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アーシャンテンダ~The World Of ERSHUNTENDA~  作者:
アーシャンテンダ大陸
67/321

番人に会いに

咲希とラーキスを先頭に、地下へと向かう道では皆無言だった。

メレグロスがずっと、ラーキスから預かっている機械をあちこちへ向けてモニターしているが、それでも皆には聞くまでもなく分かっていた…ここには、あのあちらの命の気は流れこんではいない。

克樹もダニエラも、全く苦しまずに楽に歩いていたからだ。

「やはり、他とは違うのか。」メレグロスが、呟くように言った。「ショーンの結界は、あの小屋の回りだけであろう。それなのに、ここには全くあちらの命の気が見当たらぬ。」

アーティアスが、歩きながら言った。

「ここには、何か別の大きな力を感じる。パワーベルトを消し去る力を持つ者であれば、命の気をシャットアウトすることぐらい大したことではないのだろうの。」

克樹とメレグロスは、顔を見合わせた。ラーキスが、見えて来た膜を見つめながら言った。

「オレやアトラス、ダニエラが申すのなら分かるが、主にも気が見えるか?術士しか見えぬものだと思うておったが。」

アーティアスは、何でもないようにラーキスの方をちらと見ると答えた。

「見える。」それには、他の者達が驚いたようにアーティアスを見る。アーティアスは何を見るのだ、という風に皆を見回した。「むしろ我らには、こちらの民が見えないと申す方が奇異に見えるわ。我らの仲間は皆、見えておる。サラデーナの民のことは知らぬがの。」

エクラスが、頷いてわりこんだ。

「その通りよ。こちらへ来て、皆生活に必要な術ぐらいは放てるにも関わらず、気が見えないと聞いて驚いたもの。あちらでは、術士の才が無くとも、気ぐらいは見える。己が使う術の源であるのに。」

克樹は、それを聞いて少し視線を下げた。確かに、戦うのに術を使っているのに、気が見えないのはおかしいのかもしれない。相手とやり合ってみて、初めて分かる力の差に慌てる事も多かった。

ラーキスが、膜の前で立ち止まって振り返った。

「こちらはあちらとは命の気の種類が違うのだ。そこで育まれた人の性質も、違っておってもおかしくはない。」と、膜を示した。「ここが膜ぞ。これを抜けてずっと向こう、パワーベルトの真下であった場所に、願いをする台座がある。急ぐのではないのか。」

