自覚
アヒムを見送ってから、咲希が言った。
「食糧品のことじゃないの、ラーキス、アーティアス。あの、石を設置するの、ファルがいいとクロノスが言っていたでしょう。ファルにはどうしても行かなきゃ!」
するとメレグロスが、寄って来て首を振った。
「ファルは通り道だし、先に設置しようと思うておっただけのこと。別に順番は決まっておらぬ。今ファルへ行くのは自殺行為ぞ。別にアラクリカが先でも良いではないか。」
ラーキスが、それを聞いて頷いた。
「その通りぞ。それに、地図を見てみよ。」と、自分の地図を咲希に見せた。「クロノスはファルが良い、と言うただけで、ファルでなければならぬ、とは言わなんだ。こうして見ると、別にファルでのうても良いではないか。オレが思うに、メニッツの位置から見ても、もう少し北西でも良いのではないかと思うのだ。ケイ平原には、どうやら牧草地が広がっておるようであるし、そこにも命の気の流れがあった方が良いように思う。」
すると、克樹がそれを覗き込んで言った。
「確かにそうかも!だったら、これから行く方向だし、人は居ないし、その方がやりやすいよ、咲希。」
咲希は、じっと見ながら首をかしげた。
「そう言われてみれば…確かにそうかも。」
メレグロスが、頷いた。
「どちらにしろ、場所を特定したならまたクロノスを呼ぶのだから。その時に聞いてみれば良かろう。そこで良ければそこに設置し、駄目ならばファルはまた落ち着いてから設置に参ることにすれば良い。無理はせず、行ける場所から済ませて参ろう。」
咲希は頷きながら、自分の地図も見た。
「結構な距離だけど…魔物が居るって言っていたし。どれぐらい掛かるかな。」
アーティアスが、うーんと顎に手をやって眉を寄せた。
「そうよな…我らが普通に飛んだならそれほどでもないのだ。ここは命の気が豊富であるし、一日も掛からんだろうの。ラーキス達にしても、恐らくそれぐらいであろうが、主らを運ぶとなると時が掛かるだろうの。」
ラーキスとアトラスが、視線を交わしてから、言った。
「…こちらの気は強いゆえ、我らが普通に飛べば恐らく一日も掛からぬうちにアラクリカには到着する。だが、風圧などを考えると人を落とす可能性があるゆえ、全力では無理よな。休憩を入れることも考えると、三日と考えると良いかと。」
三日か。
咲希とメレグロス、ダニエラ、克樹は顔を見合わせた。自分達が、重荷になっているのだ。
すると、ダニエラが言った。
「その、飛ぶ術はどうやるの?」皆が一斉にダニエラを見る。ダニエラは、肩をすくめた。「だって、私達が自分で飛べたらいいわけでしょう。私は術士だし、クロノスがつけてくれたこの石のお蔭でこっちの命の気の影響を受けずに済むわ。だったら、それを使って飛ぶことだって出来るはずよ。」
それには、クラウスが口を開きかけたが、アーティアスがそれを遮るように言った。
「無理ぞ。」全員の視線が、アーティアスに集まる。アーティアスは続けた。「いくら命の気が濃いとはいえ、飛ぶことが出来る者は限られておる。その才が無いものには、飛ぶことなど出来ぬ。簡単に飛べるのなら、皆水路にこだわったりせずに飛んで移動しておるわ。ここへ来て、飛んでおる者を見たことがあるか?」
そう言われてみると、誰も飛んではいなかった。サルークから到着した川港でも、皆が皆マウの馬車を見て駆け寄って来たぐらいなのだ。つまりは、やはり飛べる者はこちらにも少ないのだろう。
「なら、あなた達はその、稀少な飛べる者ってわけ?」
アーティアスは、ダニエラの皮肉に大真面目に答えた。
「そうだ。人は飛べる者は限られておるのだ。魔物であるからこそ、ラーキスもアトラスも生まれながらにそのような才を持っておる。普通の術士であったら、飛ぶのは無理ぞ。サキならば…もしかしたら、可能やもしれぬがの。」
咲希は、びっくりして慌てて首を振った。
「え、私?!無理無理、攻撃魔法だってフォトンぐらいしか出来ないのに!力はあるらしいけど、能力が追いついてないから!」
アーティアスは、眉を寄せて咲希の顔をじっと覗き込んだ。
「主、やる気はあるのか。これから先は、魔物も出るのだぞ。出来ぬ出来ぬとそればかりで、少しも努力の様子が見えぬ。他の人は、寝る時間を削って体を動かして、もしもの時に備えておるのに。いくら主の力でなければ石の結晶が取れぬからと、それでは怠けすぎではないのか。万が一の時は、主は己だけの力でアラクリカより先の街へも、石の設置へ向かわねばならぬのだぞ。皆が主を守って力尽きるやもしれぬからだ。己一人でもやり遂げるというような覚悟が、どうも見えぬ。」
咲希は、それを聞いて頭を思い切り殴られたようなショックを受けた。覚悟…私の。
黙ってしまった咲希の前に、ラーキスが出て言った。
