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地下通路

お腹も膨れ、メレグロスが炊いてくれた米の残りはオニギリにして、咲希は満足していた。米がこんなにおいしいなんて、毎日食べていた時には気付かなかった。

ダニエラが後片付けを終えて、メレグロスの横で何か話していた。メレグロスは、腕輪を相手に何やら奮闘している。

ふと見ると、ラーキスとアトラス、アーティアスが台座から上をみて、何やら話し合っていた。

「どうしたの?この上にも膜があって、確かパワーベルト跡に出るのよね。」

咲希が話し掛けると、ラーキスはこちらを向いた。

「確かにそうなのだが、このまま出ると恐らくは国境であるから、サラデーナの軍が居るのではないかと話しておっての。ならば通路をあちら側へ行けば、どこへ出るのかと言うておったのだ。」

克樹が、割り込んだ。

「それは…多分、サラデーナ側のルシール遺跡みたいな所じゃないか。」

アーティアスが、首を傾げた。

「オレはサラデーナの事は潜んで調べている仲間から詳しく聞いて知っておるが、似たような場所は無かったように思う。位置から考えて真っ直ぐ行くとベルールだが、距離があり過ぎるし、あの街には遺跡らしきものは何も無いのだ。」

「曲がってるのかもしれないな。」克樹が言った。「別に真っ直ぐに通路が無くてもここへ来れたらいいんだから。」

メレグロスが、腕輪からやっと手を放して、言った。

「どちらにしろ、ここから上に上がってサルークヘ向かうのは危険ぞ。通路をサラデーナへ向かった方が良い。あちらにも恐らく膜があるだろうし、ここには誰も入っては来れぬ。誰かに出くわしたら、膜の手前に戻れば良いのだから、通路を行くのが一番いいだろう。」

ラーキスは、アーティアスを見る。アーティアスは、頷いた。

「ならば、そうしよう。試してみる価値はありそうぞ。」

ラーキスは、それを聞いてから台座を降りてメレグロスの方へ来た。

「して、陛下にはご報告したのか。」

メレグロスは、頷いた。

「気を付けて行くようにとのことだ。あちらはまだ、シュレー達の安否が分からぬらしい。別働隊を潜入させておられるようだが、そちらからも連絡は無いそうだ。しかしこの命の気がどのように影響するか、判明する前の事であったし…陛下は、別働隊が無事でいるとは思われていないようだった。」

ラーキスは、暗い顔をした。

「サラデーナにそのままで入ったのなら、今頃は難しいやもしれぬな。して、マルセルは上手くやっておるのか?クロノスは克服しつつある、とか言うておったが。」

メレグロスは、それにはパッと明るい顔をした。

「おお!それよ。リーマサンデの気を集める機械を改良して、あちらの命の気だけを選抜して取り込み、流す装置を設置して行っておるらしい。今はとにかく向こうへ押しやっているだけだが、後は特殊な術を掛けた素材のパイプを通して、サラデーナの奥へ送り返せるようにしたいと。それには、国交が必要なのだが、今は応急処置でなんとか凌ごうとしておるようぞ。」

ラーキスも、克樹もホッとした顔をした。

「良かった…とにかくは乗り切った感じよな。」

メレグロスは、頷いて、しかし表情を引き締めた。

「だが、こんなことをずっと続けておるわけには行かぬ。やはり我らが早ようあちらの命の気の循環を作らねば、真の平和は来ぬ。」

ラーキスは、頷いた。

「そうよな。結局はこちらへ来ておる命の気を押し返しているだけで、根本的に解決しなければ機械の故障で被害が出るやもしれぬ。ディンメルクの事がなくとも、我らはこちらの大陸のために気の循環を作らねばならぬ。」

咲希は、少し緊張した顔をした。今の自分では、力の石が三本しか取れないと分かっている。早く覚醒して力を付けなければ、旅は出来ても石を設置出来ない。それが、また脳裏を過ぎったのだ。

