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胸騒ぎ

シャデルは、デンシアの王城の、自分の寝室でハッと目を覚ました。何だろう…何か懐かしいような力の波動を感じる。どこか、そうかなり離れた場所で、小さく瞬いて、そして消えた…。

すると、扉の外に気配して、バークの声がした。

「王。ライアディータとの国境を見張る兵士から連絡がございました。」

シャデルは、起き上がると、言った。

「そこで待て。」

そして、上着を羽織ると、窓から外を見た。空が白んで来ている…夜明けだ。

扉を開いて居間へと出ると、バークが膝をついて頭を下げていた。シャデルは、王座へと座って、言った。

「して?何を言って参ったのだ。」

バークは、顔を上げた。

「はい。ライアディータ側からは、何の気配もなく侵入しようとする者も居らず、あちらはこちらと敵対するつもりは無いようだと。ただ、あちらにこちらからの命の気が流れ込み、少なからず被害が出始めており、それの対策のために四角い金属の箱を点々と設置して、命の気を集めてこちらへ送り返すようにしておるようでございます。何でも、リーマサンデと申す方の国では、ああいった機械と申す物で、魔法を使えないでも生きて行く術を見つけておるのだとか。大変に近代的な国だと聞いておりまする。」

シャデルは、ふーんと膝に肘をついて、その上に顎を乗せて言った。

「確か、リーマサンデには魔法を使えるほどの命の気がないのだとか。そこでそこの民は、無しで生きていけるように考え、ついには命の気が害になる体にまでなったのだと聞いておる。ならば、その知識を利用して、両国は何とか此度の命の気の流入は切り抜けたのであるの。」

バークは、頷いた。

「はい。しかしながら、一時のことではないかと。何しろ、全てを集めてこちらへ送り返すのは困難で、どうしてもいくらかはあちらへ流れ込んでしまいまする。根本的に正す方法を探さねば、どうにもなりませぬな。」

シャデルは、考え込むような顔をした。

「困ったもの。こればかりは我にもどうにも出来ぬ。量が多すぎるゆえな。かと言って、どうしたらメニッツの命の気があちらへ向かわぬのかも分からぬし…。」

バークは、黙って考え込んでいるシャデルに、先を続けた。

「それから王、国境警備の者から、確かにライアディータからは何も入っては来ていないのだが、昨日の夕刻、ラ・ルース湖の辺りから、何かの光が見えたのだとか。あそこにはラ・ルーが居るので、下手な魔法は使えぬので大事ないかと思うが、一応ご報告をと。」

「ラ・ルース湖?」

シャデルは、手から顎を離してバークを見た。バークは、頷いた。

「はい。それからは何の気配もなく、音も光も無かったとのことでしたが。あの辺りは、工場がございますでしょう。布の染色をするのに、かなりの力を放つと聞いておるので、もしかしたらそのせいではないかと思うのですが。」

シャデルは、北の方角へと視線を向けた。もちろん、ここからなら遠すぎて何も見えないが、しかし何かの気配ぐらいなら感じ取れるかもしれない。

「…分からぬの。だが、気にはなるゆえ。念のため、見回って参る。」

バークは、苦笑した。

「まさか、ラウタートということはありますまい。数年前、あやつらが逃れようとあそこで魔法を放って、ラ・ルー相手に手こずっておったのを見たのは記憶に新しい。我が方の兵士も入り乱れて、大変な騒ぎでありましたし。ラウタートもそこまでは愚かではないでしょう。」

シャデルは、呆れたように笑って、窓へと向かった。

「こら、そのようにあざ笑うでないわ。主とて巻き込まれて手こずっておったではないか。結局我が抑えて主らを助けておる間に、全てが蜘蛛の子を散らすように逃げてしもうて。笑い事ではないぞ。」

シャデルは、そう言い置くと、窓から外へと飛び出した。

そして、北の方角へと、すいっと空を飛んで行ったのだった。



「ほらサキ、もう目の前よ。」

ダニエラの声がする。

ついうとうととしていた咲希は、慌てて目を開いた。すると、まるでアルプスのように見える山脈が、雪をたたえて美しい姿を見せていた。

「わあ!きれいー!凄いわ、アルプスみたい!」

すると、克樹が首を振った。

「咲希、そんなに大きな山脈じゃないぞ?ディンダシェリア大陸の真ん中にある山岳地帯には、6千メートル級の山々が連なっていて、物凄い壮観だぞ。こっちは普通の山脈じゃないか。」

