18. 前世の記憶
いろんなことを経験しながら、チビドラゴンはスクスクと育っていった。正確に数えていないのでわからないが、十数年は生きたはずだ。今では自由自在に飛ぶこともできるし、炎だけではなく水も熱湯も氷も雷も、更には黒い毒の霧まで吐くことができるようになっていた。初めて毒の霧をはいたときは、周囲2メートルほどの植物が瞬く間に枯れてしまい、たいそう驚いたものだ。
特に夜行性といった訳ではないが、月夜の下を歩くのが好きなので、ドラゴンは今日も月を見ながら食べ物を探していた。洞窟の周辺には物騒な動物しかいなかったが、ドラゴンは自分でそれらの獲物をとることもできるようになっていた。この日は特に月が綺麗に輝いていたため、ドラゴンはいつもより遠くまで来ていた。
また、昨日大きな動物を3頭も取ることができて、全て残さず平らげてお腹があまり空いていないこともあり、ちょっとした探険の気分で初めての場所を意気揚々と進んでいた。ドラゴンは今でもあの洞窟を棲み家としていたが、たまに外でも寝るようにもなっていたので、疲れたらその辺で一眠りしてから帰るつもりだった。
しばらく歩いていると、ほんの微かに、何か匂いがした。今まで嗅いだことのない、でもなんだかすごく、懐かしいような匂いだ。ドラゴンは引き寄せられるように走り出した。
途中何度か匂いが途切れながらも、ドラゴンは辛抱強く匂いを追った。匂いは少しずつだが段々と、確実に強くなっている。ドラゴンは足を早めた。
サアアアアアアァ
あるところに足を踏み込んだとき、空気が変わった気がした。身体の周りが軽くなり、視界も少しだけ明るくなったようだ。ドラゴンは辺りを見渡す。
直径100メートルほどの丸い円が地面に描かれており、ドラゴンはその中の踏み込んだようだ。円のなかにも複雑な模様替え描かれているようだが、上に繁茂している植物でよく見えない。そしてその植物も、今までドラゴンが見たことのある禍々しいものではなかった。木々は爽やかな緑色の葉をたくさんつけ、どこか優しげな感じがしたし、足下の草もフワフワと柔らかくて小さな色とりどりの花がポツポツと咲いている。
その時、またあの匂いがしてきた。今まで感じた中で一番強い。ドラゴンはできるだけ花を踏まないように、匂いの元へと急ぐ。
それは、円の丁度中心くらいにあった。小さな泉があり、水面が風に穏やかに揺られている。そのすぐ近くの背の低い草の茂みに、小さな赤いものがたくさんついている。花ではなく、実のようだ。
ドラゴンは屈んで匂いを嗅ぐ。間違いない、この実から匂っている。器用に口先で摘まむと、パクリと一つ食べてみた。口のなかに甘酸っぱさが広がる。
ドラゴンは夢中になり、次々と食べていった。そしてあまり夢中になりすぎて、茂みに足をとられて転んでしまった。茂みに身体が突っ込み、大量の赤い実が潰れた感触がした。潰れた実から、一層強く甘酸っぱい匂いがする。
その瞬間、ドラゴンの頭の中にたくさんの記憶が浮かんできた。
暗めのブロンドでサラサラの髪の男の子に手を引かれている。とてもかわいい女の子が手を降り、栗色の髪をなびかせながらこちらにかけてきている。
たくさんの子供と、荷車を押している。先ほどの男の子と女の子が少し大きくなり、馬を引きつつにっこりと自分に話しかけてくる。
目線が高くなり馬を引いていると、後ろからぐすぐすと泣き声がする。泣いている子の頭を優しくなで、おぶってやり再び歩きだす。
月明かりの下、ランプを囲んでブロンドの青年と栗色の女性と一緒に何かを食べている。青年が執拗に頭を撫でてくるのを防ごうと必死になっているが、女性はそれを見てコロコロと笑っている。
