35. 鳥
ちょっと痛々しい描写があります。
ドラゴンは馬の姿とヨシスケの姿をしています。
ご指摘いただいて誤字を修正しました。
ありがとうございます。
旅立ってから九日目の朝。
後から起きた青年に、ドラゴンは自分はもう食べたからと言ってスモモとイチジクを一つずつ渡した。昨日の川でくんだ水を飲んだら、出発だ。今日こそは森を抜けたいと、ドラゴンの顔には少し焦りの色が見えた。
ーーーーー
馬の姿のドラゴンは、かなりのスピードで走っていた。太陽が一番高くなってから、更に数時間くらい経っている。
「なー、そろそろ一回休憩しねー?」
「あ、疲れた?」
青年が後ろから前にぐいっと乗り出してくるのを、ヨシスケの姿のドラゴンは横目で確認した。
「んー、いや、こいつが疲れたかなって。まー、オレも少し地面に座りてーかな」
青年が馬の背中をポンポンと優しく叩く。馬は少しスピードを緩めた。
「そだね、そうしよっか」
少し先にちょうどいくつか木倒れているところがあったので、そこで休憩をとることにした。ヨシスケの姿で横になった木の幹に座り、空を見上げる。青年は荷物から水を持ってきて地面に座り、ドラゴンが座る幹に寄りかかった。
二人は無言のまま、何を見るでもなく前を眺めていた。
ギャアギャアギャア
頭上が騒がしくなり、ドラゴンは顔をあげる。この辺りの木々が倒れているせいで、ここだけ空が広く見えた。鳥が一羽、また一羽と森の奥の方へ飛んで行く。速くてよく見えないが、森ではあまり見たことのない鳥だ。もしかして、現の鳥ではとドラゴンは少し腰を浮かせた。もし現の鳥だとすると、森の出口が近いのかも、そうでなくても近くに寝床があれば狩ることができるかもと考えていたその時、急に辺りが暗くなり
バサッバサッバサッバサッ
大きな羽音と共に頭から尾の先まで5メートル、翼を広げた長さが10メートルはあろうかという鳥が頭上を通りすぎていった。頭から尾までは真っ黒、翼だけ赤、青、黄色の羽が生えていて不気味なほどカラフルだ。ドラゴンと青年は同時にがばりと立ち上がる。大きな鳥に驚いたのもあるが、二人の目は鳥の脚に釘付けになっていた。
小さな人間の子が、鋭い爪のある脚でがっちりと捕まれていた。
鳥が過ぎた直後くらいに強い風がまきおこり、ドラゴンは咄嗟に腕で顔を守った。
「行くぞ!」
ドラゴンが腕を退けると、青年が馬の姿に飛び乗るところだった。ヨシスケの姿のドラゴンもすぐにかけより、乗った瞬間に走り出した。
木々が邪魔で鳥の姿はよく見えないが、巻き起こる風で後を追うことができた。それにしても、すごい速さで飛んでいる。ドラゴンは馬の姿で全力で走るが、ほとんど距離が縮まらない。木々を避けながらなので真っ直ぐ走れないと言うこともあるが、気持ちばかりが焦っていく。
あんなばかでかい鳥は見たことがないが、妖の生物だろうか。なんにせよ、あの女の子を見捨てるわけにはいかないと、ドラゴンは限界まで速度をあげる。
しばらく走っていると、岩肌が見えてきた。50メートルほどの崖のようにそびえ立つその上に、鳥が降り立つのが見えた。ドラゴンは馬を手前で止める。
青年はヒラリと降りると、崖にかけより登り始める。多少傾斜があり垂直ではないので登れてはいるが、凸凹としており簡単ではないだろう。握りしめた槍も邪魔をしている。
ドラゴンは馬の姿を近くの茂みに隠し、最低限の感覚を残して、意識をヨシスケの姿に集中させた。ヨシスケの姿で崖に駆け寄る。時間がかかってしまったら、あの子は……。ドラゴンはあの鋭い爪が子供に襲いかかるところを想像し、身震いする。
(時間がない……!)