リリアナが、進み出てエクラスを見上げた。

「ルルーの瞳に触れて。私は、こっちの瞳を。」

ルルーが、浮き上がった。リリアナが、左の瞳に触れた。エクラスがそれを見て、ためらいがちにもう1つの石の瞳の上に手を置く。ルルーが、手足をバタバタとさせた。

「ハハハッ!くすぐったい!」

エクラスは、ビクッとして手を引っ込めた。リリアナは、ため息をついた。

「ルルー。ガマンして。」と、エクラスを鋭い目で見上げた。「さ、早く。」

エクラスは、慌ててまた石に触れた。今度はルルーは黙ってじっとしている。リリアナは、膜を睨んだ。

「行くわよ。」

皆が固唾をのんで見守る。二人は、ルルーを挟んで膜へと足を踏み出した。すると膜は溶けるように、二人を飲み込んでするりと向こう側へと抜けて行った。

「…やっぱり、シャルディークの石は万能なんだ。」

克樹が呟く。咲希は、息をついた。

「でも、私と一緒にって何人まで通れるのかしら。こんなにたくさん行けるの?」

「手を繋いだらどうか?」メレグロスが言った。「そうしたら、間違いなく一緒な訳だしの。」

「この大人数が、どうやって手を繋ぐのよ。咲希の腕が抜けちゃうわ。」

ダニエラが呆れたように言った。アーティアスが言う。

「ならば、脚も使えば良い。」

ええ?!と皆が仰天して振り返ると、アーティアスは焦れったげに進み出て咲希を軽々と抱き上げた。咲希はびっくりして身を堅くする。アーティアスは構わず言った。

「そら、両手足を掴んでこのまま参ろうぞ。」

ラーキスが、急いで割り込んだ。

「待たぬか!サキは道具ではないわ!」

アーティアスは咲希を抱き上げたまま、ラーキスを見て眉を寄せた。

「ならばどうする。急いでおるのだろうが。」

「それは…」ラーキスは少し言い澱んだが、続けた。「二人ずつ抜けてサキだけ戻ってまた向こうへと繰り返せば済む事ぞ!」

アーティアスは、驚いたように眉を上げた。

「…確かにの。ならばそれで。」

ラーキスは、フッと息をつく。

「では、サキを降ろせ。二人ずつあちらへ。」

アーティアスは、頷いて咲希を降ろす。アーティアスは、すぐにホッとしている咲希の手を掴んだ。咲希がギョッとしていると、アーティアスはクラウスに言った。

「お前もあちらの腕を。」

クラウスは、進み出て咲希の手を掴んだ。咲希は、どうしたらいいのかとラーキスを見た。ラーキスは、不機嫌に顔をしかめながらも、頷いて言った。

「では、あちらへ。すぐに戻って参れ。」

咲希は頷いて、二人に手を掴まれたまま、膜へと足を進めた。

膜は難なく三人を通し、あちら側へと抜けて行ったのだった。


そうして次々にダニエラとメレグロス、克樹とアトラス、最後にラーキスと抜けてから、長い通路に向き直った。

「時間が掛かるわね、ほんとに。みんなで横一列に並んで手を繋いでも抜けたのではない?」

リリアナに言われて、もしかしたらそれでも大丈夫だったかもとは思ったが、それはそれでもう抜けたのだから仕方がないかと無視して、克樹が言った。

「ここからが長いんだよ。前は走ってかなりあった。リリアナは大丈夫か?」

リリアナは、エクラスの足に抱きついた。

「大丈夫よ。エクラスが居るもの。」

エクラスは、自分が運ぶのか、と仕方なく頷いた。ラーキスは咲希を見た。

「サキ、オレが運ぼう。背負って走る。」

咲希は、慌てて手を振った。

「え、大丈夫よ!あの、つらくなって来たら言うわ。それでいい?」

ラーキスは、不思議そうな顔をした。

「遠慮せずとも良いのに。では、そうするか。」

リリアナは、エクラスを見上げて子供が抱っこをせがむように両手を上げる。エクラスは、黙ってリリアナを抱き上げて、片手で抱いた。

「さ、行きましょう。真っ直ぐよ。」

アーティアスが早足で歩き始める。その後ろをクラウスとエクラスが、そして克樹とダニエラ、メレグロスが続き、アトラスとラーキス、咲希は最後尾をついて行った。ラーキス達は確かに早足ぐらいだったが、咲希はほとんど走っている状態だった。

思ったより、早くラーキス担いでもらわなければならないかも…。

咲希は、段々に上がって来る皆のペースに必死について行きながら、高校時代に持久走を頑張っていなかった自分を責めていた。


結局、先頭を行くアーティアス達のスピードがぐんぐん上がって行くのにラーキス達ですら走っているので、咲希は遅れるばかりだった。見かねたラーキスとアトラスが両側から咲希を引っ張ってくれていたが、それでも駄目なので結局、ラーキスが咲希を背負ってやっとのことで中央の台座の場所までたどり着いた。

さすがの軍隊仕込みのダニエラも、ぜいぜいと息を上げて肩で息をしている。克樹も、酸素を求めて大きく息を吸ったり吐いたりしていた。メレグロスはあの巨体なのに、汗をかいているだけでそれほど苦しげではない。アトラスもラーキスも元より人より数段体力があるので全く平気そうで、アーティアスとクラウス、エクラスも涼しい顔をして台座を興味深げに見つめていた。

克樹が、恨めしげにまだ息を乱しながらアーティアス達を見た。

「アーティアス達って…本当は軍人なんじゃないか?どうしてそんなに平気でいられるんだよ。」

すると、ちらとアーティアスが振り返った。

「もちろんそうよ。我らの種族は男なら絶対に戦う。非常時に戦わぬなど、考えられぬからの。むしろ軍人などという風に分けて考えている主らの考えの方が、我らには理解出来ぬ。」

克樹は、驚いてメレグロスを見た。メレグロスも、驚いたようで言った。

「そうか…考え方が違うのだな。まあ、今まで隔てられておったのだから合わぬこともあろう。それより、台座ぞ。サキは?」

ラーキスが、申し訳なさげにメレグロスを見た。

「それが…走っておったのでオレの背で振り回してしまっておったらしくて。」と、ぐったりとしている咲希を腕に支えながら言った。「しばし待て。酔っておるらしい。」

乗り物酔いか。

克樹は、少し有り難かった。何しろ、自分もまだ息が上がっているのだ。ダニエラが、少し回復して杖を手に咲希の方へと足を進める。

「あのスピードで走る人の背に居たのだものね。どいて、私が術で回復させるから。」

ラーキスは、頷いてそっと咲希を座らせると、後ろへ退いた。ダニエラは、杖を前にして呪文を唱えた。途端に回復の魔方陣が咲希の下へと光り輝いて現れ、そうしてしばらく光っていたかと思うと、スッと消えて行った。

