22. 準備は着々と
パカッパカッパカッ
夜も更け辺りが静まり帰った頃、不思議な空間に蹄の音が響いた。
「ブルルルルル」
闇から月明かりの下に、漆黒の馬が現れ、その背からヒラリと青年が降り立った。濃い緑色の質素で長めの上衣は太ももの少し上くらいまであり、腰の部分には茶色のベルトが2周巻かれている。下衣は上衣と同じ色で、少しゆとりがあり、後ろの部分には蓋付きのポケットがついている。足には最初に作った木靴を履いているが、木靴の上部はベルトと同じ色の素材が連結されており膝下までのブーツのようになっていて、下衣の下の部分がしまいこまれている。また、一番上にはしっかりとした濃い茶色の革の、フード付きローブを羽織っている。
「ブルルルルル」
もう一度、馬が元気に唸る。馬らしさも板についてきたようだ。
ドラゴンは服を着たヨシスケの姿を湖にうつしてみる。周囲の空気を動かし、とんと地面を軽く蹴ると宙に浮くことができた。今日の素材集めの時に発見したことだった。
月明かりしかないため少し色合いが分かりにくいが、シルエットは問題ない。今の流行りの格好などは全くわからないが、少なくとも変質者っぽさや物理法則を無視した不自然さなどは見受けられない。
ちなみに、上衣と下衣は繊維のしっかりした植物の葉、ベルトとブーツの上部は伸縮性のあるツタ、ローブはスターカーバイソンの革から作った。どれも魔力で形を変えて作ったものなので、縫い目や編み目などは見当たらない。
また、色々と挑戦してみるなかで、ドラゴンは3つほど気づくことがあった。
まず一つ、魔力で妖も現も様々な物の形を変えることが出来たが、それらはどれも生命活動をしていない物に限られていた。いや、正確に言えば生きたままでも姿を変えさせることはできそうだった。
ただその場合、大きな力の抵抗を感じるのだった。まるで自分の魔力が押し戻されるような感じだった。木の枝や葉っぱを本体からいったん切り離してしまえば、その部分の抵抗はなくなるのだが、生えている木を無理矢理変化させようとすると、大きな抵抗を感じたのだ。
これは動物の方が顕著で、仕留めたスターカーバイソンもまだ息がある状態で姿を変えさせようとすると、植物の時よりもはるかに強い抵抗を感じた。
どちらも無理矢理魔力を込めれば出来そうではあったが、相手に強い苦痛を感じさせる可能性もあったため、早々に試すのをやめたのだった。
もう一つ、自分の姿の場合は色も形も自由自在だったが、物の場合は質感や色は変えることができなかった。
最後は魔力についてだ。人間だった頃は妖の生物を殺すと、紫色の結晶が現れ、それを取り込むことで魔力を得ていた。しかし、ドラゴンになってからこの結晶を見たことはなかったのだ。不思議に思って、スターカーバイソンを仕留めた時に注意深く観察してみると、スターカーバイソンの身体からキラキラとした紫色の光の粒が立ち上がり、吸い込まれるようにドラゴンの身体に吸収されていることに気がついた。現の生物の人間の時は手動だったが、妖の生物であるドラゴンになったら自動で魔力を取り込むことができるようだ。
ちなみに、ドラゴンは自らの魔力を使って意図的にこの結晶を作ることもできた。ただ、いくら魔力の結晶を作ってみても、自分の魔力が減っていく感覚は全然なかった。ドラゴンの持つ魔力がどのくらいのものなのかと、頭大の結晶を300ほど作ってみたところで、ドラゴンは調べるのを諦めた。薄々感じてはいたが、ドラゴンは潜在的にものすごい量の魔力を持っているらしい。
結晶化した魔力は、人間の時と同様に身体に強く押し付ける(というか抱きしめる)と、吸収することができた。300ほどの結晶を全て吸収し終わったあと、二度とこの方法で魔力の量を調べることはやめようと誓った。
ドラゴンは湖にうつった自分の姿に満足すると、馬の方へともどり、背に乗せていた袋を地面にどさりとおいた。袋はローブと同じスターカーバイソンの革で出来ており、伸縮性のあるツタで作った太い縄で上部が縛れるようになっている。縄は長めなので、肩にかけることもできるし、馬に固定することもできた。中にはスターカーバイソンの角や余った革が入っていた。肉は食べてしまったためはいっていない。
ドラゴンは満足して、湖のほとりのノイチゴをパクリとつまんだ。相変わらず甘酸っぱくてとてもおいしい。
しかし……。
(……ん?)
ふと、気づいた。
「……なんで、ドラゴンは妖の生物なのに、ノイチゴの味がわかるんだ?」
現の生物が妖の生物を食べても、毒にもならないが栄養にもならなかったはずだ。温度や固さは感じても、味はないしお腹にも溜らない。なのでその逆、妖の生物が現の生物を食べても同様だと思っていたのだ。実際、現の生物が妖の生物に食べられたという話を前世で聞いたことはなかった。
(いやでも、本当のところはどうなのかは知らないから、妖の生物は現の生物を食べられるのかも)
(でもじゃあなぜ捕食目的で襲われることがなかったんだろう……)
(……もしかしてこれは妖のノイチゴ?)
クンクンと匂いを嗅いでみる。前世の記憶のとおり、甘酸っぱい匂いだ。
「……まあ、いっか」
旅にでれば、追々わかってくることもあるだろう。それに、現の生物も食べられるのであれば、現の人間のフリをして旅をすることにとって好都合だ。今はこれ以上、深く考えることはやめることにした。
ドラゴンは馬の姿の自分を湖のほとりに寝ころがした。馬の寝姿はめったに見たことがないためすこしおかしかった。
「旅に出たら、馬の姿であまり寝ころぶことはできないかな。」
そんなことを呟きつつ、ドラゴンはヨシスケの姿のまま、馬に寄りかかった。
今日からはこの姿のまま寝てみるつもりだ。多分大丈夫だとは思うが、万が一寝ている間にドラゴンの姿に戻ってしまうようなら大変だ。
ローブをぬぎ、毛布のようにふわりと身体にかけ、くるりと丸まる。人の姿に変身しようと試みてから、ずっと活動し通しだったので、さすがに少しつかれてしまった。ふっと目をつぶる。
優しい月の光が瞼の上から柔らかく撫でているような気がした。何かと寄り添って眠るのはドラゴンになってから初めてだった。例えそれがどちらも自分の分身であっても、ドラゴンは少しうれしかった。
「……おやすみ」
ヨシスケの姿でそっと呟き、ドラゴンは眠りに落ちていった。




