29. 意向確認
痛々しい描写があります。
「ん?んー、お前が食わないなら食おうかなと」
「いや、ノイチゴをどうするのか聞いてるんじゃなくて……」
「食ったあとのこと?」
「あと……は、あとなんだけど……まあいいか。ノイチゴ食べたあと、どうする?」
「んー、水飲む?」
「そのあとは?」
「また食う?」
「……そのあとは?」
「んー、どうしよ、その頃には腹いっぱいかな?」
「……ふざけてる?」
ドラゴンは少しイライラしてきた。
「あ?ふざけてねーよ。お前が聞いたから答えてんだろ」
「答えてるって……まあいいや。お腹いっぱいになったら?」
「んー、さあ?決めてねーな」
「また眠るの?」
「んー、眠くなったらな」
「ずっと長く?」
「さあ?よくわかんねーや」
的を射ない答えにイライラしながら、質問の仕方も悪かったかとドラゴンはため息をつく。回りくどく聞いていたら、いつまでもこんな問答が続くのだろう。
「俺、これから馬と一緒に旅にでるんだよ。それで、君が一人になるからちょっと心配になったんだ。」
「心配ってなんだ?」
「君がちゃんと生き延びていけるのか気にしてるってこと。食べ物を食べるのも、他の生き物から殺されないようにするのも、この森だと結構大変なんだ。君、記憶ないんだろ?どうやって生きていくのか、ちゃんと考えてる?」
「んー、考えてない」
青年はさらっと言う。
「考えてないって……じゃあ今考えてみてよ」
「んー、わかんねーや」
「いやいや、もっと真面目に考えろよ」
なんとなくマズイ流れになっていて、ドラゴンは焦ってきていた。
「真面目だって。オレ、この森のことも知らねーから、お前が言う大変って言うのがわかんねーの。そんなもん、考えてもわかるわけねーよ」
「それは……そうだけど……」
正論を言われて、何も言い返せない。
「だからオレもお前と旅に行く」
青年がにかっと笑ってそう言った。
ドラゴンはため息をつきながらうなだれる。こうなることは薄々予想していた。黙って出発すればよかったかとも思ったが、自分の性格だと、ずっと気になって仕方がなかったはずだ。
(しょうがないか……)
ドラゴンは諦め、青年と旅することを渋々納得した。でもそうなってくると、色々と準備しないといけない。早く出発したかったがやむを得ない。今から急いで準備すれば、明日には出発できるだろうと、自分を慰めた。
「わかった。じゃあ……」
「行くか!」
青年は左手に残っていたノイチゴをパクっと全部口に入れ、立ち上がった。
「どっちに向かうんだ?」
「旅はあっちだけど、出発はまだだよ」
「あ?なんでだよ」
「俺の分しか準備してないんだ。君の分、準備しなきゃ」
「んー、そうなのか」
「そうだよ、早く準備して出発しよう」
ドラゴンは何が必要かと考えはじめた。
「何準備すればいいんだ?」
「ちょっと待って」
「待って?」
「なにもせず、そのままそこにいて」
「あ?お前が早く準備しようって言ったんだろ」
「いやそうだけど、何準備するか考えてるんだ」
「そうか、早くな」
ドラゴンはムッとしたが、無視して考えを続ける。
(えっと、まずは……)
「何準備すればいい?」
ドラゴンはため息をついた。
「ちょっと待ってって」
「ちょっと待ってたろ?まだなのか?」
「まだだよ」
「なんだよ、ちょっとじゃねーじゃん」
ドラゴンはキッと青年の方を睨む。
「ちょっと黙っててよ。考えられないじゃん」
ドラゴンは眉間にシワをよせて目をつむる。
(まずは食べ物……この森は妖の生物しかいないからな、だとすると……)
「よし、何準備すればいい?」
「っもう!」
ドラゴンは青年の方に向いて声をあらげた。
「考えてるんだって!黙っててって言っただろ!」
「なんだよ、まだなのか。お前がちょっとって言ったんだろ。オレ、ちゃんとちょっと黙ってたぞ。お前のちょっとって、全然ちょっとじゃねーのな」
旅の出鼻をくじかれ、マイペースな青年に流され、出発が遅らされ、どこかずれた会話をされ続け……少しずつ少しずつたまった不満が爆発してしまった。
「俺がいいって言うまで、黙ってて!だいたい、君のせいで俺の計画が遅れてるんだよ!せめてお礼言うとかしろよ!」
「お礼って……」
「だから!今度いいって言う前にしゃべったら、旅、一緒に行かないからな!」
ドラゴンはぷいっと青年に背を向け、腕を組みつつ再び目を閉じた。
(ああイライラして考えがまとまらない……一人のときはこんなことなかったのに……。とにかく準備だ。えっと、なんだっけ……ああ食べ物だ)
ブンブン……
(現の生物が妖の生物食べても、毒にも栄養にもならないから餓死してしまう……でもこの森の中では妖の生物しか見たことないんだよな)
ブンブンブンブン……
(ここの空間には、ノイチゴとか現の果物があるみたいだけど……森を抜けるまでもつかな……でもそれ以外方法ないしな)
ブンブンブンブンブンブン……
(……なんの音だ?)