ヨシスケの姿のドラゴンの回りの空気がぶわりと動いて風が巻き起こり、身体が浮く。
「おいっ!」
ドラゴンが声をかけると青年は振り向き驚いた顔をするが、ためらうことなく伸ばされた手を掴んだ。魔法で起こした竜巻のような風のなか、青年とドラゴンは時折岩壁を蹴りながら崖を登る。巻き上げられた砂や小石が肌を叩くが、気にしている場合ではない。崖の上はもう目の前だ。ドラゴンは右手で崖の縁を掴み、身体を押し上げる。青年も到達したのを確認して、ドラゴンは魔法を使うのをやめた。風が止み、視界がクリアになった二人は息を飲む。
鳥は木葉を高さ1メートルほど積み上げた、円形の巣のようなところにいた。何かをくちばしで咥えて空に投げ、翼で撫で回し、脚でつつくと言うのを繰り返している。ドラゴンは、小さな人の形をしたそれが先ほどの子供であると、理解するのを脳が拒否している気がした。
再度大きく空へ投げられた瞬間、二人は同時に強く地面を蹴った。
青年が飛びかかり、鳥の翼の付け根あたりを切りつける。が、ガキンと音がして弾かれてしまい、舌打ちをして着地する。ドラゴンは巣の手前で大きく飛び上がり、鳥の翼を一度足場にして投げられた子供をキャッチする。ぐったりと動かない子供を祈るように胸に抱いて着地すると、頭上から耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。
「アァアァダァアァジイィイノオォオォオ!」
聞いたこともないような鳴き声をあげ、鳥は着地したばかりのドラゴンに向かって翼を広げ、翼から複数の火球を放つ。ドラゴンは氷の盾で防ぐが、止めどなく放たれるため動くことができない。鳥は火球を放ちながらドラゴンに向かってきて、嘴でで襲いかかろうとしている。
「ギャアアァアァアァ!」
鳥の頭が下がった瞬間、青年の投げた槍が鳥の右目に突き刺さり、鳥は悲鳴を上げてのたうちまわる。ドラゴンは向かってきた長い尾を跳んで避けた。しかし、さきっぽがかすり、腕がさっくりと切れてしまった。鋭いナイフのような切れ味に背中がぞわりとする。
「ガアァアエェエエジイィイデエェエエ!」
槍が刺さったまま、鳥はドラゴンに向かって再度翼を広げて、今度は複数の氷を放った。ドラゴンは胸に抱いた子供を庇うように身体をひねり、氷の盾で防ぐ。
青年が前に出て、鳥の両脚をナイフで切る。ガキンガキンと鋭い音がしたが、複数回繰り出した攻撃はそれなりのダメージを与えたようで、鳥が前のめりに倒れ込む。青年はすかさず鳥の目から槍を引き抜き、一旦後に跳んで下がった。鳥の悲鳴が響きわたる。
ちょうどドラゴンの目の前まで来た青年は、ドラゴンの方をチラリと向き、顎をくいっと横へと向ける。ドラゴンは頷くと、子供を抱えて走り、離れた場所に身を潜めた。
ドラゴンは子供を地面にゆっくりと寝かせる。三歳か四歳くらいの女の子だ。金色で少し癖のある髪は二つに結ばれている。頭から血が垂れていて、服からのぞいている脚や手は赤くなり所々腫れ上がっていた。その痛々しい姿にドラゴンは思わず顔をしかめる。しかし、とても弱いがまだ息がある。
激しい鳥の鳴き声を背中で聞きながら、右手をそっと女の子のお腹あたりにのせる。ぶわっと紫色の光が出てきて女の子を包み込み、身体中の傷に吸い込まれていく。いろいろなところがキラリと輝いたかと思うと、傷が癒えた。
ほっと息をついたが、次の瞬間後でバチバチッと音が聞こえ、はっと振り向く。鳥の翼から放った電撃が青年をとらえていた。青年は痙攣し、電撃が止むと地面に膝をついた。鳥はくるりとドラゴンの方を向くと、翼を広げて大きく鳴いた。
「ガアァアエェエジイィイデエェエヨオオォオ!」
ドラゴンが放った火球が胸あたりに直撃するが、鳥は全く意に介さない。鋭い氷も十数個放ってみたが、羽に突き刺さるだけで鳥が身震いすると落ちてしまった。
パチパチと光を帯始めた翼をみてドラゴンは慌てる。魔法の電撃は炎や氷と違って軌道が読みにくく、下手に動いても当たってしまう。ドラゴンは、自分と女の子をすっぽりと覆う氷を作った。
(これで防げるか……?)
