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人生の小説家  作者: 林ゴロー
ささやかな風
2/11

ささやかな風 part1

1994年リレハンメルオリンピックが開催された年に彼は愛知県の都会ないし田舎とも呼べないところで生まれ育った。

父は漁師で数ヶ月家を空けることも多く、一人っ子であるため多くの時間を母と過ごした。

彼にとって父は時々家に来てくるまえびを恵んでくれる存在であり、

愛情を受けたり注いだりはしなかった。

その分母にはよく小言を話したり悩みを打ち明けたりした。

時には独り言のようにボソッと話しても、母は彼の話が終わるまで何一つ口出しをせず聞いていた。

言葉が詰まって何も出てこなくなっても穏やかで抱擁力のある笑顔で見守ってくれた。

長々と話した後母は一言だけ告げてくれる。

短い言葉だがその言葉を聞くと心が暖かい何かに包まれるような気がする。

締めつけないように程よく間を取って。

時々母に告げられた言葉が舞い降りてくることがある。

羽のようにゆっくりと彼の肩に。

すると嬉しい悲しみが涙袋に溢れてくる。

彼にとって母は鏡の中の存在だと思っていただろう。

それは彼が無宗教である理由だろうか。きっと違うだろう。


周りが他社との交流を始めたとき、彼は誰とも話そうとせず一人寂しげもなく折り紙を折っていた。

家にいるときもバスの中でも。

最初は母が彼のために紙飛行機を折ってくれたことからだ。

同じ紙を使っているのに母の作る紙飛行機は彼のものより澄んだ白色に見えた。

彼はその理由は探すかのように毎日同じ紙飛行機を折り続けた。

そんな日々が続いたある日顔も知らない頬にひとつホクロをつけ、長い髪をさげた女の子が顔の横に来て「何してるの?」と話しかけてきた。

彼は「紙を折って鶴を折ってるんだ」と戸惑いつつ唇を舐めながら返す。

「その鶴一つもらってもいい?」と言われ誰かと競争しているように一目散に頷いた。

彼女は鶴を手にするとしばらく手をひねりながら全体を眺めた。

彼は興味深そうに折り紙を眺める彼女を見て胸の奥で嬉しいと思った。

ふと横を見ると彼女は遠くでわかりやすいように心を弾ませ歩いていた。

彼女との出会いは実にあっけないもので、まだお互いの名前も知らなかった。


それからも彼女に折り紙で作って欲しいものを頼まれてそれを折って渡す、そんな日々が続いた。

彼女はよく花を折って欲しいと頼む。

彼はバラやコスモス、チューリップなど思いつく限りの花を折った。

彼女に頼まれたときははいつもより力がこもる。

彼にはそのような意識はないのだが、手を返した時に光がデコボコの爪に反射する。

折り紙を折っている時は目の前の紙を手順通りに折るそれだけに没頭する。

彼女と会話を交わすわけでもなく一人で黙々と折り続ける。

彼女にとって彼は遊園地にいる風船をくれるピエロだと思ったのだろう。

傍から見れば彼を可哀想な奴だと思う人もいるだろうが彼はこの時間を楽しんでいた。

表情には出ないが手先がそれを表していた。

彼は楽しいと感じると手が踊るように動きが素早くなるのだ。

時折彼女がその様子を見て頬を上げて微笑んだりする。

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