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ライジェ水道を抜けて

しばらく進むと、両側から一人ずつ、二人の兵士がオールを上げて、するするとロープを引いて帆を上げた。

すると、風を受けて船は結構なスピードで安定して進み始める。風が横から吹いているので船が少し傾いたが、船旅が初めてではない三人は特に面倒だとも思わなかった。

ユリアンが、過ぎて行く景色を見ながら言った。

「もう、ライジェ水道です。」

目の前には、高さ10メートルほどの盛土があって、そこにぽっかりと開いたトンネルの下を、いろいろな船が行きかっている。

しかし、両脇に設けられた桟橋が邪魔をして、通れるのはぎりぎり二隻ほどの船ではないだろうか。

そう思っていると、船はドンドンとスピードを落として、帆もするすると下げられた。なぜか明るいのに、船の兵士達はランタンに火を入れて、船首と船尾に置いている。桟橋には、槍を手に腰には剣も吊り下げて、兵士が数人出て来ていた。その誘導に従って桟橋へと寄って行った船は、ゆっくりとそこへ横付けされた。

「通行証はお持ちでしょうか。」

すると、ユリアンが甲板へと出た。

「キジンへ向かう。昨晩連絡が行っておると思うが。」

ユリアンの顔を見た兵士達は、俄かに固まったかと思うと、きっちりと踵をつけて直立した。

「これは失礼致しました!お通りください!」

それまで持っていた槍が、横へ転がってしまっている。

ユリアンは、苦笑して船のオールの前でじっとこちらを見て待機している兵士に、頷き掛けた。兵士達は、頭を下げて桟橋から離れ、そうしてライジェ水道の中へと漕ぎ出した。

「君は、かなりの地位なのでは?」圭悟が、ユリアンに言った。「今まで、顔を知らなかった民に会ったことがないし。我々の世話など、していい身分じゃないんじゃ。」

ユリアンは、困ったように首を振った。

「ここでは、ラウタートの顔を知らぬ者など居らぬのですよ。言うたではないですか、見捨てられてはならぬので、ひれ伏す民が多いと。私はそんな、大した地位ではありません。」

それでも、ユリアンを見ていると、そんな気がしてならなかった。どこと無く気品もあるし、僅かの間しか一緒に居ないのに、大変に頭が良いのも分かる。

もう少し突っ込んで聞こうかと思ったが、暗い水道の中へと進んで行くのに気を取られて、思わず黙ってしまった。

シュレーが、天井を指した。

「天井を支えているのは石だな。」

ユリアンが、頷いた。

「アーチ状に組んで、お互いの押し合う力で崩れぬように計算してあります。木枠を組んで、その上に石を。完成した後、木枠を崩しました。」

所々に松明が設置されてあって、中はぼんやりと明るい。前から来る船は、船首と船尾にランタンを灯していて、衝突することは無かった。

四つのオールがせっせと動く中、向こうに小さく光が見えて来た…出口だ。

「ここを抜けたら、セルルを目指します。そこから合流している二つの川を、キジン方面へと向かうのです。」

圭悟が、目を輝かせた。

「セルル?ええっと、あっちの友人に聞いて、農耕の村だって。」

ユリアンは、驚いた顔をした。

「ええ、主に穀物がよく育つ土地で。キジンからの川が流れ込むので、土地は肥えていますのでね。」まだ目をキラキラさせている圭悟を見て、ユリアンは首をかしげた。「…セルルに、興味がありますか?ただの田畑の村ですが。」

圭悟は、ぶんぶんと首を縦に振って頷いた。

「見てみたい。ちょっとでいいから、上陸出来ないかな。」

ショーンが、面倒そうに横から言った。

「ええ?引退後は農業とか目指してるのか?キジンに着くのが夜中になっちまうぞ。」

シュレーも同じように思ったが、しかし急ぐ旅でもない。どうせ通り道なら、少しぐらい降りてもいいのではないか、と思いなおした。

「なあショーン、ちょっとぐらいいいじゃないか。どうせまだ、ラウタートの王は戻ってないんだろう。だったら、途中下車もいい。ユリアン、降りれるか?」

ユリアンは、特に気を悪くした風でもなく、あっさり頷いた。

「よろしいですよ。その辺りまで行ったら、漕ぎ手も疲れて来るだろうし、休憩にちょうどいい。では、セルルで一度止まりましょう。」

ショーンは不満そうだったが、圭悟は歳甲斐もなくはしゃいでいた。

「良かった!しっかり目に焼き付けよう!」

そうして、嬉しそうに目を輝かせる圭悟とほか三人は、四人の兵士達が漕ぐ船の中、ライジェ水道を抜けて、広い大陸を地平線を見ながら進み始めたのだった。


また帆を上げてスムーズに進む中、心地よく揺られながら黙って景色を楽しんでいた三人だったが、ユリアンがふと、口を開いた。

「先ほどの話ですが…あの、カイを出発する時に、ショーン殿が、ライアディータと交易が出来たらと。友好関係を築いて、交易も確かに期待はしておりますが、それよりも技術的な面で強力して頂けたらと思っているのですよ。」

シュレーが、少し驚いたようにユリアンを見た。

「技術?しかし命の気さえあれば、こちらは豊かでしょう。キジンの命の気を、カイへ流すとか、そんな魔法術のことだろうか。」

ユリアンは、首を振った。

「いえ、命の気を曲げるなど、王ほどの力があっても難しいことでしょう。私が申すのは、命の気が無くても命を救う方法であるとか、陸を進む方法であるとか、サラデーナでも持っておる金属を加工した船を建造する技術であるとか、そんなことを伝えてもらいたいのです。我が王は、命の気がないゆえにたくさんの人命を失った過去を覚えておられる。ゆえ、命の気をメニッツからこちらへも流す技術を探せと命じられておりますが、私はそれは、現実的ではないと思うております。」

