36. 元気な女の子
二人と一頭は女の子を連れ、最初に鳥を見かけた場所まで戻ってきた。あたりも暗くなったので焚き火を起こし、青年とヨシスケの姿のドラゴンはそれを挟んで向かい合って座っていた。少し離れたところに馬の姿のドラゴンが横たわり、それを枕のようにして女の子が寝かされている。グロロスカニーチャの毛皮と、ローブが二枚かけてあった。パチパチという焚き火の音が静かに響いている。
「もういいのか?」
青年の声で、沈黙が破られる。
「なにが?」
「腕」
「ああ……」
ドラゴンはそっと包帯を取ってみる。血は止まっているが、少し痛みがあり、傷口もまだ塞がっていなかった。
「明日にはよくなってると思う。俺、治るのはやいんだ」
「オレが治せたらな」
「まだ言ってる。ありがと。でも君、魔法使うと倒れるじゃん。今日だってさ」
「んー、あー、今日のはしかたねーだろ」
「まあ助かったけどさ。ありがとう」
「でも確かに、倒れたら足手まといだからなー、できるだけやんねーようにはする」
「……倒れてる間に怪我するかも、ってのもあるけどさ。足手まといだから、とかじゃないよ」
「あ?」
真っ直ぐに見てくる青年の視線を避けるように、ドラゴンは目線を下にさげた。
「単純に、やなんだよ」
「なにが?」
「倒れるの見るの」
「すぐ戻んじゃん」
「そうだけどさ、やっぱ、やなんだよ」
「んー……」
青年はしばらく考えていたが、にかっと笑う。
「まあ、お前がイヤなら、なるべくやんねーよ」
ドラゴンはチラリと青年の笑顔を見たが、すぐに視線をそらした。
包帯を変えようと、ヨシスケの姿のドラゴンは立ち上がり荷物のところへ行く。取って戻ろうと焚き火の方を向くと、青年と目があった。
「……お腹すいてない?」
「お前は?」
「俺は……大丈夫」
「ならオレも大丈夫だ」
「なんだよそれ」
ヨシスケの姿のドラゴンは、もとの位置に戻って座り、包帯を変え始める。青年は、女の子の方に顔を向けた。
「このちびは、腹減ってねーのかな」
「どうだろうね。起きたら聞いてみよう。果物まだあるし」
古い包帯をとり、新しいものを巻き治す間、二人は無言だった。巻き終わったドラゴンは、古い包帯を持ち、魔法で細かくしてから近くの草むらにパラリと捨てた。青年はまだ女の子の方を見ている。
「ちび、どっから来たんだろーな」
「わからないけど……」
ドラゴンは考えながら話す。
「まだ小さいし、住んでた村からさらわれた可能性もあると思う」
「村があるのか?」
「まだわからないけどね」
「お前が会いたい奴がいる村か?」
「いや、多分、違う村だ」
「なんだ」
青年はつまらなさそうに呟いた。ドラゴンはくすりと笑う。
「いいんだよ、まだ旅は始まったばかりなんだから。それより、やっと村だな。何か食べ物、手に入るといいね。あ、でもお金がないから、その前に何か売れたらいいんだけど……」
「んー、売れなかったら、また狩だな」
「だな。まあ森さえ抜けられたら、現の生物もいるだろうし」
「それより、村って人間もたくさんいるんだろ」
「うん。そうだよ」
「なんか、楽しみだな」
青年がにかっと笑う。対してドラゴンは少し顔を曇らせた。
「んー、なんだよ、楽しみじゃねーの?」
「いや……」
少しの沈黙のあと、ドラゴンがためらいがちに口を開いた。
「あのさ、俺、お前が使えないような魔法使えるでしょ」
「ああ」
「それさ、他の人には秘密にしといてほしいんだ」
「秘密って?」
「誰にも言わないってこと」
青年は首をかしげている。
「なんで?」
「……俺が知る限り、こんな魔法が使える現の人間っていないんだ。だから、皆と違うことは、隠しておきたい」
「んー、皆と違うなんて、当たり前じゃねーか。全く同じ人間なんていねーだろ」
「そうなんだけど……」
ドラゴンは焚き火に一本、木を加えた。
