過去編「ルイーゼ・ラストワン」
その日が来るまで、本当につまらない日常を過ごしてきたものだと思った。
『星が降った日』
その現象は唐突に起こった。
空から多数の光が降ってきたのだ。
俺が覚えているのは、ふと頭上を見上げるとスポットライトの光のような光源がだんだん迫って来たことだけ。
気づけば俺は超能力を宿していた。
★
かつて、俺には家族がいた。
母親と父親と、小さな妹がいた。
決して裕福な方だった訳ではない。
それでも幸せだった。母親が微笑み、父親が下らない冗談を言い、妹が自分の後ろをついてくる。
それを見ているだけで幸せだった。
…星が降ったあの日…
俺は家族を。
★
超能力というと、どんな能力を想像するだろうか?
瞬間移動、念動力、パイロキネシス。
代表例はそんなところだと思う。
ただ俺にはそんなものとは比べ物にならない能力が備わってしまっていた。
「オイコラ、てめえちょっと来いよ」
俺は突然胸ぐらを掴まれていた。
見るからに悪そうな顔をした不良が俺を取り囲んでいる。
言われるがままにとりあえず道を外れ、近くの河川敷に連れていかれた。
「なめてんのか、テメー」
「あのさ」面倒くさそうに俺は言った「あんまり俺も暇じゃないんだよね。やるんならさっさとしてくれないかなぁ」
「あぁ゛!?」
「それにしても6人とは…貧相だね、で、リーダーっぽい君は何か能力でもあるのかい?」
「フン、イキがってるのも今のうちだぜ…おらよっ!!」
ドスッ
俺の腹に衝撃が走った。
「がっ…ふ…」
相当痛い…拳が俺の腹に突き刺さってるような痛みが走る。
それにしても早いな…
「おいおいおい!さっきの威勢はどうしたんだよ?あぁん!?」
言いながら今度は股間に蹴りを入れる。
今度も多少の痛みが走った。
「はぁ…ただのごろつきか。というか、ニ撃目に股間て…芸無さすぎでない?」
「お…オメー女かよ…?」
相手は相当驚いた顔をした。
「…どこからどう見ても俺は男だろ。ちなみにその身体強化は何番目の能力?」
「くっ…」相手は軽く歯ぎしりし、周りの仲間に目配せをした。「やれ!」
そこそこ屈強な男達が俺を取り囲む。
「…全員凡人か」俺は呟いた。
「うおお!」目の前に拳が迫ってくる。俺は二つ目の能力を解放した。
自分の身体が右にずれる感覚。
左の頬を拳が掠めた。その拳を掴み、その勢いのまま後方に投げる。
「ぐあああっ!」
あわれにも男は顔から地面にダイブし、そのまま気絶した。
「オラァ!」視界の端に足が見えた。
だいたい俺の胸元を狙った蹴りか。
身体を反らせて避けると、そのままブリッジしながら男を蹴りあげる。
「ぐぼぁ!」
結構図体のでかいやつだったが、奴の身長3人分くらいの高度までぶっ飛び、着地地点の二人を下敷きにした。
「死ねクソガキャアア!」幅広ナイフを持った男が突っ込んでくる。
咄嗟に飛んで避けて、とりあえず踵落としを食らわせて倒した。
「く…お前も同じ能力か…?」
「君は『強襲』能力使いみたいだね。相手の懐に飛び込み、普通では視認できない速さの一撃を叩き込める…まぁ、ごろつきのリーダーっぽいなんとも貧相な能力だ」
「て…テメエ!」
瞬時に距離を詰めて相手は俺の顔面に頭突きを食らわせようとした。
こんな攻撃普通の人が受ければ、大体乗用車に轢かれるぐらいのダメージを受けるだろうけど…
「よ…っ」
一瞬でも視認してしまえば、物理的な攻撃なら絶対に回避する。
「ぬうっ!」
相手は連続で攻撃を繰り出した。
しょせんはケンカの延長線…動きが至極単純で避けやすい。
「で?警告しとくと、俺に【喰われる】前にやめといた方が…」
「ここだ!」男が目を見開いた。
その瞳が赤く光る。
なるほど…しまった…!
