決着
朝7時前。まだ薄暗く、風は意外に冷たかった。
私は門の前にいた。
皮のジャケットにジーンズ。
荷物はボストンバッグ1つだけ。
最後にもう一度、振り返った。
ここほど恵まれた生活は望めない。
出るんじゃなかったと後悔する日が来るかもしれない。
でも出なかったことを一生後悔したくなかった。
いつか父さんも分かってくれると信じた。
門を出た。まだジェイのバイクはなかった。
やがて彼のバイクが来る。顔を見合わせ笑う。
後部座席に座って1時間、下町にあるジェイの部屋に到着。
中は散らかっている。
「片付ける暇がなかったんだよ」
見え透いた言い訳するジェイに怒ったふりをして、
二人で片付ける。キレイになる頃にはお腹がペコペコ。
二人で腕を組んで、ジェイ行きつけの安くて美味しい食堂へ。
おしゃべりしながらタップリ食べる。
それから…
「アーリア」
呼ばれて、我に返った。
ジェイが小さな車の横で笑っていた。
「さぁ乗って。荷物はそれだけ?」
「バイクは?この車どうしたの?」
「荷物が多いだろうと思って借りたんだ。」
それならもっと女らしい服装にしたのに。
ちょっと拍子抜け。車の中は暖かかった。
運転しているジェイを見ているうちに、なんだか眠くなってきた。
突然、エンジン音が大きくなった。
ジェイが険しい顔をしている。
「どうしたの?」
「ロビンの奴、思っていた以上にしつこいようだ。」
バックミラーには大きなSUV。振り返るとすぐ後ろだ。
「ちょっと飛ばすよ。」
車はタイヤを鳴らしながら、次々にカーブを曲がっていく。
でも直線に入ると、すぐに追いつかれる。
しばらくそれを繰り返した。
「ここで決着を付けるか」
ジェイは道路わきの駐車場に車を停めた。
後についてきた2台のSUVも停まり、ロビンとその仲間が降りてきた。
全部で8人。
「車から離れないで。」
そう言い残してジェイが車を降りた。
「乱暴な運転をする奴がくるなと思ったら、
あなたでしたか、ロビンさん」
ジェイは大きな声で呼びかけた。
「よぉ結婚式屋、アーリアを渡してもらおうか。」
ロビンは横柄な態度だ。
「私の婚約者を誘拐する気ですか?」
ジェイも余裕だ。
「誘拐でも強奪でも何とでも呼べばいいさ。」
とロビン。次第に近づいてくる。
「私が拒否したらどうするんです?」
「痛い目にあいたくなかったら素直によこせ。」
「おやおや脅迫ですか。止めた方がいいですよ。」
「うるせぇ。」
ロビンがジェイを殴った。
「力づくでも渡してもらう。」
「そっちは人数も多いし、先に手を出したし。
これなら安心して正当防衛が主張できますね。」
ジェイは殴られた左頬を撫ぜた。
「ぬかせぇ。」
ジェイは殴りかかるロビンを軽くステップを踏んでかわした。
さらに襲い掛かる仲間たちの攻撃を踊るようにかわしながら、
パンチやキックを決めていく。
仲間たちは次々に倒れ、うなったまま動けなくなっていく。
あっという間に立っているのはロビン一人になった。
「もう降参しませんか?」
ジェイが問いかけた。
「うあぁ」
叫び声をあげてロビンは拳銃を取り出し、
それをジェイに向けた。
「もぉ止めろ!」
ジェイは大きな声を出した。
「ここまでなら、単なるケンカだったと言える。
大した罪にはならない。でもそんなことしたら、
殺人未遂だ。何も言い訳できないぞ。」
「バカにしやがって、ブッ殺してやる!」
ロビンは撃鉄を起こした。
「ジェイ!」たまらず私も叫んだ。
そのとき私の手に何か当たった。ジェイからもらったペンダント。
これをロビンにぶつけて、怯んだところを取り押えたら...。
私はロビン目掛けてペンダントを思い切り投げた。
ペチっ
私のイメージとは裏腹にゆるい放物線を描いたペンダントは
ロビンの太ももに力なく当たっただけだった。
「今の何?」そんな目をしたジェイに合わせる顔がなかった。
「ハハッ」
ロビンが戸惑いながら笑い始めた。
「ハハハ。なんだアーリア、何をしたかったんだ。
俺の顔でも狙ったのか?」
銃はジェイを狙ったまま、私をチラチラ見はじめた。
「そうだ、お前を殺せばいいんだ。死ねぇ。」
銃の狙いがジェイから外れた瞬間、
不意に長い棒がロビンの持った拳銃を払い落した。
一斉に大勢の警官がロビンを押さえ込んだ。
ロビンの仲間たちも警官が捕まえていた。
その場で行われた事情聴取は30分ほどで終わり、
ジェイが戻ってきた。
私は濡らしたハンカチで赤くなっている彼の左頬を押えた。
「大丈夫?痛くない?」
「もう大丈夫だよ。ありがとう。」
ジェイが微笑むのを見てほっとした。
「でも警察が早く来てくれて助かったね。」
「いや、遅かったくらいさ。」
ジェイは不満げに言った。
「ここ警察署のすぐ隣なんだから。」