設置場所
メレグロスと克樹が結構な量の薪を背負って戻って来て、焚き火は二つになった。
そうして、片方ではアーティアスや咲希、リリアナが暖を取り、片方ではメレグロスを中心に、克樹とダニエラが夕食の準備に奮闘していた。
咲希も、やっとまともな食事が出来る、と、この夕食は楽しみにしていた。ここに来るまで、缶詰や干し肉など、冷たい食べ物が多かったからだ。
「セルルは要るか?まだたんまりあるがの。」
アーティアスが言う。メレグロスが、頷いた。
「サキが好きだろうから。サキ、ファーは食べるか?」
咲希は、言葉の違いに一瞬混乱したが、咲希の頭の中ではセルルもファーも自動的に「米」と変換された。
「食べたい!でも、無理にはいいよ?」
「ついでだからの。」メレグロスは、アーティアスから袋を受け取りながら言った。「今度いつ、こうしてファーを炊けるか分からぬのだ。食えるものは、食えるうちに食っておかねばな。こんな不安定な旅の鉄則よ。」
そうして、慣れたようにシャカシャカと米を洗い、メレグロスは調理にかかった。ダニエラが、あちらで肉の塊を炙りながら言った。
「でも、腕輪も圏外になっちゃって、リーディス陛下とも連絡が取れなくなってしまったわね。ここからは、自分の責任で行くしかないわ。」
克樹が、薪をくべて火を調節しながら答えた。
「オレ達には、アーティアス達だって居るし、クロノスから貰った咲希の力の石もある。」と、額に輝く小さな緑の石に触れた。「先に陸路でこっちへ潜入したっていう部隊に比べたら、数段恵まれてるよ。」
ダニエラが、不安そうな顔をした。
「それって…軍の特殊部隊なのかしら。」と、メレグロスを見た。「だとしたら、よく知ってる仲間だわ。」
メレグロスが、ファーの入った鍋を火にかけながら、首を振った。
「いや…何でも、民間のパーティだったらしい。行方不明になった知り合いが、もしかしたらこっちに来ているかもしれないから、危険でもいいと言って、志願したんだそうだ。たった三人で、まだパワーベルトが消えて混乱している時にサラデーナへと入った。あっちも、国境封鎖とか出来る時間が無かっただろうから、知られることなく入れたようなんだが。」
克樹は暗い顔をした。
「だったら、もう手遅れだね。きっと、変化してる。この命の気の強さだもの…着火の魔法を使って、その大きさにびっくりしたもの。」
ダニエラが、頷いた。
「ほんと。森を焼いちゃうかと思ったわ。気を付けないとね。あっちの呪文は、こっちでは強過ぎるのよ。ま、魔物に遭遇したら心強いけどね。」
そんな話を聞きながら、ぱちぱちと火が爆ぜる音を聞いていると、アーティアスがピクッと反応した。ラーキスも、アトラスも同じ方向を見ている。しばらくして、メレグロスもそちらを向いた。
「…戻って来たか。」
アーティアスは、頷いた。
「連れて参ったようぞ。」
咲希も、頑張って目を凝らした。すると、やっと遠く森の木々の間に、三人の人影が見えて来た。アーティアスやラーキスが反応してから、実に十分以上経過していた。
エクラスとクラウスに挟まれて、黒髪に銀髪のシマが混じった髪の、金色の瞳の男が歩いて来た。そして、アーティアスが座っているのを見ると、一瞬嬉しそうな表情をしたが、すぐに顔を引き締めて、膝をついて頭を下げた。
「アーティアス様、事情はお聞きしました。このサルークを手始めに、石を設置して参ると。」
アーティアスは、頷いた。
「そのつもりぞ。こちらはどうか?アレクシス。この後ファルへ移動しようと思うが、問題ないか。」
アレクシスと呼ばれた男は、顔を上げた。
