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巡礼編7「目覚め」

キャンプ群の中心部にそれはあった。

「ご案内、ありがとうございます。ルイーゼさんも、もういいでしょう」

エリィは呼び出した棍棒を持った兵士にウゴールを気絶させるように指示した。

「意外と上手くいくものね…」

ユリは気絶したウゴールをつんつんとつつきながら呟く。

「じゃ、ここからは私の出番だね」私はギルドストーンの前に立った。「…また200年眠ったらどうする?」

「その時はファランクスの第二のギルドストーンとして丁重に持って帰りますよ」エリィは笑いながら言った。「でも、上手くいくはずです。バビロンの際に原石を取り込んでいるんですから、理論上は…」

「分かった。念のため離れていてね…」

私はギルドストーンに手を触れる。

一瞬静電気のようなものが走り、そして…何か熱い物が掌から身体に流れ込んでくるのを感じる…。

大して痛くはない。飲まれるような感じでもない。ただ、力が…そう、大量の力が今自分の手中にある。

この力があれば…

「…ルイーゼさん?」

私はエリィの声で我に帰った。

気づけばギルドストーンは色を失い、ただの黒い石になっていた。

「終わった…のかな?」

私は首を傾げながら手を離した。

ガララッ…

石は崩れ、ただの石ころの塊になる。

「ルイーゼ…具合悪い所は…ない?」

サクラが心配してそう言ってくれる。

「うん、特には…強いて言うなら」私は突然眠気が来たのに気づく「眠たく…」

まずいとは思ったが、次の瞬間には視界が真っ暗になっていた。

私は力を手にいれたんだ!

誰にも負けない力を!

もういじめられることも、退屈で無意味な時間を過ごすこともない。

見返してやろう、奴らを、人類を!


「おかえ…あら、貴方はどなた?」

お母さん、私だよ?私は変わったのよ。

ルイーゼとして…そう、ルイーゼ。

「ルイーゼ」

「道に迷ったのかしら…?全身泥だらけで真っ黒ね…まぁ、入りなさい」

「ありがとう」私は強くなった。親でさえ、それにまだ気づいていない。

「おや?その子は…」

「迷子みたい…相談所に連絡しとくわ」

お父さん、フィーナ。

私は変わったの。今からそれを見せてあげるね。全てを飲み込む事が出来る…

全てを…

…ァァァァアアアア!!

「きゃあああっ!?」

私は飛び起きた。…とても恐ろしい夢を見た。一番恐ろしい事は、それがかつての自分だったと言うことだ。

ドタドタと音がして、誰かが部屋の引き戸を開けて入ってくる。

「何事よ!?」

白い百合が描かれた白い着物を着て、不機嫌そうな顔をした少女。

ユリだった。

「あ…う…」

「ちょっ…アンタ、泣いてるの?」

ユリは戸惑った表情を浮かべた。

「私は…わたしはっ…」自分の中には一体どんな悪魔が住み着いているのだろう?そいつは今もいて、この体を操ろうと機会を伺っているのだろうか?

