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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

根暗少女と尻軽ビッチ(幼馴染百合)

作者: 恋川春町

 私の幼馴染は同性の私が言うのもなんだけれど、ちょっと信じられないくらいに可愛らしい顔立ちをしている。一緒に街を歩いていれば必ず男の人に声をかけられているし、本人にその気は無いようだがスカウトされたこともあるみたいだ。あの容姿に加えて物おじしない明るい性格で、私はいつか彼女がテレビの向こうで活躍するんじゃないかと思っている。

 そんな彼女であるが、一つ大きすぎる悪癖を抱えている。男を魅了してやまない天使のような幼馴染の黒い染み、それは彼女の奔放すぎる男性関係。彼女はとんでもないビッチなのだ。




「戸田、俺と付き合ってくれない?」


 図書館で本を読んでいた私は、学校に残っているらしい幼馴染と一緒に帰るために教室へと戻ってきたところ、教室の扉越しでその声を聞いた。あと少しで扉を開けそうになった自分の手を何とか止めて扉の窓越しに仲を覗く。教室の真ん中あたりには一組の男女がいた。私の方を見る形で男子生徒と向かい合って立っているのが幼馴染の戸田星羅とだせいら

 彼女はいつものように人懐っこい目で男子の方を見ていたが、彼の懸命な声に気まずくなったのか少しだけ対面している男子から目を逸らした。そして、窓越しに目が合う。


「あっ!」


嬉しそうに手を上げそうになった彼女に、わっ、バカ!…そう口だけで伝えて私は窓から身を引っ込めた。そのままそろりそろりと扉から離れる。


「え?何、どうかした?」

「あ、ううん。何でもないよー!」

「そっか。それでどうかな?俺ら結構仲いいし、付き合わない?」

「うん、いいよ。それじゃよろしくね!」

「おう。じゃあ俺、お前のこと星羅って呼んでいい?」

「えー、いきなりは恥ずかしいからそのまま戸田って呼んでよ。」

「しょうがねえなぁ。分かったよ。それじゃあ一緒に…」

「それじゃあまた明日からよろしくね、上田君。」

「お、おう!また明日。」




「一体どういうことなの!?」

「えー何が?」

「さっきのアレ!星羅、山本君と付き合ってるんでしょうが!」


 私と幼馴染は二人で歩いて下校していた。学校を出て、いつものように先生の愚痴やテレビで見た面白いこと、街で怪しい人に声をかけられて危うく連れて行かれそうになった時に男の人が助けてくれたことなどを楽し気に話す彼女に、私はやや強い口調で問い詰めた。ちなみに山本君とは隣のクラスのサッカー部の男子のことだ。切れ長の目が特徴的でその爽やかな性格も相まって同級生女子人気の高い人だ。

 その彼が二週間前に隣を歩いている幼馴染に告白したということはクラスの女子の噂話で聞いていたのだが。


「あーうん。山本君とは付き合ってるよ。」

「それじゃあなんで告白にOKしたのよ!」

「だって好きだ、付き合って、って上田君が言ってきたから…。」

「普通は今付き合ってるからムリって言うでしょ!それとも何、山本君に飽きたの?」

「そんなことはないよー。山本君は今でも大好きだし。でも断ったら上田君に悪いでしょう?」

「はぁ、だからって二俣掛けるのかな普通。」

「えー誰かに告白されればヤコだってそうするよ。」


 幼馴染は私のことをヤコと呼ぶ。美夜子みやこという名前が呼び辛かったのか彼女は隣に引っ越してきて、初めて挨拶をした時からそうだった。そんな目の前で屈託なく笑う彼女の両方の頬を、親指と人差し指でつまんで思いっきり引っ張った。


