ささやかな風 part6
祥の心の支えになったのは二人の他にもあった。
それと出会ったのはなんとなく母の部屋を見回した時だった。
ゆくりなく本棚を眺めていると、ボロボロになって到底商品にはできそうもない小説があった。
きっと幾晩も読み明かしたのだろう。
”タイトル 海からの我が家 作者 小野屋ターナ”
”タイトル 新婚3年目 作者 小野屋ターナ”
母はこの作者の本が好きなのだろうか。
そう思うと読んでみたい気になってその二冊を取り出しリビングで過ごしている、母のもとへ向かった。
片方の本をテレビを見ている母の前に立ち突き出して「この本読んでもいい?」と聞く
「いいわよ。きっと気に入るわ。でも丁寧に扱ってね。」となんだか嬉しそうに母が言う。
早速自分の部屋に持ち帰りその日は夜になるまでずっと読んでいた。
次の日朝食を食べている時も祥はその本を読んでいた。
母は注意しようとしたが渋い顔をして黙認した。
それから数ヵ月後毎日祥の枕元にはその本があった。
読もうと思えば2日あれば読めるから何度も読み直しているのだろうか。
手に取ってみてみると程よく温もりが感じられた。
上の方に小さなしおりが挟まっていた。
しおりをなぞりそのページを見るとそこには
”私は人生の楽しみ方を親から習った。
第一に外で友達と遊ぶこと。
第二にテストでいい点を取り続けること。
第三に趣味を持つこと。
私はこれらを全てこなした。
親の仰るとおりに。
でも周りはサッカーで点を取るたび腕を上げてガッツポーズをする。
それに比べて私は点を決めたらすぐに次の事を考える。
あるとき友達と口喧嘩をして泣かしてしまったことがある。
だけどなぜか楽しいと感じてしまった。
それ以降人を泣かしたことはないが変わり映えのないスープに垂らすスパイスは絶品だとその時思った。”
このセリフは母も気に入っていた。
この言葉が伝えたいことはいつの自分にも必要だと時折暗唱していた。
そっと本を閉じてハンモックを揺らすように祥を起こした。
「先生は小野屋ターナさんって小説家を聞いたことありますか?」
自分を駆け巡った頭に祥の声が鳴り響く。
「いえ、一度も。」
「やっぱりそうですよね。僕もいろいろ人に聞き回ったんですけど誰も知ってなくて。図書館にも行ったんですけど一冊も見つからなくて。」と暗くなった外を窓越しに見ながら言う。