ダニエラが、気遣わしげに咲希の肩に手を置いた。

「サキ?大丈夫よ。旅の間には、きっと魔物と戦う時もあるし、魔法を使う機会も多いわ。すぐに覚醒して力がついてくるから。」

メレグロスも、頷いた。

「そうよ。いざとなれば我らの力もある。サキだけが背負う事はないのだからの。」

咲希は、首を振った。

「駄目よ。みんなは魔法が使えないと生活が大変なんだもの。私は大丈夫。努力するわ。」

そう、自分なら一人で全てを賄えるのだ。どうしてだかわからないが、力があるのなら、それを使わないと。

克樹が、腕輪を見ながら言った。

「じゃあ、いつ出発する?今は夜8時だ。夜中に出発する事にして、ここで仮眠を取ることも出来るけど。」

アーティアスが言った。

「どれぐらい掛かるか分からぬのに。地上に出るのは日が昇らぬうちが良いぞ。どこへ出るのか分からぬのだからの。」

ダニエラが反論した。

「でも、私達は軍人だけど他は民間人なのよ。少し休まないと、徹夜で行軍は疲れるわ。」

ラーキスが言う。

「オレは問題ないが、サキとリリアナだろう。」

リリアナがラーキスを見上げた。

「私はエクラスに運んでもらいながら寝るから平気よ。」

エクラスは、これから先もリリアナ輸送役確定らしい。

ラーキスは、咲希を見た。

「ならば、オレの背で眠れるか?サキ。走らず歩いておれば、そう揺れもせぬだろう。」

咲希はためらったが、しかし自分が障害にはなりたくない。

なので、頷いた。

「私は大丈夫。でもラーキスに負担を掛けてしまうわ。」

「オレの背のリュックに入るか。魔法技で使うバズーカ砲を入れるための物なんだが、今は空であるから。掴まらずともよいし、底に座ってしもうても落ちはせぬぞ。」

メレグロスが、ほれ、とそれを見せながら言った。確かにメレグロスなら、咲希の重さなど何ともないだろう。バズーカ砲を背負うのだ。咲希は、背伸びしてその袋を覗き込みながら言った。

「本当。大きいわ。でも、バズーカ砲ってどれぐらいの重さ?私より軽かったら底が抜けたりしないかな。」

メレグロスは、ダニエラを見た。

「ああ、確か60キロほどだったかの。同じぐらいではないか?」

ダニエラが、首をかしげた。

「どうかしら。咲希は軽そうに見えるけど?」

咲希は、60キロと聞いてびっくりして言った。

「ちょっと!そんなに無いわ!だったら、メレグロスのカバンに入れてもらうから!」

アーティアスが、割り込んだ。

「ならばそうせよ。すぐにでも出発して、夜明けまでに地上へ出て潜める場所を探さねば。どちらにしろ、サルークまで行けば我らの仲間が潜んで居る場があるゆえ、そこへ参れる。それまでの辛抱ぞ。」

ラーキスが、アーティアスを振り返った。

「潜入しておる仲間が居るのか?」

アーティアスは、頷いた。

「サラデーナのあちこちにの。シャデルの隙を探しておるが、なかなかに無い。だがサラデーナでも北の端とはいえ、シャデルは時に突然に視察に来るのだと聞いておる。パワーベルトの消失で、恐らく軍も増えておるだろう。リスクはあるぞ。それでも、参るか。」

克樹が、頷いた。

「決めたことだ。とにかく、行くだけ行こう。設置さえしてしまえば、誰にも取り除くことが出来ないってクロノスも言っていたし。駄目だったら、戻って来よう。」

アーティアスは、フンと歩き出した。

「知らぬぞ。覚悟だけはしておくが良い。」

そうして、先に立って歩いて行く。

その後ろを、クラウスと、急いでリリアナを抱き上げたエクラスが続く。メレグロスが、慌てて膝をついた。

「そら、早よう中へ。あやつらはまた走り出しよるかもしれぬからの。遅れるわけにはいかぬ。」

咲希は、頷いて急いでメレグロスの背中のカバンへと足から入った。すると、案外に心地が良く、膝を抱えて座り込むといい具合に包まれて、しかもメレグロスの体温で暖かく、すぐにでも眠ってしまいそうだった。

メレグロスが立ち上がって歩き出したが、その大きな体はカバンをゆっさゆっさとゆっくりと揺らし、まるでハンモックにでも揺られているようだ。

外から、ラーキスのくぐもった声が聴こえた。

「サキ?大丈夫か、具合はどうだ?」

咲希は、ここのところの疲れも手伝って瞼が下がって来るので、どうせ見えないし、と目を閉じたまま答えた。

「とっても気持ちいいの。暖かいし…すぐにでも眠ってしまいそう。」

すると、メレグロスの豪快な笑い声が聞こえた。

「はっはっは!良い良い、着いたら起こすゆえ。これなら何かあってもオレが走って逃げれば良いゆえ、世話がないしな。」

咲希は、もう眠くて見えないのを承知で軽く頷くと、そのまま眠りの世界へと入って行ったのだった。



「咲希を起こした方がいいかな。」

聞き慣れた声が言っているのが聴こえる。低い声がそれに答えた。

「まだ3時間ほどであろう。膜も抜けたのだし、このまま地上へ出ても問題あるまい。メレグロスが背負っている限り、危険はないしな。」

すると、それに女声が答えた。

「でも、何かあって逃げてる時に目が覚めて、訳が分からなくてパニックになるより、今起こした方がいいんじゃない?まだ夜中なんだもの、地上に出て、まだ距離がありそうならまた寝ててもらえばいいわ。」