「あー…もう」そう聞こえてふと、ふわっと、柔らかくて暖かい感触を感じた。

涙で分からないが、ユリが私の事を抱き締めてくれているようだった。

「ほら、私がわざわざ人に茶を入れるなんてなかなかないことよ。感謝しなさい」

ユリにお茶を貰い、少し気持ちが落ち着いて、私はユリに尋ねた。

「…サクラとエリィは?」

「今日は本部の方で会議よ。私は試験が終わったから家でアンタの…っていうか、アンタ一週間は寝てたの自覚してる?」

「い、一週間!?」

私は目を丸くした。

そんなに長い時間寝ていたのか…。

「エリィもママも、もしかしたらもう起きないんじゃないかって心配してたわよ」

「そうか…でも、今は普通に身体は動かせるみたいだね」私は片手に小さなナイフを出し、しまう。「能力も使えそうだ」

「全く…」ユリはため息をつくと自分の部屋に戻っていった「私は勉強してるから、もう少し身体を休めときなさい」

「分かった」

私は再び横になった。

でも再び目を閉じるのがとても怖くて、再び静かに身を起こす。胸の結晶に手をやると、それに呼応するように妖しげな紫色の光が溢れでた。

「ううっ…」私は頭を抱えた。目からはまだ涙のしずくが溢れ出てくる。

この言いようのない不安な気持ちを、一人きりで抱えることなんて出来なかった。

私は軽くため息をつくと、枕を持って居間の方に向かった。

誰もいない居間のちゃぶ台に座り、ちゃぶ台の上に枕を置く。ふと隣室のユリを見ると、勉強に集中…ではなくこちらを無表情で見つめていた。

「あ…」

「全く…ほら、寂しいなら私の部屋に来なさいよ、勉強の邪魔さえしなければどこにいたって構わないから」

「…っ」

「あぁ、もうすぐに泣かない!赤ん坊じゃないんだから…」ユリはフッと表情を崩すと、机の上にあったノートを閉じ、机から何かを取り出すと椅子から立ち上がる。

そのまま居間に歩いてくると、私の向かい側に正座した。

「アルバムでも見ようか?」

彼女が持ってきたのは、一冊の、白く使い古されたアルバムだった。

ページをめくると、表紙の裏にこの居間で二人で撮ったと思われる写真があった。

二人ともピースサインを両手に作り、とても幸せそうな表情をしていた。

「幸せそう」私はそう呟いた。

「えぇ。この後、新たなギルドストーン情報で北地に遠征…といってもそんなに遠くは無いんだけど…」そう言いながらユリは私を見つめる「心配だったわ〜本当に」

「それってもしかして…」

「えぇ。貴方よ新しいギルドストーンさん…そんな顔しない。ちょっとからかっただけじゃない」

「…あはは」私は乾いた笑いを漏らす。

「で、私が生まれた写真がこれね」

次のページの写真は赤ん坊のユリを抱えるサクラ。ヒビの入ったコンクリートの壁を背景に撮られた物だ。サクラは少し疲れたような表情をしていた。

「私、病院で生まれなかったから、ママは大変だったみたい…」

「あぁ、そうなんだ…」

私はエリィの話を思い出した。でも、そうしたらコレは誰が撮ったのだろう?

次のページには、白衣の男たちとの集合写真が貼ってあった。ユリはまだ生後半年といったところかな?

「不思議でしょ?何でこんなことになっているのか…」ユリは写真をなぞった「私は、自分の能力を制御出来なかったから…しばらくはこの研究所にお世話になってたのよ…全然居心地は良くなかったけどね」

「そう…なんだ…」

「人を実験動物だとでも思っているのかしらね?まぁでもあいつらのお陰で、どんなときにどんな目をすればいいのかっていうコントロールが効くようになったんだけどね…」ユリは次のページを開き…表情を険しくした「これは見ない方がいいわね」

「?」

「私が…カメラを持って撮った写真よ」

「え…何で見ない方が…」

「おしまいよ」ユリはアルバムを閉じた「気になるなら、ギルドの過去でも調べることね…まぁ、いい気分転換になったわ」

その時、ガチャッと鍵が開く音がした。

続いて、

「ただいま戻りましたよ〜っ!」

という元気な声と、

「エリィ…ユリは勉強中」と少しイライラした感じの声が聞こえた。

私は立ち上がり、二人を迎える。

「お…」いきなりお帰り?むしろ「お…おはよ?」

「ルイーゼさん!」

「ルイーゼ…目が覚めたんだ…!」サクラは私に抱きついてきた。「よかった…」

「はい、私です♪大丈夫です、今目を覚ましました!私の予想通りでしょ?」

エリィは何やら通信機で謎な会話をしているのだが…

「お帰り、ママ、エリィ」

ユリが自室から顔を出す。

「えぇ。それよりユリ…貴方今日が試験だったでしょ?会場へは…?」

「あー…体調不良ってことよ!研究会にも連絡したし、追試は満点だから…ね!」

「それなら良いんだけど…」

「そうそう」エリィは通信機を口に放り込みながら言った「今回の活躍についてルイーゼさんにご報告がありますよっ!」

「報告?」

「えぇ。とりあえずですね、結論を先に言うと、これからかなりの長旅になります。今のうちに出来る事はしておくように」

「長旅って…」私は困惑した。

「では説明しますね。まず、我々のミッションはファランクスの傘下にセンチュリオンを入れて防衛を固めること…だったんですが…ギルドストーンがあぁなってしまったので、実際センチュリオンは権威を失い、部隊全体の3分の1程度が我々の傘下に入っただけでした」エリィは話を続ける「…つまり、人員はあまり確保出来なかった。他は逃亡したようで、どこで悪事を働いているやら…」

「そうなんだ…」私達のした事は果たして、正解だったのだろうか?

