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10. 晩御飯

「やっぱり先に作っちゃおう」

 とても立派なタラだったので、ベイリットに見せようとそのまま持ってきていた。しかし、いくら内臓を取っているからと言っても新鮮なうちに調理した方がいいだろう。


 台所を借りようと、屋根から起きて立ち上がる。ふと、人影が見えてはっとして立ち止まる。ベイリットの家は村の東のはずれの高い丘にある。これより東には墓地しかないはずだが、確かにそっちのほうから一人、ゆっくりと人影が近づいてくる。


 暗いから顔が見えない。

(ベイリット……?)

 ヨシスケは家の陰に隠れて、じっと様子を伺った。


 少しずつ人影が近づいてくる。

(人型の妖……?)

 妖の生物の中には、もちろん人型もいる。姿形はほとんど現の人間と同じものもいれば、角が生えていたり、耳がとんがっていたり、動物のようだったり、しっぽが生えてたりと少しずつ違っているものもいる。


 でもどのような姿でも意思疎通は出来ず、現の生物をみると問答無用で襲い掛かってくる。昼間の妖の魚セーロンガルとは違い、知恵もあり道具も使ってくるので襲われると堪らない。

 妖の生物、特に知恵のある妖は滅多に村には入ってこないのだが、ごく稀に闇夜に紛れて迷い混むやつがいるのだ。


 しかも、今は永劫の災いの再来期間だ。とても、うまく逃げることはできないだろう。最も、村の中で逃げたら他の村人を襲う可能性もある。上手く追い出せればいいのだが、最悪殺すか、殺されるかだ。


 ヨシスケは知恵のある、特に人型の妖を殺した経験はなかった。村の外で遭遇したときは上手く逃げれたし、村の中にでたときも大勢で対処して上手く村から離れたところまで追い出すことができた。ただ、その時はベイリットやリーズの父親をはじめ、かなり心強い人が大勢いた。いま一人の状況で、どこまで冷静に対処できるか……。


(調理用のナイフしかない……)

 護身用の剣は家に置いてきてしまった。人影はどんどん近づいてくる。


 もちろん、村人の可能性の方が高い。ただ、朝バルーンを見たときに感じた嫌な予感が頭を離れない。もうそこまで来ているのに、暗くて見えないのが一層恐怖を掻き立てる。ヨシスケはナイフを握り締め、全神経を耳に集中した。


(よかった、この足音は……)

「なんだヨシスケ、来てたのか」

 朝と違って、少し疲れたような声でベイリットの声がした。ヨシスケはホッとして、そっとナイフを仕舞った。


「悪いな、待たせちゃったみたいだな」

 ベイリットに続いて家に入ったヨシスケは、入り口のすぐ近くにあるランプとを手に取る。ランプの近くには細長い木の棒が重ねられており、ヨシスケはそれを一本とると、魔法で棒の先の周辺だけ空気の温度をあげる。数秒すると木が発火して火がつき、それをランプの芯に近づけて火をつける。ランプは暖かい光を放ち出した。ランプは部屋の壁に四つ、テーブルに一つだが、ベイリットはすぐに椅子に座ったままランプをつけようとしない。得意でないとはいえ、いつもならテーブルのランプくらいはベイリットが付けるのだが。


 全てのランプが付けられ、部屋全体が明るくなった。部屋は朝とは違い、様々な装飾品で飾られていた。リーズがやったのだろう。少し寒かったので、ヨシスケは注意深く部屋の空気を振動させ、少し暖める。


