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1. 小さな村

地球とほぼ同じ環境だけど、魔法が使えたり“妖の生物”という魔物みたいな生き物がいる、ちょっと変わった世界のお話です。


しばらくは、転生前の話が続きます。

 明日、ヨシスケの一番大切な二人が結婚する。小さな小屋の屋根に寝転ぶヨシスケの頬に、風がふわりと触れて優しく通り過ぎていった。


 下半分が地面に埋まるような形で建つ小屋には、本を開いて伏せたような形の屋根がついており、地面と一体化している。空の高いところからみたら、ここに家があるとはわからないだろう。寒い季節が一年の大半を占めるこの村の、伝統的な家だ。

 その厳しい寒さも、最近ようやくやわらいできた。背の低い草が、屋根も含めて地面一面に緑色の絨毯のように広がっている。

(明日も暖かそうだ)

 ヨシスケはなんだか嬉しくなり、手のひらを空にかざす。控えめに輝く朝の太陽に手のひらを向けると、なんとなく暖かくなったような気がしして、ヨシスケはゆっくりと目を閉じた。


 ヨシスケはどこにでもいそうな青年である。

 年は15歳で、この世界ではもう成人とされる年齢だ。身長は172cmで体重は62kgと少し痩せ形だが、ごく普通の体形。少しだけ珍しいのは黒い髪に黒い瞳だということで、この村ではヨシスケだけである。

 でも、そんな特徴もヨシスケはあまり気に入っていない。特に、ピンピンはねる癖の強い髪はきちんと短く整えてもなんだかだらしなく見える気がして、悩みの種だ。


「なんだヨシスケ、来てたのか」


 ヨシスケは目を開けて、声の主に視線を移した。濃い青い瞳、少し暗めのブロンドの真っ直ぐな髪の青年が立っていた。青年の顔はとても整っていて、ヨシスケと比べると彫りが深く鼻が高い。髪は短く整えているにもかかわらず、朝の風にさわやかになびいている。身長は180cm程で、一見細身だががっしりとした筋肉が服の上からでもわかるほど美しい。ヨシスケよりも3歳年上だ。


「おはよう、ベイリット。特に用事はないんだけど、ちょっと早く目が覚めたから、散歩がてら」

「ふーん、朝食食べたか?」

「まだ」

「じゃあ食べて行けよ。俺も今からだし」

「うん」

 ヨシスケはゆっくりと起き上がり、ベイリットに続いて小屋に入っていった。


(おばさん、おはよう)

 入ってすぐの壁には、石で作られたネックレスがたくさん掛かっている。そのうち一番端にある一つに、ヨシスケはそっと触れて挨拶する。


 ネックレスは小指の先ほどの小さな丸い石を紐で繋げてできていて、石にはそれぞれ色がついていたり何かが彫られていたり、傷がついたりしている。いいことでも、悪いことでも、なにかあると石に装飾を施す。そのため、一つとして同じネックレスはない。生まれた時に親から名前を刻んでもらい、肌身離さずに身に着け、持ち主が死ぬとこうやって家に飾る。身分証明の一つになっているのだ。


「起きて朝食作ったけど、食べる暇なかったんだ。ちょっと冷えてるけど」

 ベイリットは部屋の真ん中にあるテーブルに皿を置いた。皿には、手のひらくらいのほんのりキツネ色したホットケーキが10枚ほどのっている。


 小屋の中は大小四つの部屋に分かれている。入ってすぐの部屋は主に生活をする場所だ。簡単な台所がついていて、テーブルの脇には椅子が無造作に四つ置かれている。窓は二つで、それぞれの前に大きな棚があり、そのうちの一つは色々な物がごちゃごちゃしている。もう一つの棚は空っぽだが、棚の前に大きな籠が三つある。子供くらいならすっぽり入りそうな籠だ。籠には布がかけられているため中が見えないが、どの籠にもたっぷりと荷物が入っていそうだ。

