釈明
王城へと戻ったディンメルクの三人のその日の夕食は、肉も野菜もふんだんに使われた、しかし気取った様子の無い温かみのあるものだった。
ライアディータやサラデーナの王城のように、大きな食堂へ通されるわけでもなく、部屋へと運んでくれて食べるのだが、スープやシチューなど、好きな物を好きなだけ食べられるようにと、鍋ごと置いて行ってくれてあり、パンもカゴに山盛り入れて置いてあった。
セルフサービスではあるが、この方が食事をした、という気分になって、三人はとても満足した。この庶民的な感じは、とても馴染み深かった。
食後のキリーを飲みながら、ホッと一息ついていると、ノックがして、そこにラインハルトが入って来た。いきなりの事だったし、何しろ前に顔を見たのはあの、王の居間から放り出された時だったので、三人は俄かに緊張した面持ちになった…何を言われるのかと、構えたのだ。後ろからは、ローマンも入って来て控えている。
すると、ラインハルトは、息をついて苦笑した。
「…すまぬの。ユリアンから聞いた。オレが話をよう聞かなんだゆえ、主らも構えるわな。だが、考え直したのだ。」と、側の椅子へと腰掛けた。「して?主らはこのディンメルクの王よりも、我が王に目通りをと?」
ユリアンが話してくれたのだと、圭悟が身を乗り出した。
「そうなのです。ユリアンからいろいろなことを聞いて、この街のこと、ディンメルク全体のこと、少し学びました。そして、私達が話をしたいと思うのは、ラウタートの王なのだという、結論になったのです。」
ラインハルトは、じっと圭悟を見ていたが、また息をついて後ろに立つローマンを見た。ローマンも、困ったようにラインハルトを見返している。ラインハルトは、再び圭悟に視線を戻した。
「ユリアンも申しておったと思うが、我が王は大変に気まぐれなかたでな。今も突然に思いつかれて、サラデーナへ偵察に参っておるのだ。いつ戻られるのかも、戻られても主らに目通りするとおっしゃるのかも分からぬ。あのかたは我らの種族の中でも、もっとも強い力を持つ血筋のかたで、誰も逆らえぬのだ。だがしかし、誠の王者であられるので、我らも不満もなく仕えておるがの。」
シュレーが、横から言った。
「それでも、話してみたいのです。お聞きしたこともある。キジンまで出向いて、お待ちするわけには行きませんか。」
ラインハルトは、じっと考えるような顔をした。そして、シュレー、ショーン、圭悟を順番に見てから、言った。
「では、主らの真実を話すが良い。今度こそ、嘘偽りのないことを。いくら新しい地の使者とはいえ、我らも得体の知れぬ輩の、王へのお目通りの許可を求めるようなことはせぬからな。出来ぬのなら、諦めるが良い。」
シュレーは、頷いた。
「知っておられるのだろうが、お話ししましょう。その上で、判断してくださったら良い。」
そうして、シュレーはライアディータ出航からの、事の顛末を嘘偽りなく全て話して聞かせた。そこには、シャデルに変化から助けてもらったこと、シャデルが悪い王ではないと思ったことなども含まれてはいたが、それでもラインハルトは黙ってそれを、最後まで聞いていたのだった。
「つまりは、我らはこちらへ来る手助けを願うために、そして助けてもらった恩に報いるために、シャデル陛下の条件を飲みました。変化してしまった仲間を助けたい。そして全員無事にリーディス陛下の元に戻りたいのです。我らには、こちらのサラデーナにも、ディンメルクにも敵意などありません。どちらとも友好関係を築きたいと、リーディス陛下は思われているはずです。現にあちらでは、隣国のリーマサンデと普通に行き来しております。戦はありません。争いは好まれない王なのですよ。」
シュレーが話し終えると、ラインハルトはまたひとつ、深く息をついた。そして、言った。
「知らぬ事もあったが、我らが知っておる事と合致する。主は偽りは申しておらぬな。気も偽りを申した時のように乱れず、真っ直ぐぞ。」と、ローマンを見た。「術を教えるのは簡単な事ぞ。そこのショーンなら、こちらでも軽々扱える術であるしな。しかし、我らは全て、王のご意思の元に動いておるのだ。王のご許可がなければ、それを教えるわけには行かぬ。このディンメルクの王の命に従うのも、全て我らの王のご意思をお聞きしてからになる。なので確かに、主らの望みを叶えるためには、我らの王と話すよりあるまいな。」
