16. 最期のとき
ヨシスケは外れかけたドアを乱暴にひく。
「っかは!!」
中から強烈な熱波が出て来て、思わず咳き込んだ。
「ヨシスケ! くっ!」
倉庫の右端に、ベイリットとリーズがいた。そして、その反対側に人型の妖もいる。男女のようで、二人とも白い耳と尻尾が生えている。妖の男がベイリット達に向けて両手をかざし、絶え間なく拳大の火球を放っていた。妖の女は男の妖の背中側の壁にうずくまり、微かに震えているようだ。
倉庫の中は、割れた瓶や樽やこぼれたノイチゴのジャムやジュース、酒でめちゃくちゃになっていた。ノイチゴの甘酸っぱい匂いが、場違いなほど強く漂っている。
ベイリットはリーズを抱き抱えたまま、右の掌を男の妖に向けて自分の周りに氷の盾を作っていた。妖の男の火球が氷の盾に当たると、小さな爆発のように弾け、当たった部分の氷が一瞬で融けて蒸発している。ベイリットは氷が蒸発するたび、魔法で氷をうみ出しながら耐えているようだ。
しかし次の瞬間、ついにベイリットの氷の盾は粉々に砕けてしまった。最初の大爆発から、こんな熱い中でずっと氷を作り出し続けて防いでいたのだろう。とうとう、ベイリットの魔力が切れてしまったのだ。ベイリットは咄嗟にリーズを庇う。
火球が1つベイリットの背中をかすり、後ろの壁に直撃した。壁は火球が当たった部分が黒く焼け焦げ、少しだけ穴が空いてしまった。
「ぐっ……」
「ベイリット!!」
ベイリットの腕の中のリーズが、悲鳴のようにベイリットの名前を叫ぶ。
リーズはすぐに自分の手を妖の男に向けてかざし、ベイリットと同じように氷の盾を作った。だが、先程と比べると明らかに弱々しい。リーズもかなり消耗している。
妖の男はここぞとばかりに大きな火球を溜める。トドメを指すつもりなのだろう。妖の生物は幻術で、ダメージのない攻撃の幻を見せることがあるが、今回は火球が大きくなるにつれ、倉庫の中の温度も上昇している。この攻撃は幻ではなく、本物だ。まともに受けたら無事ではすまない。
ベイリットはリーズを庇うように強く抱きしめた。
ドオオォオォオン!!!
地鳴りのような音が響き、ヨシスケは強い衝撃を受けた。身体中に融けた金属が流し込まれ、同時に四方八方へと引き裂かれるような感覚だった。
ヨシスケは火球が放たれる瞬間、妖の男の前に飛び込んでいた。後ろ手でベイリットとリーズの前に氷の盾を作り、勢いを止めるべく、自らの身体で火球を受け止めたのだ。頭よりも一回りほど大きな火球は、ヨシスケの皮膚を焼き、骨を砕き体を吹き飛ばして、ようやく消えたようだ。ヨシスケは熱波とともに吹き飛び、自分の作り出した氷の盾を粉々に砕き、ベイリットの背中にぶつかった。
「なっ……ヨシスケ!?」
「ヨシ君? ヨシ君!? ヨシ君!! いや! しっかりして!」
朦朧とした意識の中で、二人の声が聞こえた。無我夢中だったので、ヨシスケは自分が何をしたのかよく覚えていなかったが、とりあえず二人が無事だったことに安堵した。
「くそっ! ……リーズ! ヨシスケを頼む!」
ベイリットは背中に寄っ掛かっていたヨシスケをリーズに託し、立ち上がり剣を構える。
「ヨシ君! ヨシ君!」
ヨシスケは震えるリーズの身体に支えられていた。薄く目を開けると、ベイリットの背中が見えた。ひどい火傷をしてしまっていて、痛々しい。
その奥に、妖の男がフラフラと立ち上がる姿が見えた。頭から血を流している。妖の男はベイリットを睨み付けると、さっと屈んだ低い体制でベイリットに向かってきた。ベイリットはピクリするが、冷静に見極めて動かなかった。男の攻撃は幻だったらしく、ベイリットは衝撃もなにも受けなかった。
男はいつの間にか、妖の女の側に戻っていた。先程とは違い、何かを握りしめている。ベイリットが持っていた、血がついたネックレスだ。どこかの拍子に、ベイリットの後ろのポケットから飛び出て落ちていたんだろう。ベイリットはネックレスを見て、はっと息を飲んだ。
妖の男はこちらを睨み付け、ジリジリと下がりながらまた大きな火球を作りはじめた。だが、今回の火球は先程と違い、いくら大きくなっても熱を感じない。火球がベイリットへ放たれたが、やはり幻だったらしく、直撃したベイリットに衝撃はなかった。気づけば男は窓から用心深く周りを見渡している。
さっと外に出て、すばやく妖の女の手を引きあげた。女は何かを抱きしめながら、手を引かれるまま窓から出ていった。その腕の中からは、ちらりと小さな白い尻尾が覗いていた。
「……お前たち……まさか……」
ベイリットは剣を落として呟いた。瞼をあげる力もなくなり、ヨシスケはそっと目を閉じた。
外からのがやがやとした音が段々と大きくなる。ベイリットははっと我にかえった。
「ヨシスケ! ヨシスケしっかりしろ!」
