巡礼編1「空間制御能力」
「まず、この世界について話しましょうか」女の子は話を始めた。「この世界には二種類の人がいます。我々のような能力者と、能力を使う才能のない一般人。まぁこればっかりは先天的なものだから、仕方ないんですけどね〜」
「ふむ…」
「能力者といっても使える能力は人それぞれです。何かを出したり、自分を強化したり…天災を引き起こしたりなど…」
私を拘束してベッドに寝かせたまま、二人は天井から吊るされた囲炉裏を囲んで草を編んで作られた座布団に座っている。
「…君達も能力者ってわけなのかな?」
私は白い女の子の方を見ながら言った。
「ええ!能力者の中でもとりわけ貴重で、最高峰と呼ばれる能力、それが『空間制御型』と呼ばれるものですね。私は氷を、サクラは植物を操れ、それぞれ『氷昌劇』【ブリザードアーティスト】、『栽培』【プラントマスター】という能力名で呼ばれてます。能力を行使して、武器を作ったり、盾を作ったりと自在に扱えるのですよ」
…私の『死雲装具』【ブラックアーティファクト】と似たような能力だ…
「ただ、この能力使いはあらゆる【条件】を満たさなければ能力が行使できないなどとちょっと小回りがきかないんです…」
それもわかる。私の【拡散】能力はフードを目深に下ろした状態でなければ使えないし、B粒子というのは敵から採集しなければ行使することすら出来ない。
「あ、脱線しましたね。能力の話はここまでにしてギルドストーンの話に戻りましょうか。ギルドストーンというのは能力の素養のある人間が能力を行使するために必要なエネルギーを放出する物のことです。自然とそこに能力者が集まるので、ギルドストーンなんて言われるんでしょうね」
「その近くじゃないと、能力が発動出来ないってこと?」
私は無邪気…そうにみえる彼女の瞳を覗き込んで問いかけた。
「ええ。その昔高慢な能力者が世界中全ての能力エネルギーを吸いとってしまったと伝え聞いています。何でもその人物はギルドストーンの原石と一体化して、今も世界中の能力者の命を狙っているとか…」
それ…私の事ではという気もするが…
「すごい話ですよね!遥か昔に滅びたと言われる最強の能力者の話ですよ。その人は人の命を武器に変えてしまう恐ろしい能力を宿していたと聞きます」
ううむ…隠す必要もないか。この世界での自分の立ち位置を知りたい。
「…」カラン。
私は手から小さな黒いナイフを出し、ベッドの下に落とした。
「え…」白い女の子はそれを見て凍りつく。「あ…あの、それをどこから…」
「…!」サクラと呼ばれた着物姿の少女はすぐに立ち上がり、どこからともなく伸びてきた木の枝で私の首を絞めた。
「かふっ…」尋常でない、首を折る勢いで絞められ、私はプランにはない、思わず小銃やピストルの山を出してしまう。
「ひいぃ!」
それに小さな女の子は気を失った。
「…ここね」
そうサクラは言うと、鋭い枝を私の胸元に光る結晶に当てる。
…下手なことをしたかも…
「サクラ、ストップ!」
「…っ!?」
つ…冷たい…!
