた。

「おい、お前、あんま遠く行くなよ」

「おまえじゃないよ! リータよ。えっと、あ、おにいちゃんのおなまえ……」

「オレは、シオンだ」

 シオンはにっこりとリータに笑いかける。

「んで、あっちがノイ」

 リータはぱあっと笑顔になった。

「シオンと、ノイ! あたしは、リータよ」

「よろしくな、リータ」

 シオンはリータの頭を撫でてやる。ノイも遠くから笑いかけていた。


「んで、こいつは名高く果てしないトップな」

「なだ……?」

「ナハト、この馬はナハトだよ」

 ノイは慌てて会話に入っていく。

「おとなしい馬だから、触っても大丈夫。怖くないよ」

「……かまない?」

「うん、ほら、撫でてあげて」

 リータは恐る恐るナハトの鼻先を指で撫でる。ナハトは耳を横にし目を細め、嬉しそうな感じをだして、優しくブルルと鼻を鳴らす。リータは少しびっくりしたようだが、すぐに慣れたようで両手でナハトの鼻の辺りにしがみつく。

「あたし、リータ。よろしくね、ナハト」

「ナハトははえーんだ。お前の家にも、すぐ連れてってくれるぜ」

「おまえじゃないよ! リータよ!」

「ああ、ごめんごめん、リータな」

「そーよ!」

「よし、準備終わったよ。行こう」

「そういや、ノイ、腕は?」

「もう大丈夫。ほら、包帯もとれたしね。ありがと、シオン」


 ノイが最初にナハトに乗り、シオンからリータを受け取り自分の前に乗せる。後ろにシオンがヒラリと乗った。

「ナハトすごいね、力持ちね」

 リータが嬉しそうにはしゃぐ。

「ほら、しっかりたてがみに捕まってて」

「おちんなよ、リータ」

 ノイとシオンがリータに声をかけているのを聞きつつ、ナハトはいつもよりも少しゆっくりと走り出した。

やっと名前がつきました。


ヨシスケの姿のドラゴン→ノイ

馬の姿のドラゴン→ナハト

青年→シオン


これからもよろしくお願いします。

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