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3. 姉には逆らえない

「おはようヨシ君。朝早いのね。後で家に行こうと思っていたのよ」

 深い緑色の優しく大きな瞳と、肩の少し下まで伸びている栗色のゆるいカールの女性がにこにことでてきた。深めの彫りとくっきりした二重瞼が印象的で、小さいけど高い鼻が顔のバランスを整えている。先程ヨシスケの頭を撫でた女性とよく似ているが、透き通るシルクのような肌が、この女性の若さを物語っている。


「おはようリーズ。さっきベイリットのところに寄ってきたんだ」

「あら、じゃあノイチゴのジャムがあること知ってるのね」

「もちろん、そのために来たんだ」

「ちゃっかりしてるわね」

 リーズはにっと歯を見せて笑い、少し脇によってちょいちょいと手招きをする。

「ついでにちょっとあがっていってよ。手伝ってもらいたいことがあるの」

「ちゃっかりしてるのはどっちだよ」

「美人な乙女特製のジャムをもらいにきたんでしょ? 対価は払っていただきますよ」

「へいへい」

 軽口をたたきながら、部屋の中へ招かれる。奥から先程の女性、リーズの母親が軽く手を振っている。

「ごめんなさいね、ブリーズルが無理言って」

「リーズって呼んでって言ってるのに」

 リーズは母親の声にプリプリしながら、ずんずん自分の部屋に入っていってしまった。


「いえ、全然。お邪魔します。村長たちは?」

 ヨシスケは軽く頭を下げながら聞いた。

「狩りの準備をしているのよ。もうすぐ、ベイリット君が来るはずだから」

 リーズの母親は、窓の外を指差しながら言う。

「おじいさまもはりきっててね。朝早くからいろんな準備でもう大騒ぎ」

 リーズの母親は困ったように笑っていたが、その顔はとても嬉しそうに見えた。

「ヨシ君! 何してるの?早くー!」

 奥の部屋からリーズの声がする。ヨシスケはリーズの母親と顔を見合せ、微笑みながら会釈してリーズの部屋に向かった。


「……えっ、これ全部持っていくの?」

 リーズの部屋には窓が一つあり、柔らかな日差しが差し込んでいる。窓の前には本棚が置いてあるが、本はすべて出されている。きっと本棚の手前の2つの籠に入れられているのだろう。ベイリットの部屋にあった大きな籠と同じものが、部屋の色々なところに置かれている。本棚の上にある小さな鉢植えには、小さな花の蕾がふくらんでいた。


「うーん、そう思っていたんだけど、多分入らないわよねぇ」

 リーズは部屋を見渡しながら、小さくため息ついた。

「ちょっと選別しなきゃ」

 リーズはタンスの中から服を出して、うーんと頭をひねっている。ベッドの上には既に服が積まれており、小さい山と大きな山になっていた。多分、どちらかの服の山をベイリットの家に持っていくつもりなのだろう。

「これはやっぱり必要よね」

 リーズはそういうと、大きな山の方に持っていた服をふわりと置いた。


「俺は何すればいい?」

 タンスを漁っていたリーズがこちらに向きなおる。

「そうそう、ヨシ君にはこれとかをはずしてほしいの」

 リーズはそういうと、窓に近づき窓枠の上を指差した。綺麗な刺繍の壁飾りが飾られている。

「部屋の壁にあるやつ、全部お願い! とったら、この籠の中に入れておいて」

 そう言って本棚の前の籠をぽんぽんと軽く叩いた。近づいて覗くと、籠の一つは本でいっぱいだが、もう一つの方には半分くらいしか入っていなかった。


「ちょっと待ってね、今踏み台を……」

「このくらいなら大丈夫だよ」

 踏み台を取りにドアへ向かうリーズとすれ違いながらそう言うと、ヨシスケは壁飾りをはずしにかかる。少し背伸びをすれば壁飾りには余裕で手が届いた。丁寧にはずして軽く畳んで、半分くらいしか本が入っていない籠にぽんと入れる。


「部屋にあるやつ、全部?」

 そう言って振り向くと、少し驚いたようなリーズの顔が見えた。

「……なに?」

「ヨシ君、大きくなったんだねぇ」


 リーズは一呼吸置いたあと急に笑いだし、ヨシスケの頭をわしわしとなでた。

「ちょ、なに!」

「おっきくなったなぁって思って! ほんとだ背伸びしないとなでなでできないー!」

「やめろよ!」

 ヨシスケは勢いよくリーズから一歩さがり、腕で口元を隠して視線を床に落とした。言い方と動きは乱暴だが、真っ赤になった耳が、ただ照れているだけだということを物語っている。リーズはそんなヨシスケを見て、にっこり笑った。


「いつからこんなに大きくなってたんだっけ?」

「知らね」

「なんだかいつも一緒にいるとわかんないもんだねぇ。」

「ふん」

 ヨシスケは同じ格好をしたまま短く返事をする。耳はまだ真っ赤だ。


「そうだ!」

 リーズはパンっと手を叩くと、くるりと向きを変えた。ヨシスケは目線を上げて、リーズを目で追う。リーズは机にかけより、なにかを探しているようだ。

「あったあった」

 にっこり笑って振り向いたリーズの手には、一本の彫刻刀が握られていた。

「記念にネックレスに刻もうよ」

「えっ、いやいいよ」

 ヨシスケは一歩後ずさる。

 リーズが二歩ヨシスケに近づく。


「いいじゃん」

「いいって。大体何の記念だよ」

 ヨシスケはまた一歩後ずさる。

 リーズは三歩ヨシスケに近づく。


「ヨシ君の背が伸びた記念?」

「なんだよその記念。大体リーズ追い越したのなんて、もう何年も前だし……」

 ヨシスケは更に後ずさろうとするが、背中が窓についてしまった。


「いーから刻むの! ほらネックレス貸して。」

 リーズはヨシスケの目の前まで詰め寄ると、いたずらっぽくにっと笑ってヨシスケのネックレスにそっと触れる。

(この顔は小さい頃から全然変わらないな……)

 こんな風に笑うリーズは、もう誰にも止められない。ヨシスケは諦めて小さくため息を吐くと、観念してネックレスをリーズに渡した。

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