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古(いにしえ)の

咲希は、じっと目を閉じたままだった。

ラーキスがそんな咲希の隣に座り、ミールがその前へと胡坐を組んだ。皆が回りに座る中、アーティアスは少し離れた位置にある石へと腰かけて、膨れっ面でいた。どうやら、ことが進まないことに、イライラしているようだった。

そんな中、ミールは口を開いた。

「このお嬢ちゃんの命は、かなり古い、おそらくは神の意思の元に作られた大きな使命を持つ命の、循環して来たものの一つであろうと思われる。命に、大きな刻印が見えるのだ。例えばわしとてそう。歴代の長は、皆サキほど大きなものではないが、命に刻印を持っていた。だからこそ、こうして力を持っておるのだ。この特別な力を持たねば、ここを治めることは出来ぬ。まず結界を張ることが出来ぬからだ。」

メレグロスが、頷いた。

「確かにここまで完璧な結界を張ろうと思ったら、かなりの力が要る。普通の術士では無理だろう。」

ミールは、隣に座るシークを見た。

「だがしかし、ここへ来てなぜか命の循環が上手く行っておらぬようで、シークに限っては命に刻印を継いではおらぬのだ。」

シークは、下を向いた。それが、さも恥ずかしいことのようにしている。ミールは続けた。

「わしは、この数十年待った。命に刻印を持つ者を。必ず、この村に生まれるはずの一人を。しかし、何十年待っても、命に刻印を持つ赤子には出会えなかった。しかし、わしも老いて行く。このままでは、長の責務を任せる者が居なくなる。なので、村の中で最も大きな力を持って生まれたシークを跡継ぎに決め、こうして育てておるのだ。シークにはわしと同じ結界は張れぬ…おそらくは、一生の。」

それを聞いたシークは、明らかにショックを受けた顔をした。ミールは、慰めるように言った。

「それが当然なのだ。案じるでない。力を持つものが生まれぬということは、神のご意思がそうだということで、意味があることなのだ。この村は表に出るべきなのかもしれぬし、他の何かが、ここを守る役目を果たすからなのかもしれぬ。例えば、このお嬢ちゃんの力の石とかの。」

ラーキスは、咲希を見た。

「ではミール、主はサキの力の石がここを守るかもしれぬというか。」

ミールは、頷いた。

「そう。これはなるべくしてなったこと。シークは結界は張れぬが攻撃魔法に長けておる。ここの守りは石に任せて、何かが来たなら迎え撃つのがシークの役目。わしは、そう思う。」

克樹が、ためらうように言った。

「でも…咲希の力の石だけで、ここを守り切れるのかな?あれは、命の気を引き付けて大地へ還すために設置するもので。」

ミールは、微笑んだ。

「サキの力を侮ってはならぬ。サキは、太古の刻印を持つもの。わしより古い命よ。恐らくはわしの命は、その補佐のような形で生み出されたものではないかと思われる。サキは、間違いなく世を導いて皆を助けるために生み出された命なのだ。それが、巡ってこうして現世に現れておるのだ。本来の心を取り戻し、その使命に目覚めたなら大変な力のはずぞ。そのサキの力の石があって、その石に正当な方法で願ったならば、石は願いを聞いて力を発揮する。」

ダニエラは、そっと咲希の髪をなでた。本当に、普通の女の子のようなのに。そんな大層なものを、生まれた時から背負っているなんて…。

ラーキスが、言った。

「では、サキは目覚めるというか。目覚めるとは何ぞ?太古の記憶を戻すとか、サキがサキでなくなるとかではなかろうな。」

ミールは、悲し気に言った。

「どうであろうな。わしの時は、薄っすらと前に生きた記憶が残っておったもの。赤子の時に目が覚めて、まだ不自由な体で這ってここまで来た時は、前の長が驚いておったな。なので、わしの場合はまだ、今生での自我が芽生えておらなんだから、前の記憶の人格で生きて来たが、サキのように全く違う人格を形作っていて、目覚めた場合がどうなるのか分からぬ。」

克樹が、びっくりして立ち上がった。

「え…前の誰かが、今の咲希に取って代わるかもしれないってこと?!」

ミールは、渋々ながら頷いた。

「可能性はあるの。だが、変わらぬかもしれぬ。記憶は記憶として残しておって、人格はそのままとかかもしれぬしな。普通の命とは違うのだ。命に刻印を持っておるのだぞ?自然に発祥した命とは、始めが違うのだ。」と、咲希の顔を見た。「だがしかし、この嬢ちゃんも自我が無くなるのを感じて全てが戻って来るのを無意識に拒絶しておるのかもしれぬの…。」

ラーキスは、思わず咲希の手を握りしめた。この咲希が、居なくなるかもしれぬのか。そんなことを、咲希は望んでいないはず。それなのに、力の結晶が欲しいばかりに、覚醒を急がせてそれでいいのか。

