カイ2
放心状態で案内されたのは、王城の建物でも東側に位置する建物の二階部分にある部屋で、こざっぱりとしていて、街の宿屋の部屋のような感じだった。
そして、ここもそんな部屋であるにも関わらず、あっちこっちに金細工が施されてあった。
客間でも、そんなに上客を泊める部屋ではないようだったが、それでもこうして部屋を与えられるだけ、マシだと思っていた。本来なら、嘘がバレているのなら、地下牢にでも繋がれてもおかしくは無かったからだ。
圭悟が、その部屋から見えるほのぼのとした風景に和み、やっと我に返って言った。
「ラウタートは、やっぱり話が分かる種族だった。」圭悟は、声に力を入れた。「こっちが嘘を付かなければ、きっと心を開いてくれたのに。シャデル陛下の言った通りに振舞ったばかりに、不信感を持たれてしまったんだ。スパイだって思われたかもしれない。でも、牢へ篭めることもなくて、こうして部屋を与えてくれてるんだから、やっぱり話が分かる種族なんだよ!」
シュレーが、恨めしげに圭悟を見た。
「まさか、デンシアの結界の中にまで間者が入り込んでいるなんて、分かるはずないじゃないか。シャデル陛下は、確かに自分の結界の中は大丈夫だとおっしゃったんだ。真実を言えば、命も危ないだろうとああいう嘘も考えた。でもまさか、ラウタート達が全て知っていて、試しているなんて思いもしなかったんだ。こちらのことは何も分からないんだから、保身もする。お前が言うのは、後付けの答えだ。オレだって、後悔したが遅かった。」
ショーンが、大きく首を振った。
「ここから信頼関係構築なんて、大変だぞ。王が戻って来たら、今度こそ包み隠さず話すべきだ。ラインハルトの消沈した様子を見ただろう。ちょっとは、オレ達に希望を持っていたようだったじゃないか。何とかここからは嘘偽りないことを話して、行動で示すしかない。でないと、ラウタート達が使っている術を教えてもらうどころじゃねぇ。生きて帰してもらえるかも疑問だ。王次第なんじゃねぇか。」
シュレーは、真面目に頷いてショーンを見た。
「いよいよとなったら、お前だけでも逃げてくれショーン。圭悟とオレは、覚悟があるが、お前にはやり遂げたいことがあるんだろう?」
ショーンは、うんざりしたような顔をして、肩をすくめて両手を上げた。
「へいへい、オレだって覚悟ぐらいあらあな。普段ならお言葉に甘えてさっさとトンずらするところだが、残念ながら無理だ。」
シュレーは、顔をしかめた。
「オレ達のことはいい。」
ショーンは、また首を振った。
「違う。お前達のことなんか考えて言ってねぇよ。言ったじゃねぇか…ここの気の量じゃ、オレには魔法が使えねぇんだよ。」
それを忘れていた、とシュレーと圭悟は思った。こちらに来てすぐに、ショーンは確かにそう言っていた。では、ここから逃れる方法が無い、ということなのだ。
「だが…ラウタート達だってここじゃ魔法が使えないってことだろう?追って来るのも、自力じゃないか。だったら、逃げ切れるんじゃないか?」
ショーンは、息をついた。
「どうだろうな。こっちで生きてる奴らには奴らなりの、魔法の使い方があるのかもしれねぇだろう。もしかして、遠くからでも命の気を呼び出して使える能力があったら?」
シュレーは、首を振った。
「それはないと思う。ラウタートと人の区別が付かなかったじゃないか。こっちへ来て、あの姿のラウタートは一体も見ていない。つまりこっちでは、あの形が取れないんじゃないか?グーラの友が言っていたが、人型で居た方が気の消耗が少ないのだと。恐らくラウタートも、同じなのだ。」
ショーンが、考え込むような顔をした。
「そうか…なら、空も飛べないな。だが、だったらラウタートは、どうやって発祥したんだろうな?こんなに気が極端に少ない場所で、生きて行ける魔物なんて聞いたことはない。」
それには、圭悟もシュレーも顔を見合わせた。確かにそうだ。
「…どこか別の場所で発祥して、ここへ流れて来たのかもしれないな。とにかく、そんなことを考えてる余裕はない。まずは王のアントンに、信じてもらうよりないからな。全部知られてるのなら、何も案じる事はない。包み隠さず話して、人型になる術も教えてもらおう。それより他はない。」