「私が誰かに告白されることがあると思ってんの?嫌味か、このバカ星羅。」

「いひゃいいひゃい!ごめんなさい!」


 悲鳴を上げながら私の指を引き離そうとじたばたする涙目の彼女に、はぁとため息をついて私は力を抜いた。突然私の力が無くなったことで、抵抗していた彼女は尻もちをついた。痛た、まったくもうヤコは…と不満そうに彼女は何人ものイケメンを落としてきた上目遣いで私を見上げる。やれやれと思いながら私は首を振った。


「コミュ障根暗に付き合ってくれ、なんて言う人はいないでしょうが。大体、あんたの周りにいる女子が男子に見えてるわけもないでしょう。」

「えー、よく見ると可愛いんだけどなあヤコは。でも案外近くにいるかもよ、ヤコを好きな人。」

「はいはいありがとう。ところでね…、」

「ん?」

「今日告白して来たのは上田じゃなくて上野君だよ。」

「…あれ?」

「明日までに覚えておきなよ?」


 これじゃあ上野君も、元カレの山本君も浮かばれないなと思いながら、私はまたため息をついたのだった。




「戸田、上野の奴と付き合うって一体どういうことなんだよ?!」


 次の日の朝、登校してきた私が自分の席に荷物を置いて、静かに読書していると教室の前の方で大きな声が聞こえてきた。

 本から目を離して様子を窺うと背の高い筋肉質で爽やかな男子がずかずかと教室に乗り込んできていた。彼の向かう先は勿論、窓際にある幼馴染の席。彼女はそこで昨日できた新しい彼氏とこちらが恥ずかしくなるようなほどにいちゃいちゃしている。


「あ、山本君。」

「山本君、じゃない!俺はなんでお前が上野と付き合うのか聞きたいんだ!」

「えーだって昨日、上野君が付き合ってって言ってきたから。」


 ところでその上野君はそろりそろりとその場を離れようとしていたのだが、山本君がギロっと睨んで動けなくなってしまった。


「だからって俺と付き合ってるのに他のヤツの告白にOKするかよ。俺のこと嫌いになったの?」

「そんなことないよー。私は山本君のこと大好き。でも上野君のことも好きだから、二人と付き合うことってできないのかな?」

「ふざけんじゃねえよ、このっ!……ちっ。」


 山本君は振り上げかけた手を抑えて舌打ちする。普段温厚な彼は皆の前で暴力を振るうことを、良心が許さなかったのだろう。

 周りの女子は殴られれば良いのにという顔をしていたが。


「戸田、ちょっと来い!」


 そう言って山本君は幼馴染みを強引に引っ張っていった。彼女はまるで抵抗するそぶりも見せずにへらへら着いていき、やがて廊下の向こうへといなくなった。彼らがいなくなってからおもむろに教室がざわつき出した。騒いでいるのは幼馴染みを毛嫌いしているクラスの女子たちだ。


「またあのビッチが何かしたの?」

「山本君と上野君に二俣かけようとしたらしいじゃん。」

「うわー最低。死ねば良いのに。」

「本当にそれだよね~。」


 彼女たちは下品に笑いながら教室全体に響き渡るような声で幼馴染みを罵った。確かに幼馴染みは擁護のしようがないが、私には彼女らの声が負け惜しみのように聞こえた。


「そういえば藤咲さんはあいつと仲良いよね。一緒にいて迷惑なのに偉いよ~!」


 気がつけば、その内の一人に声をかけられていた。一人の声に反応して周りの顔という顔が私の方を向いた。まるで尋問されているような気分になり心臓が鳴り出す。


「え、あ、あの。」


複数の顔に見つめられると、背中から嫌な汗が吹き出し寒気がし始めた。体は寒いのに顔は赤く熱くなっていくのを感じる。


「どうなの?あのビッチにつるまれて迷惑ならあたしたちが守ってあげるよ。」

「あ…私と星羅は、おさなじみなので。大丈夫です、から。」

「そっかぁ。じゃあ気を付けなよ。」

「あ、はい。」


 私の焦ったような顔を一通り満喫したのか、話しかけてきた人たちは私から興味を失い、また彼女たちの悪口合戦に入っていった。一回大きく、でも目立たないように深呼吸して私は再び自分の読書に戻った。