「…もう大丈夫ね。」

ダニエラは、満足したように杖を下ろした。咲希は、フッと息をついて微笑んだ。

「ありがとう、ダニエラ。本当に一気にすっきりするのね。つくづくこちらの世界の魔法って凄いと思うわ。」

ダニエラは、肩をすくめた。

「今のは簡単な治癒魔法よ?ライアディータの民ならほとんどの人が使える程度のヤツ。サキは、本当に何も知らないのね。」

咲希は、バツが悪そうに立ち上がりながら、頷いた。

「ええ、本当に。だから役に立たないんだけど、ダニエラにいろいろ教えてもらわなきゃ。」

アーティアスが、あちらから言った。

「回復したならこちらへ。早よう願って、状況を変えねばならぬ。主らの方が、緊急性が高いのであろう?」

咲希は、そうだった、と慌てて台座へと駆け寄った。この間は、ショーンに無理に引っ張り上げられた場所…。

上を見ると、地上へ向かって大きな穴が開いているのが見える。前に来た時は、ここをラーキスに乗って飛び上がり、地上へと出たのだった。

「一緒に乗るほうが良いか?」

ラーキスが、後ろから咲希に声を掛けてくれる。しかし、咲希は首を振った。

「大丈夫。みんな回りに居てくれるし。」

そうして、咲希は思い切って、台座の上へと足を踏み出した。

台座が激しく光り輝き、光は天井の穴を通って上へと突き抜けて行った。

そしてその光の中に、更に濃い光の人型が浮かび上がって見える。

その場に居る全員が息を飲み、その浮かぶ人型を見上げていた。



アーシャンテンダ大陸のサラデーナの王城では、ショーンとシュレー、レン、マーラ、スタンの五人が黙々と食事を摂っていた。

ここの食事は、皆とてもおいしくて、口に合った。命の気が濃いことで、どうやら植物も動物も上手く育つらしい。

たった五人には大き過ぎるその食堂で、長いテーブルに座っている後ろには執事が二人ほど立ち並び、かちゃかちゃと食器にナイフとフォークが当たる音だけが響く。最初は黙っていたショーンが、最後の一口を口へと放り込むと、膝にかけていたナプキンを勢いよくテーブルの上へと投げ、辛抱も限界だというように立ち上がって言った。

「あのなあ!物を食う時ぐらい、辛気臭い顔するのはやめろよ!それでなくても、あっちへいつ帰れるのか分からない状態で、みんなうっ憤が溜まってるってのによ!」

執事が慌てて寄って来て、横から黙って食器やらナプキンを片付ける。シュレーが、それでも意に介さずフォークを動かしていたが、フッと息をついてそれを置くと、ショーンの方を見て言った。

「仕方がないだろう。サルーがあんなことになってしまって、オレはレンと一緒に様子を見て来たばかりなんだ。覚悟はしていたつもりだったが、改めてあの姿を見たら、どうにも気持ちが沈んでしまうんだ。まだ本人は気を失っていて静かなものだが…オレ達から見ても直視するのも苦しいような姿になっちまったのに、意識を戻したらって思うと…暗くもなる。」

ショーンは、またどっかりと椅子へと座って腕と足を組んで横を向いた。

「確かにそうだろうよ。だが、なっちまったもんは仕方がねぇ。シャデル陛下が元へ戻れないとおっしゃってるんなら、そうだろうよ。あのかたの力で出来ないなら、お前には無理だ。もちろん、オレにもな。」

スタンが、ナプキンで口を拭って言った。

「シュレー、軍人らしくないですな。このような任務には犠牲はつき物。今度のことも、たった一人で済んで良かったのですよ。我ら五人は、こうして陛下のお蔭で事なきを得た。当初の目的を忘れてはなりませぬ。こちらの国と友好関係を築く、第一歩を踏み出すのが我らの使命。シャデル陛下は親書を受け取ってくださった。これからは国交樹立を目指して、信頼関係を築いていかねばならないのです。サルーのことは、忘れましょう。」