微かだが、なんだか音が聞こえる。ドラコンは目を開けて周囲を確認した。丁度青年を挟んで反対側の森の中から聞こえてくるようだ。青年もそちらの方を見ている。
ブンブンブンブンブンブンブンブン……
音は段々大きくなり、ぎゃあぎゃあと何かの鳴き声も聞こえてきた。木々がざわめきだした。こっちに近づいている。
まさかとドラコンは息をのみ、ヨシスケの姿で青年の腕をひく。
「!?」
「早くこっちに!多分、あれは……!」
言う間もなく、森の中からボウザータイガーが駆け込んできた。2メートル程の比較的小柄だ。昨日、干し肉作りの途中に襲ってきたやつだろうか?
ボウザータイガーは苦しそうに唸っている。身体中あちこち傷だらけだ。右の前肢にざっくりと大きな傷があり、あまり動いていないようだ。急に明るい空間に出て目が眩んだのか、バランスを崩して転倒した。
その時、森の中から黒い何が数十匹飛び込み、ボウザータイガーに襲いかかった。仔犬程もある、大きな妖の蜂だ。全身真っ黒で光沢があり、お尻の針だけが真っ白に光っている。アゴをカチカチと鳴らして、ボウザータイガーの身体を切り刻まんとしている。
「ギャンッ……ガゥ……グァ……」
ボウザータイガーは弱々しく鳴きながらなんとか立ち上がり、襲い来る蜂を牙や左前肢で追い払い、群れから逃れようと逃げ惑っている。
(まずい、こっちに来そうだ……!)
ヨシスケの姿のドラゴンは、青年の腕を更に引っ張り、少しでも離れようと駆け出した。この森の食物連鎖の頂点はボウザータイガーだが、その彼らが唯一逃げ出す相手があの蜂だ。いつもは土の中の巣で暮らしているのだが、この時期になると外にでてきて集団で手当たり次第に生き物を襲い、巣に引きずり込んでいく。名前なんてしらない。前世ではあんな蜂みたことなかった。あの大きなアゴで挟める大きさのものであれば、骨であろうと何であろうと切断してしまう。しかし、本当に恐ろしいのは……
「あつっ!」
青年の腕を掴んでいた手に鋭い痛みと熱さが走った。絶体絶命のボウザータイガーがデタラメに放った火球があたったらしい。わりと弱めの火球だったのか、ヨシスケの姿の方は少し腕が赤くなったくらいだった。しかし、青年の腕は右手の肘から先の皮膚が痛々しく焼けただれ、赤くなっている。青年は現の人間で、ドラゴンよりも弱いのだ。
「大丈夫!?」
「……っ……」
青年は膝をつき、左手で肘の上を強く握り顔をしかめていた。ドラゴンは急いで青年の腕を水の球で包んで冷やす。馬の姿の方でかけより、ヨシスケの姿で青年を馬の背中に押し上げる。青年は水の球に驚いているようだが、されるがまま背に乗った。
「ギャアアァアアァ!」
悲鳴のような鳴き声に振り向くと、左前肢を切り取られたボウザータイガーが、傷ついた右手で体重を支えきれずに倒れ込むところだった。ここぞとばかりに蜂が群がる。必死で牙で応戦しようとしているが、そのうち一匹が首もとにしがみつき、お尻の針をブスリと首に突き刺した。針が白黒に3回点滅する。
「グ……ァ……」
ボウザータイガーはバタリと倒れ込み、ピクピクと痙攣している。蜂たちはボウザータイガーを次々切り刻んでいく。
この蜂の本当の怖さはこの毒針だ。前世でも毒の魔法を使う妖の生物もいたが、それとは比べ物にならないほど強い毒をもっているようだ。死ぬ毒ではないみたいだが、刺された生き物は途端に身体が麻痺して動けなくなる。あの蜂の前で動けなくなれば、その先には死しかない。毒の魔法は現の生物にも効くはずだ。
あぶれた蜂が数匹こちらに気づいた。ドラゴンは舌打ちをすると、ヨシスケの姿で腰の剣を抜き、馬の姿は走り去った。この蜂と対峙するのは始めてだが、俺はドラゴンだ。なんとかなるかもしれない。とりあえず青年を逃がさなければと、飛んでくる蜂に向かって剣を構えた。




