一本の矢
ある心療内科に重荷を背負った小柄な男がやってきた。
ドアを開けた彼に広がるのは皮が破れかけている椅子と薄汚れた白衣を着ている先生だけだった。
目先の丸椅子に座るよう施すと、左を一度見てから膝に手を置きながら座った。
座ると何かを言うわけでもなくこちらを見つめた。
目が合うと大きな不安に襲われた。
それは彼が怖いからではないが何故かは見当もつかなかった。
すぐに目をそらし思い出したかのように診察前に書いてもらった問診票を覗き込む。
”現在、どんなことでお悩みですか?・・・疲れ”
”それはいつごろからですか?・・・2日前”
ほかの質問には答えていなかった。
長年仕事をやっていると問診票を破り捨てる人もいたため特段驚きはしなかった。
ただこれだけでは情報が足りないため彼から直接話しを聞こうとすると、
彼は二度瞬きをしてから乾ききった口を開けて「少し長話をしても大丈夫でしょうか?」と優しい口調で言う。
先生は驚いた顔をしてわずかに首を縦に振る。
仕事柄長話を聞くのには慣れているが大体は話しているうちに時間が長くなるもので、
開口一番にそう告げる人は滅多にいないからである。
先生の中にはこの男がほかの患者と違うものをもっていると直感で思った。
彼のことを考えながら乱れた息を整えていると彼は板が入っていたような体を前に乗り出し語り始めた。