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人生の小説家  作者: 林ゴロー
秋に降る五月雨
9/11

秋に降る五月雨 part2

リビングへ行くと案の定、野菜炒めが中央に置いてあった。

椅子に座ってリモコンを持ち、それをテレビに向けて付ける。

外を走る車の音を聞いていると、味噌汁、ご飯、焼肉のたれ、最後に箸の順で机に並べられる。

体の向きをそのままにしテレビを見る。

わざとっぽくテレビに釘付けになる。

こういう時決まって母は前を向いて食べなさいと注意するのだが、今日は何も言わない。

悪い気がして姿勢を正し前を向いて食べることにした。

どうしても母の顔が気になりちらっと見る。

前を向いて味噌汁を飲む母は微かに笑っているように見えた。

その笑い顔は無理をしてるようには到底見えなかった。

それからは何か喋るわけでもなく、一口につき、いつもより10回ほど多く噛む。

祥なりの時間の稼ぎ方だろう。

ここで急に話を振るのも新聞を読み出すのも目の前の野菜炒めに合わない気がして。

祥が味噌汁を飲みきった頃、母は箸を置き体勢を変えてテレビを見始めた。

母が横を向いたおかげで顔色を確かめやすくなった。

時々伺いながら野菜炒めの野菜だけをつまむ。

そして肉だけになった皿を茶碗に流し込む。

タレごと茶碗につからせ、残り半分のプリンをかきとるように、底から大きく開けた口へ運ぶ。

汁を吸うような大きな音を立ててすする。

空腹は最高のスパイスというぐらいだ、普段腹が減った今日はいつもより美味しく感じる。

庶民的な味だけど高いものを食べたことのない祥には贅沢だと思えただろう。

むしろ知らない方が良かったのではないだろうか。

後にそう思うこともあった。

飲み物のように押し込んでいると茶碗に米粒がのころなくなったので、それを持って流しに置いた。

ベタついた手を水で洗い、タオルで指を一本一本拭く。

濡れた指先で爪をなぞると、爪越しに茶碗を覗いてから振り返る。

この雰囲気に慣れてきたのか顔を微動だにせず自分の部屋に戻る。

部屋についたなら、再び教科書を開いた。

リビングでテレビを見たいという気持ちを湧いてこず、祥自身も不思議な気分だった。

テストも近くないので内容がハードでなかったために、問題を解くごとに清々しさが湧き出る。

その分間違えた時の絶望感で跳ね返ってくるが、人生そんなもんだと大げさに考え、受け流していた。

しばらくすると母に先に風呂入るかと聞かれた。

祥は後で入るよと返した。

きっとゆっくりと長く入っていたかったのだろう。

ドアが3回閉まり、母が風呂に入ったのを確認すると、椅子から立ち上がる。

そして真っ白に空いたリビングを通過し母の部屋に入る。

母の部屋には照明がひとつ、端の方にタンスとちゃぶ台より小さい机がある。

部屋に入るなり、急いで押入れの戸に手をかざす。

手を右に動かし開けると暗がりを詮索し始めた。

息を吹きかけると埃が舞うためそっぽを向いて、手の感触だけで探りを入れる。

奥の方に覚えのある感触がすると、それを思いっきり引き出した。

思ったとおり、昔肌身離さず持っていた折り紙入れが出てきた。

それを肌着とシャツの間に挟んで、押し入れを閉めて跡は残ってないか確認した。

何もないことを見てから、慎重に自分の部屋に戻った。

ケースを開けると、いつ触ったかわからない折りかけのものがいくつかあった。

それをどけて折り目のついてない平らな折り紙を2枚取り出した。

折り紙を取り出すと、すぐさま4つ折りにした。

それを広げると慣れた手つきで折り続ける。

祥自身もこれに驚き、頭は覚えていなくても手は覚えていることに感心した。

花の部分を作ると、もう一枚の紙で茎を作ろうと取り掛かる。

そして2分も経たぬうちに完成した。

祥が作ったのはカロライナジャスミンという花だ。

少々値が張る電気のような形をした花だ。

その形のためか、こちらをまっすぐ見つめているようにも見える。

黄色で有彩色では一番明るい色だ。

なぜこの花にしたかというと、カロライナジャスミンには長寿の意味がある。

明るい未来のために長生きを、という祥の伝えたいことが詰められている。

形が崩れないようにそっと机に置いて、母が風呂を出るまで待った。

それからは風呂に入り、歯を磨いてすぐに寝た。

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