「自分やその他多くの人と、違う特徴をもつ人のことを受け入れられない人って、結構いるんだ」
「受け入れられないって?」
「一緒にいたくないとか、関わりたくないとか思うこと、かな」
「なんで?」
「うーん、なんで違うのかわからなくて、気味が悪かったり、怖かったりするのかな。あと、そんな皆と違う奴と関わって、自分も気味悪がられたり怖がられたりするのを避けたいから、とかもあるのかも」
「んー、よくわかんねーなー」
「……あと、お節介かもしれないけど、君の魔法は、他の人が使える魔法よりもずっとずっと強いんだ。だから、それも秘密にしておいたほうがいい、かも」
「んー……」
青年はしばらく眉間にシワをよせて考えていたが、大きくため息をついた。
「やっぱ、よくわかんねーや。でもまあ、お前がそう言うなら、お前に任せる。オレ、お前のことはしゃべんねーことにする。オレのことも」
「ありがと」
しばらく沈黙が続く。パチパチという音を聞きながら、ドラゴンはそういえば、と話し出す。
「ちょっと、びっくりしたな」
「なにが?」
「お前が、鳥と女の子見て、すぐに助けに行こうとしたこと。なんかいつも飄々としてるから、意外だったというか……」
「飄々?」
「うーん、とらえどころがないというか、常識がつうじないというか」
「なんだよそれ」
青年が小さく笑った。
「あのままじゃ、あのちび、死んでただろ。人間と仲良くしてーなら、人間を守ってやんなきゃいけねーんだぜ。傷つけたり、怖がらせたりしねーように気をつけねーとダメなんだ」
「……それって、誰かから聞いたの?」
「あ? んー……わかんね。なんでそんなこと聞くんだ?オレ、なんか間違ってる?」
「いや、深い意味はないんだけど……」
ドラゴンはためらいがちに話す。
「なんか、誰かから聞いた言葉をそのまま言ってるっぽかったからさ。それに……なんか、その言い方だとさ、まるで君が……」
「んん……パパ……?」
消え入るような小さな声に、青年とドラゴンははっとして女の子を見る。女の子は片目を擦りながら辺りをキョロキョロするが、青年とヨシスケの姿のドラゴンを見ると、びっくりしたように動かなくなり、みるみるうちに青い瞳に涙を溜めて泣き出した。
「あ? なんだよどっかいてーのか?」
「パパァ……」
「なんだそれ。おい」
「うぅ……うぁーん、あーん、ぐすっ、あぁあー」
女の子は隠れるようにローブの下に潜り、大泣きして震えている。オロオロする青年を横目に見ながら、ドラゴンはヨシスケの姿でそっと近づくと、ローブの上から優しくとん、とん、と叩き始めた。
「よしよし、大丈夫だよ」
「あぁー……ぐすっひくっ……うぁー」
「大丈夫、ここは大丈夫」
「パパァー……あぁー」
「リータ?」
ドラゴンがそう呼び掛けると女の子は泣き止み、しばらくぐすぐすとしていたが、ローブからゆっくりと目だけだした、
「リータ」
「……あい」
「これ、リータの?」
ドラゴンが先ほど拾った、リータと刻まれた石のネックレスを見せる。リータは小さくこくりと頷いた。
「かけてあげる。でておいでよ」
「……おっきい……とり……」
「もういないよ。大丈夫。ほら、おいで、リータ」
リータはしばらく考えるようにもぞもぞと動いていたが、ゆっくりとローブから上半身を出して、上目遣いでドラゴンを見る。ドラゴンはネックレスをかけてやり、そっと頭を撫でる。リータは少しだけびくりとしたが、優しく撫でられているうちに身体の力が抜けていった。
「こっちくる? 暖かいよ」
ドラゴンが優しくきくと、リータは躊躇いながら小さく頷く。ドラゴンはゆっくりリータの脇に手を入れ、抱き上げた。胸に引き寄せて右手を背中に、左手をお尻に持っていくと、リータは小さな腕でぎゅっとしがみついてきた。
「パパ……」
「パパ、どこにいるの?」
「リータのおうち」
