34. 幻覚の魔法
旅立ちました。
不思議な空間を出発してから三日目。
初日は5メートル程の大きなボウザータイガーに遭遇し、気が立っていたのか火球で威嚇され、青年が槍で突っ込んで行ったところで戦いの火蓋が切られた。
狩るつもりも理由もなかったので徐々にフェードアウトしようとヨシスケの姿で青年を誘導していたところ、馬の姿の方が狙われてしまった。巨大な火球と共にボウザータイガーが向かってきたところで、青年が魔法を使い氷を出した。案の定の規格外のそれをボウザータイガーは間一髪で避けるが、右前足と背中に傷を作った。そこそこ深い傷を庇いつつ、ボウザータイガーは威嚇しながらじりじり逃げていき、青年は気を失った。
目を覚ました青年に、再度きつく魔法を使うのを控えるように言うと、戦いの最中に倒れるのはよくないと渋々納得していた。
昨日はスターカーバイソンを遠くに見かけたくらいで、特に何事もなく過ぎた。途中、小さな実のなる木があった。黒い球に赤い刺がついている、ギザギザの実だ。まだ生まれたてのチビドラゴンのときに好んで食べていた。試しに殻を割り、中の怪しく光る黄色のプルプルを青年に渡してみた。青年はつるりと口にいれ、しばらくもごもごしていたが、眉間にシワを寄せつつ味がないと呟いた。
何はともあれ、三日目の今日まで特に問題なく進んでいる。まあこの三日間、敢えて問題を挙げるとすれば……
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「はい、これあげるよ」
「あげる? 上に持ち上げることと、違うのか?」
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「こっちこっち、ついてきて」
「ついてきてって、なんだ?」
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「森の近くに、村があるといいな。妖玉とかも、売れるともっといいんだけど……」
「売れるって?」
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「ちょっと、それ持ってかないで! 返してよ!」
「返してって、どうすればいいんだ?」
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「なあ、俺まだ眠くないんだけど、少し会話しない?」
「オレは眠い。それに会話ってなん……zzz」
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「……なーってば、信頼ってなんだよ」
「えっと、信じて、頼ること……」
「信じて? 頼る? なんだそれ」
「……ちょっと待って、説明つかれた」
「説明って?」
「……なかなか君、しつこいね」
「しつこいって?」
「しつこいって言うのは、何回も言ってきたり聞いてきたりすること。一応言うけど、誉めてないからね」
「誉めてないって?」
「んんんんん」
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このしょっちゅう投げ掛けられる質問くらいだろうか。だが、前世から面倒見のいい方だったドラゴンの努力もあり、青年の語彙力もかなりあがってきた。また青年も語彙はないが頭はいいのか、一度教えたことはすんなりと覚え、聞き返すことはなかった。
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旅立ってから八日目。
相変わらず森は続いており、注意深く辺りを見ても妖の生物ばかりだ。基本的に馬に乗って移動するようにしているので、それなりの速度が出ているはずなんだけど、とドラゴンは焦っていた。果物の残りはもうカゴ一つ分だ。一日カゴ半分のペースで食べていたので、このままでは明日には無くなってしまう。
果物は青年へ優先的に食べさせてようとはしていたが、青年はヨシスケの姿のドラゴンも同じくらい食べないと納得しなかった。もちろん、馬の方にもしきりに食べさせようとしていた。気持ちは嬉しいが頑固な青年に、何度も自分は妖の生物を食べていれば大丈夫だと伝えようかと思った。
しかし、青年と自分は違うのだと説明するのが、ドラゴンは怖かった。適当に誤魔化してしまえばいいのかも知れない。でも、意外と鋭い青年にドラゴンであることがバレてしまったらと、二の足を踏んでいた。ドラゴンの自分は青年に拒絶されるのではないか、もし、青年が受け入れてくれたとしても、これから先出会うであろう人々に青年がうっかりしゃべってしまうのではないかと、言葉がでてこないのだった。
ドラゴンは、自分は少食なのだと言い張り、青年に少しでも多く食べさせることが精一杯だった。
(そんなことも、そろそろ言ってられないな……)
ドラゴンがチラリと見ると、青年は妖の生物の干し肉をかじっている。味はしないしお腹にも溜まらないが、噛めば満腹中枢が刺激されるし口寂しくないという理由でたまに食べているのだった。もっとも、そういう言い訳をして食べているドラゴンの真似なのだが。幸い、妖の生物はたくさんいるので、適宜狩って干し肉を作ることは全然問題なかった。
「おっ、またあいつだ」
青年が止まるように馬を軽く叩き、右側を指差す。かなり遠くにウサギのような妖の生物、グロロスカニーチャがいた。
「どうする、狩るか?」
「……そうだね、干し肉の追加も欲しいし」
時間も惜しいところだが、一匹狩るくらいならすぐ終わるだろう。ヨシスケの姿のドラゴンは馬の姿から降りる。青年がそれに続いて降りると、そっと弓を馬の姿から外した。馬の姿はじっと気配を消している。
