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33. 出発

 空高くそびえ立つ氷の柱は、太陽の光を受けてキラキラとしていた。

 ドラゴンは周りを見渡す。蜂との戦いも含めて、不思議な空間の一角がぼろぼろになってしまっていて、心が痛んだ。せめて少しでも修復できないかと、色々試してみることにした。


 まずはこの氷の柱だ。よくもまあ、これ程大きい氷を出したものだとうっかり感心してしまう。現の人間の魔法では、その辺にある空気中の水蒸気の状態を変化させて水や氷を出す。青年がどのくらいの範囲の水蒸気を集めたのか知らないが、とりあえずこの辺りの空気はカラッカラだろう。この氷を元の水蒸気に戻すことから始めるかと、ドラゴンは柱に手を当てる。

 下手に下から水蒸気にしていくと倒れてくるかも知れないので、慎重に少しずつ溶かして水にし、水蒸気にしていく。特に上にある木のせいで、バランスゲームのような集中力が必要だった。

 やっと木が地面に降りてきたときには、周辺の空気中の湿度がかなり上昇していた。ドラゴンは空気を動かし風をつくって、水蒸気を拡散させた。


 次は黒焦げになっている木だ。表面が焼け、葉はすっかりなくなっている。

 現の人間は、火そのものを出す魔法は使えない。実際、青年も手から火を出したわけではなかった。木を自然発火させたのだ。前世の頃ヨシスケもしたことはあるが、それは直径1mm位の細い木の棒に火をつけるくらいだった。空気を振動させて温度をあげるので、極狭い範囲に限定しないと、自然発火する温度に上げられないのだ。こんなに大きな木を一瞬で発火させるほど温度を上げるなんて言う話は、聞いたことがなかった。

 

 それはさておき、ドラゴンはちょっと試してみたいことがあった。木にそっと手を当てると、紫色の光がぶわりと出てきた。光は木を包み込むと、焦げ付いたところと、氷によって傷つけられた部分に吸い込まれていき、キラリと光って消えていった。そこには、葉以外が元通りになった木が横たわっていた。


(やはり、治癒の魔法だ)

 ドラゴンは自分の手を見つめる。色々と疑問も多いが、とにかくこれからの旅で大いに役立つだろう。そうとなれば、いくつか検証しておきたい。


 まず、しゃがんで先ほど蜂に噛まれた脚を露出させて見る。ドラゴンになってから治りは早いが、さすがにまだ鋭い顎の後が残って血がにじんでいた。その上に右の手を乗せ、紫色の魔法を使う。先ほどと同じように光が脚を包むが、そのまま消えてしまった。傷はそのままだ。どうやらこの魔法は自分には効かないらしい。ドラゴンは少しがっかりして、脚をしまって立ち上がった。


 次は、と、ドラゴンは一帯が黒くなってしまった部分にいく。蜂と戦っていたところだ。真っ二つになっている蜂の死骸を一匹分集め、今度は左手をかざした。右手には短剣を握りしめ、いつ動きだしても大丈夫のようにしている。

 慎重に魔法を使う。光は集めた一匹分の蜂の死骸全体を包み込み、切り口に吸い込まれてキラリと光ってきえた。切断されていた身体は元通りになっている。ドラゴンは短剣を握りしめて身構えた。だが、一向に蜂は動き出さない。魔法は死骸の修復はできても、一度死んだものを生き返らせることはできないようだ。ドラゴンは安堵して短剣を下ろした。


 その後、色々試してみたものも合わせて、紫色の魔法の性能について、全部で六つのことがわかった。自分は治せないこと、切断された部分をつなげられること、切断された部分が近くにないとつなげられないこと、形を保てていない部分はつなげられないこと、欠損部分の復元はできないこと、死骸の修復はできるが、蘇生はできないこと、だ。

 病気も治せるのかなども調べたいところだが、とりあえずはこんなところかと、ドラゴンは納得した。


 その後は、毒で黒くしてしまった草木の治癒、青年が出した氷の処理と、その被害にあった木の治癒、蜂の妖玉(ようぎょく)の回収などをすませた。更に完全に修復した蜂の死骸一匹と、ボウザータイガーの角も残されていたのでそれも回収した。角はよく見ると赤い妖玉が入っていた。


 日も傾いてきた頃、馬の姿と青年がいるところに戻る。青年はとっくにノイチゴを食べ終わり、しばらく馬の姿になにやら話しかけていたが、適当にブルルと鳴いているうちに眠ってしまっていた。回収した物を馬の姿に固定してある袋に入れて、馬の姿をゆっくりと立たせる。青年に体重をかけすぎないように気を付けていたので、馬の姿の方は身体がギシギシ言っていた。