ただでさえ白いワンピース姿で寒いのに、この絡み付く木の枝と拘束具が、一気に凍結した。
見るといつの間に気を取り戻した白い女の子が、分厚い手袋に包まれた手から白い煙を発していた。
「…なるほど…貴方が『バビロンの魔女』だったんですか…ちなみに世界中の能力者の命、狙ってます?」
「聞き慣れない呼び名だけど…そうだね、まず俺の話を聞いてくれないかな?」
仕方ないので私は今までのことを全て話すことにした。話をしてみると自分でも信じられないぐらいとんでもないことをしてしまったらしい。
魔導石を取り込んだ事により、一時的に能力の限界を突破した私は無意識に世界中に漂っていたエネルギーを吸収した。そして自らを更に高濃度の魔導石へと形を変え、二百年ほど眠っていたということ。
各地の魔導石はこの影響を受け肥大化し、ギルドストーンとなって魔力を放出し続けているということだ。
能力者はギルドストーンの欠片を携帯しなければ能力を行使できず、その欠片も一定の期間でギルドストーンに戻さなければ力を失ってしまう。
その結果普通の人達は能力者に怯える事もなく、又は自分が能力者であることも忘れて平穏な生活を送ることが出来ている。
この災厄の能力者を『バビロンの魔女』と呼び、驚くことにこれを崇拝する宗教団体もあるという。
…二百年か…
「しかしギルドストーンと同化出来たと言うことは、元々その…B粒子とか言う物も我々能力者に深く関係してそうですね」
「あ…あの」おずおずとサクラが私のワンピースの胸ポケットに桜の花を差しながら声をかけてきた。
「?」
「さっきは…ごめんなさい」
「ああ」良かった。警戒は直ぐに解けたようだ。「いやいや、私ももう少し方法を考えるべきだったよ。でもあぁでもしないと…言葉じゃ信じてくれないよね?」
「それもそうですね」白い女の子はニコニコしながら囲炉裏に刺してあった串焼きの魚を差し出す。「食べます?」
「これを取って欲しいんだけどな…」
私は拘束具をガチャガチャと鳴らす。
「うーん…」女の子は首を傾げた。「一応、しばらくはこの状態で様子を見させて下さい。せっかく手に入れたギルドストーンに逃げられたくはないので」
「ははは…」苦笑しながら私は差し出される魚にかぶりついた。塩味が絶妙な具合に効いていて美味しい。
だが…いましがた火がついた囲炉裏から出したのに…もう冷めている…。
「そういえば…まだ名前を聞いていませんでしたね」魚を差し出しながら女の子は無邪気な笑みを浮かべる。「私はエリィ=エヴァーレインです。これからは我がギルド、『ファランクス』のギルドストーンさんには大変お世話になると思います。まぁ、気楽に日々を過ごしましょう!」
「…サクラ。あの…よろしく」着物の少女はあまり口数が多くなさそうだ。
…逆にエリィはかなり喋るな。
「さて」エリィは私の方を見た。「ではギルドストーンさん。はたまた『バビロンの魔女』さん。貴方の事を教えていただいてもよろしいですか?」
「…わかった」私は自分について語った。「ルイーゼ=ラストワン。ただ、あの時代だと『デスクラウド』と呼ばれることの方が多かったかな。能力は貴方達の言葉で言うところの『空間制御』…『死雲装具』【ブラックアーティファクト】が第一能力。まぁ、能力内容は解るよね?」
「ええ…第一と言うと、他にも?」
エリィが私が食べ終わった串を手で弄びながら聞いてくる。
「あった…んだけどね。」
私は少し違和感を感じていた。
絶対反射の能力の気配が無いのだ。
なんと言うか、かつてはあらゆる動作中も回避出来る体制がとれているような気配…の様なものがあったのだが…試しにエリィに手に持った串を私の顔に投げつけさせてみたが、やはり避けられない。
「能力の変異では無いでしょうか?」 エリィはそう推論を立てた「複数能力を持つ人は、希にメイン能力とは違う他の能力が別の能力に切り替わる現象があります」
「じゃあ、俺の絶対反射は…」
「恐らく…能力を失う例はないので、能力が変異したか…増えているか…」
「ふ、増えるのかい!?」
「えぇ。複数能力を持つなら、珍しい事では無いですよ?私も三つあります。」
「…まだ二つ…」
「ええと、つまり俺は…」
「貴方は一つになったか、二つになったかですね。ギルドストーンに近ければ近いほど能力者は能力を開花させやすいと一般的には言われてますけど…」
「…何の能力なのか、調べる術は?」
私はエリィに問いかけた。
「…フフッ」エリィは肩で笑った「そりゃあもうあれですよ。バトルですね」
「戦わなければ、発動するまでは分からない…そういうことか?」
「…私、夕食の支度をしてくる」サクラはそう言うと部屋から出ていった。
それを見てエリィはニヤリとする。
「ちなみに…ひとつ、ばらしましょうか?はい、貴方はこれから女の子らしく自称は私!話し方にも注意すること!」
「な、何でいきなり私がそんな…あ?」
俺、という発音が出来ない。何これ?
