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21. 試行錯誤

ご指摘いただいて誤字を修正しました。

ありがとうございます。

(もうすぐ見えてきてもいいはずなんだけど……)

 1時間ほど飛んでいるが、不思議な空間は一向に見えてこない。方向感覚には自信があったのだが、これは方向を間違えたかと心配になってきた。


 その時、視界が急に明るくなりドラゴンは思わず目を細めた。


 昼間に見る空間は、とても眩しかった。

 ドラゴンは数回瞬きをすると、空間の中を旋回し始めた。現世に生を受けてからずっと紫色の霧の中で過ごしてきたため、それが当たり前になっていた。そんなドラゴンにとって、久しぶりに霧のない中で見た太陽は本当にとても気持ちよく、胸を高鳴らせるものだった。


 ひとしきり飛び回ったドラゴンは、真ん中辺りにある湖の岸に降り立った。ノイチゴの匂いがふわりと鼻をくすぐる。軽く辺りを見回してみても、動物は見当たらない。


(よし)


 ドラゴンは目をつむり、ヨシスケの姿になった。慣れてきたのか、段々と楽に変われるようになっていた。どきどきしながら、湖に姿を映すと、そこには久しぶりにみたヨシスケの顔があった。

 前世のときもそれ程頻繁に見ていたわけではなかったが、懐かしい顔を見ていると、どこかほっとするような、寂しくなるような気分になった。思わずそっと手を伸ばすと、指が水面にあたって波立ち見えなくなってしまった。


 波が収まるのを待ってから、一通り全体をチェックしてみる。背中を見るのは少し大変だったが、それでも変なところはなさそうだった。

 ドラゴンはほっと息をつくと、湖の端に腰を下ろした。草が少しだけチクチクするが、あまり気にならない。もとはドラゴンだからだろうか。


 足を湖につけると、冷たくて気持ちがよかった。そういえば、生まれ変わってから軽い水浴びくらいしかしたことがなかった。少し肌寒いような気もするが、ぱしゃぱしゃと足で水をけりあげて楽しむ。


(お風呂も入りたいな)


 ドラゴンはこれからの旅を思い、わくわくする気持ちをおさえられなくなっていた。ぐんと手を伸ばし、近くにあったノイチゴをつまんで、ぱくりと口にいれる。口の中の甘酸っぱさを楽しみながらもうひとつと手をのばす。


 ふと、違和感に気づいた。


 慌てて立ち上がり、辺りを見渡す。

(……まさか……)

 周囲の木々は、前世でもよく見慣れたものだった。しかし、それらは記憶と比べて一回りもふた回りも小さかった。


 いや、姿を変えたドラゴンが大きいのだ。2~3メートル程あったはずの木を見下ろしながらため息をつく。姿形ばかり気にして、大きさまで考えていなかった。

(こんな人間は、さすがにいないな……)

 ドラゴンは立ち上がると、大きさの調整に挑戦することにした。


 ーーーーー

(んー……これが限界か……)

 湖には夕焼けが映っている。ドラゴンはヨシスケの姿で湖の岸にどさりと腰を下ろした。先ほどよりも小さいヨシスケが、今度は全裸で自分よりも大きいくらいのカバンを背負っている。


 あれから色々と試してみたが、どうも体積を変えることはできないらしい。そこで仕方なく、ヨシスケの身体に何かを付属させることでバランスをとろうとしたのだ。少し不恰好だが、パンパンのカバンであればシワも気にならないし、それ程不自然ではない。服を工夫すれば、ちょっと風変わりな行商人として通用するだろう。


 ただ、カバンを下ろせないとなると少々厄介である。行商人だと当然人とのやり取りをしなければ怪しまれてしまうが、下手な行動をとれば更に怪しまれてしまう。ドラゴンは頭を抱えて目をつむった。


(他に何か、身体にくっついていても不自然じゃないやつ……)

 色々と考えてみたが、なかなかいい案は思い付かなかった。しかし、旅に出ることを諦めることはどうしても嫌だった。


(くそっ……カバンが身体から取り外せたらなぁ。こう、隣にぽんと置いてさ、そしたら……)

 そう考えていた時、背中がふっと軽くなり、代わりに少しだけ気だるさを感じた。

 ドラゴンははっと目を開けた。湖にはヨシスケの姿が映っていたが、先ほどまで背中にあったカバンが見当たらない。隣に目をやると、ぽんと置かれたカバンがあった。


(っ!? 取り外せるのか!?)

