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普通に高校デビューしたかったのに、どうしてこうなった?

「玲央、もう大丈夫?」


 あれから僕たち2人はベンチに戻っていた。

 流石に廊下のど真ん中でうずくまり続けるわけにもいかなかったので、玲央の頃合いを見てベンチに誘導したのだ。


「あぁ、なんとか」


 股間を教科書の角でクリティカルヒットされた玲央はうつむきながら、声を振り絞って返答する。

 まだだいぶ痛そうではあるが、痛みで悶えて呻き声しか出せなかった先程に比べればマシになったと思う。

 ここまで回復するのに20分ほどの時間を要していることが、僕の与えた衝撃の凄まじさを物語っていた。


「その、なんというか、ごめん……」


 あの時は自分の身を守るためだったとはいえ、正直これは過剰防衛と言われても仕方の無いものだと思う。

 というのも、あの場で襲われるのを回避するだけならば、手を出す必要なんて無かったのだ。それこそ大声で叫べば、いくら人通りが少ない時間帯とはいえ、先生の1人や2人くらいは来てくれたことだろう。そうして第三者が現れれば、玲央も落ち着きを取り戻すことができたはずだ。


 あと、こういった行為は精巣断裂などを引き起こして最悪病院へと搬送されることとなるので良い子は絶対にしてはいけないと、中学生の保健体育の授業で先生に教えて貰ったことがある。

 先生、どうやら僕はとても悪い子みたいです。


「生まれて初めて痛みで死ぬかと思ったぞ。ていうか今日は授業無い日のはずなのに、なんでお前は教科書なんて鞄に入れてたんだよ……。」


 やたらと恨みのこもった声で問い詰めてくる玲央。


「いやぁ、暇があったら予習しとこうと思って持ってきちゃって。」

「お前、真面目かよ。」

「まぁ僕、一応特待生だからね。」


 これは特待生の宿命なのだが、成績が下がりすぎると授業料を免除してもらえなくなるので勉強についてはとりわけ努力をしなければならない。

 そして僕は元々凡人で、自分に特別な才能とかそういったものが無いことは理解していた。だから今の内から勉強をする習慣を身につけておかねば、後々大変なことになるのも目に見えていた。


 ……高校の教科書の初使用の用途が、勉強道具ではなく凶器だとは思ってもいなかったけど。

 僕の教科書は随分と物騒な方向に高校デビューしてしまったなぁ、などと意味の分からないことを考えてしまう。一連のいざこざで、どうやら僕も相当頭をやられてきているらしい。


「なぁ~にが『特待生だからね』だ。俺はそのせいで死ぬかと思ったんだぞ。」

「本当にすいませんでした……。」


 顔を狙うのが危険だと思ったから鳩尾を狙った結果、急所に鞄がヒットしてしまった。

 そんな言い訳をしても結局彼の怒りは収まらないだろう。僕はただ謝り続けることしかできなかった。


「これはもう責任を取って俺と付き合ってもらうしかないなぁ?」

「あっそれはマジで勘弁してください僕同性愛者じゃないんで」


 勘弁願うあまり、思わず早口になってしまう。


 同性愛者である玲央が嫌いとか別にそういう訳ではないし、彼が同性愛者だというだけで、距離を置こうとも思わない。

 だがそれと話は別。僕は決して同性愛者ではない。普通に女子と付き合いたいし、男性同士の恋愛に魅力を感じない。これだけはしっかりと伝えたかったし、そうするべきだと思った。


「いやいや口ではそう言うけど、実際はまんざらでもないんだろ?」

「は?」


 隣の男が何か変な事を言い出した。


「さっき話していたとき、晋平は俺のことをイケメンと言ってくれたじゃあないか。俺も晋平のことを可愛いと思っているし、俺の好みなんだ。これは実質俺と晋平が相思相愛だということに間違いなしだろ?大丈夫、最初は恥ずかしいかもしれないけど俺がしっかりとエスコートしてやるから。」


 そういって手をわきわきさせ、じりじりと近づいてくる玲央。

 擬声語が行動に表れている人の考えることは実に分かりやすい。僕は隣の男が色欲にまみれて行動しているというに違いないと推測し、それを何の疑問も持たずに信じることができていた。

