23. 狩りの練習
明るい太陽の光で目が覚めた。ヨシスケの姿で伸びをする。同時に馬の姿で立ち上がった。一通りヨシスケと馬をそれぞれの眼で観察してみるが、変なところは見当たらない。
「よし! 今日は、旅に必要な道具の準備だ!」
「ブルルルルル!」
食料はその都度調達するつもりだし、ドラゴンになってからは毎日食べなくてもそれなりに平気になっていた。道具については、元々は全て自然のものから作っているので、途中でなにか足りないものがあってもすぐに作ることができるだろうと踏んでいた。
水分の確保も魔法が使えるので心配ない。でも一応水筒は準備しておこう。この不思議な空間の湖は綺麗だし、持っていきたい。またここにはノイチゴをはじめとしていくつか果物を実らせている木もある。洞窟を出発したら、最後にこの空間に立ち寄って旅立つつもりだ。そのためにも、水筒や果物をいれることができるものの準備も必要だった。
ヨシスケは馬にひらりとまたがる。一度洞窟に帰るつもりだ。
だが、ふと思い立って馬からおりると、木の枝でなにやら作り出した。両手に収まるくらいの籠を作ると、湖のほとりにしゃがみこみ、ノイチゴを摘みだした。
籠があらかたいっぱいになると、満足したようににっこりと笑い、馬にまたがり不思議な空間をあとにした。
ーーーーー
馬での走りは快調だった。来るときはドラゴンの姿で飛んできたが、あまり変わらないくらいの早さで洞窟に到着した。
馬を降り、一緒に洞窟へと入っていく。しんとした空気を少しだけ懐かしいと感じた。コツンコツンと聞きなれない自分の足音が洞窟に響いていた。
馬の身体はとりあえず、いつもの寝床に寝かせておく。触れていないと少しだけ気だるさを感じるが、それも段々慣れてきていた。それどころか、そもそもドラゴンの時は身体のエネルギーが満ち溢れすぎており、感覚が研ぎ澄まされ過ぎているような気さえしていた。
ヨシスケの姿のドラゴンは、岩壁へと向かった。少し飛び出ている部分に触れ、集中する。岩の一部がぎこちなくグニグニと動くと、刃渡り20cm程のナイフになった。
それを持ち馬の方に向かうと、取ってきておいた伸縮性のあるツタを取り出す。ツタはしゅるしゅるとナイフの持ち手の部分に巻き付き、ぴったりと融合した。試しにまだ残っているツタに振り下ろしてみると、気持ちよくスッパリと切れた。
切れ味に満足したドラゴンは、同じく取ってあった木の枝を取り出してカバーを作った。自身が巻いているベルトに少し細工をして、装着できるようにする。
ナイフが完成したところで、先日食べたグロロスカニーチャのところへと向かう。氷で攻撃してくる大きなウサギだ。大きな骨と毛皮が残されていた。そこから毛皮を持ち、洞窟の出入り口へと歩きだした。
洞窟の外は、明るい太陽の光で満たされていた。ただ、あの不思議な空間に比べると、やっぱりなんとなく紫色に曇っている。ヨシスケ姿のドラゴンは、洞窟を出て近くの水辺へと向かう。馬で行った方が速いが、分身がそれぞれ離れ離れになっても大丈夫なのかを確認しておきたかった。
水辺へはヨシスケの足で歩いて、おそらく10分程だろう。森のなかをゆったりと歩いていく。森は様々な生き物の気配であふれかえっていた。
そういえば、人間の姿での狩りは試したことがなかった。これから旅に出れば食料確保のための狩りはもちろん、身を守るために相手を倒すこともあるだろう。元々はドラゴン、魔力も頑丈さも桁違いのはずなので、大丈夫だとは思うのだが。
「ついたら……少し訓練しようかな」
そんなことを呟きながら、ドラゴンは水辺へと歩いた。
ーーーーー
「これでよし、と」
腰に手を当て、満足そうに頷く。目の前には、綺麗に肉の部分が取られた毛皮が、直径2m程の球の中に入れられて宙に浮いていた。球の正体は防腐剤の代わりの水だった。
水辺の水を宙に浮かして、自身から出した毒の霧をほんの少しだけ混ぜている。あとは乾かして集めておいた植物油を塗り込めば使えるだろう。スターカーバイソンの革で作ったローブにも、この処理を施している。
ちなみに、ドラゴンの姿で口から出していた炎や水や熱湯、氷、雷、毒はひとの姿でも掌から出すことができた。正確に言えば口からも出せるしその方が威力が強かったが、そんな人間は見たことがなかったので、練習したのだ。いや、掌から炎やらなんやらを出せる現の人間も、見たことはないのだが……。
こうしてみると、やはり自分はもう、現の人間だったヨシスケではなく、妖の生物ドラゴンなのだと痛感する。しかし背に腹はかえられない。現の人間の前で迂闊に使うことは出来ないが、生きていくためには役立つことだろう。
「そろそろいいかな」
球に手を入れて毛皮を取り出す。なにもなくなった水の球は、ゆっくりと川の中へと入っていった。
この川の水量であれば、入れた毒は希釈され問題ないだろう。毛皮は一度川でザブザブと洗い、近くの木の枝に引っ掻けた。