「うおおおおラァツ!!」
男の拳が完全に俺の身体を捉える。
俺は吹き飛び、地面に本当にヒビが入るぐらい叩きつけられた。
「ぐはっ…ううっ…」
「ハッ…ハハハハハッ…」
男が笑いながら迫ってくる。あの感じ、男は能力を二つ持っていたことになる。
二つ目の能力は『能力封印』。
なるほど、これは一本取られた。
俺の二つ目の能力は『絶対反射回避』。
あらゆるものを反射し、回避する。
まさに反射神経を強化したような能力だった。ただ、繰り出される回避行動はその都度ランダムなので、反撃の仕方に困ると言うのが欠点だ。
…まぁ、今は封印されて使えないが。
「けほっ…」
「一撃であの世に送ってやるよ…」男は両手を一つに握りしめて頭上に掲げた。
…そろそろ終わりにしますか。
俺は着ているコートのフードを下ろす。
「…ブラックアーティファクト」
そう呟くと、男の足元を指差した。
「しねやぁぁぁぁ!」
「バインドチェイン。足拘束後W10」
「うお!?」
男の足元から黒い鎖が現れた。
チャリチャリと音を立てて男の足に足枷の様なものがかかる。
そのまま男の鎖は見えない力に引かれ、10メートルほどの距離男を引きずった。
「スラストボード」
そう呟くと俺の足元に黒い板が現れた。
そのボードは俺が乗るなり勝手に走りだし、男の元へと一瞬で移動する。
「ふざけやがって…オリャア!」
男の目が光った。
「ふん」俺は男を見下し、拳を握った。
グシャッ
「アアアアアァ゛!!?」
男の両目が破裂する。
「ブラックアーティファクト…この黒い浮遊している粉の中にいる限り、俺はこの空間を支配できる…って見えないか」
「目がァ!ウアァアァ!!」
「じゃ、そういう事で…さようなら」
男の身体が光り…爆散する。男のいた場所には黒い剣が刺さっていた。
それを手に取り、胸に突き刺す。
「…っ!」剣はそのまま身体に吸い込まれるようにして消えた。
「あ…アニキ…」
気絶していた彼の仲間が起き上がった。
「普通の奴らに用は無い。…消えろ」
「ひいいい!!」
逃げていく男たちを見ながら、俺はため息をついて片手をあげた。
まとわりつくような気配が消え、自分の周りから黒い粒子が消える。
…というのが一つ目の能力だ。
『空間制御』という正式名だが。
まあこの能力を手に入れてから、負けた事はかつてない。
扱い方を間違えれば世界さえ滅ぼしかねない能力であるようだ。
「さて…帰ろ」
俺は踵を返して帰ろうとする。
「待て、ルイーゼ=ラストワン」
不意に低い声に呼び止められた。
ちなみにさっきのは俺の名前。
「…仕事か」振り返るが誰もいない。
「あぁ。今から向かえ」
目の前にメモ用紙が現れる。彼は『透化』能力使いの為視認出来ない。
ブラックアーティファクトを解放すれば姿だけは確認出来るだろうが…。
「使者さん…敵の能力は?」
「『眩迷』…速やかに抹殺せよ。以上」
男の気配が消える。
「げん…めい?あぁー…何の事?」
漢字でメモに書いてくれれば意味がわかったのに、ただゲンメイと言われても何の能力だか見当もつかない。
「まぁ…行けば解るか」少なくともこの能力の範囲内なら負けはあり得ない。
俺は家に帰る道とは逆に進み始めた。
ちなみに今の『使者』と呼んだ男は俺の組織【スタンロッド】の仕事を運んで来てくれる仲間だ。
俺の性格上、いつ裏切られるか警戒しているのだろう。依頼は『使者』を通して俺の元に運ばれ、完了するとメモの裏に書かれた地点で報酬を受けとる事が出来る。
そういうシステムになっている。
「さぁて…ここかな…」
この仕事を始めてから早三年。
能力者の気配を掴むことも難しくは無くなっている。それは相手も同じだろう。
…向かってくるか。
余程好戦的…いやもしくは交渉?後者だとしても、下された命令は抹殺だ。
別に逃がしてもいいとは思っているが、脅威に成りうるなら容赦は出来ない。
廃ビル群の路地…それっぽい場所だ。
「…はい、こんばんは」
一応声をかけてみた。
「うわあああ!」