シュレーは、スタンをキッと睨んだ。

「忘れる?確かに言っていることは間違っていないのかもしれないが、サルーはまだ生きてるんだぞ。シャデル陛下にもう一度、元へ戻す何も方法がないのか聞いてもいいじゃないか。サルーには、家族が居るんだ。その気持ちを考えたら、少しは努力してもいいと思わないのか。」

スタンは、ふーっと息をついた。

「覚悟はあるかと思いますよ。こんな仕事をしているのだ。私だって家族は欲しかったが、後のことを考えて独身で居ります。まだ若いのに何をとおっしゃるかもしれないが、これからだって有り得ない。そんな無責任なことは出来ないと思っていたからです。サルー大使は無責任だと、私は思います。嫌なら、この仕事を請けなければ良かったのだ。」

あまりにも非情な言い方に、シュレーが言い返そうと口を開くと、いきなり戸が開いて、執事達が慌しく中へと入って来た。何かが乗ったカートを押している者も居る。シュレーが何事かと口をつぐむのと同じように、ショーンもスタンもレンも、黙って手を止めてその動きを見守った。

瞬く間にもう一人分の食事の準備が整い、執事達が緊張気味にその背後へと整列すると、そこへシャデルが、大股に入って来た。

驚いたその場の全員が慌てて立ち上がって頭を下げる中、シャデルは何でも無いように手を振って座るようにと合図すると、自分も新しく設えられたその席へと座った。

「本日はこちらで食事をしようと思い立っての。主らが居ると聞いたので。」

シュレーが、緊張気味に言った。

「いきなりのお越しに、驚いてしまいました。しかし、お聞きしたいと思っていたことがありましたので、お目通り出来て良かった。」

シャデルは、食事を給仕されながら苦笑した。

「であろうの。そうではないかと思うたので、参ったのだ。」と、スープを口へと運んだ。「良い、申せ。」

シュレーは、食事中に邪魔をしてもと思ったのだが、シャデルはそれは忙しい王なのだと聞いている。なので、今しかないと思い、いきなり言った。

「サルーのことでございます。先ほど、様子を見て参りましたが、まだ気を失ったままでした。あれは本当に、元へ戻ることが出来ぬのでしょうか。」

シャデルはさして驚くようでもなく、しばらく黙ってスープを口へと運んでいたが、スプーンを置いて、言った。

「あの折にも申したはず。いくら我でもあれを元へ戻すことは出来ぬ。言うなれば魔物の一種として変化してしもうたのだ…新しい体になったのだと思うたら良い。我には、魔物を人にすることは出来ぬ。」

シュレーは、下を向いた。奇妙なことに、スタンも少し暗い目をしている。そうしている間に、執事が次の料理を給仕して来て、シャデルはそれにナイフを入れながら、続けた。

「…が、魔物が人型に変化している様を見ることはある。あれらがどんな術を使っておるのか我には分からぬが、あれらは間違いなく、元は魔物。本性はそれではあるが、人のふりをすることが出来るのだ。」

シュレーは、顔を上げた。

「もしかして…」と、見る見る表情を明るく変えた。「我らのディンダシェリアにも、頭の良い魔物が人型をとって生活しております。その術なら、私にも分かる。もしかしたら、サルーは人の形には戻れるかもしれない。」

シャデルは、シュレーを鋭い目で見た。

「こちらにも居る。厄介な代物ぞ。あれらは頭も良い上、魔物に戻って群れで来られると我ですら手こずる奴ら。普段は人型でこちらに幾らか潜んでいるようであるが、気を抑えておって気取ることが出来ぬ。突然に国内で襲って来られたら、いくら我でも阻止することは難しい。このデンシアの我の結界の中へは入っては来られぬが、他は入り放題ぞ。なので油断は出来ぬのだ。」

シュレーは、慌てて首を振った。

「あちらの魔物はグーラと申して、大変に我らに協力的で、賢い種族です。今まで、何度助けられたか。あちらにもいくらか偏見はありますが、それでも共存しております。」

シャデルは、ため息をつくと、視線を落とした。

「…まあ、こちらのラウタートも、ディンメルクにとってはそのようであろうな。我からディンメルクの民を守ろうと、ああしてこちらに対抗して参る。我も偏見の目で見ておるのやもしれぬ。」

人型を取るのは、ラウタートなのか。

皆が、顔を見合わせた。猫科の形だと圭悟が言っていた。大きな山猫のような、虎のような…ならばいきなり人型から本性へと戻られたら、人など一溜まりもないだろう。しかも、頭が良いのだ。グーラが人を群れで襲って来たことを考えたら、その危険性は手に取るように分かった。