「よし、じゃあ乾くまでいこうかな」
腰に下げていたナイフを取り出し、ドラゴンは森の中へと駆け出していった。
ーーーーー
狩りは、自分でも驚くほどうまく出来た。
森には大小様々な妖の生物がいたが、どの生物も魔法とナイフを駆使すれば特に苦労するものはなかった。特に、前世と比べて身体能力が格段に上がっていることが大きいだろう。垂直跳びで3mは跳べたし、木から木へと跳び移るのも余裕だったし、一度誤って20m程の崖から落ちた時も、しなやかに着地することができた。力も全体的に強くなっているようだ。
前世では狩りや戦闘が得意ではなかったので、ナイフの使い方などはまだまだだが、それを大きくフォローできる程の能力が備わっていた。
しかし、そんな無双状態はある生物によって打ち砕かれた。ボウザータイガーだ。
ボウザータイガーはこの森の食物連鎖の頂点に君臨している。単独行動する妖の猛獣だが、この森には割りと多い。身体も大きくよく食べる肉食動物で、非常に攻撃的だ。ドラゴンはそれなりに大きくなってからも、あまりちかよらないようにしていた。
2本の尻尾から氷を出すキツネのような生物と、身体中のトゲから電撃を放つハリネズミのような生物、2本の牙から熱い蒸気を噴出してくるイノシシのような生物を狩ったところで、ヨシスケの姿のドラゴンは一息ついていた。
キツネのような生物とイノシシのような生物は、前世でも見たことがある。しかし、攻撃魔法の種類が少し違っていた。前世でみたキツネのような生物とイノシシのような生物は、それぞれ火と水の魔法を放っていたはずだ。しかも、火の粉と水しぶきくらいであまり威力はなかったが、さっき倒したものは、どちらもなかなか強力な魔法だった。最もドラゴンにはほとんど効果がないくらいだが。
ハリネズミのような生物は、前世では見たことがない。
この3種類はこの森ではよくいる生物で現世では馴染み深く、ドラゴンも頻繁に食していたものだ。
干し肉にして持っていこうと思いながら内臓を抜き取っていたところ、突然背後からの殺気を感じて振り向き様に避ける。先程までいたところに火球が直撃し、その直後に鋭い爪が地面をひっかいた。
体長2mほどのボウザータイガーだった。
まだ小柄なところを見ると、独り立ちしたばかりだろう。それ故狩りもまだ下手で、腹を空かせて血の匂いに引き寄せられてきたといったところだ。
「ガオォオオオォオォァ!」
間髪入れずに、ボウザータイガーが再度襲いかかってくる。ドラゴンは上方にクルリと後ろへ一回転しながら避けた。
しかし
「ぐっ!」
ボウザータイガーの放った2発目の火球が、滞空中のドラゴンへと命中した。吹き飛ばされて地面へと叩きつけられる。
しつこく纏わりついてくる火を消そうと魔法で水を出そうとする。が、すかさずボウザータイガーが飛び掛かってきた。胸元に爪がくい込む。
「くっ……」
首もとに噛みつこうとする鋭い牙を両手でおさえる。爪は更に深くくい込み、身体を燃やす火も勢いが衰えない。
「ッギャ!」
ボウザータイガーが身体を硬直させ、小さく痙攣する。ドラゴンはその隙に一気に押しやりボウザータイガーの下から抜け出すと、横っ腹を力一杯蹴っ飛ばした。
電撃の魔法を使ったのだ。まだ衝撃から回復しないのか、ボウザータイガーは体制を起こしてはいるものの、動かずこちらを睨んでいる。ドラゴンはフラフラしながら立ち上がり、水の魔法を使う。
ジュッと音がして、しつこい炎はようやく消えた。
「ギャオォオオォオォ!」
再度襲いかかってくるボウザータイガーに、ドラゴンは手の平を向ける。その瞬間、ボウザータイガーは大きな水の球に覆われた。ボウザータイガーは驚いたようにガボガボと暴れまくっている。時折聞こえる爆発音は、額の角から出している炎と水が反応している音だろう。
「っかは!」
ドラゴンは水の球に集中していたが、さすがに先程のダメージが大きかったようで、たまらず咳をする。血の混じった痰がでてきた。その時の一瞬の水の揺らぎを見逃さず、ボウザータイガーが水球から飛び出してきた。
「ガアァア!」
ボウザータイガーがすかさず火球を撃つ。しかしこちらもかなりダメージを受けているようで、先程に比べて勢いがない。ドラゴンは難なく氷の盾を作って防いだ。
「…………」
しばらく両者は氷の盾を間に睨みあっていたが、不意にボウザータイガーが踏み込んだ。ドラゴンは身構えるが、その踏み込みは逃げるためだったようで、ボウザータイガーは森の中に消えていき、あっという間に見えなくなった。
「……はぁー……」
安堵の息をもらし、ドラゴンは近くの木に寄りかかって座り込んだ。
「……人間だったら、死んでたな……。」
そう呟きながら胸の傷をそっと撫で、痛みに顔しかめる。
パカッパカッパカッ
蹄の音が近づき、漆黒の馬が木々の間から現れた。馬を寄り添うように寝かせ、そっと寄りかかる。魔力がみなぎるのを感じながら、ドラゴンは人間の姿のまま目をつぶった。