「藤咲さんもちょっと変わってるよね~。あっはいって何なの(笑)」

「いつも読書してるし暗いから、戸田星羅も自分のライバルにならないで安心なんじゃないの。きゃはは」

「ちょっと聞こえるよ。」

「聞こえないよ。今読書中なんだから。」


 よーく聞こえてるっての。彼女らの悪口は幼馴染みから私へと移っていた。彼女らにとって自分達と異質なものなら何でも良いのだろう。いつものように私は心を凍らせてクラスメイトの声を遮断した。

 幼馴染みが帰ってきたのは一時間目が終わってからだった。先ほどの女子たちのあざけるような視線の中、彼女は何時ものようにニコニコと笑って戻ってきたが、髪や制服は少し乱れ、左頬の辺りが青くなっていたのできっと何かあったのだろう。その何かを聞くつもりはなかった。




「痛たた、山本君たらいつもより激しくて、泣いちゃったよー。」


 そう言って幼馴染みは真っ赤になった目を擦った。昼休み、私たちは屋上に入る階段の踊り場で話していた。クラスに居場所がない私とクラスにいれば男子に囲まれてどうしようもなくなる星羅は秘密基地のように二人でここを利用している。

 彼女の話を聞いている間も私は読書を止めない。しかし私が聞いているのが分かるのだろうか、彼女はそのまま話を続ける。


「失敗失敗。凄い怒られちゃって、お前とは別れるって言われちゃった。」


 私は本をひざに置いて向かい座った彼女を見た。ワイシャツを第2ボタンまで開けて、白くきめ細かい肌と豊かな双丘が覗いている。彼女の首筋には赤黒く変色した跡があった。


「ううん。山本君のこと本当に好きだったのになぁ。」

「…じゃあなんで二俣なんかしたの。」

「だってさ、上野君が私のことを愛してくれたから。」

「はぁ…いっつもそう。前回の三股のときもそんなこと言ってたよね。」

 そう、彼女の浮気は今に始まったことではない。1ヶ月ほど前には三年の先輩2人と同級生1人と同時に付き合っていたらしい。その時も散々罵倒されて、今のように泣いていたくせに反省する気はないようだ。


「だってこんな私を好きだって言ってくれて。愛してくれて。そういう人たちに弱いんだよね。私は。」

「そう…。」


 彼女は滅多に帰ってこない母親との二人暮らし。父親が誰かも分からないままに生まれてきた彼女は、他の人よりも温もりを求めているのかもしれない。彼女がそんなことを考えているのかは分からないけれど。


「…ところで星羅?」

「え?何々?」

「さっきから何してるの?」


 彼女は話しながら私の太ももを優しく撫でていた。男子に対してボディタッチは多いが、幼馴染みの私にはそういうことをしない彼女だったので少し困惑する。


「んーボディタッチだよ。ヤコの太もも、すべすべで気持ちいい~♪」

「あんた女子にも手を出してたの?」

「ないない。そんなことないよー。第一、私の女の友達がヤコしかいないのはよく知ってるでしょ。」

「まーそうだけど。ってかそんな悲しいこと私の前で言うんじゃない!」


 友達がいないというなら私も同じようなモノだが、彼女にはとっかえひっかえできるだけの男がいる。どれだけ同性から非難されようが、自分のことを好きだと言ってくれる人がいればそれでいい。彼女はそういう人だ。もし仮に同じような立場なら私はどうなっていたのだろう。分からない。


「星羅さんも偶には悲しい気持ちにはなるのです。こうしてヤコに引っ付いていたいのです。」

「はぁ、まあいいけど。」


 しばらく私はされるがままに太ももを撫でられていると、次第にその手は足の付け根に近づいてきた。


「ちょ、ちょっと星羅!」

「んー?どうかしたの?」

「ちょ、ばか!それ駄目だから…!」

「何が駄目なのかなー?」


 幼馴染はいたずらっ子の目で真っ赤になった私を見ている。触り方が淡白なものからねっとりとした情熱的なものへと変わった。彼女の手に合わせて体の芯がビクンと跳ねる。もっと深くまで感じたいのにそれができないもどかしい気持ち、私は焦りのような感覚を感じた。それでも打ち寄せる快感に耐えていると彼女は私の耳朶をぺろりと舐めた。