真っ赤に染まった部屋で、火傷をおった青年が女性を守ろうと抱きしめている。迫り来る大きな火の玉が、自身の身体を焼いていく。そして、息苦しいほどの甘酸っぱい匂い。
ノイチゴの匂いだ。
茂みは小さな刺でチクチクとくすぐったいが、ドラゴンは一向に立ち上がる様子がない。
(俺……俺は……)
ふわりと甘酸っぱい匂いがドラゴンの鼻孔をくすぐった。
(ベイリット……リーズ……俺……)
ーーーーー
混乱する頭が一旦落ち着くまで10分ほど、ドラゴンはノイチゴの茂みにたおれこんだままだった。とりあえず、ゆっくりゆっくりと立ち上がり、茂みから出て、腰を下ろす。
(俺、今……ドラゴンだよなぁ……)
改めて、自分の身体を見てみる。
光沢のある濃い紫色の鱗が頭から尻尾の先までびっしりと生えており、頭には角のようなものもごてごてと生えている。首の下からお腹にかけては薄紫の蛇腹のようになっており、一枚一枚は多分鉄よりも硬いと思う。羽はコウモリのような形で、お腹よりもさらに薄い紫色をしている。
前世では、ドラゴンなんて見たことがなかった。そもそも絶滅したと言われており、数少ない一部の命知らずな冒険者たちが、一攫千金や名声のために探しているような生き物だったのだ。
(……)
ドラゴンは羽をばさりと拡げると、高く高く登っていった。この不思議な空間は、空高くまでずっと続いていた。そしてその回りは、紫色の霧がうっすらとかかっているように見えた。下に生えている木が点ほどの大きさになった辺りで、ドラゴンは上昇を止め、ぐるりと一回りして辺りを観察した。
不思議な空間の外は紫色の霧で数十キロ先くらいまでしか見えないが、見える範囲は全て、ドラゴンのよく知る禍々しい植物の森だった。
(ここは、どこなんだろう……)
ーーーーー
ドラゴンは洞窟に帰るため、不思議な空間を後にした。先ほどまで当たり前だった森は、前世の記憶を思い出した今見てみるととても不気味に見えた。
(前世でこの森を見つけても、とてもじゃないけど入らなかっただろうなぁ)
その時、動物の気配を感じて立ち止まる。注意深く辺りを警戒すると、遠くの茂みからこちらを伺う動物がみえた。
(ボウザータイガーとスターカーバイソン……)
ドラゴンが初めて食べた動物と、その時に追いかけられた動物だ。今まで名前なんて気にしたことがなかったけれど、この2匹もほぼほぼ伝説上の妖の生き物である。かなり昔の冒険者がとってきたと言うボウザータイガーの牙と、スターカーバイソンの角のレプリカを小さいときに大きな町の博物館で見たことがあった。
ボウザータイガーはスターカーバイソンの喉元に噛みつきながらこちらを睨んでいる。スターカーバイソンは時折足をばたつかせながら角から氷をだして抵抗しているが、氷は既にキラキラとした粉しか出ておらず、それも段々弱々しくなってきた。ドラゴンは横取りするつもりがないことをアピールしながら、その場を立ち去った。
洞窟からかなり遠くまで来ていたが、ドラゴンはゆっくりゆっくりと洞窟を目指して歩いていた。いつの間にか朝日が登っている。この辺一体の紫色の霧のせいか、太陽は少しだけ紫色に見えた。
太陽がかなり高くまで登ったころ、やっと洞窟に到着した。ゆっくりと寝床に戻る。チビドラゴンの頃からずっと寝ている光の下にクルリと丸まる。ずいぶん前から卵の殻は粉々になり今は跡形もないが、それでも気にならないほど今の身体は固く強くなっていた。なんだかどっと疲れたドラゴンは、大きく息を吐く。
(朝起きたら、全てが夢かもしれない……)
前世の記憶が夢なのか、ドラゴンに生まれ変わったことが夢なのか。どちらを望んでいるのかわかりないまま、ドラゴンは眠りにおちた。




