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美奈子ちゃんの憂鬱

美奈子ちゃんの憂鬱 安楽椅子に寝そべって 深夜の出来事 後編

作者: 綿屋 伊織

「―――さて、犯人は誰でしょう?」

 翌日の朝食の席上。

 昨晩起きた事件の説明を、私はそう締めくくった。

「……あのね?」

 葉子のほっぺたについたご飯粒をとりながら、ルシフェルさんは困惑した顔で言った。

「それでわかる?って聞かれても……困る」

「そう……かな」

「桜井さん、寝不足だよ」

「わからない?」

「捕まったの?」

「うん。今まで登場した人の中にいた」

「麻薬は?」

「これから―――向こうから来る」

「えっ?」



 要するに、こうなる。



 死体は検死医と鑑識の手によって運び出された。

 死亡推定時刻と大体の死因はすでに告げられている。

 死因は銃創によるショック死。死亡時刻は1時間ほど前。

 詳細なことは、病院で検死による。


「ちょっと」

 必要な手配を終えた理沙さんが、その光景を見送ると、小声で私に訊ねてきた。

「どうして、“あれ”が犯人だって言うの?」

「見ていればわかりますよ」

「だって」

 理沙さんはまだ信じられないって顔だ。

「まず、よくよく考えてみたんです」

 私は、テーブルの上に置かれた拳銃を取り上げた。

 うっ……思ったより重いな。

「この拳銃ですけど」

「38口径の自動拳銃。中国製の密輸品、それが?」

「理沙さん、試してみてくれます?」

「何を」

「これ、胸に当てて引き金引いてください」

「死ぬって、風穴開いて」

「ほらそこ」

「?」

 理沙は、あたりをキョロキョロすると、

「何?」

「……要するに、貫通するんですよね」

「38口径を自分に向かって撃てば貫通するわよ。すごいんだから、血だの内臓だの」

「すみません。何かナイフありませんか?……あ、十徳ナイフですか?十分です。じゃ、理沙さん」

「ん?」

「あの死体、弾丸はどこで見つかりましたか?」

「……まだ、死体の……え?」


 38口径を自分の胸に向かって撃った。

 それで自殺と判断したんだ。

 裸の体に撃った以上、貫通するはずだ。

 わたしはそう言った。

 だけど、現実はどうだった?

 死体は―――貫通していない。



「か、火薬の少ない弱装弾だった?」

「おじゃましまぁす」

 自信のない様子で呟く理沙を後目に、美奈子はバスルームに入るなり、わき目もふらずにナイフを手にしゃがんだ先。

 そこには、死体の血だまりがあった。

 美奈子は、その血だまりにナイフを差し込んだ。

 ぐっ。

 血だまりにナイフが突き刺さる。

「やっぱりね」

「美奈子ちゃん?」

「あの人、自殺なんてしてないんですよ―――よいしょっと」


 グイグイとナイフを動かした美奈子は、てこの原理で、穴から何かをえぐり出した。

 へんに歪んだ金属の塊。

 拳銃弾だ。


「床にむかって撃った。そして、失血死しない程度に胸の辺りを傷つけて血だまりでごまかした」

「すぐにバレる!」

「だから―――あの人が犯人なんですって」

「……よく考えて、美奈子ちゃん」

「?」

「私達は警察よ?死体なんてできたてホッカホカからミイラまで、そりゃいろいろ見てきたし、作ってきた」

「……自慢なのかなんなのか、わかんないんですけど。つまり―――」

 美奈子は、理沙の言い分はすぐにわかった。

「死んでいるか生きているか、見ればすぐわかる」

「そう。すでに脈拍はないし、体温も下がっていた」

「……」

 ポリポリ……

 美奈子は軽く頬を掻いた。

「簡単なトリックですよ」

「トリック?」

「ボールを脇の下にいれてください。脈はそれでごまかせます。それに」

「それに?」

「あの麻薬って、体温を異様に下げるって言ったの、理沙さんです」

「くっ!」

 理沙は天井を仰ぎ見た。

「つまり……死んでいないんです。あの運び屋さんは」

「じゃ……どうして」

「それは―――あの人に聞いてみてください」


「警部補!」

 理沙の部下が部屋に駆け込んできた。

「奴さんが動きました!」





「警察にここに来ることがばれちゃったのね」

 朝のお茶はおいしい。

「だから、焦った。どうしたら逃げられるか。ただ、運び屋と一緒に逃げるだけでも苦労だろうけど、クスリもどうにかしなくちゃね」

「それで、一芝居うった」

「そう。何しろ、生きているか死んでいるか、それは彼が判断することだから」

「それで?犯人はどこ捕まったの?」

「病院の駐車場。検死しないで、別の車に移そうとしている所を確保された」

「意外だよね……」

 ルシフェルさんが漬け物を葉子に食べさせながら言った。


「検死医が麻薬の売人だったなんて」



 そう。

 わかってたと思うけど、犯人は検死医。



 警察内部から取り締まりの情報を掴んだ検死医が慌てて運び屋に指示したことは、

・まず、風呂場で裸になれ

・自殺に見せかけように、胸を傷つけて血を流せ

・薬物を自らに投与して、仮死状態になれ

・薬物が回ってきたら、床に拳銃を撃て。

・脇にボールを挟め

・すぐにその上に覆い被さるように横たわれ


「どうして裸なの?」

「警察の狙いは麻薬。服を着ていたら、服の中を探すでしょ?」

「だから……全裸」

「そう。最初から死体に触らせないための措置ね。別に理沙さんを喜ばせるつもりはなかったと思うよ?