ショーンは、力なく頷いた。
「簡単に言うが、生きて帰れるとは限らねぇぞ。アントンは、あの戦の時も王だったんだろう?結構な歳のはずだ。修羅場もくぐってるし、サラデーナへ行く弊害も先に気取って共存に反対したほど切れる男。一筋縄ではいかねぇぞ。しかも今、自らどこかへ出向いて行ってるんだろ?まだまだ元気に動けるってことだ。」
圭悟は、そう言われてアントンという王を想像して見た。老獪な、気難しそうな顔ばかりが思い浮かぶ。そんな王相手に、交渉なんて出来るんだろうか。ラウタートを使役し、一時はあちらの山岳民族達を皆殺しにして制圧した王なのだ。その後、シャデルによってこちらへ追いやられ、再び命の気の少ない地で、皆が死んで行くのを見て居るしかなかった。そんな経験をしている王が、シャデルの息が掛かっているだろうと思われる、自分達の言うことなど聞くだろうか。聞いたとしても、粗方聞き出したら、殺してしまおうと思うのではないのか…。
そう思うと胸が騒いで仕方が無かったのだが、そんな三人の耳に、コンコンと戸をノックする音が聴こえた。
「…はい?」
シュレーが、怪訝そうな答える。すると、戸の向こう側から若い男の声がした。
「ラインハルト様から、伝言を承って参りました。」
三人は、顔を見合わせた。しかし、拒絶するという選択はない。シュレーは、戸を開いてその男を招きいれた。
「はじめまして。」相手は、大変に若い、恐らくまだ成人したてではないかというほどの、金色に薄い茶色の左右対称のシマ模様が入った髪に、緑の瞳の男だった。「私は、ラインハルト様の部下のユリアンです。まだこちらへ来たばかりで何も出来ませんが、皆さんのお世話係をすることになりました。よろしくお願い致します。」
ユリアンというその若者は、どこまでも澄んだ、他意のない瞳で微笑んでそう言うと、頭を下げた。シュレーは、ためらって圭悟とショーンを見た…ショーンが、口を開いた。
「世話係だって?だが、オレ達は厄介者だろう。ラインハルト殿は、我らの話は聞かぬと言っていたのに。」
ユリアンは、それを聞いて驚いたような顔をしたが、首を振った。
「いいえ。あちらの大陸からの、王のお客様なので、どこなりと案内して差し上げろと。特に、そのようなことはおっしゃっておりませんでしたが。」
ショーンとシュレー、それに圭悟は、また顔を見合わせた。どういうことだろう。
だがしかし、この若い男からは全く邪気など感じなかった。ためらっているようだった。
「ええっと、では、よろしく頼む、ユリアン。オレは、シュレー。」と、ショーンを圭悟を順に指した。「こっちは術士のショーン、こちらが圭悟。我らの土地では、ここまで命の気が薄くはないので、こっちでは魔法が使えぬようで、知らぬ土地で少し、不安になっておったところなのだ。いろいろ教えて頂けると助かる。」
ユリアンは、少しホッとしたように微笑んだ。
「はい。では、こちらの村をご案内致しましょう。カイは都市というより、他より大きな村が首都になった、というだけの場所で、サラデーナのように、大地が石に閉ざされていることもなく、過ごしやすい土地です。中心地をぐるっと回って来ても、半日ほどしか掛かりませんし、参りましょうか。」
圭悟が、パッと明るい顔をした。
「嬉しいな。まさか、ディンメルクの首都を観光出来るなんて思っていなかったから。」
ユリアンは、穏やかに微笑んだ。
「では、こちらへ。ちょうど良いので、村の市場で食事をしてゆっくり回りましょうか。」
シュレーが、驚いたような顔をした。
「え、ここにも市場が?」
ユリアンは、苦笑しながら歩き出した。
「一応、一番大きな村ですからね。ディンメルク全土から、いろいろな農産物・海産物がこちらへ、水路を通して集まって来ます。もう数十年も前に、王の命で水路を敷き、それを主な交通手段と取り決めたのですよ。話すより、見る方が早い。さ、参りましょう。」
そうして三人は、ユリアンに連れられて、王城から出て村の中心地へと向かったのだった。




