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人生の小説家  作者: 林ゴロー
ささやかな風
3/11

ささやかな風 part2

1年くらい立ったある日、彼女が二つ隣りに引っ越してきた。

後で母に聞いたのだが前の家の契約が切れたからだそうだ。

彼女は引越し当日に挨拶に来てくれた。

顔は動かさず目をキョロキョロさせている彼女と女性にしては短い髪をした母、そして父がいた。

彼は彼女が引っ越してきたことよりも本当の家族を見たことに驚き、悲しんだ。

そのションボリとした彼の瞳を見た母は彼の肩に手を落とした。

彼は母を見るわけでもなく振りほどしたりはしなかった。

じっと母を見ていると母は一瞬目を大きくして手をどかし残像を残すように目をそらした。

それからはそかはかとなく母の横顔が俯いて安いサンダルを凝視しているように見えた。

潤んだ目で目の前を見るとそこには右手は母に任せ左手は弱々しく握っている彼女が映った。

その光景を目にすると彼は不意に頬を緩ませた。

母や彼女そして彼自身もそのことには気付かなかった。

彼にとっては気づきたくない事実だったのかもしれない。

そう考えていると母二人と父が軽く立ち話をしていた。

内容はほとんどが彼らの話だった。

母には彼女のことを話していなかったので、同い年だと知ったとき手を後ろに下げて驚いた。

彼女の母も鏡のように驚いていた。

親たちが話しているのを、彼らは小さな明かりを見ながら盗んでいるように聞いていた。

楽しいわけでもなく興味をそそるわけでもないけど、そうするしかなかったので自分の使命に従うかのようにじっと聞き続けた。

長らくすると彼女が帰りたそうに足踏みをしていた。

その様子を見た母は一度口を止めそれからは心なしか早口になった。

するといつの間にか母は頭を下げながら二歩後ろに踏み出し彼女らに別れを告げていた。

彼はそれに気づくと上がりそうになった腕をとどまらせ、軽く会釈をした。

彼女も同じように口は固く閉じたまま首をすぼめた。

ドアをゆっくり閉め、バタンと音がすると束の間の沈黙が流れた。

母は空気を察知し彼を置いてリビングへ戻り、リモコン片手に息を漏らさずカウチソファーにゆっくりと掛けた。

彼は母が去ったあとも一人残り、暫く沈黙の音を聞いていた。

耳から何かが聞こえるわけでもないし頭にメロディがよぎるわけでもない。

ただ日に焼け汗で滲んだ腕を繰り返し見ていた。

離れたところから笑い声が聞こえるが彼は気にもとめず今度はない腕時計をちらりと見た。

時偶ドアをすり抜けるそよ風に体を任せ、吹き飛ばされそうになる。

その都度弱い足をしっかりと地面に張っていた。

右手で左腕を左手で空を握り、何かを決心したのか黒い履物を足から取り出し脱いだ靴を片手ずつ持って端の方に引きずりながら置いた。

リビングへ足を運び心でため息をついた。


それから少しすると彼女の母が彼の家に来たり逆に彼女の家に行ったりしていた。

そしていつの間にかバスを乗るのも降りるのも同じところになっていた。

バスを待つとき彼らは母同士が仲良く話してるのを二人が近くで遠い目で眺めていた。

彼らはそれを聞いているつもりだったが気が付くと耳を通り抜けていた。

彼らがバスに乗ったあとでも母たちがしばらく目を合わせているのを目にした。

それを見てもなんとも思わないけど彼らは二人の距離が縮まったように感じ、いつの日か衝動的に横に座る彼女の手を取ることもあった。

そっと触れると彼女は嫌な顔一つせずバスが幼稚園に着くまで彼に手を預け、横から吹きこぼれる息を受け止め窓の外をふけたように覗き込む。

彼らは幼稚園でも一緒に行動していたが、話しているのを目にするのは一日に一度あるかどうかだ。

彼は彼女と話さなくても一緒にいるだけで楽しい、幸せだと感じていた。

また、彼女も同じだろう。

だが、この場合では大抵男が女のしっぽを追いかけるものだが、二人の場合は彼女が彼を追いかけているようにも見える。

二人の関係は上司と部下の関係ではなく互いに信頼し合っている石橋の石材のような関係だった。


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