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イーシャ

ディナーの時から、お婆様に連れられ親族に挨拶して回ったイーシャは

ベッドに入るとすぐに寝てしまった。

でも私はなんだか目が覚めて寝れなかった。

イーシャの寝顔を見るうちに昔を思い出していた。


私がイーシャと初めて会ったのは8歳の時。

それまではムンバイの下町にある古い集合住宅に

母さんと二人で暮らしていた。

母さんは毎日、仕事に出掛けた。

その間、私は毎日一人で本を読むことが多かった。

とりわけ好きだったのが西洋の昔話。

イングランドへの憧れはこのころからだ。

お城、お姫様、騎士、そんな話を繰り返し読んだ。

読むだけじゃ足りなくて色んな空想をして、自分の絵本も描いた。

必ずお母さんがきれいなお姫様、私は騎士だった。

本が完成するたび、母さんに見せた。

もちろん母さんは大喜び。絵本を一緒に読んで、

私を褒めてくれた。読み終わるたび

「アーリアもお姫様になりなさい。」

いつもそう言ってくれたけど、私がお姫様の物語は浮かばなかった。

早く大きくなって母さんを守る強い騎士になりたい。

いつもそう思っていた。


ある日、血相を変えた近所のおばさんに病院に連れて行かれた。

母さんが穏やかに眠るように横になっていた。

でも話しかけても、ゆすっても目を覚ましてくれなかった。

母さんの乗ったバスが事故に巻き込まれて亡くなったと後から聞いた。


私は寂しくて、心細くて泣きだした。

どれくらい時間が経っただろう。

ふいに大きな温かい手が私の肩に置かれた。

知らないおじさんが、あふれる涙をそのままに立っていた。それが父さんだった。


翌日、私は父さんと一緒にアローラの家に行った。

小さな部屋の中央に優しそうな顔をした美しい中年の女性、左に老婦人が座っていた。

どんな会話だったのか詳しく覚えていない。

ただ父さんは私をこの家に住まわせようとお願いしていること、

そして父さんは弱い立場で、老婦人が反対していることは私にも分かった。


それも当然だと、今なら分かる。

没落した名門貴族の息子で借金の肩替りに婿として、

アローラ家に入った父さんが、結婚前の恋人との間に

出来た子供を引き取りたいって言い出したんだから。


ずっと黙って聞いていた中央の女性が私に尋ねた。

「あなたはどうなの?ここに住んでみたい?」

「ご親切は感謝いたします。でもお情けで置いていただいたのでは

居心地が良くありません。

私は一人でもなんとか暮らしていきます。

元の家に返してください。」

父さんが肩を落とし、老婦人がほくそえむのが見えた。

その間、中央の女性は私の目をじっと見ていた。

温かい、でも嘘を見破り、心の底まで見透かすような目。

私は動けなかった。


「アーリア、私についてきてきて。」

突然、彼女は立ち上り、歩き始めた。私は慌てて彼女を追った。

広間を出て2階に上がり、ある部屋に入った。

中には太った、どん臭そうな女の子がいた。

「この子はイーシャ。私の娘。

あなたよりも半年年下。

イーシャはおっとりしすぎて気が弱い。

学校でイジメられるんじゃないかと心配しています。

でも私がずっと一緒にいるわけにはいかないでしょ。

そこであなたが私の代わりにイーシャを守ってもらえるかしら。」

「侍女だったらお断りです。」

「あらアーリア、あなたのような勇者を侍女なんかにすると

思ったなんて心外ね。」

彼女は膝を降ろし、私の目の高さに合わせると、じっと目を見てこう言った。

「あなたこそイーシャを守る勇敢な騎士。

この子の姉という姿になって、大人になるまで

イーシャを守ってもらえますか?」

ここまで真剣に丁寧に大人に頼まれて断るなんて考えられなかった。

「この命に代えても姫をお守りします。」

私は膝をつき、手を胸に当て深々とお辞儀した。

「これからは母親として私に接してくださいね。」

「かしこまりました。お母様。」

彼女は微笑んだ。それからイーシャと私を連れて、

さっきの部屋に戻ると、こう宣言した。

「これよりアーリアにはイーシャが当主となり、

その必要がなくなるまで警護をしてもらいます。

それ間は私の子供、イーシャの姉として育てます。」

老婦人が何か言いかけたが、お母様はそれを遮った。

「お母様、これは私の最終決定です。」


翌日からイーシャと一緒に学校に行くようになった

イーシャにイジワルする奴、バカにする奴とはよくケンカした。

私が問題を起こす度、お婆様は私を追い出そうとした。

そしてその度にお母様が守ってくれた。

でもそんな夜は必ず

「暴力をふるうのは騎士道に反します」とか

「本当に強いものは耐えることを知っています」とか、

イーシャと一緒に諭された。


そのお母様がガンで倒れたのは、その3年後。

私がこの家に来た時には自分の病気に薄々気がついていたのかも知れない。

亡くなる前日、枕元に呼ばれた私は彼女の命令を必ず守ると

改めて誓った。彼女はほっと安心した表情は今でも忘れない。

葬儀の夜、イーシャはずっと泣いていた。

私は慰めようと思ってイーシャの肩を抱いた。

「大丈夫だよ、イーシャ。私がついているからね。」

でもイーシャは意外なことを口にした。

「違うわ、アーリア。

私が泣いているのはあなたのことよ。

私は1回でもこんなにつらいのに、

アーリアは2回もお母様を亡くしてどんなに辛いだろうって。

これまで守ってくれたお母様がいなくなって、

どんなに心細いだろうって。

そう思ったら涙が止まらないの。」

私は内心イーシャをバカにしていた自分を恥じた。

私はイーシャの優しい心に涙が止まらなかった。

イーシャと私は二人で抱きあって一晩中泣いた。

私は彼女への忠誠を近い、彼女がこの家の主になるまで必ず守ると

心に決めた。


あれから12年。

私とイーシャは姉妹と同時に一番の親友として、いつでも一緒に過ごした。

でもそれもあと少し。

イーシャをロビンに任せていいんだろうか?

そんな思いが重苦しく私の中に溜まっていた。

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