30. 致命傷
引き続き、痛々しい描写があります。
明記していないドラゴンは、全てヨシスケの姿をしています。
(1、2、3……全部で10匹……)
猛スピードで迫り来る黒い蜂に火球を放ちながら左手側に横っ飛びで避ける。全ての蜂が火球を避けたが、そのうち一匹が剣の間合いに入ってきた。すかさず切りつけて真っ二つにする。
その他の蜂が四方八方からドラゴンに迫る。もう一度火球を放つがやはり全て避けられる。ドラゴンは後方に跳びつつ続けて電撃を放った。二匹に命中して地面に落ちる。しかし、すぐに体制を整えてまた飛びはじめてしまった。電撃では死なないようだ……だが、動きはかなり悪くなった。
電撃を逃れた七匹がドラゴンに2メートルまで迫ったとき、黒い毒の霧を放つ。みるみるうちに辺りの草花が枯れてしまい、心がいたんだ。毒の霧は七匹全てを包み込んだが、少し怯んだくらいでそのままドラゴンに襲いかかる。毒は効かないようだ。
今度は鋭い氷を放ってみた。電撃で弱っていた一匹を貫いたが、他は避けられてしまった。ならばと熱湯を出して浴びせてみるが、全然効果がないようだ。再度火球を放って蜂を散らす。しかし、上手いこと逃れた一匹がそのまま顔をめがけて突っ込んできた。剣を顔の前で斜めに構え、盾の代わりにする。ガキンと音がして軌道はそれたが、勢いを殺しきれずに頬をかすり、鋭い痛みが走る。その痛みを気にする間もなく、他の蜂が襲いかかってきた。
ーーーーー
馬の姿のドラゴンは青年を落とさないよう気を付けながら遠くへ逃げようと走っていた。ヨシスケの姿が頬に傷を受けたのを馬の姿の方でも感じ、びくっと身体をこわばらせる。
その時、背中の重みがなくなった。青年を落としたかと慌てて止まって振り向くと、青年はゴロゴロと転がり受身をとっていた。そしてすぐに体制を整えると馬に駆け寄り、右手でポンポンと優しく首もとを叩く。先ほどの水の球がまだついていて、ぱしゃぱしゃと水しぶきがはねた。
ふいにパッと青年が駆け出す。左手には槍が握られている。馬に固定していたのをとったのだろう。青年は真っ直ぐにヨシスケの姿の方へとかけていく。
「っおい!」
つい、馬の姿で声をかける。しかし、青年は振り向きもしない。慌てて追いかけようとするが、すごい速さだ。そしてまた鋭い痛みを感じてびくりと身体がこわばる。ヨシスケの姿の方が攻撃を受けたらしい。今度は左足だ。
これだけ多くの強敵だと、意識を分散させておくのは厳しい。元のドラゴンの姿に戻って戦うかとも思ったが、青年に正体を明かしても大丈夫かどうか、今この状況で判断するのは無理だった。とりあえず、今はまだやめておくことにする。
馬の姿の方は青年を追うのを諦め、木陰に身を潜めた。そして最低限の感覚を残し、残りの意識をヨシスケの姿の方へと集中した。
ーーーーー
左足に噛みついてきた蜂に剣を突き刺す。蜂は絶命し、アゴに挟まれた足はなんとか噛みきられずにすんだ。しかしほっとなんてしていられない。襲いかかる蜂に火球を放ってまた散らし、掻い潜ってきた一匹を引き抜きざまの剣で真っ二つにする。
その時、視界の端で一匹が後ろから何かに貫かれた。青年の槍だ。青年に気づいた蜂が襲いかかるが、槍を振り回して近づく隙を与えない。素人目にもデタラメな戦い方だが、現の人間とは思えない動きで蜂を翻弄している。一匹、また一匹と少しずつではあるが確実に傷つき、弱りはじめている。
ドラゴンはしばし呆気にとられていたが、すぐに襲いかかってきた蜂に正気に戻る。だが、蜂は青年に三匹ドラゴンに三匹でさっきまでと比べて半分以下だ。ドラゴンは電撃を放つ。三匹全てに命中した。地面に落ちかけたところをすかさず一匹剣で仕留め、後の二匹もそのままの勢いで切り落とした。
青年の方はあと二匹だ。ドラゴンは青年に気をとられている蜂へそれぞれ火球を放つ。見事命中し、羽が焼けたのか地面にポトリと落ちた。間髪いれずに、青年が一匹槍で突き刺し、もう一匹を踏み潰した。
青年は槍を地面から抜くと、ブンと一振した。刃についた体液やら土やらをはらったらしい。ドラゴンを見ると、にかっと笑って見せた。