 体積を変えることばかり考えていて、体積を分けるということは盲点だった。そっとカバンに手をやると、なんとなく温かい。

 そして、気だるさがすっと引いた。手を離すと、気だるさが戻ってきた。

 ドラゴンは試しに元に戻ってみる。湖を見てみると、姿を変える前のドラゴンが大きさも変わらず湖面に映っており、カバンは消えていた。


 ドラゴンは嬉しくなり、勢いよく立ち上がると大きく咆哮をあげた。周囲の森から、鳥が一斉に羽ばたく音が聞こえた。

(分身みたいなものなのかな……とりあえずやった! これなら楽勝だ! ……まてよ、それなら……)

 ドラゴンは日が沈んでいくのも気にせずに夢中で挑戦を続けていった。


 ーーーーー

(これでよし!)


 少し痩せ形だが、ごく普通の体形に、ピンピンとはねる癖の強い黒い髪に黒い瞳の青年が、漆黒の馬にまたがっていた。馬はとても大きく、大人二人くらいなら余裕で乗れそうだ。

 青年はぴょんと馬から飛び降り、少し遠くから馬を眺める。馬は月明かりに照らされ、少しだけ濃い紫色に見えた。


 もちろん、この馬も元々はドラゴンの一部である。色々と試行錯誤した結果、ドラゴンは複数の生物へと変身することができた。しかも、変身した全ての身体を同時に別々に動かせるし、視覚や嗅覚など五感からの情報を得ることができる。ただし、少しコツがいるため現状違和感なく動かせるようになったのは2つの身体までだ。また、身体を分ければ分けるほど気だるさがひどくなった。多分、魔力などの力の源が分散されてしまうからだろう。

 もっとも、これは分裂した身体に触れていれば解消されるので、一緒に行動する分には問題ないが、それでもやはり2体くらいが今のところ丁度よいみたいだった。


 という訳で落ち着いたのがヨシスケの姿と馬の姿だった。馬なら乗るなり引くなり、常に触っていても不自然ではないし、何より旅をするにはもってこいだ。馬は少し大きい気もするが、このくらいならば個性といっても大丈夫だろう。

 ヨシスケの姿もきちんとした測定はしていないが、周りの木々の高さと比べてみると、多分175~180cmくらいに調整できているはずだ。まあこの辺の微調整は、あとからでもできるだろう。


(あとは……)

 ヨシスケの姿をしたドラゴンは近くの木に近づき、そっと枝に触れた。自分の身体で色々と試しているうちに、姿を変えるということになんとなく慣れてきた。そしてそれを応用すれば、他の物質の形も変化させられるのではないかと思ったのだ。


 木の枝に触れる手にゆっくりと意識を集中させる。少しだけ木から抵抗のようなものを感じたが、割りと簡単に枝は幹から外れた。熟した果物を収穫するような感じだ。


 外れた枝からは、もう抵抗を感じない。頭にイメージを浮かべながら、再度手に意識を集中させる。じんわりと手が熱くなる。同時に、木の枝が変化し始めた。

 意思を持つ動物のようにぐねぐねと動き、形を変えていく。必要のない部分がぽたりぽたりと地面に落ち、手の中には質素な木靴が出来上がっていた。


 ドラゴンは木靴を握りしめ、天高く掲げた。

「ぃ"い"よぉっしゃあ"! っ!?」

 思わず上げた声に、はっとして口を押さえる。そういえば、人の姿で初めて、いや、ドラゴンに生まれ変わってから初めて言葉を発したのだった。

「……あ"ー、ごほ、あ"ー、あー……んにち、んんっ、こんにぢは、んっ、こんにちは……」

 少々かすれているが、発音自体は問題無さそうだ。

「……しよし、んんっ、少しずつ慣らしていけば大丈夫だな」


 そう呟くと、改めて手の中の木靴に意識を戻す。

 右足用の木靴は質素だが滑らかなできばえだった。木でできているのは明らかにわかるのだが、職人が切り出したのとはまた違う、独特な滑らかさだ。そっと右足に履いてみると、少しだけ大きい。そっと手を添えたまま意識を集中すると、木靴が何やらうごめき、足にぴったりのサイズになった。


「ははっ、便利だな」

 ドラゴンは嬉しそうに笑うと、先ほど余って落ちた枝を広い集め、左足の木靴も作る。丁度いい材料さえ手に入れば、この調子で服や日用品など作ることができるだろう。慣れていいものが作れるようになれば、商品として売れるものも作れるかもしれない。旅にはお金も必要になってくるだろう。


「よし、じゃあ材料を調達してこようかな」

 そういうと、湖のほとりにいる馬にヒラリと跨がった。ヨシスケの頃なら到底届かなかっただろう馬の背に難なく飛び乗ることができた。身体能力は少々人間離れしているところがあるようだが、あえて見せびらかさなければ便利な能力として旅の助けになるだろう。


「よし! いくぞ、相棒!」

 そういうと、馬の首筋を軽くぽんと叩く。といっても、馬もドラゴンの一部なので動くのは結局自分なのだが。馬はそれらしく前足をあげると、勢いよく駆け出して不思議な空間を飛び出していった。

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