 ヨシスケの姿で青年の近くに膝をつき、肩を叩いて起こす。

「んー……あっ、やっと戻ってきた!」

 青年はがばりと上半身を起こすと、不機嫌そうに馬の姿を指差す。

「こいつ、全然退いてくれねーんだ」

 そしてヨシスケの姿の方をこれまた不機嫌そうに睨む。

「お前は、全然もどってこねーし」

「ごめんごめん」

「何してたんだよ」

「いろいろ。それより、立てよ」

 ヨシスケの姿で青年の腕を引きながら立ち上がる。一拍遅れて青年も立ち上がった。


「なんだよ」

「食べ物探しにいこう。少なくとも果物はあるはずだから」

「果物?」

「ノイチゴみたいなやつのこと」

「本当か?」

 青年は先ほどの不機嫌が嘘のようににかっと笑う。ドラゴンもにこっと笑い、空になった籠を手に取り歩き出した。


 ーーーーー


「結局、果物しかなかったな……」

「いいじゃん、果物。うめーよ、これ」

 湖の畔でパチパチといわせる焚き火を囲むように、ヨシスケの姿と馬の姿のドラゴンと青年が座っていた。青年はがぶりと赤い実にかぶりついている。

「皮がちょっとすっぱいけど。なんて名前だっけ、これ」

「スモモ」


 ドラゴンはちらりと横を見る。頭がすっぽりと入りそうな籠が四つあり、全てに果物が山盛り入っていた。中身はスモモ、イチジク、ビワ、ヤマモモ、マルベリーだ。確かにおいしいが、主食としては心もとない。

 ドラゴンは干し肉や森にいる妖の動物を狩って食べれば問題ないが、青年は現の動物や植物からしか栄養をとれないようだ。この森には、ドラゴンが知る限りこの不思議な空間以外に妖の生物しかいない。森を抜けるか、少なくとも現の生物が生息しているところまで、この果物でのりきってもらうしかない。

 今日とった分は、腐りそうになったら氷の魔法で冷凍して持ち運ぶつもりだが、量的にも数日くらいで抜けたい。森は紫色の霧のせいであまり遠くまでは見渡せないので、どのくらい広いのか検討がつかない。ちなみに、試しに腐った果物に紫色の魔法を使ってみたが、効果はなかった。


 ドラゴンはヨシスケの姿で馬の姿に近づき、スターカーバイソンの革を取り出し、もとの位置に戻って座った。青年が手元を覗き込んでくる。

「んー、なんか作んの?」

「君のローブ。俺のと同じになっちゃうけど……」

 おしゃれにデザインを変えるなんて器用なことはできない。ドラゴンはちらりと青年を見る。青年はそんなこと気にする様子もなく、にかっと笑った。

「オレの? ありがとう」

「どういたしまして」

「どういたしまして?」

「お礼を言われたときに言う言葉だよ」


 そんなことをいいながら、革の形を魔法で変えていく。途中青年に羽織ってもらって調整しながら、縫い目のないローブが完成した。ドラゴンは端切れ程度になった革をまた荷物にしまった。

「明日は朝早くから出発するし、もう寝よ。これ、よかったら使って」

 ドラゴンはそう言うと、グロロスカニーチャの毛皮を青年に差し出す。ウサギのような生物で、毛皮も結構暖かい。

「お前は?」

「オレはローブがあるから」

「じゃ、オレもローブがあるから平気だ。よし、お前にかけてやるよ」

 青年は受け取った毛皮を馬の姿にふわりとかけた。馬の姿でブルルと礼を言う。


 何か生き物がくれば気配に気付けるくらいで寝るつもりだが、一応焚き火はつけておくことにする。ヨシスケの姿のドラゴンが横になると、それに倣うように青年が横になった。


(今日はいろいろあったな……)

 朝旅にいくはずが、思いがけず青年と会って、蜂と戦って、青年が死にかけて、新しい魔法が使えるようになって、青年が魔法を使って倒れて……。

(明日出発前に、魔法は使うなって念押ししとこう)


「……なあ」

 青年の声に、まどろみかけていた意識が浮上する。

「起きてる?」

「君の声で起きた。何?」

「お前、何で旅に出るんだ? というか、どこ行くんだ?」

「いまさら?」

「んー、そういえば知らねーなって」


 ヨシスケの姿でごろんと青年と反対側を向く。頬に草がチクチクささってくすぐったい。

「……会いたい人たちがいるんだ。その人たちが住んでいる村にいく」

「会いたいって、なんだ?」

「顔を見にいきたいってこと」

「ふーん、遠いのか?」

「わからないんだ。方向はなんとなくわかるんだけど」

「へー」

「……君、一緒に行くって言ったけど、本当にいいの?」

「なにが?」

「俺の旅、どこいくかもわからないし、帰ってくるかもわからない。危険なこともあるかもしれない」

「んー、いい」

 ヨシスケの姿をもう一度ごろんと反対に向けると、青年と目があった。なんとなく見つめていられなくて、仰向けになる。焚き火で少し明るいにも関わらず、夜空にはたくさんの星が見えた。


