カイ
一方、シュレーとショーン、圭悟は港町のアキラから、川を遡ってディンメルクの首都、カイへとたどり着こうとしていた。カイには石造りの波止場があって、首都だけあって回りに家が多い。だが、皆石を積み上げたりで作られたシンプルな平屋で、遠く丘の上に見える王城の全景が見渡せた。どうやら、二階以上の建物は王城だけのようだった。
それでも、横に広々と敷地を使って建ててある家は、住みやすそうだった。不思議なことに、木造の家は一つも無かった。いや、背の高い木自体、この土地ではあまり見掛けなかった。
「石造りの建物ばかりだ…。」
ショーンが、思わず呟く。すると、特に答えは期待していなかったのだが、ラインハルトが答えた。
「ここは、大きな木が育たぬのでな。木造は、山脈近くの村でしかない。カイの外れにだけ、一本とてつもなく大きな木があるが…皆に神木だと崇められておって、家の材料になど使われるはずもないの。」
そう話している間にも、船は波止場へと到着した。ローマンがさっと船の外へと走り出て行って、そこからロープを陸へと向かって投げる。陸の方では、それを受け取った男達がさっさと側の鉄のビットに巻き付けて固定していた。
船の到着に気付いた軍人らしき者達が、城の方角からわらわらと走って来るのが見える。数十人ほども居るようだった。そのうちの一人が、ラインハルトの前に膝をついて頭を下げた。
「お帰りなさいませ、ラインハルト様。まだ、陛下はお戻りではありませぬ。」
ラインハルトは、身軽に船を下りて行って言った。
「であろうの。あちらはまだ何やらごたごたとしておって、シャデルがイライラとしておるのが感じ取れたわ。目的は達せられたし、しばらくはあちらに潜入しておる者達にも、大人しくしておるように知らせを送れ。」
相手は、頭を下げた。
「は!早急に。」
そうして、その軍人はそこを離れて行く。シュレーと圭悟には、それが人なのか人型のラウタートなのか全く分からなかった。
そう、そこに居る者達の、どれがラウタートでどれが人なのか、判断が付かないのだ。ショーンになら分かるかとちらと振り返ったが、ショーンは肩をすくめた。分からないようだ。
寄って来た兵士達に手伝われながら、三人はディンメルクの首都カイへと降り立った。三人が無事に降りたのを見て、ラインハルトが言った。
「では、城へ。我が王がご不在の今、オレが代行を命じられておるのだ。主らを歓待しようぞ。詳しい話は、陛下しか出来ぬのだが、ここで不自由はさせぬ。」
左右に分かれた兵士達が、頭を下げる。
ラインハルトは、それには全く目もくれずに、先に立って城へと歩き出した。
シュレーと圭悟は顔を見合わせた…王の代行を、ラウタートがしているのだとは。
少しためらったが、ここへは囚われて来たのだ。三人は、ラインハルトについて歩き出した。そうすると、後ろからローマンが付いて来るのが分かる。
見張られているのかと俄かに緊張しながらも、思ったより穏やかで見晴らしの良い過ごしやすい地に、少し期待感も持ちながら、三人は城へと歩いたのだった。
王城は、思っていたよりずっとしっかりと美しく建っていた。
切り出した石は荒削りながらも、きちんと計算されて組まれてある。なので、中側はきっちりと石が収まっていて、また美しく磨き上げられて、ライアディータの王城の中と大差ない造りだった。
少し違っていたのは、大きさが小ぶりだということと、床に敷かれている毛氈が薄い素材だということだった。
そして、何より驚いたのが、あちこちに金細工が施されていたことだった。
大階段の手すりの金具や、通り過ぎる部屋のドアのノブも、皆金色だった。メッキ加工に優れているのか、とも思ったが、どうも金塊のようだった。
ラインハルトが先をさっさと歩いて行くが、それに気付いた兵士や、仕えているらしい女達は軒並み足を止めて頭を下げた。ラインハルトは、昨日今日に地位を持った男ではないのが、それで分かった。自然に敬われているようだったからだ。
