28. 現か妖か
ご指摘いただいて誤字を修正しました。
ありがとうございます。
パカッパカッパカッ
軽快な蹄の音が森の中に響く。
荷物はしっかりと固定されていて、変に揺れたりずれたりしない。このままどこまででも走っていけそうだ。走り出しとしては絶好調と言えるだろう。これからの旅にも期待ができそうだ。
一つ、悩みの種を除いて。
「馬ってはえーのなー」
悩みの種が、馬の姿の上、ヨシスケの姿の後ろで嬉しそうに声を発した。
(……どうしよう)
ヨシスケの姿のドラゴンは、小さくため息をついた。
あれよあれよと言う間に青年のペースにのまれ、あの不思議な空間へと向かうことになってしまった。元々、洞窟を出発したらまずそこに行こうと思っていたので、それ自体は問題ない。問題はその後だ。
(とりあえず、あの空間についたら、旅に出ることを伝えよう)
青年をちらりと見てみると、楽しそうにきょろきょろしている。
「ねえ」
「あ?」
「本当に、ずっとあそこで寝てたの?」
「さあ? そうなんじゃね?」
「いつから?」
「さあ?」
「どうしてあんなところに?」
「さあ?」
「どこから来たの?」
「さあ? ……んー、この会話もうしなかったか?」
「だって何も答えてくれないから」
「だからわかんねーんだって。しょうがねーじゃん。気づいたらあそこにいて、お前が覗き込んでたんだよ」
青年がヨシスケの姿の方の背中をパシッと叩く。
「なにか覚えていることはないの?眠る前のこととか」
「ないな」
「何も?」
「ああ」
「全然?」
「ああ」
「全く?」
「何回言っても同じだ」
今度はさっきよりも少し強く叩かれる。
「だって……何か覚えてないの? そもそも、現の人間なの?それとも妖の……」
そこまで話したところで、急に明るくなって目が眩んだ。不思議な空間に到着していた。
馬の姿のドラゴンは、ゆっくりと脚を止める。
「……ついたよ」
ヨシスケの姿のドラゴンはさっと馬から降りる。青年を見上げると、目を見開いていた。眩しいのか、時折パチパチと瞬きをしている。
「降りて。ノイチゴはあっちの湖のほとりにあるんだ。早く行……」
「オレ、ここ……」
ドラゴンの声を遮り、青年は呟いた。
「え?」
「ここは……」
「……来たことあるの?」
青年はうーんと唸ると目を閉じ、眉間にシワを寄せた。
「んー……」
ぱっと目を開け、ドラゴンを見る。
「やっぱ、わかんねーわ」
「なんだよそれ」
青年が自分のことを少しでも思い出したかもと期待していたのに、ドラゴンは拍子抜けしてしまった。
「見たことある気がしたんだけど、やっぱりわかんねー。そんなことより、ノイチゴどこあんの?」
「はぁ。あっち、湖の畔のとこ」
ドラゴンはため息をつきながら、湖を指差して歩きだした。
ーーーーー
「すげー! 本当にいっぱいあるのな!」
「トゲあるから気を付けて。あと、実を摘まむときは弱めに持った方がいいよ。潰れちゃうから」
「わかった!」
青年はニコニコと茂みからノイチゴをとって食べている。ドラゴンはヨシスケの姿も馬の姿も、どちらも少し離れた湖の畔に腰を降ろした。
(どうしようかなあ)
ドラゴンは青年を見ながら考える。
(まあ、普通に、俺旅に出る、そっかじゃあな、みたいになれば何も問題ない……か? いや、あいつ、一人で生きていけるのか? また寝るのかな……だいたい、あいつは何者なんだ?)
見た目は普通の現の人間である。でも、あんなところでずっと寝ているなんてことは、普通の現の人間には絶対に無理だろう。
(でも本人が何も覚えていないんじゃ……あっ!)
