ドラマ 世界のまわりにいる人たちは本当にあなたと同じ人間なのだろうか
22歳のとき書いた小説です。
1996年に自費出版した
「緊褌巻 中村淳一作品集」
にも収載した小説です。
一
ある日、ひとりの男の子が生まれた。
「間違いありませんか」
母親がおそるおそる訊ねた。
「ああ、間違いない。一体なんだってこんなことが・・・・・・」
医師が言葉をつまらせた。
「何て可哀想な子」
母親は、蒲団に顔を埋めて泣き崩れた。
「とにかく」
医師は言った。
「これは大変なことだ。常識では考えられない。みんなに報告しなければ」
二
「それでは」
話を聞き終えた長老が、念を押すように医師に問い返した。
「その子は「死ぬ」というんだね。やがてその存在をなくしたしまうと」
「その通りです」
医師は言葉を続けた。
「最初その子が出現した時、どこか我々人間とは違うと感じたのです。ですから念入りに確かめました。体も心も何度も調べました。間違いありません。この赤ん坊は、時間の制約を受けています。やがて滅び去ってしまうでしょう」
声にならない。しかし確かな驚きと悲しみの波動が医師を襲った。それは世界に存在する全ての人からやってくる叫びであった。
「我が仲間よ、我が愛する世界のみなさん、私はみなさんにお願いしたい」
医師が訴えた。
「この赤ん坊が一体何年生きられるのか。私は調べてみました。そうしておおよそ八十年という結論を得ました。たとえ何年であろうと無限の時間を持つ我々にとっては微々たるものです。それにしても八十年とはあまりに短い。その短い間に、この赤ん坊は、成長して少年となり青年となり、そして老いていくのです。それしか選べないのです。それが子この子の運命です」
またしても巨大な悲しみの波が医師に感じられた。世界の全ての人は、この赤ん坊の運命を呪った。
「みなさん、ひとつ提案があります」
医師が再び思いを送った。
「どうでしょうみなさん、この子に夢をみさせてやろうじゃないですか。たったの八十年です。この子のために世界を作ってやりましょう。その世界では生命あるもの全てが滅び去るのです。そういう世界を作るのです。みなさんの持てる力のほんの一部を貸して下さい。そして時間と空間によって限定された精神と肉体を持った人間となって下さい。これから八十年、この赤ん坊だけのためにドラマを演じてやりましょう。登場人物はみなさん全て。そして舞台はこの宇宙です。この子にせめて人として生まれた喜びを教えてやろうじゃありませんか」
この提案も大きなどよめきを生んだ。それは感動の嵐だった。世界中の人が賛意をあらわしてうた。医師にはそれがよくわかった。
三
その赤ん坊は成長した。
少年となり青年となり結婚して子供も三人できた。
その人生にはいろいろなことがあった。喜びも悲しみも。多くの人との出会いがあり別れがあつまた。
彼は懸命に生きた。
八十年経ち、彼は死んだ。
死ぬ間際、彼は自分の人生を振り返った。
彼は満足だった。