「言うたではないか。咲希はこことは違う世界から来て、慣れておらぬのだ。突然にこんなことに巻き込まれ、己の世界でもないのにこうして旅をせねばならぬようになってしもうただけで。本来なら、自分の世界へ戻って、平和に過ごしておったのだから。」
アーティアスが、ラーキスを睨んだ。
「主がそのように甘やかすから、こやつがこのようなのだ。どんな背景があるにしろ、この旅に出ると決めたのだろうが。誰に強制されたわけでもない。ならば責任を持つべきぞ。サキの世界のことは知らぬが、こちらは魔物も居り戦も諍いもある世界ぞ。命の保証もない。そんな場所で我らが守りきるにも限界がある。普通、このような旅に出るなら皆、己の身は己で守れることが大原則ぞ。全てを委ねられても、こちらも守りきる保証など出来ぬ。己の命を懸けて挑まねばならぬのだ。そうやって助ける者が、生き残っても何も出来ぬ輩だと思うたら、我らが命を懸ける意味とは何ぞと問いたいわ。ならば己が生き残り、多少困難でもやり遂げようと思うもの。」
咲希は、下を向いている。メレグロスも、克樹もアトラスも、今度ばかりは何も言わなかった。ラーキスも、あまりにもっともな意見に、言い返せずにいた。ダニエラが、気遣わしげに咲希を見て、言った。
「サキだって、まだ体が慣れなかっただけで。これから私が時間を作って教えて行くわ。」と、咲希の顔を覗き込んだ。「ね?そうよね、サキ?ここまであまりに慌しく進んでしまったから。」
咲希は、下を向いたまま、小さな声で言った。
「私…あの、アーティアスの言った通りだわ。」と、すっくと立ち上がった。「少し、頭を冷やして来る!」
そう言うと、咲希は森の方へと駆け出して行った。
「サキ!」ダニエラが追うように言ってから、ラーキスを見た。「ラーキス、私より、きっとあなたの方がいいわ。」
ラーキスは頷くと、さっと立ち上がって咲希を追って走って行った。アーティアスは、それを無表情に見つめている。ダニエラが、心配そうにラーキスと咲希が走って行った方向を見ていたが、こちらを振り返って言った。
「あなたね、言い方ってのがあるでしょう?確かにあの子は甘いところがあるけど、でも民間人だし、魔法も使えない世界から来たばかりなのよ。実感が無くても仕方がないわ。こっちが、あの子の力を利用したいから連れて来たのよ。あの子が強く望んだのではないわ。」
しかしアーティアスは、座ったままダニエラを見上げて鋭い目で言った。
「だが、お前は平気か。自分が命を懸けて守ったあやつが、その場で泣いておるだけで何も出来ずに朽ち果てて、結局は成し遂げられぬとかいうことが。」
ダニエラは、グッと詰まった。
「それは…確かに困るけど…。」
メレグロスが、ため息をついた。
「アーティアスの言っていることは間違っておらぬ。我々が民間人だからと咲希には甘すぎたのだ。だが、いい頃合ぞ。今己の立場を理解してもらえれば、あの力ならば魔法もすぐにものになる。魔法技を身につければ、サキに敵うものは恐らくこちらにも居るまい。一人でも逃げ切ることが出来るはず。確かにもう旅に出て来てしまったのだ。今更どうしようもない。サキには、戦ってもらわねば。ラーキスも、今度のことで分かったであろう。甘やかすのが、サキ自身のためにならぬのだということが。」
すると、ずっと黙って聞いていたリリアナが、口を開いた。
「…これでいいのよ。」
エクラスが、驚いたようにリリアナを見た。
「どういうことか?」
リリアナは、エクラスを見上げて言った。
「サキは、まだこちらの人になりきれていないのよ。わからなかった?何か、ふわふわした感じだったでしょう。あの子には、何もかも夢の世界の中で起こっているような、そんな感じだったんだと思うわ。でも、これで少しは目が覚めたんじゃない?クロノスが言っていたでしょう、サキの力が全て覚醒するには、自覚しなければならないって。このままアラクリカへ行ったって、きっとサキは覚醒なんてしないわ。だけど、ここで一度目が覚めてたら、覚醒だってするかも。ショック療法かもしれないけど、いつまでも温室で守られてたら、あの子の覚醒はいつまで経っても起こらないわよ。命の気の流れを作るのも、それだけ長引くってこと。」
ダニエラが、ため息をついて森の方を見やった。
「言われてみればその通りね。サキには試練なんだわ。これを乗り越えて、覚醒してもらわないと。この世界のためにも。」
アーティアスが、ふんと鼻を鳴らした。
「あのような子供に、世界の命運が懸かっておるとは心もとないことよ。」
クラウスとエクラス、アレクシスが顔を見合わせたが、何も言わなかった。アーティアスは、不機嫌に唇を引き結んで遠くを見、何かを考えている。
克樹は、これからの旅の向こうに、何やら不穏なものを感じて落ち着かなかった。