じりじりと獲物に近づいていく。青年も後ろをついてきている。運良く風下側で、獲物は全然気付いていない。弓の射程距離にくると、ドラゴンは木の影から弓を引き絞り、狙いを定める。
ドシュッ
矢は獲物のお尻に深く刺さった。獲物はびっくりしたのか、一目散に駆け出す。追おうと走り出しかけたドラゴンの隣で、青年がびくりと身体を強ばらせ、身構えた。何かあったかとドラゴンは青年を見るが、青年は不思議そうな顔をして目を擦り、獲物を追いかけ始めた。結果出遅れてしまったドラゴンも後を追う。
獲物は尻尾から氷の魔法を放ちつつ必死で逃げているが、青年は走りにくい森のなか、魔法を避けつつあっという間に追い付き、槍で一突きする。正確に心臓を貫かれた獲物は、槍の先でだらりと力尽きた。その時、グロロスカニーチャの全身から紫色の霧のようなものがゆっくりを立ち上り、回転しながら集まって小さな結晶になった。ドラゴンが到着したとき、青年が結晶を拾い上げていた。
「なんだこれ」
「魔力の結晶だよ。見るのは初めて?」
「んー、多分。今までの奴らからは、でてこなかったよな?」
「それは……」
ドラゴンになってから、死んだ妖の生物からでる魔力は自動的にドラゴンの身体に吸収されるようになっていた。今回はドラゴンが少し離れたところで仕留めたので、結晶化したのだろう。
ドラゴンは右手人差し指で頬をカリカリと引っ掻く。
「……いや、出てたと思うよ。気付かなかっただけじゃない? それより、これ、魔力を補給できるんだ。ほら、こうやって……」
軽く話をそらして誤魔化した。やはりまだ、自分が青年とは違う身体なのだという秘密を言う勇気はでなかった。
ーーーーー
獲物を運ぼうとしたとき、微かに水の音が聞こえた。馬の姿も一緒に音の方へ行ってみると、小さな川が流れていた。丁度いいので、休憩と干し肉作りをここですることにする。
果物を分け合い、ヨシスケの姿はグロロスカニーチャの毛皮や妖玉、肉の処理をしてから干し肉を燻す作業をし、青年は洗濯を終えてのんびり川に足をつけていた。
馬の姿は川辺に立ちつつ辺りの様子を伺っていたが、ふいに何かの気配を感じてふりかえる。青年もつられてそちらを向いた。
小さな痩せたキツネのような妖の生物が、草むらからこちらを伺っていた。気付かれたことを悟ったキツネのような生物は、びくりとしてそのまま逃げていった。捕まえる気はなかったので、ドラゴンはそのまま見送る。が、青年はざばっと立ち上がり槍に手を伸ばして身構えていた。
「小さいし、捕まえなくていんじゃない?」
ヨシスケの姿で青年にそう言うと、青年はまた不思議そうな顔をして目を擦った。
「んー、いや、そうだけど……」
ドラゴンはそう言えばと、青年に尋ねる。
「さっき、グロロスカニーチャ狩るときも、目、擦ってたね。なんか入った?」
「んー、なんか、二匹に見えんだ」
「二匹?」
「途中まで一匹なんだ。でも、なんか二匹になって、一匹逃げてもう一匹が襲ってきたと思ったら、いつの間にかそいつ消えてて、逃げてる一匹だけになるんだ」
「何言ってんの?」
「お前、見えねーの?」
「いや……最近見えるようになったの?」
「んー、いや最初から見えてたけど、そういうものかと思ってた。でも、やっぱお前見えてねーのな。オレ、目、おかしーのかな」
青年は槍を置き、首を傾げながら両手で目をごしごし擦る。確かに、青年はたまに見えない何かを避けるようなしぐさをしていた。ボウザータイガーなどの元々狂暴な相手の時はそれほど気にならなかった。しかし、グロロスカニーチャのような弱めの生物との戦いや狩りが多くなってくるのに比例して、青年の謎の動きも増えてきた。攻撃されていないのに、それを避けるような……。
あっ、とドラゴンは思い出した。
「多分それ、妖の生物の幻覚の魔法だよ」
「幻覚?」
「妖の生物は、攻撃する幻を見せることがあるんだ。その攻撃は幻だから、受けてもダメージはない。ダメージのない攻撃は、物理的なものも魔法も落ち着いて空気の動きを感じとれば見抜けるよ」
前世の時の記憶を思い出しながら青年に教える。ドラゴンになってから全然見なかったので忘れていた。
(でも、なんで俺は見えないんだ?)
妖の生物には効かないのだろうかと、ドラゴンは首をひねる。でももう一つ気になることは……
「襲ってくるやつと、逃げるやつの両方見えるの?」
「んー、そうだな。でもそういえば、襲ってくるやつはちょっと透けてたな」
「透けてる?」
「ああ。当たっても痛くねー魔法もあったけど、そっちもなんか少し見た目が薄かった。そうか、幻覚の魔法か。オレがおかしーわけじゃねーんだな」
青年は納得したように頷き、干し肉の様子を見に行った。
ドラゴンは更に首を傾げる。幻覚が透けたり、幻覚ではない本体が見えたりと言う話は聞いたことがなかった。やはり、青年は普通の現の人間ではないんだろうかと、じっと見つめる。
青年がくるりと振り返った。
「なー、もうできてんじゃねーの? そろそろ出発しようぜ」
ドラゴンは青年の言葉に頷き、近づいていった。
「そうだな、じゃあ干し肉片付けてくれる? オレは洗濯してくれた服と毛皮、最後にもう一回乾かして回収してくるから」
「りょーかい」
(……まあ、いっか)
てきぱきと干し肉を片付ける青年を見ながら、ドラゴンは服を畳んでいく。青年が何者であろうと、気の置けない青年と一緒にいることは心地よく、旅も楽しいものだった。旅を続けていくうちに何かわかるかもしれないし、わからないかもしれない。でもどちらに転ぶとしても、ドラゴンは青年との旅をやめたいとは思わなかった。
「目下の問題は、食べ物だな」
そう呟くと、まだまだ続いている森を見て、ため息をついた。明日か明後日には抜けられますようにと、ドラゴンは静かに心で祈るのだった。




