31. 紫色の魔法
紫の光は青年の傷にゆっくり吸い込まれるように流れ、やがて最後の光が傷口で一瞬輝き、消えた。
傷口が癒えている。
「……っ!おい、おい!」
ドラゴンはしばらく呆然としていたが、青年が身動ぎしたことで我に返り、呼び掛ける。青年がうっすら目を開けた。
「んー……」
「大丈夫!?」
「……大丈夫ってなんだ?」
「えっ……えと……痛いところはない? 身体は動く? 意識はしっかりしてる? 俺が誰かわかる? 気分は……」
ドラゴンは思い付くままに矢継ぎ早に質問する。青年は少しぼーっとした顔でドラゴンを見ていたが、不満そうに口を挟んだ。
「おい一気に言うな。最初のを忘れた」
「あっ、ごめん……えっと、なんだっけ」
「知らねーよお前が言ったんだろ。それよりごめんってなんだ?」
「ごめんって、謝ったんだ。君が気分を悪くしたようだったから」
「謝ったって? 別に気分悪くなってねーよ」
「謝るっていうのは……あぁもうちょっと後にして。今、ちゃんと考えられない。とりあえず、身体起こせる?」
青年は身体を少し捻り、肘をつきつつ上半身を起こした。さっき刺された首もとに手をやりさわさわと触っている。そのまま首を二度コキコキとまわすと、胡座をかいてドラゴンの方に向き直った。ドラゴンは正座をしていたが、そのまま地面に両手をつき、頭を下げて安堵のため息をもらす。
「よかったああぁぁあぁ」
「なにが?」
青年は右腕と脇腹も確認しながらケロっとして聞いてきた。
「君がだよ。死んじゃうかと思った。どこか痛いところはない?」
「んー、ない」
「なんか気になるところは?」
「口の中が血の味だ」
青年がぺっと吐き出した唾は真っ赤だった。
「痛くはねーんだけど」
「さっき、血を吐いたんだ。待ってて、水持ってくる」
ドラゴンはヨシスケの姿で立ち上がると、馬の姿のところに行き黒曜石で作った瓶を取り出して湖に向かった。水をくんで戻ってくると、青年は鎧を脱ごうと奮闘しているところだった。
「待って、多分ここを外して……」
ドラゴンは水を脇に置き、鎧を外すのを手伝った。青年は外した鎧をまじまじと見つめている。ドラゴンは水を差し出した。
「はい水。あと……それ、貸して」
「貸して?」
「俺に渡して、すぐまた君に渡すから」
青年から鎧を受け取ると、ドラゴンは鎧をじっと見つめる。鎧や表面は波打ち、穴がふさがった。
「おおっ! すげー、直った」
青年はにかっと笑った。
「お前、すげーのな。俺の傷も、お前が治したの?」
「多分……」
ドラゴンは手から出てきた紫色の光を思い出しながら言う。でも、あれはなんだったんだろう。どこかで見たことあるような気もする……とドラゴンはぼんやりと考えていた。
ぐびぐびと水を飲む青年をみながら、考えるのは後にしようと首をふり、ポツリと話し出した。
「でもとにかく、よかった。本当に」
「ああ、もう痛くねーし」
「……ありがとう」
「ありがとうってなんだ?」
青年が空になった瓶を置きながら聞いていた。
「お礼だよ。蜂から助けてくれた」
「お礼ってなんだ?」
「えっと、うーん、そうだな……君が蜂から助けてくれたくれたことに感謝してるんだ。その気もちを……」
「感謝?」
なかなか手強い相手に、ドラゴンはボリボリと頭をかく。
「えーっと、誰かから何かしてもらって、嬉しかったり助かったって思ったりする気持ちが感謝で、それをその誰かに伝えることがお礼、ありがとうは言葉のお礼の一つ……かなぁ」
「お礼って、いろいろあんの?」
「えっ、うーん、何か物をあげたり、代わりになにかしてあげたりとか? でもありがとうは、お礼のとき大抵言うと思う」
「んー、じゃあさっきの、謝るって言うのは?」
「えっと……誰かに悪いことをしてしまったり嫌なことをしてしまった時に、それを後悔している気持ちを伝えること」
「ごめんってのは、その時にいう言葉か?」
「うんまあ、そう、かな」
ドラゴンは少し自信なさげにポリポリと頬をかく。そして改めて、青年に伝える。
「君が蜂から助けてくれて、とっても感謝してるんだ。ありがとう。それと、俺を助けたことで、君が死にかけてしまった。本当にごめん」
頭を地面につけるほど下げたドラゴンに、青年はあっけらかんとして答える。
「オレが死にかけたのは、お前がしたことじゃねーだろ」
「そうだけど……」
「それに、おい、顔を上げろよ、話しにくいだろ」
青年はドラゴンのおでこを手のひらで押し上げる。
「それに、大事にしたり、助けたりするのは当然だろ。お前はオレの友達なんだから」
青年の真剣な眼差しがまっすぐ向けられた。ドラゴンはつい、顔を背ける。
「おまっ、君、よくそういうこと、平気で言えるね」
「あ? オレ間違ったこと言った?」
「いや、そうじゃないけど……ううん、いいや。でも、友達でも、ありがとうとごめんは言うものだよ」
