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19. 旅立ちの決意

 目が覚めると、夜がとっぷりとふけた時間になっていた。ドラゴンはうっすらと昨日のことを思い出していた。ちらりと見た身体は、相変わらず濃い紫色に光っており、なんとも言えない気持ちになった。


(俺、ドラゴンになったのか……生まれかわりって本当にあるんだ……)

 ドラゴンの記憶はもちろんしっかりと残っている。ただ、前世のヨシスケの記憶も、特にあの夜のことは、本当に昨日のことのように覚えていた。

 あの赤い実が、幻覚のような作用を引き起こし、ありもしない記憶を改竄した可能性もあるにはあった。しかし、ドラゴンは自分の前世がヨシスケだったということが、上手くはいえないがとてもしっくりときていた。


(あれから、どのくらい経ったんだろう。ベイリットやリーズ、村長やみんな、元気かなぁ)

 ドラゴンは寝転んだまま、ヨシスケの記憶に思いを馳せる。

(……100年後とかで、みんな死んじゃってたりして。どちらにせよ、みんな幸せに過ごせていたらいいな。俺はあんな最期になったけど、幸せだった……あれ……そういえば……)


『……仲良くできるはずなの! ねえちょっと、どうにかしてよ!』


 最期の最期に聞こえた声。いやにはっきりと頭の中に響いたのを覚えている。

(女の人の声だったけど、リーズの声じゃない。なんていうか、もっと幼い感じの……)

 そんな子がいただろうかと考えるが、全然思い出せない。

(仮に、あそこにいた誰かだとしても……どうにかしてよって、なんのことだ……?)


 しばらく考えても答えが見つかりそうにないので、ドラゴンは一度外に出てみることにした。そういえば少しお腹も減っている。

 昨日は結局ノイチゴしか食べていない。ドラゴンは洞窟から出ると、ばさりと羽ばたき深い闇の中に消えていった。


 ーーーーー


 戻ってきたドラゴンの口には、牛くらいの大きさの白い動物がくわえられていた。グロロスカニーチャという、巨大な妖のウサギだ。現のウサギと比べると尻尾が少し長く、そこから鋭く尖った氷の欠片を出す。後ろから追いかけようとすると、逃げながら攻撃してくるのでなかなか危険だ。その点、上からの攻撃にはてんで弱い。前世でもよく目にする妖の生き物だったが、大きさはせいぜい現のウサギよりふたまわりくらい大きいくらいだったはずだ。


 寝床の横までいき、獲物を置く。洞窟の入り口あたりまでは、まだバタバタとしていたが、ついに息絶えたのかもうピクリとも動かない。ドラゴンはできるだけ差し込む光から離れ、隅の方でもそもそと食べ始めた。

 今までは外で食べることがほとんどだった。しかし前世の記憶を取り戻した今、獲物を生で貪り食う自分というのを受け入れがたく思う気持ちも芽生えていたのだ。できるだけ、自分の姿が目に入らないように暗いところで食べることにしたのだが、残念なことにドラゴンという生き物は夜目が効きすぎている。

 変わってしまった自分自身も、往生際悪くそこから目をそらそうとしていることも、結局そのささやかな抵抗は全然意味がなかったことも、そしてなにより本能のまま獲物をペロリと平らげてしまったことも、何もかも嫌になって、ドラゴンは寝床にごろりと転がった。


 天井の穴から月が見える。太陽はこの辺一帯の霧のせいで紫がかって見えるのに、月の光は相変わらず澄んでいた。前世の記憶と同じ姿の月は、ドラゴンの心をざわりざわりとかき乱す。


 寂しい、と思った。


 ドラゴンになってから、初めての感情だった。いや、よくよく思い出してみると同じような気持ちになったこともあるような気がする。この何とも言えないざわざわした感情に、寂しさという名前があることに、ドラゴンは初めて気がついたのだった。


 前世を思い出すまでは、たった一人で生きてきた今の状況全てが当たり前のことで、不満に思ったり不自由を感じることはなかった。実際今も、ここで生きていくにあたって、特段障害は思い付かない。これからも獲物をかり、ここで寝て、月夜の中を散歩して、時が過ぎていくだろう。ドラゴンの寿命はどのくらいか知らないけれど、それまでずっとこうやって一人で。

 でもなんだか、心臓の周りがざわざわちくちくと落ち着かない。ドラゴンはどうしようもなく寂しい気持ちをもて余して月を睨んだ。


 すると、月の前を何かがふよふよと横切った。

 球形の物体、あれは……。


 ドラゴンはがばりと起き上がると、慌てて羽ばたき天井の穴から外に出る。

(あった!)

 先ほどの物体が上の方に浮かび、ゆっくりと飛んでいる。急いで近くに飛んでいく。物体は思っていたよりも大きく、ドラゴンと同じくらいの大きさがあった。

(導きの……バルーン……)

 それは、永劫の災いの再来直前に滅紫教が飛ばすバルーンで間違いなかった。こんなに近くで見るのは初めてだ。全体が暗い紫色をしており、上側に紫色のドラゴンと、その前にはドラゴンを押さえ込むように交差して掲げられた剣が二本描かれていた。

 滅紫教のシンボルだ。

 バルーンは相変わらず紫色のモヤのようなものを出しながらゆっくりと進んでいる。ヨシスケの目で見たときよりも、紫色のモヤが濃いような気がするが、今はそれどころではなかった。


 ドラゴンはバルーンが飛んできた方向を見る。ある程度よりも先は、紫色の霧で見えない。でも、このバルーンは王都ディルブランドの滅紫教の教会から飛んで来ているはずだ。この空は、ディルブランドに続いているのだ。ディルブランドまでいけば、ヨシスケが住んでいた村まで行く道がきっとわかるだろう。


 どうして今まで思い付かなかったんだろう。ここに縛られている理由などないのだ。

 みんなに会えるかもしれない。もし会えなくても、話くらいは聞けるかもしれない。あの時言えなかった言葉を伝えられるかもしれない。そして、ヨシスケが見たことのない景色や会ったことのない人や動物にも会えるかもしれない。


 みんなに会いに行こう!

 知らない世界を見に行こう!

 旅に出よう!!


 そう思ったドラゴンは、先ほどまでの心臓の周ろのざわざわやちくちくが、暖かい興奮に変わっていることに気がついた。ドラゴンは大きく咆哮をあげた。闇夜に響くそれは、ドラゴンの決意の現れだった。

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