「も、もうマジで怒るよ!……んっ♥」

「ふふ、やっぱりヤコって可愛いよ。他の女の子なんかと違って…。」

「ば、ばか。そんなことしてるとホントに嫌いになるよ!」

「嫌われ慣れてるので問題ないのでーす♥」


 耳元でささやかれて頭がぼーっとする。すっかりぐったりしていると遠くから昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。その音を聞いて彼女はサッと私から離れた。


「あちゃー、もう時間じゃん。」

「はぁはぁ、…え?」

「それじゃあねー!」


 そう言って彼女は階段を駆け下りて、廊下を走って行ってしまった。私はしばらく肩で息をしながら体の熱が冷めるのを待った。誰もいなくなった踊り場のひんやりとした空気が心地よい。私は火照った体の中で唯一ひんやりしている部分に手をあてがう。クチュッという音が微かに聞こえた。


「まったく、普通一人置いていくのかな…ぁ。」


 自分勝手な幼馴染に対して不満を漏らす。彼女はいつも、男子とあんなことをやっているのだろうか。中学生の頃にはそういった仲の人がいたらしい。私は少し、彼女の相手が羨ましいと思った。




 木曜日の放課後は委員会のため、いつもより遅くまで学校に残っていた。環境委員会。別に自分から立候補したわけではないのだけれど、誰も立候補しないので体よくクラスの人から任されてしまったのだ。円満な雰囲気になっている中で断ることなんてできず、仕方なく一年間委員になることに決めた。

 今日は掃除用具や水道の点検をして回る日になっている。私も任されていた三階を見て回っていた。掃除用具の点検を終わった私の所に一人の男子が走ってくる。


「藤咲先輩、お疲れ様です。」

「あ、うん。土屋君もお疲れ様。」

「はい!」


 後輩の土屋君はなぜか私を慕ってくれていた。私の方も委員会で同じクラスメイトの他に唯一会話ができる相手…。人と関わることは苦手だが、こうして年下の子に優しくされるのは悪い気はしない、というかむしろ嬉しい。


「後は僕が後片付けしますんで、先に戻っておいてください。」

「ありがとね。でも、全部やらせるのは、悪いから。その…一緒にやろ?」

「は、はい!」


 私たちは廊下に出した掃除用具を用具入れに片付ける。別に一人でやっても時間がかからないけれど、二人でやるとさみしくなくていい。ただ、


「先輩、来週末に学校で試合があるのでまた見に来てくれませんか?」


 彼は幼馴染の元彼氏の山本君と同じサッカー部だ。一年生ながらレギュラーメンバーに抜擢されているようで、ちょくちょくサッカー部員と恋仲になる幼馴染と共に試合を見に行くと選手としてよく試合に出ていた。

 でも幼馴染が上野君と付き合いだしてサッカー部とは縁が無くなったので、私は見に行くことを戸惑ってしまった。私なんかが応援に行ってもいいのだろうか。


「もし暇だったらでいいんです、考えておいてくれたらいいなーなんて。それじゃ戻りましょっか?」


 そんな私の考えは表情に出ていたようで、一年年下の男子は困ったように笑ってそう言った。私たちは夕焼けに染まった廊下を委員会室に向かって歩く。

 歩いている途中、星羅が誰かと校舎裏の方に歩いていくのが見えた気がした。


「あれ、星羅…。」

「ん?どうかしましたか?」

「あ、いや。何でもないの。早く、戻ろう。」


 私は土屋君と二人で戻った。ただ、いかに土屋くんとは会話ができると言っても他の人に比べてという意味で、委員会室に戻る間もあまり会話は弾まなかった。




 委員会は作業が終わった後は来月の目標を決めるだけで解散になった。私は部活があるわけでもないのでさっさと帰り支度を済ませて昇降口へと向かった。最近は星羅と帰ることも多かったが、彼女も彼氏と帰ることが多いので、一人での下校は寂しいとは思わない。むしろ彼女のぶっ飛んだ話を聞かなくていい分心が落ち着く時間だ。

