02.社長会合
本日は日曜日です。社長会合です。仕事です。
現在、社長と私は社長会合の会場に来ている。会合と言っても集まって何かを議論したりするわけではない。顔見せや情報交換の場としての役割が大きく、形式上は仕事の付き合いとなる。しかしもっと砕けていて、いわゆるパーティー、懇親会のようなものに近い。社長は人付き合いが悪そうなイメージだが、こういう場には真面目に参加する。
意外だなと思っていたら、財閥のご子息として交流を深める必要もあるそうだが、前社長秘書の門内さんにとにかく積極的に参加するようにと言いつけられていたそうだ。
なるほど。社長は決して人当たりの良い柔和なタイプではないから、全く初めての取引先となると、社長の眼光に相手も恐れをなして上手くいく交渉もいかないような気がするものね。少しでも顔見せして相手に慣れさせておく事は良いことだろう。……まあ、もう少し社長も積極的に話しかけて行けば言う事無しなんだけどね。
君は群れから外れた孤高の狼か、油汚れを寄せ付けない中性洗剤か。少し席を外して一人にしておくと、見事なまでに社長の周りに人が寄らないぞ。いい大人なのですからもっと交流しましょうよ。
仕方が無いので私が仲介に入りつつ、他の社長様方と交流する。
一見自慢話のようにも見えるが、私にとってはとても興味深いお話で、むしろこちらから前のめりになってお話を聞いたりすることがある。果てにはメモまで取り出す私に社長様方が面食らいながらも、呆れず笑ってお話し頂けるのはありがたい。とても勉強になります。
まあ、そんな会合も毎週毎週だと疲れますけどね、さすがに。
そして社長と二人少し休憩を取っていると、会場が不意に色めき立った。
え、何だろうか。もしかして新たなスイーツが入って来た!? 私まで気持ちが高ぶり、目を爛々とさせて皆が注目する視線の先に同じように向けると、どうやら現れたのはケーキではなく人だったようだ。ちっ、何だ、人だったのか。
「君の態度はあからさまだな」
「あ! そう言えば何度か、君の気持ちは手に取るように分かるよと褒められた事がありますよ」
「それは褒めていないと思うぞ」
そうでしたか……。
「まあ、さすがに仕事の上では分かりやす過ぎる言動を消しているとは思うが」
「それはもちろん、切り換えスイッチでオンしている時はじょ――」
女優になりきっていますからと言おうとして咳払いする。そんな事を口にしたら何を言われるか分からない……。繊細で脆いガラスハートの私には耐え難い。
「と、ところで社長、あの方ってもしかして」
私はこの会場で注目されている御仁に視線をやる。
「ああ、あれは鷹見財閥のご子息、鷹見一樹さんだ」
「そう言えば噂で何度かお聞きしたことがありますし、写真でお顔を拝見したこともあります。随分やり手の青年実業家だそうですね」
「ああ」
「今回初めて直接お目にかかりますけど、いかにも人の上に立つ人間特有のオーラがある感じがしますね」
一方で強引なやり口も知られていて、決して良い評判ばかりでは無い。それに女性関係も派手だと。資産家のご令嬢をはじめ、モデルから女優まで手広く女性を泣かせてきたそうだ。中には既婚者にも手を出しているとの噂もある。
「……いつもあんな感じに、あれくらい女性を侍らせているのでしょうか」
彼の周りに綺麗な女性を数人連れ歩いている。お洒落なドレスで身を包み、高いヒールを履いているところから彼の秘書というわけではなさそうだ。
「まあ、認識にほとんど相違ないな」
「ふーむ。英雄、色を好むというやつですね。そう言えば男性ホルモンであるテストステロン値が高い人は出世欲が強く、功績を挙げる人が多いらしいですよ」
私は瀬野社長を見上げる。
うちの社長だって鷹見社長に負けないくらい超絶男前だし、人目を引くオーラもあるけれど、いかんせん冷たそうな顔立ちで、こういう場では女性がどうにも近寄りがたい雰囲気になっちゃうんだよね。もちろんパーティーなどの席で、それを物ともしない勇猛果敢なご令嬢様方には囲まれたりするけど。