ヨシスケの姿のドラゴンは、馬の姿に固定している荷物から、干し肉を取り出した。多分イノシシのような動物の肉だろう。魔法で軽く炙ってから、立ち上がって青年のところに行く。
「ねぇ、これも食べてみて」
青年はノイチゴを食べる手を止め、ドラゴンを見上げる。
「なんだこれ。食えるの?」
「肉を干したやつ。いいから食べてみて」
青年はひょいと干し肉を手に取り、噛みついてビリっと引きちぎる。
「ん? んー……んー?」
青年は首をかしげて立ち上がると、湖のフチまで行き、屈んで水を一口飲み、残りの干し肉を口の中に放り込んだ。目を瞑って噛んでいるが、段々眉間に皺がよる。
「んー……これ味なくねー?」
しばらく噛んでいたが、不満そうな目をしながらドラゴンを見る。
「え……そう? 本当に?」
「うんなんつーか、んー……とにかく味がねーな。お前も食ってみたら?」
「あ、いや、うん……」
「オレはこっちの方がいいや」
青年は干し肉を早々に飲み込み、またノイチゴの方に向かう。ヨシスケの姿のドラゴンは、困惑した顔で馬の姿の方へと戻る。
イノシシのような動物は、妖の生き物だ。それが味がしないと言うことは、青年は現の人間と言うことだ。
ヨシスケの姿のドラゴンは、もう一つ干し肉を取り出してかじってみた。味付けをしてないのでそれほど強い味ではないが、噛んでいれば肉の味がしてくる。
ドラゴンは頭を抱えた。あんなところに寝ていたので、多分妖の人間だろうと思っていた。あまりにも現の人間と見分けがつかないので、確認のために食べてもらったのだが、まさか現の人間だとは。
でも現の人間が何年も、下手すればもっと長い年月、寝続けて生きていけるのだろうか。もしかしてドラゴンが気づいていないだけで、たまに起きてきていたのだろうか。それか、わりと最近眠りについたとかかもしれない。そもそも、あの部屋みたいな空間のどこから出入りしていたのかがわからない。入ったあとで入り口を塞いだのかもしれないが、そんなこと現の人間にできるのだろうか。何者かに閉じ込められた可能性の方がまだありそうだが……。
いや、そこの謎がわかったとしても、やっぱり現の人間が飲まず食わずで生きていけることの説明にはならない。やっぱり妖の人間なのか? 確かによく考えたら、妖の生物のことはほとんど知らない。妖の生物が妖の生物を食べても味がしないのは、当たり前のことなのか? でもそれなら、自分はなんなんだ?
ヨシスケの姿のドラゴンは、頭をぐしゃぐしゃとかいた。前世の頃よりも少し硬い髪の感触が手に伝わる。
(そこはとりあえず一旦置いておこう。考えてもわかる気がしない。今考えるべきなのは……)
ドラゴンは青年をちらりと見る。青年はまだノイチゴの茂みの中にしゃがんでいる。
(この森に置いていって、あいつ生きていけるのかな……)
初めての旅、しかも自分がドラゴンであるというとんでもない秘密を隠しながらの旅だ。ボロがでないよう、バレないよう、少なくとも最初は人と必要最低限の関わりしかしないつもりだったのだ。
だが青年が現の人間だとすると、この森で生きていくことはかなり難しいだろう。そんな人間をはたして置いていってもいいのだろうか。現の食べ物はこの不思議な空間くらいにしかないし、縄張り意識の高い猛獣もうようよしている。青年がどのくらい強いのか全く知らないが、少なくとも前世のヨシスケがこの森で暮らすことになっていたら、多分3日ともたなかっただろう。
あの洞窟に戻らずこの空間で暮らす方が少しはいいかもしれないが、ここに猛獣がこない保証はないし、雨風が防げないのもなかなか辛い。
青年とは今日会ったばっかりだが、知らないふりしてさっさと旅立つには気が引けてしまう。かといって、この謎多き青年と一緒に旅をすると、人から怪しまれる可能性が跳ね上がるような気がする。平穏な旅をするには、できれば付いてきてほしくない。ドラゴンはブンブンと頭をふる。
(いや、一人で考えすぎてもなんにもならない。まず本人の意向だろ。行きたくないって言って終わるかもしれないし……そもそも旅が安全と言う保証もないわけだし……)
「なあ、お前は食わないの?」
ドラゴンははっとして横を見る。いつの間に青年が隣に座っていた。左手いっぱいにノイチゴを乗せている。
「欲しいなら食ってもいいよ」
「あ……今はいらないかな」
「そうか? 馬は? 食う?」
青年が身をのりだし、ヨシスケの姿を挟んで反対側にいた馬の姿の方へと左手を伸ばす。馬の姿のドラゴンは、ブルルと鼻をならしながら首を横にふった。
「……いらないみたい」
「そうか、上手いのに。本当にいらねーの?」
青年がもう一度左手をヨシスケの姿の方へと差し出す。
「……うん、いいや、ありがとう」
ヨシスケの姿で、ドラゴンは首をふりながら答えた。
「ありがとうって……」
「あのさ、君これからどうするの?」
青年の言葉を遮って、ドラゴンは聞いてみた。青年のきょとんとした顔で見つめてくる。濃い紫色の目に吸い込まれそうだった。




