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リリアナの記憶

咲希は、ため息をついた。

「じゃあ、とにかくは情報を。アーティアスの仲間は、こちらのことに詳しいんでしょう?相談してみたらどうかしら。」

それには、克樹もメレグロスも同意した。

「それがいいよ。何しろこっちのことは何も知らないんだからさ。ここで住んでる仲間に聞こう。」

アーティアスは、少しホッとしたように頷いた。

「では、この人数で参ると目立つゆえ、エクラスとクラウスに呼びに行かせよう。」と、二人に頷き掛けた。二人は、小さく頭を下げた。「二人が戻るまで、こちらで待つことにする。」

クラウスが歩き出す。エクラスは、しっかりと自分の足に抱きついているリリアナを見下ろして言った。

「リリアナ、ここで待っておれ。我らは遊びに来たのではないからの。すぐに戻る。」

リリアナは、少し悲しげな顔をしたが、頷いてエクラスの足から離れた。

「気をつけて。ここは敵地なのでしょう。気取られては駄目よ。」

エクラスは、頷いた。

「案ずるでない。こういうことには慣れておるわ。」

エクラスはそう言い置くと、リリアナの頭をぽんぽんと叩いてから、クラウスと共にそこを離れて行った。

「では、薪の材料になるような物を拾って来ようかの。」

メレグロスが、克樹に目で合図して、一緒にぶらぶらと森の中を歩いて行く。咲希は、何やらせつなげに見えるリリアナの表情に、心配になって歩み寄った。

「リリアナ?エクラスのことは心配ないわよ、仲間を探しに行っただけだもの。」

リリアナは、小さくなって見えなくなりそうなエクラスをまだ目で追いながら、言った。

「分かってるわ。でも…きっと、無茶をしそうなんだもの。」

咲希は、聞こうと思いながらいつもエクラスにべったりで、なかなか話す機会が無かったことを、今聞こうと思ってリリアナの横にしゃがんだ。

「聞こうと思っていたんだけれど…リリアナは、エクラスに会ってから、ずっと一緒に居るわね?何か、気になることでもあるの?」

リリアナは、咲希にそう言われてハッとしたようにエクラスの去った方角から視線を咲希へと向けた。

「え?気になるって…」と、少し考えて、「そうね、気になるの。最初に見た時からかしら。それで一緒に居たらとても気持ちが明るくなったから、側に居たくてそうしているだけよ。」

嘘を言っているようでもない。事実を説明しているだけのような感じだ。しかも、リリアナからは、何やらためらうような感じも受けた。咲希は、ふと思い出した…そう言えば、リリアナはこうして小さな体だけれど、実際は何歳なんだろう。ショーンが術で復活させたのは、確か10年前のこと。その時、リリアは15歳だった。リリアナのこの体は、10歳ほどにしか見えないが、実際は25歳ぐらいなのだろう。

しかし、リリアナがシャルディークの石でこの体に宿ったのは10年前。リリアナは、10歳ということになるのだろうか。

「リリアナ…あの、リリアナの歳を聞いても、いい?」

リリアナは、驚いたような顔をした。表情が乏しいリリアナにしては、珍しい反応だ。

「なあに、藪から棒に。」と、回りを見た。「ここじゃ、みんなが聞き耳立てててゆっくり話せない。こっちへ来て。」

そう言われて回りを見ると、ダニエラが慌てて横を向いて、所在無さげに自分の腰の剣の房に触れたりしている。アーティアスが、側のアトラスとラーキスに不自然に話し掛けた。

「ああ、二人にグーラのことについて聞きたいと思うておったのだ。こちらへ。話してくれぬか。」

突然のことなので二人は驚いた顔をしたが、それでも頷いた。咲希はそれを見てから、リリアナに促されるままに、森の中へと足を進めて行ったのだった。


少し歩くと、湖から森の中を抜けて行く川があるところへと出た。地図を思い出した咲希は、これがルース山脈へと抜けて行く川なのだと思い当たった。リリアナは、その畔に座り込んだ。