「…だったら、オレがその術をサルーにかけてやろうか?」ショーンが言うのに、シュレーは驚いてショーンの方を見た。ショーンは肩をすくめて続けた。「誰がやるより、オレがやった方が効果はあるだろう。こっちの命の気の力が強いから、きっと成功するさ。いつまでも暗い雰囲気なのは、オレだって気が滅入るんだ。」

シュレーは、何度も頷いた。

「ショーンがやってくれるなら、助かる。」

しかし、シャデルは首を振った。

「我がやろう。」それには、ショーンが驚いて振り返った。シャデルは言った。「こちらで一番力を持っておるのは我。我に出来ぬのなら、誰にも出来ぬ。それに、我もその術を学びたいしの。ただ、こちらとあちらでは術が違う。もしかして、利かぬやもしれぬぞ。それでも、良いか。」

シュレーは、立ち上がって頭を下げた。

「はい。陛下、大変にお手数をお掛け致しますが、どうぞよろしくお願い致します。」

シャデルは、困ったように笑った。

「ま、良いわ。こちらの国も状況を見るしか出来ぬ様で、我も待っておるしか出来なんだところ。では、さっさと食事を済ませてしまうゆえ、しばし待て。」

そうして、シャデルはこれまでの優雅な様などどこへ行ったのかという様子で、本当にさっさと食事を済ませると、シュレー達を伴って地下牢へと降りたのだった。


地下牢では、サルーはまだ気を失ったままの状態で、脇の簡易ベッドの上に寝かされていた。

寝かされているとは言っても、変化したサルーの体はゆうに三メートルはあるので、半分ぐらいははみ出てしまっているのだが、本人は大きく胸らしき場所を上下させ、呼吸しながら横になっていた。牢の格子のこちら側から、それを覗いたショーンは、険しい顔をした。

「確かに…気持ちのいい姿じゃねぇな。」

マーラは、顔を背けている。シャデルは、手を上げた。

「では、先ほど教わった術を放ってみようぞ。」

シャデルは、シュレーでも習得するのに時間の掛かった術をいとも簡単に、ショーンと同じように杖も何も使わずに、手から直接発した。

シャデルから出た白緑の光は、サルーを捉えて光り輝いた。サルーの体は、その途端に硬直し、びりびりと痙攣するように動いた。皆が固唾を飲んで見守る中、その眩しい光は、始まったのと同じようにまた、ぱたりと消えた。

「…どうなった…?」

ショーンが、呟くように言う。目の前には、また胸を上下させるサルーの姿がある。その体は、やはり身長三メートルほどの、魔物の姿のままだった。

「…やはりの。この術の波動では、こちらの魔物は人型にはなれぬ。」シャデルが、険しい顔つきでシュレーを見た。「あちらとこちらの魔物は、どこか根本的に違うのであろうな。こやつはあちらの人ではあったが、今はこちらの魔物。こちらの魔物の使う術でなければ、人型をとることは出来ぬ。」

シュレーは、その言葉にショックを受けた。こちらの魔物の使う術…つまりは、ラウタートの使う術ということか。

「では…その術を知る術士は居ないのですか。こちらにも、術士は居るのでしょう?」

シャデルは、首を振った。

「こちらの術士がどれほどに優秀だと思うておるのだ。確かに普通に生きておるには充分な知識であろうが、我が知らぬことをあやつら知ることはない。つまりは、その術を知りたければ、ラウタートに聞くよりないということぞ。」

レンが、口を挟んだ。

「ですが陛下…ラウタートは、こちらの話を聞くのでしょうか。」

シャデルは、レンをちらと振り返った。

「話を聞くようなら、我とてこれほどに苦労はせぬ。だが」シュレーががっくりと肩を落としたのを見て、シャデルは続けた。「主らは違う。あちらの使者であろう。あれらは我を仇と思うておるから、話など一切聞かぬ。だが、主らは別なのだ。ディンメルクの王のアントンは、主らの国の王へ使者を遣わせたのだろう?ラウタートはアントンに従じておる。アントンからあれらに命じさせれば、その術を知ることが出来る。」

シュレーは、シャデルに噛み付くのではないかというほど寄った。

「では!我らの王に、それを聞いてもらえるように頼めば…!」

シャデルは、シュレーに向き直った。

「どうやってあちらに帰るのだ。主らはディンメルクの軍から狙われておるのだぞ。帰ろうとすれば、間違いなくこちらとの国交を先に結ばれてなるものかと主らは捕らえられるだろう。主らを人質に、ライアディータの王に同盟を結ばせ、こちらへ攻め入るように申すやもしれぬ。」