そう言われてから見ると、そんな気がして来た。そういえば、昔学校から登山に行った、金剛山ぐらいかもしれない。

「確かに、そうかも。でも、とっても綺麗ね。」

リリアナが、咲希を見上げた。

「サキったら、おめでたいわね。とっても寒いのよ?これから、結構歩かなきゃならないのに。」

咲希は、驚いてリリアナを見た。

「え、飛ばないの?」

ラーキスが、苦笑した。

「飛ぶと目立つからの。グーラは、こちらには居らぬのだ。正確には、翼竜が居らぬ。スキー客達に紛れるためには、目立つわけには行かぬのだ。」

アレクシスが、割り込んだ。

「運が良ければ、マウが引く車に乗れるぞ。少しは楽ではないか。」

メレグロスが、ため息をついた。

「タダではあるまい。ここの通貨は?陛下に貰った金貨でも大丈夫かの。」

それには、アーティアスが首を振った。

「案ずるでないわ。そんなものぐらい、幾らでもある。我らがもつ。マウの車に乗ろうぞ。歩くよりは速かろう。」

咲希と克樹、それにメレグロスとダニエラが、びっくりした顔をした。いくらでもある?

「ええっと…金貨が?」

アーティアスは、面倒そうに頷いた。

「腐るほどの。あれがかなりの価値になるらしくて、我らは毎回助かっておるのだ。こちらを旅するなら、絶対に要るものであるし。ディンメルクにはいくらでもある。」

貧しい国ではなかったのか。

克樹も咲希も思ったが、しかしアーティアスがあるというのだ。今まで見ていた限り、アーティアスは嘘は言っていないように思う。もしかして、言っていないことがあるかもしれないが、しかし嘘は言っていない。

それが、咲希にはなぜか分かった。

なのでそこには触れずに、アレクシスに言った。

「でも、運が良ければって言ったわよね?」

アレクシスは、困ったように頷いた。

「数が少のうての。うまくこっちに戻っておるのがあればいいが、全部出払っておったら無理ぞ。運よく捕まっても、マウが疲れておったら、すぐには行けぬし。」

アーティアスが、どうでもいいように手を振って言った。

「ああ、主はそのように。どうにでもなるわ。」と、クラウスを見た。「クラウス。」

すると、クラウスは神妙な顔をしながら、頭を下げる。そして、なぜか船からじっと西の方角を見つめ始めた。何をしているのだろう、と思ったが、しかしそれは、船が終点のルース山脈麓に着くまで続いたのだった。


小さなその船から下りると、アレクシスがそこの係員と何やら話していた。

思えば、川を遡ると決めた時、アレクシスとクラウスとエクラスは、どこからとも無く船を調達して来て、少し小さいかなと思うその船に、皆を押し込んで出発したものだった。それも、アーティアスが船を準備せよ、と言って、三人がさっと出て行った結果だった。

日は傾いて来ていたが、それでもこの川港には、結構な数の船が着いている。ようやくアレクシスが戻って来て、アーティアスに言った。

「アーティアス様、やっとあの船をこちらに買い取らせることが出来ましてございます。」

え、売ってたの?!

皆がびっくりしてアーティアスを見ると、アーティアスは言った。

「下手な証拠は残さぬ方が良かろうが。その場その場で処分しておかねば。して、マウはどうか、クラウス?」

まだじっと西の方角を見ていたクラウスが、ハッとこちらを向いた。

「もう、そろそろかと。ただ、扱っておる人がもう、家路に着くようでございますな。」

アーティアスは、眉を寄せる。何のことだろうと思っていたら、暗くなった道を、ぽつんと何かの車を引いた影が歩いて来るのが見えた。近付いて来るに連れて、咲希にはそれが、額の真ん中にツノがある、馬なのだと気がついた。

「ウールン?」

克樹が言った。

「マウぞ。」と、クラウス。

それぞれの言い方があるようだが、咲希にしたらあれは馬だった。馬以外の何物でもなかった。

幾人かの客がそれに向かって駆け寄って行こうとしたが、その馬はきょろきょろとしたかと思うと、突然に走り出した。

「うわ!どう、どう!」

後ろの荷台らしきものに乗った人が、必死にたずなを引いて止めようとする。駆け寄ろうとしていた客達も、皆慌てて飛びのいた。

「ここぞ。」

クラウスが、そんな修羅場と化した場所へと冷静に足を踏み出した。すると、その馬はそのままの勢いでクラウスの前まで走り、そして、ピタと止まった。

「ご苦労よな。しかし、長旅で疲れたであろう。」

すると、その馬は憤然とした様でぶるるる、と答えた。後ろの人が、憮然として言った。

「半分まで行った所で、こいつは梃子でも動かなくなっちまって。客は仕方ないからそこで降りて歩いてったよ。オレはどうしたもんかと思ってたんだが、客が降りてから、勝手にこっちへ戻って来ちまって。ほんと、こんなことは初めてだ。」