シュレーは、圭悟と顔を見合わせた。確かに、アントンならばそう命じるだろう。だが…。

「…我がライアディータでは、こちらのメニッツに当たるデルタミクシアという場所から出た命の気を、国を横切り、バーク遺跡という場所へと流し、そこで地へ還すシステムがある。一度それが機能しなくなった時、命の気は元々流れていなかった隣りのリーマサンデの方へも拡散し、魔物達は飢え、人は魔法が使えず、生活が混乱したことがあった。リーマサンデでは、長く命の気を使わずに生活していたので、人々は過剰な命の気を毒として変異する体質で、両国のためにならぬので、元の循環へと戻したのだが…。」

ユリアンは、驚いたように身を乗り出した。

「では…あちらのは命の気を思う方向へ流す技術があるのですか?!」

しかし、圭悟が残念そうに首を振った。

「太古の昔に、物凄い力を持った人が居て。それこそ、あのシャデル陛下のような力だ。その人は自分の力を全て結晶化させ、それに引き付けるという形であの循環システムを作った。仮にそんな術を使えたとしても、普通の人や魔物の力では、命の気を引き付けるには足りないだろう。それに、力を結晶化させてしまうと、その人はもう、魔法を使うことが出来なくなる。生活出来なくなるだろう。そんな犠牲を払う大きな力を持つ人なんて、なかなか現れるものじゃないしな。だから、こちらにそのシステムをそのまま持って来るってことは出来ないだろう。」

ユリアンは、それを聞いて残念そうに肩を落とした。ショーンが、それを聞いていて言った。

「そもそも、こっちの命の気の量は半端ねぇ。こんなのが一気にまとまって一箇所に流れて来たりしたら、恐らくその通り道は大変だぞ。何事も過ぎたるは何とかって言うじゃねぇか。何箇所にも分けてやるなら、バーク遺跡のあの力の石の大きさから考えても…結構な人数を犠牲にしなきゃならねぇんじゃねぇか。」

シュレーが、ショーンを睨んだ。

「あの石の大きさを知ってるんだもんな、お前は。勝手に削りやがって。」

「ええ?!」圭悟が、仰天したようにショーンを見た。「削ったって…女神の石を?!」

ショーンは、バツが悪そうな顔をした。

「だから、オレは計算して削ったさ。リリアの命を取り戻すには、絶対にあの石が必要だったからな。その証拠に、今でも命の気はバーク遺跡へ流れてるだろうが。」

圭悟は、抗議するように立ち上がって言った。

「何てことを!あれは、やっとのことで戻った石なんだぞ!あれが無くなったりしたら、大変なことになるのに!」

ショーンは、うるさそうに片手を耳に当てた。

「キーキーうるさいな。分かってらあ。だから支障がない分しか貰ってないだろうっての。」と、真面目な顔になった。「だが、オレも波動を読んでて分かったんだが、あの石は今、術士10人ほどの力の塊で命の気を呼んでる。つまりは、術士10人の力を犠牲にしたら、同じことが出来るんだ。それは覚えといた方がいい。もしもこれから先変なことを考える輩現れて、あれをどうにかしようとしたら、10人の術士の力があれば、元に戻せるってことだ。」

ユリアンは、険しい顔でじっとショーンを見つめた。

「つまりは、こちらでも命の気を呼ぼうと思うたら、一箇所につき10人分の力の結晶があれば可能ということよな。」その声が、あまりに鋭い色を帯びていたので驚いた三人がユリアンを見る。ユリアンは、それを見てフッと表情を緩めた。「いや、しかしそんなことは無理でしょう。まず、結晶化させる術が分からぬことには。そして、そこへ命の気を呼ぶ術も必要です。」

圭悟は、記憶を手繰り寄せていた。結晶化させるのは見たことはなかったが、シャルディークが自分の力の石を使って、デルタミクシアから命の気を呼ぶのを、バーク遺跡の要の間で見た。シャルディークの呼びかけに答えて命の気と共に飛んで来たのは、デルタミクシアに篭められた、妻のナディアだった…。

圭悟は、首を振った。

「確かに。あれは、何だろう、愛情があったからこそ出来ていたことのようにも思うし。同じ方法で、メニッツの命の気が飛ぶのかも分からないし。」

シュレーが、圭悟の気持ちを察して頷いた。

「そうだな。オレはその場に居たのではないから分からないが、聞いたところによるとそうかもしれない。」

ショーンは、フッと肩の力を抜いた。

「ま、ありえないだろうけどな。まずあそこへたどり着けるヤツで、あれの重要性を知らねぇやつは居ないだろうし。だが、その術の研究はしといた方がいいよな。太古のもうとっくに死んじまった男の術に、訳分からんまま国全体が頼ってるってのも心もとねぇ。」

口は悪いが、確かにその通りだった。シュレーも圭悟も、顔を見合わせた。あの時、シャルディークに術の方法を聞いておけばよかったのだろうが。しかしシャルディークは、もう居ない。ナディアも居ない。居るのは何もかも忘れて、恐らく転生しただろうシャデルという、若い王だけだ。

解決しなけらばならないことなど、山ほどあった。だが、今はまず、目の前に起こっていることから処理して行かねばと、シュレーも圭悟も前を向いたのだった。

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