 下を向いて歩いていると昇降口の前を走り去る音が聞こえた。


「上野君?」


 幼馴染と付き合いだしたはずの彼は怒ったような顔をして走って行った。彼も早速幼馴染と何かあったのだろうか。

 告白が成功して彼女が自分だけのものになったという征服欲は、彼女の他の男子への態度から自分だけが特別じゃないのだという屈辱に上書きされる人がいる。そういう人とはかなりの速さで別れることになるのだけれど。まさかもう…か。まあ私には関係ない。

 私は下駄箱からローファーを取り出して履き替える。そうしてセピア色に染まった外へと出た。今日は呼んでいる連載小説の新刊が出るらしい。帰りに駅の本屋に寄ってみよう。そう考えると自然とうきうきした足取りになった。



「…!!」


 校舎の裏の方から誰かの怒ったような声が聞こえた。部活で誰かが怒られているのかな。私には関係ないことだったので、聞いているのも悪いから足早に立ち去ろうとしたその時、再び、今度ははっきりと声が聞こえてきた。


「山本君と上野君に二俣掛けるとか、お前マジで調子乗りすぎ。このクソビッチが!」

「二俣掛けたつもりはないんだけど。」


 星羅だ。先ほど彼女をちらりと見た気がしたのだが、それは本当だったのだ。どうやら何人かの女子生徒に囲まれて、絞められているらしい。聞いたことのあるクラスメイトの声の他に、何人か知らない声も混ざっている。


「ムカつく!ちょっと顔がいいからって男にしっぽ振って誰にでも体を許して、あんた学校なんて来ないでウリでもしてればいいじゃん。」

「先生ともヤッたんだって?マジで気持ち悪いんだけど。お前と一緒の空気吸いたくないよ。」

「あはは。酷いなぁ」


 壁越しに聞いている自分でも耳を覆いたくなるような罵詈雑言を、彼女は笑いながら聞き流していた。その態度にムカついたのか、彼女を囲んでいたうちの一人が手を上げたようだ。パンと乾いた音が辺りに響く。

 私はハッと息をのんだ。同時に陰から様子を窺うことしかできない自分に嫌悪した。でも出ていく勇気は無い。クラスでも軽くいじめられている私が出て行ったところでどうなる。どうにもならないことは目に見えているし、何よりも誰かと争うのは怖い。私は星羅に心の中に何度も謝りながら、誰にもバレないように来た道を戻ろうとくるりと後ろを向いた。


「どうせ、ヤることしか考えていないんでしょ。さっさと学校から消えて風俗で働けばいいじゃん。」

「大体、星羅って名前もキモいよね。ガチのキラキラネームじゃん。きっと親も頭悪いんだろうね~。」

「…えへへ。」

「ホントあんたの顔ムカつく!もう一発殴らないと気が済まないわ。」

「いいよ。君らが殴りたいなら殴りなよ。私は別にセンセには言わないよ?」

…!