 拳銃を撃った痕に覆い被さって、血で痕を埋めれば死体がどかされるまで気づかれない。あとは、検死医としてどうとでもなる」

「よく考えたね。それで?麻薬は?」

「そこが面白いところだと思うのね」

 私はクスクスと笑った。

「私の説が正しければ―――これは見物になるわよ?」

「?」


 私達は牧場見物に午前中を費やした。

 牛に舐められて大泣きした葉子をなだめ、アイスクリームで機嫌を直させ、食べ過ぎてお腹を壊した葉子をトイレや医者に連れて行って……戻ってきたら午後2時だ。

 駐車場に3台の大型バスが並んでいた。

「あれが修学旅行のバスかしら?」

「よかった。丁度ついた所みたいね」

「よかった?」

「うん―――見物に行きましょ?」


 私達は修学旅行の団体より先にロビーに入った。


 どうやら、大阪の学校らしい。

 やたらと関西弁が聞こえてくると、不思議と品田君を思い出す。


 引率の先生に連れられて、生徒達がめいめいの部屋へと移動していく。

 ルシフェルさんが不思議そうな顔で私をみつめている。


「すんませぇん」

 ロビーに近づいてきたのは、数名の男子生徒だ。

「これ、宅急便たのんます」

 ―――来た。

 私は、カウンターで店員のフリしていた理沙さんに頷いた。



 夕食。

 ―――経費で落ちるから食べて。

 とはいうものの、連続で牛は……かなりキツイ。

 明日から……ダイエットだな。

「ホントにありがとうね!さすが名探偵♪」

 理沙さんはホクホク顔だ。

「意外だったわねぇ、絶対見逃す所だった」

 そりゃそうだろう。

 運び屋は何も運んでいなかった。

 運ばせたのだ。

 誰に?


 修学旅行の生徒に。


 ……運び屋は、“運ばせ屋”だったわけだ。


 タイミングが良すぎるから疑っただけ。

 勿論、生徒達はヤバいものとは思っていなかったという。

 ただ、札幌の歓楽街で誘われて、バイトのつもりで引き受けただけだという。

 徹底した家捜しと荷物検査、血液に尿検査まで生徒全員が受けさせられたのは気の毒だけど、やむを得ない。

 この国の麻薬取締法は世界一厳しいのだから。


 あの運び屋も、検死医に言われる前に手を打っていた。


 本当なら、荷物を旅館で受け取るつもりだったが、都合が悪くなった。ことを起こす前に、生徒に携帯でそうメールして、宅配便で転送するように告げていたのだ。


 私はそれも見逃さなかっただけだ。


 売人と運び屋が捕まったから、あとは芋蔓式に挙げられると理沙さんは浮かれている。

 これから刑事さん達と繁華街に繰り出すというけど―――大丈夫かな。



「じゃ、あとはゆっくりしていって」

 理沙さんはそう言うと、部屋を出ていった。

「本当に、お店に繰り出すんですか?」

「そうよ?あ、それと」

 理沙さんはウィンクしてから

「宿代と帰りのチケット、領収書もらっておいてね?」

「あ、はい」

 ……え?

 領収書、もらっておいて?

 私とルシフェルさんは顔を見合わせた。

 ……つまり?


「大人3名様、子供1名様。飲食費その他特別料金込みで12万8千円になります」

 理沙さん……一人だけロイヤルスイートでドンペリ3本飲んでるし……。

「……カードでお願いします」

「一括でよろしいですか?」

 ごめんなさいルシフェルさん!

 後で絶対、理沙さんから取り立てるからぁっ!


 帰りの飛行機。

 私はルシフェルさんに謝りっぱなし。

 家につくなり、理沙さんから電話。

 文句言ってやろうと思ったら、また仕事だという。

 

 その前に、経費前払いか支払ってくれる人をつけろ。

 

 この事件以降、理沙さんからの仕事について、私がそう注文をつけるようになったのは言うまでもない。

 その犠牲者は、ほとんど岩田警部だったのが、何となく、理沙さんと岩田警部の力関係を教えてくれる気がしたのは私だけじゃないはずだ。



……理屈ばかりでつまんなかったですか?やっぱり、キャラをもう少し動かすべきだったと反省です。

懲りずに応援してください。よろしくです。

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