「そっか、じゃあ明日、リータのパパに会いに行こうか」
「ほんと?」
リータは腕を緩めてドラゴンの顔を覗き込む。
「うん、ほんと」
「やくそく?」
「うん、やくそく」
リータはにこっと笑った。ドラゴンも笑いかけると立ち上がり、荷物のところへいって包帯を持ち、元の場所に座った。包帯を少しちぎり、リータの涙と鼻水を拭いてやる。
「おい、お前、腹へってね?」
見ると、青年が果物の入ったカゴを持って近くに立っていた。リータはチラリと青年を見るが、すぐにドラゴンの肩に顔を埋めてしまった。ドラゴンは青年に、座るように目で合図する。青年は素直に座り、ノイチゴを摘まんでリータに差し出した。
「ノイチゴ、うめーぞ」
リータはまたチラリと青年を見る。恐る恐る顔を向けるが、両手はドラゴンの服をがっちりと掴んだままだ。
「リータ、あーん、してごらん」
ドラゴンが優しく促すと、リータはちらりとドラゴンを見て、ぱかっと小さな口を開けた。青年は戸惑ったようにドラゴンを見るが、小さく頷かれると、ぽいっとノイチゴをリータの口にいれた。凍らせておいたノイチゴは、リータの口のなかでシャクシャクと音をたてる。
「……ちゅべたい」
リータはそう言うと、青年ににこっと笑いかけた。
「……うまいか?」
「うん」
「もっといるか?」
「うん!」
リータが青年の方に手を伸ばそうとするので、ドラゴンはもう一度脇に手を入れて持ち上げ、くるりと反対を向かせて膝に座らせた。
「どれがいい?」
「……これ!」
「ほら。つめてーから、気を付けろよ」
青年はそう言うとスモモを取り出して渡した。リータは両手で持ってかぷりとかじりついた。冷たかったのか、ぎゅっと目を閉じる。ちろちろと舐めながら、少しずつ食べ出した。手も冷たそうだったので、ドラゴンはまた包帯を少しちぎり、スモモに巻いてやった。
カゴの半分弱残っていた果物をあらかた食べ終えると、リータはすっかり元気になっていた。走り回ろうとするリータを捕まえて、ドラゴンは口のまわりを包帯で拭いてやる。
「リータのお家は遠い?」
「んーん、森のね、すぐちかく」
「そっか」
「パパは、剣をつくるのよ。リータ、パパがあついおへやでカンカンするの、いつもみるのよ」
「へぇ、すごいね」
「でも、いまは、クリスタがいるから、みないであそぶのよ」
「クリスタ? お友達?」
「クリスタは、ユスティーナとアルベルトといっしょに、たまにくるの。おにいちゃんと、おなじくらいよ」
リータはドラゴンの腕をすり抜け、きゃっきゃと青年の背中に飛びかかる。
「お前、元気だな」
「おまえじゃないよ。リータよ」
リータは青年の肩から降りて前にまわり、顔を覗き込み、ネックレスをぐいっと見せつける。
「リータって、かいてるのよ」
「これか? お前の名前?」
「そーよ」
「へー、いいな」
「おにいちゃんの、おなまえは?」
「オレ? オレ、名前ねーよ」
「ええー、うそだー、おなまえは、みんなあるのよ」
「オレはねーの」
「あるのよ!生まれたときに、おめでとうって言って、おなまえもらうのよ。ネックレスと一緒にもらうのよ。おなまえがあるってことは、大事にされてるってしょうこなのよ」
「……そうなのか?」
「そうよ!みんなもってるのよ。ねえ、おにいちゃんのおなまえ……」
「ほらリータ、そろそろ寝よう」
ドラゴンはリータの話を遮り、青年に前のめりになっているリータをひょいと抱き上げた。
「いやー! まだねむくないの!」
「はいはい、ほら、こっち」
「いやー!」
ドラゴンは馬の姿にリータを寄りかからせると、毛皮をかけてとん、とん、とゆっくり優しく叩く。しばらくはリータはもぞもぞ動き、色々と取り留めもなく話をしていたが、それに相づちをうたれているうちに、いつの間にか眠ってしまった。穏やかな寝息を聞き、ドラゴンは優しくリータの頭を撫でた。