ヨシスケに駆け寄り、リーズからそっと受けとる。
「お爺様を呼んでくる!」
「大丈夫か?」
「ええ、多分もう、すぐ近くにいるわ!」
「わかった、リーズ、気を付けて……おいヨシスケ! もうすぐ村長がくるから! 頑張れ!」
リーズが慌てて出ていく気配がした。
痛みはもう何も感じなかった。
「ヨシスケ! ヨシスケ!! しっかりしろ! 大丈夫、傷は大したことないから、俺が治してやるから、だから返事しろよ! 聞こえてんだろ? くそっ……俺が……ヨシスケ……ヨシスケっ……!」
ベイリットはヨシスケの身体を右手で少し抱き起こしたまま、傷の様子を調べ、ずっと話しかけ続けていた。
「ヨシスケ……っ!」
村長と、たくさんの人が倉庫に入ってきた気配と、彼らが息を飲んだのをヨシスケは感じた。ベイリットは、ああ言っていたが、もう自分が助からないことをなんとなくヨシスケは理解していた。
もう目を開けることもできなかった。身体も全く動かないし、ちゃんとまだくっついているのかもヨシスケにはわからなかった。
「村長! ヨシスケがっ……」
「……ベイリット、お前もひどく火傷をしているな。手当を……」
「先にヨシスケを! ヨシスケの治療を!」
「……手をつくそう。ベイリット、一度ヨシスケを下ろすのじゃ」
「っいやです……! ヨシスケが! ……ヨシスケが……遠くに行ってしまう……」
ヨシスケは頬に暖かい何かがボタボタと落ちてくるのをなんとなく感じた。
「……兄が取り乱してどうする。まだヨシスケは、お前の弟はここにおるんじゃぞ」
村長がゆっくり諭すように話す。しばらく誰も動かなかった。絞り出すような嗚咽が聞こえるなか、ヨシスケは上半身がゆっくりと床に置かれるのを感じた。
「……ヨシスケ、聞こえとるな」
村長の声が頭の上から聞こえる。誰かが頬を優しく撫でている。ヨシスケにはもう誰の手かわからなかった。手は、すぐ近くで聞こえる嗚咽に合わせて震えていた。
「……ヨシ君」
リーズの声が聞こえ、反対の頬にひどく震える冷たい手が触れた。しゃくりあげる声が聞こえる。ヨシスケの意識は、段々と薄れていっていた。
「……無理はするなと言うたじゃろうが、馬鹿者」
村長の声は珍しく震えていた。
「これからの若者が、こんなとこで、こんなに早く、馬鹿者が……っ。……ワシはお前さんを誇りに思う。お前さんの勇気ある行動が、ブリーズルを、ベイリットを救ってくれた。ありがとう。心から感謝する」
「村長殿! 人影は村を出て東の方に……っ!? ヨシスケ! どうしたんじゃ!」
「ヨシ君!」
「おいまてっ…子供は入るな……!」
「ヨシ!」
「にぃちゃ……っうわーん!」
(色んな人の声がする……)
「もう一度言う。ヨシスケ、お前さんはこの村の誇りじゃ。お前さんの勇気は、この村の宝じゃ」
(俺の……)
「ヨシっ、ヨシスケ、ごめん、ごめんな、痛かったよな、おれ、の、せいだ、ごめ、お前の、こと、ぜんぜ、守れなっ、だ、だめな、あにき、で、おれ、ごめ……っうぅ……おれの、せいだ……おれの……」
(ベイリット……そんなこと……ないから……)
リーズが激しく泣いている声が聞こえる。ヨシスケは薄れ行く意識の中で、色んなことを思い出していた。そのほとんどが、楽しい思い出だった。
両親が殺され、孤児になった自分をここまで育ててくれた。見た目がみんなと違う自分を受け入れ、慕ってくれた。ヨシスケは、感謝ばかりがうかんでいた。言葉にして言えないのがもどかしい。
(……俺は……幸せでした……ありがとう……)
(ベイリット……リーズ……結婚式……祝ってあげられなくてごめん……)
(あの時……待っててくれてありがとう……)
(家族になってくれて……ありがとう)
周りの声は、もうぼんやりとしか聞き取れない。深い水のなかに潜っているみたいだ。
(もっとみんなに……恩返しがしたかった……)
最期にふわりと甘酸っぱいノイチゴの匂いがした。
ヨシスケの意識は、深く沈んでいった。
ーーーーー
もう、何も聞こえない。身体の感覚もない。ただただ、深く深くへと沈んでいく感覚だけが残った。
ヨシスケは最期に見た様子をぼんやりと思い出していた。きっと、あの3人は親子だったのだろう。そして両親が、娘の遺体を取り返しに来たのだろう。妖の男女の顔と、晩御飯の後のベイリットの様子が、頭をぐるぐると回りつづけている。
(……人型の妖も……人間と何も変わらないじゃないか……なんで……こんなにわかりあえずに……殺しあわないといけないんだ……)
その時、ヨシスケの頭のなかにやけにはっきりと声が響いた。
「そうなのよ! 仲良くできるはずなの! ねえちょっと、どうにかしてよ!」
突然のことにびっくりする間もなく、ヨシスケの意識は急に浮かび上がっていった。
第一章が終わりました。
次からは転生後のお話です。