「どうして、一緒に行こうって思ったの?」

「んー……」

 しばらくの沈黙のあと、青年がゆっくり話し出した。

「お前が最初、旅に行くって言ったとき、へーって思った。そんときはまだ、一緒に行こうとは思ってなかった。でも、お前、オレが心配だって言っただろ。それ聞いて、なんか、よくわかんねーんだけど、この辺が温かくなった気がした。それがなんか、気持ちよかった」

 青年は、胸の辺りをポンポンと叩く。

「で、お前が旅に行って、オレ一人になるって思ったら、この辺が急に温かくなくなった。なんか、イヤだって思った。だから、お前と一緒に行こうって」


 青年が大きくアクビをする。

「……寝よーぜ」

「起こしたのは君だろ」

 ドラゴンはうつされたアクビをしながら言う。

「でも、明日も早いしね。おやすみ」

「おやすみって?」

「寝るときに言う言葉」

「へー、んじゃ、おやすみ」

「うん、おやすみ」


 すぐに青年から、規則正しい寝息が聞こえ始めた。ドラゴンは首を動かして青年を見る。

 本当に、この青年は何者なのだろう。興味はある、でもわからないからと言って、あまり気にならないのはなぜだろう。会ってからまだ一日一緒に過ごしただけだ。最初は正直、お荷物みたいに思っていたし、警戒もしていた。でもドラゴンは今、この謎の青年と一緒に行く旅がなんだか楽しみでしょうがなかった。


 もう一度、空を見る。今まで見てきた夜空の中で、一番キレイだと思った。久しぶりに、本当に一人でない暗闇に優しく包まれて、ドラゴンはそっと目を閉じた。


 ーーーーー


 まだ薄暗い朝、ドラゴンが目を覚ますと、青年はまだ寝ていた。また長い眠りについたのではと一瞬どきりとしたが、ヨシスケの姿の方が起き上がると、すぐに目を覚ました。ドラゴンは安堵し、青年に話しかける。

「おはよう」

「……起きたときに言う言葉か?」

「うん」

「へー、おはよう」

 青年はアクビをしながら上半身を起こし、伸びをする。


 ヨシスケの姿のドラゴンは下衣だけになると、湖に入った。黒い石のネックレスが、キラリと火の光を反射する。昨日蜂からやられた頬の傷も足の傷も、綺麗に治っていた。なんだかんだで汚れた身体を洗う。馬の姿も湖に入り、腹がギリギリ浸かるくらいの深さのところで尻尾をバシャバシャして身体に水をかける。

「君も洗っといたら? 次、いつ水浴びできるかわからないよ」

 魔法で水を出せると言っても、やっぱり自然の湖や川の方が気持ちいいだろう。

「んー……冷たくねー?」

「いいからほら、ローブとベルト外して。靴と上の服もね」

 青年は言われたとおりにすると水際で手をつけるが、ぱしゃぱしゃとしているだけでなかなか入ろうとしない。ドラゴンはニヤリと笑うと、ヨシスケの姿で近づき、おもいっきりその手を引っ張る。

「っつめって! おい!」

「もたもたしてるからだろ!」

「くそっ」

「ぶっ! おい水かけるなよ!」

「先にお前がしたからだ!」


 その後壮大な水かけっこに発展し、疲れてきてほぼ同時に水の中でスッ転んだ。慌てて水から上がると、同じく水から上がった青年と目が合う。同時に吹き出し、水遊びは終わった。


 青年が最初に着ていた服も合わせて水洗いし、乾燥させる。青年にはその間、馬の姿と一緒に果物を取りに行ってもらう。丁度乾燥が終わった頃に青年が戻ってきた。

「果物ありがとう。君のも乾いたよ。下衣だけで寒くなかった?」

 ドラゴンは青年の服を渡しながら聞いた。青年はスモモを口に咥えたままモゴモゴと首を振り、服を受けとる。

「今履いてたやつ、脱いだら洗うから貸してね」

「さっき水につけたから、もういんじゃねーの?」

「そうだけど、まあついでだし」

 青年が素直に差し出した服を洗いながら、空を見上げる。

「なー、早く行こうぜー」

 急かす青年をいなしつつ、ドラゴンは旅への期待に胸を踊らせていた。魔法で服を乾かせば、準備は終わりだ。畳んで袋にいれて、馬の姿をポンポンと叩く。


「よし、行こっか」

「ブルルルル」

「おせーよ」

「はいはい、ごめんごめん」


 ヨシスケの姿と馬の姿のドラゴン、そして青年は、足取り軽く不思議な空間を後にした。

第二章が終わりました。

次からやっと旅編です。

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