「ん…」

咲希が、唸って身動きした。ラーキスは、慌てて表情を引き締めると、咲希の顔を覗き込んだ。

「サキ?気が付いたか。気分はどうか?」

咲希は、目を瞬かせた。どうやら、今や高く昇っている太陽の光が眩しかったらしい。

「あら…?私、水盆の映像を見ていて…」

ミールが、頷いた。

「シャデルに気取られての。その勢いで、主らを吹き飛ばしてしもうたようぞ。大事ないか?」

咲希は、頷いて起き上がった。

「はい、大丈夫です。ちょっと頭が重いけど…。」

「何かというと、寝てばかりよの、主は。」向こう側から、アーティアスが言った。「簡単に気を失わぬように気をしっかり持て。」

咲希は、ぷうと頬を膨らませた。

「仕方がないじゃないの!何だか急に真っ暗になっちゃうんだもの。」と、皆を見回した。「ごめんなさい、クロノスを呼ばなきゃ。石を設置しましょう。」

立ち上がる咲希に合わせて、ラーキスも立ち上がった。

「無理をするでないぞ。」

咲希は、頷いた。

「平気よ。ところでミールさん、どこに設置しますか?」

ミールは、正面の大きな岩盤を指した。

「そこへ。あれは一枚岩なので、崩すことは出来ぬ。」

咲希はそちらを見ると、遠くルシール遺跡へと意識を向けて、叫んだ。

「クロノス!第二の設置場所を選びました!こちらへ来てください!」



目の前に大きな閃光が走ったかと思うと、それが収まった後に、もはや見慣れた人型が浮いていた。クロノスは、穏やかに微笑んで、咲希を見下ろした。

「こちらを選んだか、サキよ。確かに、ファルより良い場。しかしまさか、ここへ行きつけるとは思わなんだ。」

シークが唖然としてクロノスを見上げている。クロノスは、ミールを見た。

「久しいの、命に刻印を持つものよ。よう己の道を己で見つけて拓いたもの。此度のことは、感心して見ておった。」

ミールは、頭を下げた。

「何分循環の最中のことは詳しくは覚えておりませぬが、空でお会いした神であられるか。」

クロノスは、ふっと笑った。

「その通りよ。覚えておらぬか、そうであろうな。生まれるということは、それほどまでに苦しいことであるし。それまで生きたことすら、何もかも忘れ去ってしまうほどの。」

ミールは、顔を上げた。

「それでも、こうして覚えておりまする。」

クロノスは、頷いた。

「それが命に刻印を持つがゆえのこと。直にまた会える。その時話そう。」と、咲希を見た。「では、命に刻印を持つサキ。主の望みを言え。」

咲希は、クロノスを見上げた。

「はい。私の力を結晶化し、そちらの岩盤に設置してください。」

「承知した。主の力を結晶化させ、そちらの岩盤へと永久に留めよう。」

クロノスが、軽く手を上げる。すると、咲希は光に包まれて、そしてその光が頭の方へと抜けたかと思うと、すっと消えた。

また、何も感じなかった。

咲希は、そう思って顔を上げる。すると、クロノスの手には、丸い緑の透き通った玉があった。

私の力の結晶だ…。

咲希は、またその結晶がたまらなく愛おしいような気がした。クロノスが、その玉を岩盤の方へと投げると、玉は光り輝いて岩盤へと、まるでバターの中へ熱い玉が入るように簡単にめり込んで行くのが見えた。

「すごい…あんなに堅そうな岩なのに…」

咲希が呟く。克樹が、首を傾げた。

「え、見えるの?オレには光しか見えないよ。」

「え?」

咲希は、驚いた。見える…確かに、今回は見える。前は光しか見えなかったように思うのに、今回はその過程が見えているのだ。

ようやく光が収まった後には、丸い艶やかな部分を一部分だけ表に見せる状態で、咲希の力の石は岩盤へと設置されていた。

「凄い…力の石がここに…。」

シークは、夢見るような表情でいた。クロノスが、振り返って言った。

「では、また次の場所で呼ぶが良いぞ。」

クロノスが言うのに、咲希は慌てて言った。

「クロノス!あの、ありがとうございました。私…次の石は、取れそうでしょうか。」

それには、皆がハッと顔を上げて、急いでクロノスを見上げる。クロノスは、じっと咲希を見ていたが、頷いた。

「次の石は取れるであろうな。少しずつではあるが、力が成長しておるのが見える。だが、今のままでは次の石を取った時点で主は魔法が使えぬようになろう。つまりは、それが最後。今のままではの。」

咲希は、顔を険しくした。つまりは、次の石を取ってしまったら、もう魔物を倒すことも、飛ぶことも出来なくなる。早く覚醒しなければ、皆の負担になるだけ…。

皆がしんと静まり返っていると、意外な人物が口を開いた。

「…ま、アラクリカの次はディンメルク領内に入る。あっちへ行ってしもうたら、危険はないゆえそう急ぐ事もないわ。せいぜい精進することよ。」

そう言ったのは、アーティアスだった。

ダニエラが、術から覚めたように我に返ると、咲希の頭を撫でた。

「そうよ、サキ。あまり焦ってもいいことなんかないわ。とにかく、計画通りにアラクリカを目指しましょう。」

咲希は、無理に笑って頷いた。クロノスが、上昇し始めた。

「ではな、また次の地で。成長を楽しみにしておる。」

そう言い置くと、クロノスは消えて行った。

咲希は、クロノスの消えた空を、いつまでも見上げていた。

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