「……君、強いんだね」
ドラゴンはそう言うと、剣を鞘に戻しながら青年の槍を持つ腕に目を落とす。冷やすためにつけていた水の球はとっくになくなってしまっていた。あの激しい動きのなかで振り払われたのだろう。痛々しい火傷のあとが丸見えだ。
「腕痛いでしょ。もう少し冷やすから」
ドラゴンは青年から槍を受け取り、地面に突き刺した。青年の右腕をそっととって水の魔法を使おうとした、その時
ブワン
背筋がぞくりとするような羽音がした。とっさに振り向くと、目の前に蜂の鋭い顎が迫っていた。蜂の胸の辺りに氷が刺さっている。殺しきれていなかったようだ。剣も魔法も間に合わない……。
首もとの服を左に思い切り引っ張られ、横向きに吹っ飛ばされた。
蜂は先ほどまでドラゴンがいたところをすり抜け、そのまま真っ直ぐ青年に向かっていった。
頭を庇う青年の右腕に顎が突き刺さる。
「いって……」
青年が声を漏らして顔を歪ませる。蜂は青年の身体にしがみつくと、素早く顎を抜き、お尻の針を首もとに突き刺した。
「ぐっ……」
青年が苦しそうに身体を前におり膝を地面につくと、蜂は針を刺したまま器用に移動し、背中から脇腹にかけて、鎧の上から顎を突き立てた。蜂の針が一度、白黒に点滅する。
一瞬だった。
ドラゴンは急いで体制を整えて地面を蹴り、蜂に飛び付いた。青年の頭を抑えて蜂の腹部を持ち、強引に引っ張る。蜂の体は胸部からちぎれてしまった。針は抜けたが、がっちりとしがみついた脚と噛みついた顎はまだ青年の身体についている。ドラゴンは引きちぎった腹部を地面に投げ捨てた。針は二度白黒に点滅しながら、びゅる、びゅると真っ黒の毒を地面にだしていた。
「おい!」
ドラゴンは青年の身体から蜂の顎を外す。がっつりと刺さった顎を抜くと、青年はびくんと身体を強ばらせた。鎧は歪み、穴が空いてしまっていた。しがみついていた脚も乱暴に外し、青年を仰向けにして上半身をドラゴンの膝の上に乗せる。
傷口から血がどんどん出てくる。青年は微かに震えながら、時折びくんと痙攣する。毒で麻痺しているのだろう。死ぬ毒ではないとはいえ、この傷と出血はかなりまずい。
「おい……しっかり……しっかりしろ!」
ドラゴンは急いで馬の姿を駆け寄らせていた。近くに到着すると、急いで手を伸ばして包帯を取り出す。とにかく止血をと思い、鎧をずらして脇腹の傷を確認する。だが、傷は深く肉がえぐれていて、出血も多くどう見ても致命傷だ。特に今のドラゴンには、現の人間を治療する術なとなにもなかった。
「ウソだろ……しっかりしろよ……なぁ……なぁ!」
ドラゴンは必死で呼び掛けた。
「……んー……しまっ……た……な……」
青年が弱々しく声を出した。
「さっ……き……しゃべっ……ちま……た……オレ……旅……いっし……よ……いけ……ね……?」
「何言って……」
「おま……が……いいっ……て……いうまえ……しゃべ……」
青年はごぼごぼと咳をする。ドラゴンは蜂と戦うまえに言っていたことを思い出した。
「一緒に行こう! 旅、一緒に行こうよ! だから……っ!」
ドラゴンは青年の肩を強く抱いて叫んだ。青年はにかっと笑うが、ふいに眉間にシワを寄せてゴフリと血を吐き出し、意識を失った。
青年はまだ生きている。ただし、時間の問題だろう。
ちゃんとトドメをさしていれば、もっと早く蜂に気がついていれば、ドラゴンの姿に戻って戦っていれば……。ドラゴンは後悔で胸が張り裂けそうだった。頭がガンガンする。
嬉しそうにノイチゴを食べていた青年。旅に一緒に行くって言って、笑っていた青年。蜂を次々に倒し、にかっと笑う青年。まだ会ったばかりなのに、青年は身体を張ってドラゴンを助けてくれた。それなのに、ドラゴンは青年を助けられない。そんなのいやだと、ドラゴンは頭を弱々しくふった。
「……お願い……」
誰にでもなく呟く。
「治したい……助けたい……お願い……誰か……」
その時、ドラゴンの頭のなかにやけにはっきりと声が響いた。なんだか聞き覚えのあるような、ちょっと幼い感じの女の人の声。
「許可します」
次の瞬間、ドラゴンの手が紫色の光を放ちだし、青年の身体を包み込んだ。