「ありがとう」

 ベイリットはニコッと笑い、勢いよく立ち上がった。

「よし! 飯にしようぜ! そのために待っててくれたんだろ?」


 先ほどよりは元気だが、やっぱり少し様子の違うベイリットに戸惑いながらも、気づかないふりをしてヨシスケは持ってきた袋の中身を見せる。

「見ろよ! 明日のお祝いだ。」


 ベイリットは両手を大きく上に挙げ、ガッツポーズで大げさに喜んで見せる。

「すげーじゃんヨシスケ!」

「俺、やるときはやるからさ! でもベイリットもすげーじゃん、聞いたよ、今日の狩りシロクマも獲ったんだろ!?」


 ベイリットの拳が、びくっと震えた。

「……あ、ああ、ああ! そうだよすごいだろー! 俺もやるときはやるんだよ!」

 そういうと、ベイリットはヨシスケからタラを受け取ったが、その表情はヨシスケから見えなかった。

「塩焼きにするか。シンプルイズベストだ。ちょっと待ってろよ。」

 そう言いながら、ベイリットは台所へ向かうためにヨシスケに背を向けた。


(絶対何かあったはずだ……でも……)

 ヨシスケはちょっと考えて、ベイリットの側に行く。

「……これ、アンマさんがくれたんだ。二人で食べろって」

「うお! アンマさん特製の料理?俺大好き。ヨシスケ食べる前に温めてよ。あ、その前に、塩焼きするからここに火つけて」

「おっけー」


 火をつけながら、ヨシスケはベイリットの顔をちらりと見る。

(腹減ったしね。後だ後。)


 火が付いたのを確認して、ベイリットに向き直る。ベイリットは鼻歌を歌いながら、タラに塩を塗り込んでいる。

「腹減ったよ。早く焼こうぜ」

「ちょっと待てヨシスケ。ここでのひと手間で味が全然違うんだ。あ、そこのビンの中の葉っぱ取って。腹に入れて焼くと、香りが全然違うから……」

「はいはい。なんでもいいから早くね。」

 先ほどよりも元気そうなベイリットに、もしかして疲れていただけかもしれないと思いながら、ヨシスケは少し胸をなでおろした。


 ------


「できた、食べようぜ!」

 ベイリットが大きな鉄板を机にどんと置く。タラはフライパンに入らなかったため、野外で使う鉄板で焼いたのだ。ふわっと香るハーブのような匂いが一層食欲を引き立てる。


「うまそー。あ、皿もう二つ貸して。アンマさんの料理つぐから」

「おっけー」

 ヨシスケはアンマさんからもらった料理を暖めていた。様々な野菜が入ったクリーム煮だ。


 料理をよそい、パンを準備し、食事の用意ができあがった。

「「いただきます!」」

 二人は子供の頃のように、ぱんっと手を合わせて言う。そして顔を合わせて、にししと笑いあった。


「うおー、魚すげーいい匂い。見ろよ身がほっくほく」

「一番大きいの持ってきたんだぜ。明日のお祝い。おめでとうベイリット」

「はは、ありがとう。なんか改めて言われると照れるな」

「なんだよそれ」


 腹ペコだった二人は、話をしつつ食事の手も止まらない。テーブルいっぱいにあったタラやクリーム煮は、あっという間に完食した。

「うまかったー。ありがとうな、ヨシスケ」

「どういたしまして。あー、野菜のクリーム煮もうまかったなー。俺作り方教えてもらったんだけど、うまくできないんだよなぁ」

「アンマさんは料理上手だからな、アーミィさんが羨ましいぜ」

「何言ってるんだよ、リーズだって上手じゃないか」

「はっはっはー、まぁな」

「なんだよ、もっと照れろよ」

「結婚式前夜くらいのろけさせろ。まあヨシスケなら、いつでも食いに来ていいからな」

「ありがとう。そのうちね」


 ベイリットはのびをすると立ち上がり、鉄板を片付け始めた。ヨシスケも皿やらクリーム煮が入っていた容器やらを片付ける。

「……ヨシスケ、今日はもう少し付き合えるか? お茶入れるからさ」

 ベイリットは鉄板を洗いながら聞いてきた。

「……もちろん! そのために来たようなもんだからな。早く片付けてしまおうぜ」

 ヨシスケは努めて明るく返事をした。

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