20. ドラゴンのからだ
バルーンが飛んできた方向を星の位置で確認したあと、ドラゴンは洞窟にまいもどった。興奮で今すぐにでも出発したいところだが、長旅になるだろうから準備が必要だ。第一、ドラゴンの姿で旅をしない方がいいだろう。ヨシスケが生きてきた頃からどのくらい経ったのかわからないが、ドラゴンが普通に村や町を闊歩している世の中になっている可能性は少ない。
ドラゴンにはちょっと考えがあった。
(確か、妖の生物は姿を変えられたはず)
前世の頃の噂話に過ぎなかったが、試してみる価値はある。ドラゴンは、自分の両前足をじっと見つめてみた。
(まず、手で試してみるか……)
ぐっと力をいれてみる。
変化なし。
左手で右手を引っ張ってみる。
変化なし。
一応、右手で左手を引っ張ってみる。
やっぱり変化なし。
ぶらぶらと振ってみる。
変化なし。
軽く噛んでみる、噛みながら引っ張ってみる、舐めてみる、息を吹き掛けてみる、岩にペチペチ叩きつけてみる。
全部変化なし。
ドラゴンはぺしょりと岩の上に突っ伏す。
(どうやったらできるんだ……)
ため息と共に目を閉じた。
(人の手、か……ヨシスケの頃はちょっと小さめで、ベイリットと比べてもいつも5ミリくらい小さかったなぁ。あ、でも人差し指はなんか長かったから、そこだけほんのちょびっと勝ってて……)
何とはなしに、前世の手を思い出す。
(あの噂がただの噂だったら、旅が……なんとか、なんとか変わりたい。まずは手を、人の手に……)
すると、両手がじんわりと温かく、少しくすぐったい感じになった。キンキンに冷えた手を温かいお湯に入れたときのような感覚だ。はっとして手を見てみると、そこには前足をはなく、代わりに人の掌があった。人差し指がちょっとだけ長い。
ドラゴンは飛び起きた。
(っできた! できたできた!! 人の手だ!!)
興奮で心臓が騒がしい。
ドラゴンの身体に人の手という何とも奇妙な姿になったが、そんなことはどうでもよかった。とにかく、旅に出るための最大の難問の一つを解決する鍵が見つかったのだ。
(……なりたい姿を思い描いて、強く願えばいいのかな……)
ついさっきの感覚を思い出しながら、ドラゴンはまた目をつぶった。
ーーーーー
(やっぱ、これが限界か……)
少し痩せ形だが、ごく普通の体形。全裸に靴下をはいたヨシスケがうっすらとした光の中にたたずんでいた。
もうとっくに夜も明けており、天井の穴からは柔らかい光が差し込んでいる。
ドラゴンは、なにもすき好んでこんな変態スタイルになったわけではない。姿を変えるのはなかなか大変で、かなり正確な姿を思い描かなければならなかった。ぼんやりとした姿を思い描けば、そのままぼんやりした姿で再現してしまうのだ。
何度も何度も失敗してはやり直し、やっと見える範囲はそれらしい姿になることができたのは、朝日が顔を出し始めた頃だった。
ーーーーー
(よし! ……うーん、でも……)
ドラゴンはヨシスケの姿をまじまじと見る。細部まで忠実に再現してみたのはいいが、そうなると全裸であることがとても気になる。誰もいないとはいえ、こんなに広い空間で裸になったのは初めてだ。
(服も思い描けば再現できるのかな?)
ドラゴンは早速挑戦する。だが、服の再現は思ったよりも難しかった。最初は、どう見てもボディペイントのような不自然な服になってしまった。これで歩き回る勇気はなかった。
更に集中して服のシワなども想像し、なんとかそれらしくなったが、いざ動いてみみるとシワは固定されたままで動かず、やはり不自然だった。シワがなくてもいいよう鎧に挑戦してみたが、鎧なんてちゃんと細部まで見たことがなかったため、鉄板を張りあわせたような、何とも言えないできにしかならなかった。
唯一、違和感なく再現できたのが、靴下だったのだ。
(俺の想像力だと、これが限界みたいだ……。手袋もできそうだけど、それが出来たところでなぁ)
肝心な部分が無防備過ぎる。
(ま、とりあえず最初にしては上出来かな)
ドラゴンはヨシスケの姿を見て、満足する。しかし、背中や顔など、見えない部分がどうなっているのかわからない。一応、髪はギリギリ見える。手触りからしても、それらしく出来ているっぽい。
(んー……鏡もないし……あっ!)
ドラゴンは昨日行った不自然な空間を思い出した。確か、ノイチゴの茂みの隣に池があったはずだ。あそこなら見えるかもしれない。
(よし、行ってみよう! ついでに、何か服の代わりになるものも探そう。……もしなければ、最悪鎧でいくか……)
そんなことを考えていたら、洞窟の出口にきていた。ドラゴンは少し考えて、もとの姿に戻った。飛んでいった方が早いと思ったし、なにより全裸に靴下という格好でウロウロするのは、誰もいないとしても羞恥心が許さなかった。
ちなみに、最初は元に戻るのもやり方がわからずに一苦労だった。まだ上手く姿を変えられず、のっぺりとした胴体にドラゴンの足と人の腕、そして尻尾がくっついた姿で、戻りかたがわからないことに気づいた時には軽くパニックになった。
なんとか落ち着こうと目を閉じ、深く深呼吸をしゆっくりと息を吐ききると、腹の真ん中くらいにじんわりと暖かさを感じた。よくわからなかったが、その暖かさに意識を集中させると、それは身体の中から徐々に広がり、突如ぶわっと全身に鳥肌がたった。
驚いて目を開けると、姿が戻っていた。前世の記憶が戻ってから初めて、ドラゴンの姿である自分を見て、心から安堵した。
ドラゴンは洞窟の入り口で大きくゆっくりと羽ばたく。周囲の草木が風を受けてざわざわと音をたてるなか、ドラゴンは空へと舞い上がった。太陽は丁度真上くらいにきている。こんな真っ昼間に飛ぶのは久しぶりだった。
ドラゴンはあの不思議な空間の方へと一直線に飛んでいった。