 奥の部屋は寝室で、今は扉が閉まっている。後はトイレとお風呂場だ。


 ヨシスケが椅子に座ると、ベイリットが瓶と皿を差し出す。ビンにはノイチゴのジャムが入っている。赤くキラキラしたジャムを皿に出しながらホットケーキを一枚つまむ。


「このジャム、リーズが作ったやつ?」

「そ、さっき貰った。ヨシスケにもくれるだろうから、帰りにリーズの家、寄ってけよ」

「相変わらずうまいねこのジャム。甘さが丁度いい。でもさっき貰ったって、こんなに朝早くリーズと一緒だったの?」

「ああ、リーズの家に行ってたんだ。明日の練習だとかで急に村長に呼び出されてさ」

「ああなるほど。かわいい孫娘の結婚式だからね。村長も気合はいってるんでしょ」

「まあなー……でもだからって誓いの言葉の練習何回やったと思う?5回だぜ……。しかも例によってリーズが本名で呼ばれるの嫌がってさ。村長とずーっと言い合ってんの」

「ああ、本名ブリーズルだよね。昔っからだよなー、“響きがかわいくないからあまり好きではないの。私のことはリーズって呼んで”ってさ。おっとりしてるくせに、これだけはかたくなだもん」

「ただ名づけが村長だからな、孫に甘い村長もそこは引き下がんないわけ。でもその間俺ずっと直立不動だぜ。朝から肩こったよ」

 ベイリットは鍋を持ったまま肩をすくめて苦笑いをする。


 鍋には少しの野菜と魚がたっぷりの水で煮込まれている。

「スープも作ったんだけどさ、すっかり冷えちゃったよ。ヨシスケ温めてくれる?お前得意だろ」

 ベイリットはヨシスケに鍋を差し出す。ヨシスケはスープに浸からないよう気をつけながら、鍋に手をかざした。スープの表面が少し波打ったかと思うと、すぐに湯気が出始め、次第にボコボコと沸騰する。

「サンキュ、もういいよ」

 ベイリットはお礼を言うと、カップに注ぎ分けるために台所へと戻っていった。


「明日から一緒に住むんだもんな」

 ヨシスケは四つ目のホットケーキに手を伸ばしながら、空の棚の前にある大きな籠に目を移す。多分籠の中身はリーズの物がたくさん入っているのだろう。

「ああ、今日俺のいない間に片付けるんだとさ。あれの他にもまだ籠があるらしいから、場所がないとか言って俺の荷物が捨てられないことを祈るばかりだ。もう既に結構捨てたんだぜ?屋根裏に移せるものは移したりもしたし、あの棚だってやっと空けたんだ。でも、見た感じあの荷物は入んないよなー」


 湯気の出ているカップを二つ持って、ベイリットが椅子に座った。ヨシスケはそのうち一つを受けとり、そのまま一口ゆっくりとすする。暖かいスープが少しだけ喉を焼きつつ体に流れ込む。

 村の近くの海で取られた魚はとても香りがよく、心も体もポカポカと温まる気がした。


(ベイリットは片付け手伝わないのかな?)

 そう思ったが、すぐあることを思い出して納得する。結婚式では、新郎が新婦の父親と狩った獲物を振る舞うのがこの村の伝統だ。明日の新郎のベイリットも、リーズの父親と一緒に狩りに出るはずである。

 ヨシスケはスープのなくなったカップを置き、ジャムをホットケーキできれいに拭って口に入れた。

「ごちそうさま。明日の結婚式も期待してるよ。もし何も捕れなかったら、俺が釣った魚を恵んでやるからな」

 そう言って立ち上がり、にやりとベイリットに笑いかける。


 ベイリットもにやっと笑い返し、ヨシスケに向かって拳を突き出した。

「おう任せとけ。ウミスズメたくさん捕ってきてやるから」

 ウミスズメはスズメといっても、体長30cmほどある白い鳥だ。翼を広げると60cmくらいになる。太くて大きな橙色のくちばしが特徴で、水掻きのついた足も同じ色をして、この村ではよく食べられている。

 ヨシスケはにっこりと笑い、ベイリットが突き出した拳に軽く自分の拳を当て、小屋を出た。

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