大きな階段を幾つか登り、この王城のかなり上まで来たと思われる頃、やっと大きな両開きの扉の前で、ラインハルトは立ち止まって、ドアノブに手を掛けた。
「ここは、王の居間ぞ。今はオレが使うことを許されている。中へ。」
ラインハルトは、そのまま中へと歩いて行く。
三人が急いでその後に続くと、その中は正面に大きな窓がある、ライアディータ城の玉座の間のような場所だった。違うのは、応接セットが窓際に大きく置かれてあって、玉座が無かったことだ。ライアディータ城では、ここに玉座があって、王が話をしたい時はその後ろのソファに呼んでゆっくりと話すようになっている。
ここでは、そのソファとテーブルしか無かったのだ。
奥の窓に背を向けている大きなソファの方へ、ラインハルトは迷いもせずに歩み寄って行った。そして、そこへ座ると、その両脇に向き合うように置いてあるソファを示した。
「そこへ座ると良い。」
三人は、頷いてシュレーと圭悟はラインハルトの右側、ショーンが左側のソファへと分かれて座った。ローマンが、三人が座ったのを見てからラインハルトの横へと歩いて行って、そこで立って控える。この二人の主従関係は、こういうことらしかった。
シュレー達が緊張気味に黙っていると、ラインハルトが口を開いた。
「だから、そのように構えることはないのだ。主らはこちらの客人であるから、我らは危害を加えようとは思っては居らぬ。そちらが、我らに敵対行為をせぬ限りはな。ただ、あのサラデーナと友好関係を築こうとしておるのを見て、黙っておられなかっただけのこと。我らの使者も、主らの方のライアディータと申す国へ入り、王のリーディス殿と目通りしたのだと聞いておる。ここでサラデーナに横槍を入れられて、こちらとの交渉に支障をきたしてはならぬと、こうして主らをこちらの国へもお連れしただけぞ。使者というからには、このアーシャンテンダ大陸の全ての国と交渉すべきであろう。偏ることは良くないというのが、我らの考え方ぞ。」
シュレーが、言った。
「お考えはわかりましたが、しかしやり方が少々強引ではないかと。あの、我らを守ってくれていたサラデーナの兵士達はどうなってしまったのか。案じられる。」
ラインハルトは、手を振った。
「ああ、あやつらはアーシャンへ無事泳ぎ着いたと我が兵士から連絡があった。我らは無用な殺戮はせぬ。シャデルとは違う。」と、じっとシュレーを見た。「その様子だと、シャデルは我らのことを何か吹き込んでおるな。こんな強引なやり方になってしもうたのも、あれが主らをがっつり囲んでこちらへ新しい地の使者が来たことも、知らせぬ構えであったからぞ。我らは確かに国境をしっかり閉じておるが、しかし交流がないわけではない。アーシャンとアーシャン・ミレーの話は知らぬか?」
それには、圭悟が答えた。
「はい。山脈のこちら側がディンメルクであると主張されておるので、山脈が海底で隆起して出来た島の、こちら側に当たるアーシャン・ミレーはディンメルクであると。」
ラインハルトは、頷いた。
「その通りぞ。アーシャンには我らは手を出さぬが、アーシャン・ミレーには我が国の兵士も数人居るし、首長も置いておる。どうしても知らせねばならぬことがあれば、そこで首長に知らせれば我らに知れる。もちろん、シャデルは認めないと申しておるが、しかしあちらは首長を送り込むこともなく、触れぬようにしておるのだ。争いになるのは、避けたいのだろうの。こちらとて、無用な争いは避けたいと思うておるし、話の分からぬ国だと思われるのもシャクであるから、あの地でだけはサラデーナの民が訪問するのを許しておるのだ。」
ショーンが、横から言った。
「では、あの、ミラ・ボンテでの襲撃は、ディンメルクの?」
ラインハルトはまた頷いた。
「そうだ。主らが到着したのは、アーシャン・ミレーの兵士達から伝わっておった。それなのにこちらに隠すような行動をしておったゆえ、知らせるつもりがないことを悟った。ゆえ、王から何としても使者達をこちらへ連れて参るようにと命を受けておったので、あのような行動を取った。あの時は我らラウタートが間に合わずでな。王はお出掛けになられた後であって、そちらをフォローするのに出払っておったので。しくじったのだ。」