「……何だ?」
ずっと社長の顔を見ている私に気付いて、無表情に見下ろしてくる。
「いえ、社長ももっと愛想良く笑ってみてはいかがかなと思いまして。さらに女性が寄って来るんじゃないですか?」
「いらん。愛敬を振りまくのは君の役目だろ」
「あら、社長は私に愛敬を求めていたのですか?」
意外な言葉に目を丸くすると、社長はすぐさま否定に走った。
「それもそうだな。俺が間違っていた」
「いや、そこは肯定するべきところですよー」
「そうか。君に愛敬を求めていた」
「そこの人、棒読み止めて下さいね」
「君は注文が多いな」
そう言うと社長は微笑した。ほら、社長も笑ったらもっと魅力的になるのに。こちらまで頬がほころぶ。
すると辺りの空気がなぜかざわついた気がした。
「ところで以前から少し気になっていたんですけど、こういう場に秘書以外の女性方を連れてくるのはアリなのですか?」
きょろきょろと辺りを見回すとホテル側が派遣したと思われる同じ制服を着たコンパニオンさんの姿も見られる一方、私服の女性も少なくない。最初は秘書かと思っていたのだけれど、それにしてはやけに派手な顔立ちの方が多い気がしていた。だから多分秘書でない人も含まれているのだと思う。
――いえ、自分が地味秘書だからって、美人秘書さんかもしれない人に妬いているとかそういう事を言っているんじゃないです、断じて。
「まあ、女性社長が増えてきている昨今とは言え、本当に格式張った社長会合にするならば、男ばかりのむさ苦しい場になり果ててしまうからだろう」
確かに緩い交流会みたいなものだから、華がある方がいいのかもしれない。
「女性目的で来る男性も少なくないようだ。女性もこういう男性との出会いが目的で来るようだが。まあ、多く人が集まるという事では意味があるのかもしれないな」
「え? もしやそれで社長は私を連れて来ているんですか!?」
「…………」
「……無言で全否定するのだけはやめましょうか。除夜の鐘の音に負けないくらい、こう胸にずーんと響きます」
手を胸に当ててそう言うと社長はくっと喉で笑った。もう、何がおかしいんですかっ。……あ、でもそう言えば。
「あ、あの。以前は……」
「え?」
「門内さんが秘書をなさっていた時は、ど、どなたをお連れになっていたのですか?」
何だかちょっとだけ気になります。
「ああ。門内だ」
「はい?」
「門内を連れてきていた」
なぜに門内さん? その疑問にすぐに答えてくれる。
「この会合に参加しているのは情報交換の為だからな。その点、あいつは人当たりがいい」
「そうなんですか」
なぜかほっとした。……ん? 何でほっとするんだ? まあ、いいや。
答えの出ない考えを放棄していると、視線に鷹見社長が入った。動かなくても彼の元に人が集まっていたので移動する必要はなかっただろうけれど、会場内を少し歩いたようだ。
「話を戻しますけど、私もすでに数えきれないくらい会合に参加しておりますが、鷹見社長の参加は初めてですね」
「……同じ日にいくつも会合が開催されているからじゃないか」
「へぇ」
そんなにいくつもあるものなのね。
「それにあまり会合に出席しているとは聞かないな」
「そうですか」
うん、まあ、別に鷹見社長に興味はないんですけどね。今の私の興味は、運ばれてきたスイーツなんです。あのベリーがたっぷり載っていて艶めいたタルト、絶対美味しいに決まっています。
視線が自然と運ばれるカートを追っていく。
た、食べていい? 食べていいですか?
取りに行きたいけど、一応社長に了承を取ろうと見上げた。
「……少し油断すると本当に素直だな、君は。尻尾をぶんぶん振り回している姿が見える」
「い、いいですか?」
「ああ」
社長がそう頷いた時、一人の男性が私たちの方に近付いてくるのが見えた。そう、件の人物、鷹見社長だった。