「私の事はミスエリィ13世皇后閣下様々と呼ぶこと!はいっ!」エリィは指揮を取るように両手を上げる。
「み…ミスエリィ13世皇后閣下様々…」
な…何でこんなことに…?
「今のは無しです。普通にエリィで構いません…さぁどうです!?すごいでしょ」
「…真実薬でも飲ませた?」
「はっはー違いますよ!今のは『懐柔』…私の事を少しでも思ってくれているなら、私はその人を好きに操れるんです!」
「なんかすごい最悪で最低な奴に聞こえる…すごい嫌な能力だね、それ」
「…でも、これで貴方が私の事を考えてくれているというのが分かりました」
エリィはそう言うと私の拘束具を外していく。全て外して貰うと、私は伸びをした。この世界に来てから初めて自由に動けたのだ。かなり体が張っている。
「ありがと」
「それでですね…ちょっとサクラにもイタズラ出来ると言うのも見せましょう…」ものすごい腹黒い顔をしながらエリィは扉をガラガラと開けて言った。「サクラちゃん、裸エプロンでカモン!」
「え…さすがにそれは可哀想じゃ…」
「い…いやああああああっ!!?」
★
「…もう絶交ですっ…」しくしくと嗚咽を漏らしながらサクラは地面に突っ伏して泣いていた。
「サクラちゃん、そんなこと言わないで。仲直りしよう。はいって言って。」
「はい…」
「私もサクラちゃんの裸エプロン…たまには見たかったからさ…はいって言って」
「はい…」
「だから…またやってもいいよね?やってくれたら私嬉しいな?って言って」
「や…やってくれたら私嬉しいな?」
「イエア!」
エリィはガッツポーズした。
「てめえ最低だなぁコラァ!」
バァン!
わざわざ能力で金属製のハリセンを作ってエリィをぶん殴る。
「うわあぁ…っ!」
サクラは泣き出した。
「泣かないでサクラちゃん…またやろうね。はいって言って」
「はい…ううっ…」
「もうやめてあげなさいっ!変態!」
バァン!
「…とまぁ頻繁に使うと必要な友情が得られなくなるという一例をですね…」
頭に出来たたんこぶをさすりながらエリィは私を見上げた。
「…二人しかいない友達消す気か…」
「うっ…ぐすっ…」
「まぁこれで我々の友情関係が固いものだという確信が持てる、という便利な能力なんですよ!すごいでしょう!」
エリィは胸を張った。
「…」これ以上ここにいるとサクラが可哀想なので、私は立ち上がった。「さぁ、さっさと外に行こう?私の能力を見つけてくれるんだよね?」
「そう言えば…そんな話でしたね…」
「エリィ…」サクラは立ち上がると、エリィの胸ぐらを掴んだ「次やったら、かき氷作る奴に閉じ込めてやるから…」
「そんなことしないよね!はいって言って!?」じたばたしながらエリィは言う。
「…はいっ!」
その腹にサクラの拳が入った。
★
「で…私がやることになったので」サクラは泡を吹いて気絶したエリィを横にさせてから、家の外に連れ出してくれた。
驚くべきことに周りは一面の雪原で、かなり遠くの方に山が見える。
「…何もないんだね…」
「…何かあったら困る。他の人に分からない場所だから…」サクラはそう言うと着ている綺麗な刺繍のされた赤い羽織の位置を直し、白い息を吐く。
「…」私は辺りを見回すと、黒いロングコートを呼び出して羽織った。
力が強化されているのか、呼び出してもいない武器などが側面に装備されている。
そしていつものように男の顔にしようと思い…やめた。
…もう意味がないからだ。
「…始めるよ」
サクラが短く、そう言った。
【続きます】