「座りなさいよ。」

そう言われて、咲希は慌ててその隣りに座った。ルルーが、黙って側に浮いている。どうやら、邪魔をしないでおこうと思っているようだった。

「あなたになら話してもいいかもしれないわ。あのね、私の気が付いたのは、ショーンがこの、緑の石で命を吹き込んだその瞬間よ。何も分からない…ただ、妙に苦しくて、息をすることもどうしたらいいのか分からなかったわ。ショーンが力を使い過ぎて側に倒れていたけど、そんなことはその時の私には分からなかった。もちろん、一緒に気がついたルルーにもね。」

咲希は、ルルーを見た。ルルーは、黙って頷いた。リリアナは続けた。

「それから、私をリリアだと思っていたショーンが、必死に言葉なんかを私に教えていて…私は、それで言葉を覚えたの。」

それは、ショーンからも聞いていたことだ。咲希は頷いて、リリアナを見た。

「いろんなことを教えたのだと、ショーンは言っていたものね。」

リリアナは、咲希を見返した。

「そうね。ショーンは、そう思っていたわ。私も、ショーンがどういうつもりなのか知って、何も言わなかったし。」

咲希は、目を見開いた。

「え?それって…ショーンが、リリアナに教えたのではないの?」

リリアナは、頷いた。

「違うわ。」と、リリアナは、自分の頭を指した。「ここに。始めから、ここにあったの。ショーンと過ごしていた毎日のうちに、急に頭に現れて来た。どうして知っているのか分からなかったけれど、私はショーンが術士の息子で幼い頃は放蕩息子だったことだって知ってたわ。必死に、ミガルグラントと戦ったこともね。」

「!」

咲希は、口を押さえた。つまり…リリアナは、リリアの記憶を持っているのだ。だからこそ、こんなに言葉が達者で、落ち着いた物言いなのだ。確かに、いくら優秀でも生まれて10年でここまでボキャブラリーが多いのもおかしいのだ。

「それって…つまりは、リリアナにはリリアさんとしての記憶があるってこと?でも、ショーンがあんなだから、もう好きじゃなくて教えてないってこと?」

リリアナは、苦笑して首を振った。

「違うわ。確かに、基本的なことはいろいろと頭にあるのだけれど、人格というか、感じ方っていうか…そんなものが、違うの。確かに、リリアの記憶もある程度あるわ。でも、まるで他の人のことを見ているような感じ。あれは私じゃないわ。まるで、リリアの内側から外を見ている自分、といった感じかしら。」

咲希は、その事実に驚き過ぎて茫然としていたが、ハッとしてルルーを見た。

「ルルーは、それを知っていたの?」

ルルーは、頷いた。

「知っていたよ。ボクの体はこれだけど、ボクにも誰の記憶なんだかいろいろ知っていることがあってね。どうやら、在りし時のリリアより年上の記憶だったみたいで、リリーのことは最初から妹みたいに思って話してたんだ。ただ、ボクの命はまだしっかりしていなくて、ショーンにはボクのことは分からなかったみたいだけどね。」と、リリアナの頭をその丸い布製の手で撫でた。「リリーは、長く苦悩していたんだ。ショーンのことをかわいそうだと思う気持ちもあるし、今の自分を命と認めないような言動に恨みのような気持ちもあるし、そして、感情を表すことも思い出せなくなってしまって、つい最近まで笑うことも怒ることも、全く無かったんだよ。」

咲希は、それを聞いて胸をつかまれるような気持ちになった。生きているのに、自分を見てくれないショーン。そんなショーンに育てられ、自分を消してリリアを戻したいと命を懸けているショーンを間近に見続けて、気持ちも凍り付いて行ったことだろう。

咲希は、リリアナを抱きしめた。

「リリアナ…リリアナは全然悪くないわ。ちょっとずつ感情を思い出して行けばいいのよ。じゃあ、リリアナは今、25歳ぐらいの意識なのね。歳が近いんだもの、何でも話して。」