「てめえ、この…「せ、せんせー!校舎裏の方にま、…まだ用具がありましたぁ~!」


 私はその場で校舎の方に向かって声を張り上げていた。こちらからは見えないが、壁の向こう側の女子生徒たちもびっくりしたようだ。


「やばっ先生に見つかる。」

「ちっ、お前もちゃんと隠れろよな。それとあたしたちのこと言うんじゃねえぞ!」

「はいはい。分かってる。ばいばい。」

「覚えておけよ。明日もここだからな。」


 女子たちが走り去った。私は校舎の裏で立ちすくんでいたので走っていく彼女たちと思いっきり鉢合わせてしまった。


「あ、さようなら…。」


 私の言葉が聞こえなかったのか、聞こえていて無視したのか私の方を見て、何も言わずに走って行ってしまった。一つ分かることは、私が彼女たちの脅迫している現場を立ち聞きしていたことが彼女らにモロバレしていることだ。明日からの生活は憂鬱だ。




「星羅、大丈夫?」

「あーヤコだ。委員会で残ってたの?お疲れ様。」


 私は一人で壁に座り込んでいた幼馴染に近づいた。彼女はいつも通りのニコニコした顔で私を見上げる。頬は赤黒く染まり、青あざや腫れが痛々しい。口を切ったのか口の端から血が流れていた。


「お疲れ様、じゃない!どうして助けを呼ばなかったの!こんなになって…。」

「叩かれたり蹴られたりするのは慣れてたからー。」

「もう、バカ星羅!もっと自分のこと大事にしてよ!」

「え、えへへ…。それより助けてくれてありがとね。さて、先生が本当に来る前にここから離れよっか。」


 星羅に手を引かれて私たちは学校を出た。しばらく二人で歩いて、駅まで向かう途中にある小さな公園に入る。


「ふぅ、それでヤコは私を助けてよかったの?」

「え?」

「絶対あの人たちヤコが邪魔したって分かってるよ。ヤコまでいじめられちゃうけどいいの?」

「私は…。」

「もう私に関わるのはやめた方がいいと思うよ。私は一人で大丈夫だけど、ヤコは一人じゃダメでしょ?」


 ああ、星羅は本当に強い人だ。でも私は知っているんだよ。いつも誰かと触れ合っていたいこと。誰かと触れ合っていないと不安で、でも近くに仲良くできる友達がいないから恋人を作り続けていること。


「やだ。」

「でも…あいたたた。もう、あの人たち本気で殴りすぎだよ。」

「星羅、痛かったよね。」

「だから慣れてるって~…ヤコ?」


 私は幼馴染の少女の体を抱きしめた。何度も抱かれているだろう体を、今までの誰よりも優しく強く抱きしめる。そのまま私は囁くように言った。


「私じゃ…ダメなの?」

「え、何、ヤコが!?え?」

「私は星羅のことを満たしてあげたいと思うよ。他の誰よりも愛してる。だから無理しないでほしいの。苦しかったら苦しいって言って。友達なんだからいくらでも聞いてあげるって。」

「…」

「私は星羅が一番好きなんだから…。」


 私の声に幼馴染は静かに肩を震わせた。しっかりと抱きしめたまま私は彼女の声を聞いた。


「…泣きたかったの。」

「ん。」

「別に叩かれたのは抱かれている時に比べればなんともなかったけど、星羅って名前バカにされて…。」

「…。」

「お母さんが付けてくれた名前をバカにされて、大好きなお母さんをバカにされて…!」


 気が付けば彼女は泣いていた。自分のことで泣けない少女は大好きな母親のことで泣いていた。


「これからは、…頼りないかもしれないけど守ってあげるから。星羅。」

「ヤコ…ヤコぉ。」


 彼女の背中を撫でながら私は空を見上げる。これからも不器用な彼女のことだ、様々なことで誰かと衝突するだろう。でも、私が守ってあげよう。男じゃないから恋人にはなれないけど、私は彼女の友達なのだから。そしていつか埋めてあげよう彼女の満たされない心を。彼女が自分を好きになれるように。


「ぐすっ…。ふふ、ヤコに告白されてるみたい~。」

「や、バカ。違うから!」


 慌てた私の首に星羅は自分の腕を回してきた。


「大丈夫。私もヤコのこと守ってあげる。だから…ね?ずっと一緒にいよう?私たち二人だけで…。」


これは歪な依存関係。たとえこれが底なしの沼だとしても…もう少し二人だけで溺れていたい。


最後まで読んでくださりありがとうございました。

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