14. 人影
「ひぃー、外はさみぃなぁ」
ベイリットは外に出ると、ぶるりと体を震わせた。
ヨシスケはベイリットに続いてドアを出て、ゆっくりと閉めた。
「星がよく見えるね。明日はきっと晴れるよ」
ヨシスケはふと、村の東に目がいった。
「そういえば、ベイリット、さっきなんで墓地に行ってたの?」
魚を持って待っていたときのことを思いだし、ヨシスケはなんとなしに聞いてみた。
「ああー……お墓をさ、掘ってたんだよ。村長に頼んで、許可もらって」
誰の、とは聞くまでもなかった。
「そか、ごめん」
「なんで謝んだよ。……今はさ、村長んちの倉庫にいるよ。大きな樽の中に座ってる……。すぐに埋葬してやりたかったんだけど、夕方とか夜に埋葬すると夜行性の動物に掘り返されることが多くなるから。……明日、日が上がり始めたらいくつもりだよ。……これも一緒に埋葬してやろうと思う」
ベイリットは、後ろのポケットをポンポンとたたく。先ほどのネックレスと結晶が入っているところだ。
「一緒にいこうか」
「んにゃ、メーズルさんが一緒にしてくれるから、大丈夫だよ。……ありがとな」
ベイリットはそう言って、振り返ることなく右手をヒラヒラとふってみせた。
ヨシスケはふっと地面に目線を落とした。それとほぼ同時に、ベイリットにぶつかった。急に止まったらしい。
「あたっ、ちょっとどうし……」
「しっ」
ベイリットは声を落として囁く。
「人影、見えねぇか?」
ヨシスケはビクッとすると、ベイリットの横から前を伺う。かなり向こうの村の端の方に、人影が2つ見える。何かを探すように、周囲の様子を伺っているように見える。
「……一旦戻るぞ。ゆっくりな」
ベイリットはヨシスケの肩を掴み、回れ右をさせて背中をゆっくりと押した。
「向こうは気づいてなさそうだ。今ならアーミィさんの家が丁度死角を作ってくれてるから、焦んなくて大丈夫だ」
二人は音をたてないよう、慎重に家に戻った。
「ランプはつけるなよ。窓から見てみよう」
ベイリットは家に入るとそう囁き、籠をテーブルに置いて窓に移動した。ヨシスケもベイリットの隣に行く。
「いた……まだかなり向こうだ。……尻尾がある……」
ベイリットの言葉にヨシスケの心臓は大きく跳ねた。
「……人型の妖だ」
「迷い混んできたのかな」
「……なんとも言えないが、違いそうだぞ。ほら、ヨシスケ見てみろ、各家を覗き込んでる」
ベイリットは冷静に観察して分析している。
「……順番に見ていってるな……」
「……ベイリット、目的はなんだと思う?」
「わからない」
人影は周りを警戒しつつも、近くの家から一軒ずつ調べているようだった。元々遠かったが、更に少しずつ遠ざかっていく。
「見えなくなったね」
「西の端の家まで順に覗いて行っているんだろう。動くなら今だな」
「どうしようか」
「ちょっと見といてくれ」
ベイリットはヨシスケを置いて、寝室へと入っていった。
「どうだ、見えたか?」
ベイリットは剣を二つ抱えて、すぐに戻ってきた。
「いや、あれきり見えてない。やっぱりあっちの家を覗きに行ってるみたい」
「よし、じゃあ動くぞ。窓の外を見ながら聞いてくれ」
ベイリットはヨシスケの耳元に唇を近づける。
「何か目的があって村に来たんだろう。なかなか出ていかないかもしれない。永劫の災いの再来期間ということもあるし、追い出すのには人手がないときついだろう。お前はまず、アーミィさんを起こしてくれ」
「わかった」
「俺は、村長とメーズルさんを起こす。お前とアーミィさんはとりあえず村長の家に来てくれ。そこで合流しよう」
「そのあとは?」
「人影の動向にもよるが、多分少しずつ村の男を起こして、取り囲んで一気に追い出す、とかになるんじゃないかな。まぁ、ここからは村長に任せる」
「おっけー」
ヨシスケはベイリットから剣を1本受け取った。
ベイリットはそっとドアを開けて、注意深く様子を伺い、外に出た。ヨシスケも出て、そっとドアを閉める。
「気を付けろよ、無理は絶対にするな」
「わかった。ベイリットも気を付けて」
二人は拳と拳を静かに合わせると、それぞれの方向に走っていった。音をたてないよう、気を付けながら。
ーーーーー
ヨシスケは、アーミィさんの家の前に到着した。周囲を気にしながら、ヨシスケはドアに近づく。ドアには、赤い紐が下がっている。ヨシスケはそっと紐を引いた。
これは緊急を知らせるときに引く紐だ。部屋のあちこちで、外には聞こえないくらいの音がなっているはずだ。各家全てに付いている。普段はノックをしたりドアを開けて呼んだりするのだが、今のように音をたてずに訪問する際に使用する。
ヨシスケはドアに耳をつけて待つ。すぐに、とんとんと小さくドアを叩く音がした。ヨシスケはドアの隙間に向かって、小さく囁く。
「ヨシスケです。開けてください」
声に答えるようにドアが開く。ヨシスケは隙間から中へ滑り込んだ。
「どうした、何事じゃ」
ヨシスケの様子を見て、アーミィさんが小声で問いかける。隣には、アンマさんも心配そうに立っていた。
「人型の妖が、村に入り込んでいます」
「なにっ」
「どうも、迷い込んだだけではないようなんです。目的はわからないのですが、家々を覗き込みながら、村の中を移動しています。ベイリットの家から確認しました」
「今はどこにおるのじゃ」
「村の西の方に行ったようで、ベイリットの家からは見えなくなりました」
「ベイリットは」
「村長の家に。とりあえず、そこで落ち合うことにしています」
「よし。アンマ、わしの剣を持ってきてくれ」
アンマさんは寝室へ小走りで入っていった。アーミィさんは、窓に近づいて様子を伺う。
「ヨシスケ、見えるか?」
「……いえ」
ヨシスケもアーミィさんの隣から覗くが、やはり人影は見えない。
「ふむ……見えないと不気味じゃな。油断せぬよういくぞ」
アンマさんが剣を持って戻ってきた。暗くてよくわからないが、少し震えているようだ。
「ありがとうアンマ。ワシらが出ていったら、ドアに錠をして寝室に隠れておるのじゃ。寝室の窓には板をはめておけ。ワシが帰ってくるまで、絶対にでてくるんじゃないぞ」
「……あぁ、アーミィ、ヨシスケ……」
アンマさんの目から涙がこぼれた。
「心配するな。大丈夫じゃ」
「ゆっくりしていてください」
アーミィとヨシスケはアンマさんの手をそれぞれ握った。
「ええ、ええ。くれぐれも、気を付けて……」
「ああ」
アーミィさんは短く答えると、ドアに向かう。ヨシスケはアンマさんの手を強く握り、にっこりと笑いかけてから、アーミィさんに続いた。
アーミィさんが、小さくドアを開けて周囲を警戒する。ちょうちょいとヨシスケに手招きすると、こちらを見ないまま出ていった。ヨシスケもそれに続いた。
「大丈夫そうじゃな」
ヨシスケがドアを後ろ手に閉める。ドアの向こうから、木と木が擦れあうような音が聞こえた。アンマさんが錠をかけたのだろう。
「……よし、いくぞヨシスケ。走れ」
そういうと、アーミィさんは風のように音もなく走り出した。
ヨシスケも慌てて後を追った。