向こう側の曲がり角から強烈な光が見えた。それと同時に目を押さえて苦悶の声をあげながら一人の男が現れる。
その男は足を滑らせ、頭から地面に顔をぶつけて気を失った。
「…そこだっ!」突然新たな影が目の前に飛び出してくる。
俺は慌ててサングラスを掛けた。
「甘い!食らえ!フラーッシュ!」
「おお!?」
男はおかしなポーズで光を発した。
筋肉もそんなに無いのにボディービルダーのポーズだったような…。
「ははは…無駄無駄!どんな高性能なサングラスをかけたとしても、この【眩迷】の能力に死角はない!」
「ちっ」俺は後ずさりした。
…何も見えない…。
「それでもなお向かってくるか!」
男は変なことを言ったのに気づく。
…ほう。
「どりゃあ!」
男は距離を詰め、俺を蹴飛ばした。
視認出来ない為絶対反射は発動しない。
俺は辛うじて受け身を取り、バックステップで距離を取ったつもりで…
「っ…!!」
何故か男の懐に飛び込み、ナイフで胸を貫かれてしまった。
「呆気ないな…これが【デスクラウド】だって?まぁ、一つしか能力が無いとはいえ、この俺様の『眩迷』の前にはただのヒトだったみたいだなぁ、そら」
俺のフードが外された。周りを纏う黒い粒子の気配が消える。
「ははは!やっぱりフードを外されると力が無くなるって本当だったんだな!これで君も終わりだ、残念だったなぁ!」
「ゲンメイ…一体これは…」
「まだ喋れたのかい?ならばこの俺様が冥土の土産に教えてやろう。眩迷はただ人を眩ませるだけじゃない…相手の方向感覚を逆にすり替えてしまうのさ!」
「どうりで最後…距離を取ったつもりが逆に刺される結果に…」
「うん、俺様には自ら突っ込んできたようにしか見えなかったよ、うん」
「…何て…ザマだ…ぐっ…」
俺は力尽きて意識を失った。
「さぁて…」男はくるりとルイーゼの死体に背を向ける。「もしもし?俺様がデスクラウドを仕留めたぜ!…あぁ?まだ反応が消えてない?別の能力者が来たのか?だってあいつは心臓にナイフ突き刺されて、大量に血も出てて…血が出るはずない?あのブナ、ちょっと何言ってるか分かんな」
ザクッ
「落とし物だよ」
俺は胸に刺さっていたナイフを彼の背中に返してあげた。
「ギャアアアアアア!」
彼は携帯を放り投げ、地面を転がる。
「勘違いしてたねぇ君」俺は紳士に説明してあげる「フードを外すとB粒子の拡散能力が無くなっちゃうんだ。ただ、俺の体はB粒子の塊。もし俺の心臓を突き刺せたんなら、血なんて出るはずないよねぇ。あ、ちなみに…」
俺は手に粒子を集めピストルを作る。
「あああ…あれあれあれれ…」
「拡散能力を封じても収束能力はまだ健在。バラせないから作れるだけなんだけど…君をバラすのにはこれで十分だよね?」
「…な、なんで…」男はうろたえる「何でこっちに銃口を向けてるんだよ…目が見えないはずじゃ…」
「見えない…あぁ、見えないよ当然」俺はつけているサングラスを脂汗をかいた男の顔に掛けさせた。
「何だよ…これ…」
それもそのはず、最初から俺はレンズ部分が真っ黒に塗り潰されたサングラスを掛けてこの男の相手をしていたのだ。
「見えてないからかかるわけないよね〜。何だっけ、ゲンメツ?とかに」
「ちっ、こうなったら…」
男は手を上げた。
しかし、何も起こらなかった。
「?」俺は首を傾げた。
「な、何だ…?何で皆出てこない…?」
「あぁ、この廃ビルの屋上で銃を構えてた人達のことかい?」
「な…!お前…まさか…」
「いやぁ、敵意むき出し過ぎだったから…思わず食べちゃったよ」俺は男に笑いかける。俺の背後で、かつては人だったライフル銃がパタンと倒れた。
「あ、あああ悪魔め!うおおお!」やけくそになったのか男は立ち上がり、もう一本のナイフを取り出して向かってきた。
「悪魔…か」俺は呟くとピストルを男に向けて乱射する。「まぁ、悪魔と違って、人の魂なんかに用は無いけどね」
★
深夜のビル群を自宅に向かう俺は、少し空を見上げてみた。特に意味はないが。
名も知らない星たちが輝いていた。
ただそれだけだった。
【続く】