そこで、咲希は目を開いた。そうだ…私、メレグロスに運んでもらってたんだった…。

もはや、揺れは止まっている。どうやら、皆で立ち止まっているらしい。咲希は、もぞもぞと動いてカバンの中で立ち上がると、袋の口から顔を出した。

「…どうしたの?もう、着いた?」

「サキ!」

皆が、一斉にこちらを見た。克樹が言う。

「ああ、今起こそうかって話してたところだったんだ。通路は、あっちと違って北西に向かって斜めになっていて…しかも、かなりの長さだった。やっとこっち側の膜にたどり着いて、咲希がよく寝てたから、みんなでメレグロスに掴まって試してみたら、抜けたんだ。上に上がって行く階段があったから、きっとあっちのルシール遺跡と同じような建物に出るんだと思うんだけど…、上に、何があるか分からないし、咲希を起こすか起こさないかって、今話してたところ。」

ダニエラが、頷いた。

「ここがどこか、アーティアス達にも分からないって言うしね。ただ、サルークの近くであることは確かよ。アトラスとラーキスには、正確に方向がわかるでしょう?北西に向かって来たのは間違いないって言っているから。」

アーティアスが、階段の上をうかがいながら、何やら顔をしかめている。そして、何やらクラウスとエクラスと話し合っていた。リリアナは、そんなエクラスの背中でぐっすり眠っている。メレグロスが、そちらへ呼びかけた。

「どうした?何か分かったか。」

アーティアスが、こちらを向いた。

「何やら、水の匂いがするような気がしての。気のせいかもしれぬが、もしかしてここはラ・ルース湖の近くではないか。」

メレグロスは顔をしかめて腕輪を開くと、ぴっぴと押して地図を出した。

「ええっと…ああ、サルークの横にある大きな湖であるの。ならば良いではないか。目的地近くだ。」

しかし、アーティアスは渋い顔をした。

「そう簡単なことではない。ならば魔法は使わぬ方が良いぞ。」

そこに居たライアディータ側の皆は、顔を見合わせた。

「それは、なぜに?」

ラーキスが言うと、クラウスが答えた。

「ラ・ルース湖の名の由来は、そこにラ・ルーという魔物が居るからぞ。知能は低く、普段は攻撃性は無いが、異常に命の気に反応する。魔法技で出した命の気を辿って、襲って参るのだ。」

メレグロスが、肩をすくめた。

「では、湖畔を歩く時は魔法を使わぬようにすれば良いの。だが、サクッと剣でひと突きにでもすればよいから、恐れることもあるまい。」

エクラスが言った。

「体長18メートルあるのにか?」

皆がびっくりして一様に退いた。

「18メートル?!」

マッコウクジラかよ。

咲希は思った。かなりのでかさだ。

しかし、アトラスが持ち直して言った。

「だが、所詮水中の生き物であろうが。離れておれば襲って来れぬわ。」

アーティアスが、眉を寄せた。

「ラ・ルーは飛ぶのにか?」

飛ぶの?!マッコウクジラが?!

咲希は、今度こそ仰天して口を手で押さえた。

「と、飛ぶのかっ?」

クラウスが、頷いた。

「飛ぶ。が、それほど長くは水を離れておられぬから、もし気取られても追いつかれねば大丈夫ぞ。だが、追いつかれたら、我らでも面倒な奴らよな。何しろ、知能が低いゆえ話が通じぬ。ただ、力、力と念じるように言うておるだけぞ。」

ラーキスが、クラウスを見た。

「そちらにも、魔物と話す術があるか。」

クラウスは、少し驚いたような顔をしたが、頷いた。

「ある。人型を取る術とは他に、意思疎通をする術がの。古来からのものであるが、時に使う。しかし、知能が低い魔物ばかりで、役に立った例はないがな。」

アーティアスが、イライラしたように言った。

「それで?夜明けまでまだ時間はあるが、しかし先へ進まねばならぬだろう。参るのか?」

どちらにしても、行くしかない。皆は、頷いた。

「行こう。とにかく、湖の側では魔法は使わないことだ。」

克樹が言って、階段を登り始めた。

そしてアーティアスもクラウスも、エクラスも続き、皆がその暗い石の階段を、足を踏み外さないように気を付けながら、登り始めたのだった。

次は年明け4日から、毎日更新に戻ります。

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