「そこで、逃亡した首謀者を隣国まで捕まえに行く…というのが今回の任務です」

「…対象者は、今回の作戦メンバー…ごめんねユリ…しばらくここには戻れそうにないけど…」

「問題ないわ。電話した先方が、【再試験は予定が空き次第】とか謎な事を言ってたのって…そういうことだったのね」

「逃亡した首謀者のだいたいの目星は付いてるの?」私はエリィに訊いてみた。

「首謀者の名前はアルドァ・ボギニー。【火妖虫】という能力を使いますが、サブ能力については不明…」

「費用中?」私は首を傾げた。

「火の妖しい虫と書きます。彼が密かに培養していた虫で…かなりエグいですよ…人体に寄生してから彼が能力を仕掛けると突然脳を乗っ取り、術者の意のままに操り…最期には体内で生成したガスに引火させて宿主ごと自爆します」

「うっわ…」私は背筋に冷たい物が走るのを感じた。それっていわゆるゾンビという奴ではないのだろうか?

「本当はユリちゃんを連れて行きたくは無かったんですがね…我々空間制御能力者と違ってユリちゃんだけは生身なので…もしかしたら感染のリスクがあるんですよ」

「あら、でも私はまたママが危険な目に遭うのを黙って待つなんて絶対に嫌よ」ユリは腕を組んだ「当たり前でしょ」

「…まぁ、そう言うと思ってました」エリィは頷くと、私に向き直る「とりあえず出発は準備が出来次第ということで…今のうちに仮眠を取れる方は取っておいてください。必要な物は私の部下に買いに行かせてますから」

「わかった」私はそう言うと黒いコートを呼び出し、羽織った。

今度こそ本格的な戦闘になるのは間違いないだろう…。私は高鳴る気持ちを抑えて、出発の準備に取りかかった。

「さて…準備は整いましたか?」

エリィの合図で私達は出発した。

外は少し肌寒く感じる…今まで過ごしていた日常からの脱却…そんな複雑な思いが私の心を駆け巡る。

「ちなみに隣国ってどこのこと?」私は町の門を潜りながらエリィに訊いた。

「イメルのことですね?えっと…確か我々のアリスシティと文明レベルは同じぐらいで、一応ファランクスの庇護下にあります…まぁでも、住んでいるのは殆どが非能力者か、生身の能力者なので…少し心配ではあるんですけどね…」

「…最悪、町の人達の殆どが感染していてもおかしくない」

サクラが静かにそう言った。

「アルドァも私達が送られていることには気づいているはずですし…この数日でどれだけ罠を張っていることやら」

鞄からスティックアイスを取り出してくわえながらエリィは言った。

「イメルって、歩いてここからどれぐらいかかるのかしら?」

ユリはそんなエリィに歩調を合わせながら問いかける。

「大体歩きで15時間ほど…途中で一晩野宿が入りますが、危険なので見張りは交代制にします…補給地点は有りませんが、一夜限りの野宿ですし、それこそ食糧に関しては沢山持ってきてますし問題ないかと」

「野宿か…服が汚れそうね」

ユリは嫌そうな顔をした。

「仕方ないです。まぁなんなら氷で素敵なお城を作って差し上げられますよ?勿論、入れば永遠の若さを手に入れられます」

「こんな荒野のど真ん中で凍死なんてしたくないわよ…」ユリはそう言うとサクラの方へ歩いて行った。

「…ルイーゼさん、調子は大丈夫ですか?」私はエリィに声をかけられる「起きたばかりなんですから、無理はしないで下さいよ?」

「うん。ありがと」

私はそう言うと自分の手を見つめた。ギルドストーンをひとつ手中に納めてから、自分の中に眠っていた何かが目覚めようとはしていないか…。

それが少し心配だった。

【続く】


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