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人生の小説家  作者: 林ゴロー
ささやかな風
6/11

ささやかな風 part5

それからも二人の頭に疑問符が浮かんだまま今までどおりの日常が続いていた。

だが彼が11歳の時に背が小さいということで同級生にからかわれた。

原因は体育の授業でバスケをしたときに何もできず右往左往していたらチームが負けてしまったからだ。

全責任を祥にぶつけられそれからもわざとに陰口を聞かされたりする。

時には手が滑ったと言って手を挙げられる。

でも祥はやり返すことなく拳を溜めて息を潜めて我慢していた。

やり返しても変わらない。

どうせ自分が負けて、もっとエスカレートするだけだとわかっていた。

だから担任にも親にも言わなかった。

時々咲が横目に祥を見ることもあるがチラっと見てすぐに目をそらす。

祥にとってはそれが何を置いても一番辛かっただろう。

一緒に帰る時に大丈夫かと問いかけてくれるのがせめてもの救いだった。

一日を無かったことにする効力はないけどギリギリ学校へ行く余力は出来た。

祥の一風変わった日常は長いあいだ繰り返された。

漫画ではここで親友が登場して撃退してくれる。

でも、現実にはそんな友達はいないし夢など見ていられない。

そんな妄想だけでも藁になり得た、彼にとっては。

ある日家に帰ると穏やかに「おかえり」と言う母の目が真剣に見えた。

そう思っていると母は足を組み直してちゃんと座り込み横に座れと呼びかけた。

一滴の水の音が響く室内に火傷しそうなほどの熱風が吹き荒れる。

戸惑いながら一度深く座ってから正座に座り直した。

「言っていいのかわからないけど。電話で咲ちゃんから聞いたわ。」

その言葉を聞くと自分が情けなく思えた。

俯いてしまい、一番見たい母の顔が見れなくなった。

「お母さんはよく思うの。祥は塩をかければしょっぱく、砂糖をまぶせばほんのり甘くなるような日常を送りたいんじゃないかって。でもそんな日常を送れるかは祥もお母さんもわからない。

私から見たら家が丈夫かなんて壊れてからでないとわからないみたいに、祥の人生がどうなるかはわからないの。でもね、専門家に聞けば程度分かるの。一番祥に寄り添ってくれる人に。」

右手でかすかに触れてくる母を受け止めた時、またもや一粒の水が響く。

今度は壊れたラジオみたいにボロボロと流れてくる。

やがてすすり声も泣き止むと、母は手を緩めキッチンへ向かう。

そのスネを見てから祥も立ち自分の部屋へ戻った。

祥は何も考えないでいた。

母の言った言葉も咲を恨む心も。

そうすれば嫌な事が日ならず忘れていくと思ったからだ。

そして程なく立つと眠りについていた。

起きると朝、それも6時だった。

こんな早い時間に起きたのは初めてだろうかと思いつつ何をしていいか戸惑った。

普段なら食事の前に母が起こしてくれるのだが、母も母で気を使ってくれたのだろう。

とりあえずリビングへ出るとキッチンで体格よりも大きいエプロンを着た母が朝ごはんを作っていた。

母は足音を十分に効いてから振り返り、祥を見つけると「おはよう」と言う。

やっと日常が戻ってきた。

そう感じた途端、ずれた秒針を戻そうとして再び布団にもぐり寝た。

「起きなさい。遅れるわよ。」

なんとも後味の悪い寝起きだがこの日は違った。

自分に自信が持てた。

力を手に入れたわけでも億万長者になったわけじゃないけれど。


それからもいじめは6年生になるまで続いたが、幾度となく咲が立ち向かってくれた。

さすがのいじめっ子も女の子には弱くなるのか、すぐに逃げていく。

どう感謝の意を伝えればいいか分からず、ベタなことしか言えなかったけれど、何も気にしないでくれた。

学校や登下校中は咲が家にいるときは母がついてくれる。

それだけで胸を張って生きていられる、自信に満ち満ちていた。

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