いきなり抱きしめられて、リリアナは居心地悪そうに身を硬くした。

「ちょっとサキったら…私は別に、不幸でも何でもないのよ。それに、どうしていきなり私の歳を聞いたりしたの?」

咲希は、リリアナから体を離して、まだ両肩に手を置いたままで言った。

「その、エクラスに対してのリリアナの気持ちよ。年が近いなら、私と同じように感じるだろうと思って聞いてみたの。もしかして、と思って。」

リリアナは、首をかしげた。

「それで?私にも、よく分からないのよ。あなたは、どう思ったの?」

咲希は、どうしようかと思ったが、思い切って、言った。

「その、もしかして、恋、かなって。」

ルルーが仰天したように両方の手を頬に押し付けて、まるでムンクの叫びのような顔になっている。リリアナは、それこそ目を見開いて両眉を跳ね上げていた。

「え…恋?この、一緒に居て楽しいのが?」

咲希は、本人からそんな聞かれ方をして、少し自信が無くなったが頷いた。

「多分。だって、一緒に居たいって思うんでしょう。片時も離れたくないって感じじゃない?小さな子供ならただ慕ってるだけかなって思うけど、私と同じぐらいなら、きっとそんな意識なんじゃないかしら。」

リリアナは、考え込む顔をした。ルルーが、リリアナの顔を覗き込んで言った。

「リリー、恋なの?!あの、エクラスをそんな風に思ってたの?!リリーがエクラスの所にお嫁に行っちゃったら、ボクは連れてってくれるのー?!」

リリアナは、うるさそうにルルーをガシッと片腕に抱いて口の辺りを脇腹に押し付けて黙らせた。そして、咲希を見上げた。

「…そう言われてみたら、そうかもしれないわ。サキはそうでもないの、友達だから。でも、ダニエラがエクラスに話しかけたりしたら、物凄く腹が立つわ。もしかしたら、嫉妬かしら。」

咲希は、何度も頷いた。

「きっとそうよ。でも、慎重にね。だって、まだエクラスがどんな人か分からないじゃない。みんな一緒に居るから、何も出来ないとは思うけど、それでも信用し過ぎたりしないでね。」

リリアナは、じっと咲希を見上げた。

「サキ…あなたには、まだ見えないのね。」

咲希は、目をぱちくりさせた。

「えっ?私、何か見逃してる?」

リリアナは、苦笑した。

「いいえ。いいの、私には分かってるから。エクラスは、悪い人じゃないわ。安心して、サキ。」と、立ち上がった。「私のことより、自分のことを心配しなさいよ。ほら、婚約者をほったらかしにしてるから、他の女と話してるわよ?」

言われて振り返ると、向こう側でアーティアスとアトラス、ラーキス、ダニエラが立ち話をしていた。ダニエラが、杖を振って何かをラーキスに説明していて、ラーキスは頷いて何か答えている。ラーキスとは婚約者でも何でもないのだが、それでもなぜか、咲希の心の中には、何やらもやもやとしたものが沸き立つような気がした。それでも、急いで首を振ると、言った。

「だから、私とラーキスは何でもないのよ、リリアナ。ラーキスが世話をしてくれるだけ。とてもいい人なの。」

リリアナが、すました顔をした。

「ふーん?今、気が乱れてるけど、それでも?」

咲希は、真っ赤になった。

「もう!リリアナったら!」

思わず大きな声で言ってしまって、見るとあちらでラーキス達が何事かとこちらを見ているのと視線が合う。

咲希は、恥ずかしくなった。ラーキスのことは、嫌いじゃない…でも、ラーキスはあの、恐怖の「どっちでもいい」が口癖のグーラ達の仲間なのだ。その証拠に、アトラスだって「どっちでもいい」を連発していた。「どっちでもいい」で結婚相手になって、愛情がない家庭を持つなんて考えられなかった。

…せめて、愛してるから結婚してもいい、だったら心も動くのに。

咲希は、ため息をついた。グーラに愛情を求めるのが、間違いなのかもしれないけど。

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