圭悟が、驚いたようにラインハルトを見た。
「え…ラウタートは、こちらの王に仕えているのではないのですか。」
ラインハルトは、それには不機嫌に眉を寄せた。
「なぜに我らが人などに仕えねばならぬ。昔も今も、人が頭を下げるゆえに王が不憫に思われて手助けしておるだけぞ。そこを勘違いしておる人が居るの。なので人の中には、横柄な者が出るのだ。別に頭を下げる必要はないが、下に見るのは許さぬ。我らは対等ぞ。」
それを聞いて、圭悟はラインハルトとローマンが、なぜあれほど自分達を取り付く島もないほど放り出したのか、分かった気がした。二人は、圭悟達のことを、そのラウタートが嫌う勘違いしている人と思ったからだったのだ。
圭悟は、慌てて頭を下げた。
「申し訳ありません。そんなつもりは無かった。皆、魔物となると、使役しているという意識になるようで…知能の高い魔物に、それは失礼だ。」
ラインハルトは、それを見てフッと笑った。
「ま、長く人と接して参って、我らもそんな主らの考え方も知っておる。なので、話せば分かる人の方が多い事もまた、知っておる。根に持つことはないゆえ、案じるでない。」
圭悟は、ホッとしたように微笑んだ。
「良かった。では、我々が目通りを求めていると、そちらの王にはお伝え頂けますか?」
ラインハルトは、しばらく考えていたようだったが、頷いた。
「いいだろう。王にはお伝えしよう。だがしかし、いつお会い出来るかは分からぬぞ。何しろ、一度出て行かれたら、なかなかに戻って来られぬのだ。此度も何やら込み入ったことをなさっているようなので、我らもいつお会い出来るのか見当も付かぬ。主らを、キジンへ案内させよう。あちらで、王のお帰りを待てるように取り計らう。」
そう言い終えると、ラインハルトは立ち上がった。ローマンが、それに従って扉の方へと向かう。シュレーは、慌ててその背に頭を下げた。
「ありがとうございます。感謝致します。」
ラインハルトは、扉を抜ける前に、振り返った。
「まあ、こちらで学んだであろうしな。王の前では、偽りなど言うでないぞ。我らはそんな権限がないゆえ、主らに手を出すことは無かったが、王はその限りではない。逆鱗に触れたら、何をなさるか分からぬから。それだけは、肝に銘じておかれよ。」
そして、そこを出て行った。
圭悟とシュレー、ショーンは顔を見合わせた。
「…まあ、キジンへ行けるってんだから、良かったと思うか。これで、術を教えてもらえるかもしれねぇし。」
ショーンが言うのに、シュレーが険しい顔でそちらを見た。
「何を楽観的な。あのなショーン、ラウタートの王なんだぞ?同じラウタートが、あれほど王は気まぐれだと言うのに。難しい相手だ。確かにオレ達の目的のためならラウタートの王に会う方が近道だが、もしかしたら、アントンより厄介なのかもしれないんだぞ。気を抜かない方がいい。」
圭悟が、何度も頷いた。
「そうだぞ、ショーン。王なんだから、敬う話し方をしろよ。お前は何かと口が悪いから、無礼だとか言われて、それだけで話しを切り上げられたりするかもしれないんだからな。話すのはオレ達に任せてくれた方がいいかもな。」
シュレーが、激しく同意した。
「確かにそうだ。お前は黙ってろ。オレ達が、全部正直に話すから。分かったな?」
ショーンは、頬を膨らませた。
「オレだって、その気になればちゃんと喋れるっての。信用ねぇな、まったく。」
また扉をノックする音が聴こえて、侍女らしき者達が頭を下げて入って来た。
そして、黙った三人を見て、言った。
「お済でしょうか?」
夕食のことだ。
三人は、頷いた。
「ああ、とてもおいしかった。ありがとう。」
侍女は穏やかに微笑むと、さっさと他の侍女達に頷き掛けて、片付けに入った。ラウタートなのか人なのか、見ただけでは分からない。だが、聞くわけにも行かなくて、そのまま黙って見守っていた。
ここには、いったいどれぐらいの割合でラウタートが居るんだろう…。
圭悟もシュレーも、ショーンもそんなことを考えていた。