クラウスは、その馬の顔をポンポンと叩いた。

「たまには休みも必要ぞ。だがしかし、我らもミレー湖を目指しておってな。あちらへ行きたいのだが。」

その男は、顔をしかめた。

「今日はもう無理だ。こいつもきっと歩かねぇだろうし。明日の朝の出発でどうかね?またこいつの機嫌が悪かったらどうしようもないがな。」

クラウスは、頷いた。

「では、そのように。しかし、疲労が溜まっておる。左の前足も痛むようぞ。」と、構えた。「治してやろうぞ。」

相手の男は、慌てて馬とクラウスの前に出た。

「お客さん!勝手なことをしちゃ困る!それで代金踏み倒そうってんじゃないでしょうな!」

クラウスは、フッとため息をついた。馬も、後ろからその男の肩をガブッと噛んだ。

「いててて!何をしやがる!」

クラウスは、言った。

「そやつも生きておるのだ。定期的にメンテナンスをしてやらねば、言うことを聞かぬようになるぞ。」と、カバンから金貨を一枚出した。「そら、前金を支払ってやろうぞ。残りは向こうへ着いてから。踏み倒すつもりなどないわ。しかし、しっかりあちらへ送り届けてもらわねばならぬからの。こやつの体を治してやらねば。それが、約束であるしの。」

男は、輝く金貨を見て、顔色を変えた。

「なんだ…金持ちですかい。それならそうと、始めから言ってくれればよかったのに。じゃあ、治療でもなんでもやってください。」

クラウスは、また息をつくと、手を翳した。

「すぐに楽になるゆえな。明日は、我らを向こうへ連れて参ってくれよ。」

馬は、分かっているようでじっとしている。クラウスの足元に、大きな魔方陣が現れて、そしてその馬の方へと移動した。そうして、光が馬を包んで上へと抜けるように上昇して消えて行き、魔方陣もそれに合わせて消えて行った。

「…結構強力な治癒魔法ね。私が使うのとは、また違った感じだけど。」

それを見ていたダニエラが言う。アーティアスが、それに答えて言った。

「クラウスは、術士なのだ。治癒魔法を得意としている。だからこそ、此度は連れ参ったのだ。何があるのか分からぬゆえな。」

馬が、目に見えて生き生きとした。男は驚いていたが、馬の方はさっさと自分の厩舎の方へと足を向けて、歩いて行く。

男は、慌ててそれを追いかけた。

「明日の早朝、こちらへ参れ!」

クラウスが、その背に叫んだ。男は、必死に馬を追って走っていたが、それでも大きく手を振ってこちらに答え、そして去って行った。

クラウスは、こちらへ戻って来ながら、アーティアスに言った。

「申し訳ありませぬ。明日になり申した。」

アーティアスは、渋々ながら頷いた。

「あれではの。かなり長くこき使われ続けておったようぞ。しかし、あれでまっさらになろうか。足も綺麗に治っておったようだ。」

クラウスは、頷いた。

「はい。探っておったところ、あのマウが一番に疲れていて哀れであったので。選んで、助けてやるからと申して、呼び戻しましてございます。」

克樹が、後ろから不思議そうに言った。

「つまり、クラウスが念を飛ばしてあのウールン…マウと話して、戻って来いって言ったってこと?」

クラウスは、頷いた。

「そうだ。向こうへ向かっていたのを、呼び戻したのだ。必ず助けてやると約したゆえ、ああして治療した。明日は、もしあの男が行かぬと申しても、あのマウだけは我らをあちらへ運んでくれようぞ。」

咲希は、それを感心して聞いていた。魔法って、思っていたよりいろいろなことが出来るのだ。もしかして、自分も方法さえ学んだらいろんなことが出来るのかも…。

皆が、脇にあるホテルに泊まるか、それともテントを張るかと話し合っている横で、咲希はそんなことを考えていたのだった。

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