 あと僕が可愛いってなんだ、せめてカッコいいと言ってくれよ。


 いずれにせよ僕が同性愛者にされるのは御免だ。玲央はこの一連の会話でマウントを取って調子に乗っているみたいだし、ここはキツく言っておかねば。

 僕は席を立ち、鞄を持って玲央の方を向く。


「僕は遠慮しておきますよ、帆模田君。」

「いやいや口では照れ隠ししても晋平の体は正……あれ?なんで名字で呼ぶんだ?てか、なんで敬語で話すんだ?」

「いやだなぁ、『他人』に敬語を使うのは当然のことじゃないですか。」

「えっ他人……?あと、どうして俺から距離を取ってるんだ?」

「いえ、そろそろ門限だし帰らないといけないと思いまして。では、帆模田君。またいつか。」

()()()()()!?『また明日』じゃなくて!?晋平、絶対俺を避けようとしてるよな!?」


 そう言って涙目になりながら必死に訴えてくる玲央。

 そんな玲央に対して、僕は追撃の手を緩めなかった。


「だって僕ホモじゃないもん。なのに玲央は僕に無理矢理同性愛の交際を求めてくるじゃないか。そういった人との付き合いはちょっと遠慮しておこうかなって。」


 僕が意地悪に言ってやると、玲央は言葉を詰まらせる。そしてしばらくの間頭を抱えながら考えた後、彼は綺麗に上半身を90度下げて、言葉を発した。


「調子に乗ってすいませんでした……このノリで晋平を脅してあわよくば恋愛関係へと持ち込めないかと画策してました。もう二度とセクハラしないので許してください。」

「よろしい。」


 余程僕の態度が効いたのだろう。玲央は敬語になりながら謝っていた。

 とはいえ、これくらいビシッと言って置かないと先程のようにまた僕が襲われかねないし、これは仕方の無いことだ。


「とにかく、僕は同性愛者じゃないから君の気持ちには答えられない。これだけは先に言っておくよ。」

「そんなぁ……折角良い男と巡り会えたと思ったのに」


 肩をがっくりと下ろして落胆の意を見せる玲央。もっとも、その姿を見てちっとも可愛そうとか思ったりはしないが。


 というか今までの彼の発言から考えると、僕は最初から玲央に狙われていたということになる。

 仮に今回の件が無かったとしても、学校生活を送る中でいつか玲央に襲われていたのでは、と疑惑の念を持たずにいられない。


 とはいえ玲央と話した感じでは、彼が本当に悪い人間だとは思ってはいなかった。

 調子に乗ったときは厄介だけど、ベンチに座って飲み物を飲みながら話していた時は普通に面白くて良い奴だと思ったし、つまるところ僕を襲いさえしなければ彼とは非常に良い友達になれると思ったのだ。


「まぁ、友達としての関係なら僕は大歓迎だよ、玲央。」

「くっ、まぁ仕方がないか。」


 仕方がない、と言う玲央であったがその表情は全然諦めなどついていないという様子で、何かを企むようにして野心を目の奥に宿しているようにも見える。


「これから友達として……その内きっとこいつも……そしたらあんなことやこんな……くくく……」


 しかも物騒なことまで呟いているし。これは釘を刺しておかねば。


「言っておくけど、次なにか僕に手を出すようなことをしたら玲央が同性愛者だということを学内にバラすからね。」

「そ、それしきのことで俺の晋平への愛が止まるわけないだろう。」


 そう言う玲央であったが、声色は震えてるし、顔色は悪いし、不特定多数の人に同性愛者であるということをバラされるのは嫌だと感じるようだ。

 まぁ、自分の性癖を、ましてや一部の人からは忌み嫌われるようなものを周りにバラされるとなれば流石に嫌な気分にもなるだろう。脅すにしても、このやり方は不適切だったと反省する。