「こちらには、シャデルも気を配る暇がないようでございます。今聞いておりますのは、メニッツとメイ・ルルーの辺りによく出没するとのこと。それも一瞬のことで、上空から全体を見渡して、すぐに去るのだとか。今一番よく出掛けて滞在しておるのは、アーシャンと、クーランであるとか。」
メレグロスが、そっと腕輪の地図を表示させて見ている。場所を確認しているのだろう。
アーティアスが、考え込むような顔をした。
「…やはりディンメルクを警戒しておるか。あやつの動きは、よう分からぬ時があるからの。まあ良い、では、主にはファルまでの道案内を頼もうぞ。しかしまずは、こちらで安定した岩場などがある場所はないか。」
アレクシスは、首をかしげた。
「岩場と申して、今アーティアス様の後ろに見えますあちらぐらいしか、この辺りにはございませぬ。このまま森を抜ければ街と川、そしてその先は工場です。」
アーティアスは、横に座る咲希を見た。咲希は、頷いた。
「だから言ったでしょう?なんだか、ここがいいような気がするって。」
アーティアスは、渋々頷いた。
「まあ、主の勘が当たるということは、これから頭の隅においておこうぞ。では、どうする?食事が先か、クロノスを呼ぶのが先か。」
ダニエラが、克樹と一緒に大きな肉を苦労して火から下ろして、ナイフを突き立てようとしている。咲希は、肩をすくめた。
「術を放って、回りが食事どころでなくなるかもしれないし。先に食べた方がいいんじゃないかしら。」
アーティアスは、笑って立ち上がった。
「では、まずは食事ぞ。アレクシス、主も食うが良い。これより、しばらく旅になる。」
アレクシスは、頭を下げた。
「は。では、ご一緒させて頂きまする。」
そうして、誰がこんな大きな肉を持っていたのかと思うぐらい大きな肉を薄く切ったものを、ローストビーフみたい、と思いながら、咲希は嬉々として食べた。もちろんのこと、ラーキスもアトラスも、アーティアスもクラウスもエクラスも、新たに加わったアレクシスもどこにそれほど入るのかと思うほど食べていたのだった。
食事も終わり、慣れた様子でダニエラとメレグロスが片付けるのを見ていた咲希は、自分の手をじっと見た。
…自分の力は、どこまで覚醒しているんだろう。
これから、自分の力を結晶化させるのだ。この後、ファルも控えている。今の自分では、きっとファルまでがぎりぎりの力の量だろう。その後のアラクリカまで、どうしても力を覚醒させねばならないのだ。
ラーキスが、考え込んでいる咲希の肩に手を置いた。
「サキ、焦るでないぞ。力など、焦って覚醒出来るものではなかろうが。その瞳を見ても分かる。サキは覚醒し始めておるのだ。此度の結晶化はとにかくは無事に済む。だから、そのように考え込むでない。」
咲希は、困ったように微笑んだ。
「そうね。分かっているの。でも、私なんて全く魔法が分からないのに。どうして、こんな力を持ったんだろうなって思う。命に刻印を持つ者ってクロノスは言うのだけど、前の命のことなんて私は覚えてないんだものね。戸惑っちゃう。」
ラーキスは、咲希に微笑みかけた。
「そうであるな。だが、良いではないか。そのお蔭で、我らは命の気の流れを正すことが出来る。クロノスとも話す事が出来る。全て、主のその命ゆえぞ。さあ、クロノスを呼ぼうぞ。これが第一歩になるのだ。」
咲希は頷いて皆の方を見て、ハッとした。もう、皆が心の準備を整えて、こちらを見てじっと待っていたのだ。
咲希は、深呼吸をすると、空を見上げて叫んだ。
「クロノス!私の力を結晶化させて、ここに設置してください!」
キラッと暗くなっている空で、何かが光った。
そして、気が付くと目の前には、前よりはっきりとした姿のクロノスが、微笑んで浮いていたのだった。