「そうなのか。じゃあ、オレも言わねーとな」
青年はにこにこと続ける。
「ノイチゴくれて、ありがとう。ここの場所教えてくれて、ありがとう。水くれて、ありがとう。傷治してくれて、ありがとう。んー、あとは……そうそう」
すくっと立って、馬の姿のドラゴンをポンポンと叩く。
「お前も、乗せてくれてありがとう」
青年はくるりとヨシスケの姿のドラゴンに向き直る。
「あとなんかあったっけ?」
青年の怒涛のようなありがとうがなんだかおかしくて、ドラゴンは吹き出してしまった。
「なんだ」
「ごめん、なんでもないよ」
ヨシスケの姿のドラゴンも立ち上がる。
「それより、旅の準備しよう。ちょっと休んで、明日の朝出発しようよ」
太陽の位置からしてもう昼くらいだろう。なんだかんだと疲れたし、急ぐ旅でもないのだ。
「おう! ……あっ、オレ、お前がいいって言う前にしゃべっちまったけど、一緒に行くんだよな? お前さっき言ったよな?」
「もちろん。それに、あの時俺イライラしてたんだ……キツい言い方して……ごめん」
「よくわかんねーけど、一緒に旅いけるなら気にしねーよ」
青年はにかっと笑う。
「よし、準備しよーぜ! あ、また黙ってた方がいいのか?」
「……ううん、一緒に何いるか考えよ。とりあえず、これつけなよ」
ドラゴンは鎧を青年に渡そうとするが、青年は眉間にシワをよせて受け取らない。
「それ、重てーんだよな。なんなんだ? それ。動きにくいし、いらね」
「身を守るものだよ。あった方がいいんじゃない? また危険な生き物が出てくるかもしれないし」
「さっき全然役にたたなかったぞ」
「なかったら、もっと酷い傷だったかも知れないじゃないか」
「そうだとしても、いい。いらねー」
「でも……」
「何回言っても同じだ。ぜってーつけねー。ないほうが、身軽で動きやすい。これもいらね」
青年は腰の鎧も外しはじめた。ドラゴンはため息をつきながら、鎧をコンコンと叩く。
「じゃあ、俺、使ってもいい?」
「おういいぜ。これも使うか?」
青年が腰の鎧を差し出す。
「うん、使いたい。ありがとう」
「お前がつけんの」
「いや、武器にする」
ドラゴンは、腰から剣を抜く。先ほど蜂との戦いで、刃がボロボロになってしまっていた。黒曜石はナイフとしては使えるが、刀などの武器としてはやっぱり強度が足りない。幸い、鎧は金属で出来ていそうだ。少し歩いて、地面に刺していた槍を引き抜く。こちらの刃もボロボロだった。ドラゴンは青年をちらりと見る。
(もう、あんな思いをするのはごめんだ)
とりあえず武器を強化しようと、ドラゴンは座り込む。青年がひょいと隣に座ってきた。
「それ、剣にすんの?」
「うん、この黒い石のところを金属に変えるんだ。あんまり強くはできないかもしれないけど」
「どうやって?」
「えーっとね……」
ドラゴンは青年を不安げに見つめる。しばらくわくわくしたような目をする青年を見つめ、小さく息を吐くと視線を手元に戻した。
「見てて」
まず、剣の刃の部分に手を当てる。ぐにゅぐにゅと黒曜石がうごめき柄の部分からするりと抜けた。そのまま丸くまとまり、真っ黒の球となってドラゴンの手に収まった。次に鎧を手に取り、粘土のように適量取ると、刃の形に整えた。柄の部分にツタを巻き付けて整え、再度刃の部分を尖らせる。近くに生えている草目掛けて横振りに振ってみると、スパッと切れた。
「おー、すげーな」
青年は感心したように目をパチパチしている。青年は剣を受け取って立ち上がり、振り回しはじめた。
「君も剣の方がいい?」
「んー、さっきのやつがいい。結構使いやすかったし」
途中、槍の刃の長さや柄の太さについて青年から注文を受けつつ、剣と槍、短剣2本分の作業が終わった。鎧の金属はほとんどなくなってしまったので、ナイフと矢は引き続き黒曜石を使うことにして、作業を終えた。
馬の姿の方に行き、予備に作っていた上下の服を取り出して、追加で作ったベルトとできたばかりの短剣を一本、青年に渡した。
「服、穴空いてるし血だらけだから、これに着替えなよ。脱いだ服は洗って繕ったらまた着れると思う」
完全にペアルックになるが、青年は気にしないだろう。明日の出発までには着れるように洗ってやるつもりだ。青年は素直に上衣を脱ぎ、ブーツを脱ぎはじめた。
「お前、魔法使えるのな。そう言えばさっきも火とか色々出してたよな。魔法、オレも使える?」
青年はドラゴンに渡された服を着終え、ベルトをつけながら聞いてきた。
「使ったことないの?」
「んー、わかんね」
先ほどの戦い振りだと、魔法がなくてもそれなりに戦えそうだったが、使えることに越したことはないだろう。
「君もすぐ使えると思うよ。同じ魔法はできないかもしれないけどね。練習してみようか」
ドラゴンはそう言うと、少し広いところへと移動していった。