ドームのような氷の盾の中で、ドラゴンは女の子を抱き抱え衝撃に備える。
その時、鳥が勢いよく燃え上がった。けたたましい悲鳴が上がったが、がくりと崩れ落ちると、そのまま動かなくなった。氷を溶かして盾を消すと、燃え盛る炎の向こうに腕を伸ばして倒れ込んでいる青年が見えた。今にも炎に巻き込まれそうだ。ドラゴンは女の子を優しく地面に寝かせると、慌ててかけよっていった。
ーーーーー
青年が目を開けると、辺りは既に薄暗くなっていた。
「ブルルルル」
馬の姿のドラゴンに寄りかかるようにして寝かされていた青年は、顔を寄せてきた馬の鼻あたりを撫でた。ふと隣を見ると、同じように馬に寄りかかる女の子がいた。穏やかな顔で、すやすやと寝息をたてており、上にはグロロスカニーチャの毛皮がかけられていた。見たところ外傷はなく、服もきれいになっている。青年は自分の身体の傷も消えていることに気がついた。
黒い塊の前にヨシスケの姿のドラゴンが立っているのを見つけ、青年は立ち上がる。
「もう平気なの?」
青年が近づくと、ヨシスケの姿のドラゴンがくるりと振り向いた。
「大丈夫。お前が治してくれたんだろ。ありがとな」
青年がいつものようににかっと笑う。しかし、ドラゴンの右腕に血の滲んだ包帯を見つけると、眉間にシワをよせた。
「それ、治さねーの?」
「うん、自分の傷は治せないみたいなんだ」
「は? 何でだよ」
「わかんない」
ドラゴンが静かに首をふると、青年は眉間のシワをいっそう寄せて包帯の部分をぐっと掴んだ。
「っい……!おい、なにす……」
「その治す魔法、オレも使えねーかな」
「……多分、無理だと思う」
「なんで? やり方教えてくれたらオレ、できるかもしんねーじゃん」
「わかんないけど……そもそも、俺も自分がなんであんな魔法使えるかわかんないんだ。だから、教えられない。ごめん」
青年がそっと腕を放し、下をむいた。
「ありがとう」
「何もしてねーよ」
「気持ちが嬉しかったんだよ。あと、こいつも倒してくれたし」
どちらにはそう言うと、黒い塊に向き直った。
「なんだこれ」
「さっきの鳥だよ」
「は? これが? なんでこんなドロドロなんだよ」
青年の言うとおり、鳥はまるで数週間たって腐ってしまったかのように、形を保てずにぐずぐずになり異臭を放っていた。
「わからない。君が火をつけたあとに魔法で水を出して火を消したんだ。そしたら、急に崩れ始めて……」
「これじゃ、干し肉はムリだな」
「……これ見てよくそういうこと考えられるな」
「あ?」
「いや、いいや。あとさ、君が起きるまでにちょっと調べてたんだけど……これ」
ドラゴンは手を青年に差し出す。手の上には魔力の結晶があった。今回もドラゴンから少し離れて絶命したので、ちゃんと結晶化したようだ。しかし、
「なんでいっぱいあんの? 魔力の結晶って、こんないっぱい出てくんの?」
青年の言うとおり、ドラゴンの手の中には15個もの結晶があった。しかも、それぞれは直径3センチメートルほどでとても小さい。
「いや、今までは一匹につき一個しかでてきてなかったと思う。あとさ、この鳥、結晶出てきたし妖の生物だと思うんだけど、妖玉がないんだ」
「んー、見落としてるとか」
ドラゴンは力なく首をふる。
「多分、それはないと思う。かなり探したし」
そう言うと、ドラゴンは周辺を見渡す。鳥の死骸は巣のような場所にあり、先ほどの戦いでは気づかなかったが、周辺にガラクタや何か動物の死骸などいろいろなものが散乱していた。
「燃えちまったとか?」
「妖玉が燃えるって話は、聞いたことないな……」
「それはなんだ?」
青年がドラゴンの手に握られたものを指す。
「拾ったんだ。多分、あの子のだと思う」
「ふーん」
手には石のネックレスが握られていた。白を基調とした石で、ところどころに黒や半透明、薄いピンクの鉱物が入っている。いくつか彫刻もされており、リータと彫られている。
しばらくの間、沈黙が流れる。
ふいに、青年が伸びをした。
「まあ、ねーならしかたねーし、なんでって考えてもわからねーよ」
ドラゴンもふぅと息を吐く。
「そだね、もう暗くなるし、崖を降りてどこかで休もう」
「ここでいんじゃねーの? ちびもいるし」
「だからだよ。こんなとこいたら、怖がるかもしれないだろ。あと、俺もここで休むのはやだよ」
「そーか? まあ、いーけど」
女の子を馬の姿の背にのせて、落ちないように毛皮で優しく固定した。女の子は全然起きることもなく、すやすやと眠り続けている。二人と一頭は、足場の悪い崖をゆっくり慎重に降りていった。