あの時は、ラウタートは居なかったのだ。
シュレーとショーンは、顔を見合わせた。ラインハルトが、しばらく黙って三人の顔を見ていてから、言った。
「では、こちらから質問をして良いか?」と、腕を前にして、身を乗り出した。「主ら、なぜに三人ぞ?六人であったと聞いておる。」
シュレーが、何でもないかのように、内心の動揺を隠しながら言った。
「狙われておると聞いておったので。残りは、川を進んでダーパへ向かい、そこからアルデンシアへ抜け、陸路ライアディータへと向かっております。」
ラインハルトとローマンは、じっとシュレーを見ていた。その視線は、射るようだったが、シュレーは必死に平静を装った。
「…ふーん。」と、ラインハルトは、椅子へと背を預けた。「デンシアには、シャデルの結界がある。中は誰にも侵入不可能ぞ。そう聞いておらなんだか?」
ショーンが、険しい顔をした。
「…いくらラウタートでも、あの結界をシャデル陛下に気取られずに入るのは無理だろう。真実だ。」
ラインハルトは、ショーンを見た。
「で、あろうな。いくら我らでも、あの力の前には束で掛からねば敵わぬ。しかし」と、ショーンにずいと顔を近づけた。「術士ショーン、新しい術は見つかったか?」
ショーンは、表情を凍りつかせた。シュレーも、絶句して口をつぐむ。ラインハルトは、薄っすらと笑いながら、圭悟を見た。
「こちらの国はどうか、ケイゴよ。我らに会いたかったのであろう?話して分かる種族であると判断出来ようか?」と、シュレーを見た。「主もぞ、シュレー。主は我らと話がしたいのであろう。偽りを申すと、始めから躓くことになろうぞ?」
それを聞いた三人は、悟った。こちらの国には、あのシャデルの結界を抜けることが出来る間者が居るのだ。恐らくは、デンシアに居る間、ずっと見張られていたのだろう。そこで、さすがにシャデルの目を盗んで自分達を連れ去ることは出来なくても、様子を探ることは出来ていたのだ。
ショーンと圭悟が、シュレーを見る。シュレーは、その視線を受けて、肩で大きく息をついた。
「…どこまで知っている。」
ラインハルトは、険しい顔をした。
「ほとんど全て。ただシャデルは我らにも厄介なので、手を出さなかっただけ。潜入させておるのは、何も地方都市だけではない。デンシアにも、こちらの間者は居るぞ。主らは、我らと友好関係を築くつもりなどないの。ただシャデルに言われるままに、こちらの様子を探りに来ただけであろう。全て知っておったわ…主らは、こちらへ連れて来て欲しかったのだろう。ならばそれにのって、使者の半分でもこちらの手にしておれたらと考えたのだ。」と、立ち上がった。「同じ位置に立っておらぬのに、話など出来ぬ。主らは、我らを下に見ておるふしがある。サラデーナの書物などから入れ知恵されておるのだろうが、こんな様では我らは対応など出来ぬ。好きに過ごすが良い。だが、我らは主らの話しなど聞かぬ。後は王が決められるであろう。」
ラインハルトは、面倒そうに、さも失望した風にローマンに軽く頷き掛けた。ローマンが、サッと進み出て、皆を引っ張り上げて椅子から立たせ、扉の方へと小突いた。
「待ってくれ!」
シュレーが叫んだが、ラインハルトは視線を上げなかった。ローマンが、眉を寄せてぐいとシュレーの腕を掴んで戸口の方へと押しやった。
「さあ!」
その力は、驚くほど強かった。人型になっても、ラウタートとしての力は健在なのだ。
「話を…嘘は、お詫びしますから!」
圭悟も叫んだが、ローマンにものすごい力でぐいぐいと押され、半ば放り出されるように戸の外へと押し出された。
膝をついて倒れた圭悟達を見下ろしたローマンの視線は、こちらの心まで凍らせるほど冷たかった。
その視線を最後に、扉は音を立てて閉められた。
三人は、ただ茫然と、閉じられた扉を見つめていた。侍女が寄って来てお部屋をご案内します、と言っていても、しばらくは答えられなかった。