「あー、ごめん。さっきのは嘘だよ。これから先、喧嘩しようが何しようが玲央が同性愛者であるということは周りには内緒にしておくから、そんなに心配しないで。」

「晋平……ありがとう。」


 そう言って安堵の表情を浮かべる玲央。


「これでこれからも俺が同性愛者であるということを隠して、心置きなく男子をウォッチングできるから助かるぜ。」

「…………」


 先程まで反省していた僕が馬鹿だったと後悔する。

 バラされるのが怖いってそういう意味かよ、と思わず心の中で突っ込みを入れてしまった。


「じょ、冗談だよ晋平。今の俺は晋平一筋だし。だからそんな冷たい目を俺に向けないでくれ。背筋が凍ってしまう。」


 あくまでも冗談と言い切る玲央であった。というか僕一筋とかそういうのは正直どうでもいいのだが。

 あと今の僕はそんなに冷たい目をしているのだろうか。鏡があったら是非とも自分の顔を見てみたい。


「冗談には聞こえなかったけど……まぁいいや。今回の件は僕が基本的に悪かったし、今回玲央に襲われそうになったことと、玲央が同性愛者であるということは誰にも言わないようにする。ただ、今後も玲央が僕に性的な情を向けて来るようなら話は別だけど。」

「あぁ、分かったよ。俺も嫌がってる相手に無理矢理迫るようなことはしねぇ。ただ……」


 そう言って玲央は彼特有のイケメンスマイルを夕日に照らしながら、面と向かって僕に言葉を発した。


「俺が晋平を惚れさせるのはありだよな?」


 高身長のイケメンに、これからお前を惚れさせる旨の宣言をされるというこのシチュエーション。

 僕が女子だったら確かに喜んだだろうな。男子だから複雑な気分でしかないんだけどさ。


「あ~、はいはい頑張ってね。」


 突っ込む気力も失せた僕は、玲央の発言を適当にあしらうことにした。こういうタイプの人間は下手に突っぱねると帰って行動がエスカレートしていくだけだから、無関心を見せつけるのが一番との判断したのだ。


「おう、頑張らせて貰いますわ。……ところで晋平。」


 そう言って目の前の玲央はポケットから出した携帯電話を取り出して画面を見ると、その画面をこちらに向けながら言葉を続けた。


「門限が19時って言ってたけど、これ時間大丈夫か?」

「え?」


 玲央の携帯電話の画面に映るのは、18:45という数字の並び。門限まであと15分しかないということになる。

 寮から昇降口までに要した時間が大体30分ほど。帰りは下り坂とはいえ、今から走って間に合うかどうか怪しいところである。


「まずい、急いで帰らないと。玲央はどうするの?」

「俺?俺はバスで登校してるからなぁ。次のバスは19時過ぎぐらいだし、もう少し校内でのんびりとしておくよ。」

「そっか」


 バス登校は本当にうらやましいと感じる。行きの時に、僕が坂道を登る間に何本のバスが隣を走ったことか。寮の近くにも是非バス停を作って欲しい。お金は基本的に使いたくはないけど、緊急時に遅刻しなくて済んだり門限を破らずに済んだりするかもしれないからね。あと楽だし。


 僕は忘れ物がないかを確認するために鞄の中を少し覗く。そして問題無いことを確認すると、玲央に別れの挨拶をした。


「じゃあね玲央。また明日。」

「おう、また明日!」


 そう言って良い笑顔で返事をする玲央。

 この光景だけを見ると『あぁ、青春してるな』という気分になる。

 とはいえ玲央は、僕を惚れさせようとしてくるような曲者だ。これから彼と友達として関わる中で、僕は()()に学校生活を送ることができるのだろうか、などと考えずにはいられない。

 普通であることが嫌で高校デビューを決心したのに、普通の学校生活を送ることを望むことになるとは何と皮肉なことだろうか。

 本当に、普通に高校デビューをしようとしただけなのに……


「どうしてこうなったかなぁ」


 玲央に背を向けて昇降口へと走る僕が呟いた一言は、桜の花びらが散るように、4月の穏やかな風に乗せられて掻き消えていった。

ちなみにこの作品自体はBLにはならない(はず)です。

2章からは普通の青春モノを見たい、という人でも問題無く見ることができるように(多分)なります。

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