スタンが、シュレーの肩を掴んで、珍しく慌てた様子で激しく首を振った。

「駄目だ!サルー一人のために、そんな危険を犯すことは出来ない!先ほども申した、サルーのことは忘れるのだ!」

シュレーは、ショーンと視線を合わせた。ショーンは、呆れたように顔をしかめたが、横を向いて軽く頷く。シュレーは、レンを見た。

「レン、前達はここに。」レンが驚いたようにシュレーを見る。シュレーは続けた。「ここで、ほとぼりが冷めるまでシャデル陛下に守って頂くのだ。オレは、わざと港から隠れるように出航する。」

レンは、抗議するように言った。

「何を言っている!今陛下がおっしゃっていただろう、そんなことをしたら…」

「捕らえられる。」シュレーは、頷いた。「オレはあっちへ行って、その術を調べて来る。人質にするのに、いきなり殺しはしないだろう。オレは軍人だ。リーディス陛下も、こんな事態を知っておられてオレをこっちへ送られた。オレには人質の価値はないが、そんなことは捕らえて調べてからでないと、あちらにも分からないだろう。その間に、探る。心配ない、ショーンも連れて行く。」

ショーンは、つまらなさそうに息をついた。

「オレは一人だけならどんな場所からだって逃れられるだろうしな。最悪、オレだけ術を持ってこっちへ帰ればいいわけだからよ。デンシアまでなら、そんなに距離はねぇ。オレの速駆け、こっちの気を使ったら物凄いスピードが出るんでね。」

それをじっと聞いていたシャデルは、シュレーを見た。

「では、主はディンメルクへ行くのだな?」

シュレーは、力強く一つ、頷いた。

「はい、陛下。その間に、もしもあちらへ帰せそうなら、残りの三人は帰して頂きたい。最悪でもショーンは、こちらへ帰って参ります。」

シャデルは、頷いて鋭い目でシュレーを見た。

「それは任せておけば良い。だが、我も主らに頼みがある。」

シュレーは、驚いてシャデルを見た。

「頼み?」

シャデルは、頷いた。

「そう、頼みだ。ディンメルクは完全に国境を閉じており我でも山脈を越えた向こう側は全く分からぬ。捕らえられたら、アントンに会うことになるだろう。主らはあちらの様子を、我の代わりに見て参って、報告するのだ。書状など要らぬ…ただ、主らの記憶の中にそれを残して参れ。さすれば我は、そこからあちらの様子を見ることが出来ようぞ。旅の仕度は、我は滞りなくさせる。何でも申すが良い。」

シュレーは、ショーンを見た。ショーンは、身を乗り出した。

「陛下、ならばオレは、なんとしてもこちらへ戻って来ます。なので、教えて頂きたいことがあるのです。」

シャデルは、片眉を上げた。

「ほう?何ぞ。」

ショーンは、頷いた。

「命の術です。こちらには、死者を復活させる術は?」

シャデルは、眉をひそめた。ショーンがいきなりそんなことを言い出したので、怪訝に思ったらしい。シュレーが、慌ててショーンを嗜めた。

「ショーン!私情は抜きだ、後にしろ!」

ショーンは、鬱陶しそうにその手を払いのけた。

「うるせぇ!お前がサルーを助けたいのも私情なんじゃねぇのか。オレが居なきゃ、こっちへ帰って来れる可能性が下がるぞ。オレだって、ボランティアでこっちへ来たんじゃねぇんだ。術を調べたいから来たんだからな!」

シャデルが、手を上げる。ショーンも、シュレーも黙った。シャデルは、口を開いた。

「死者は死者でしかない。同じ体にもしも戻って参ったとしても、それは別の命。一度消えた命を取り戻すことは出来ぬ。死者は再び魂の循環に戻り、新しい命としてまっさらな気持ちで生まれ出る。それが理ぞ。近しい者が亡くなった時、誰もが思うことであろうが、いくら願われても我にはそれだけは出来ぬ。」

ショーンは、退かなかった。

「あなたにしてくれって言ってるんじゃねぇ!術はオレが掛ける!方法があるかと聞いてるんです!」

「口を慎みなさい、ショーン!」

スタンが、厳しい声で一喝する。それでもショーンは、じっとシャデルの目を睨み続けた。シャデルはそれを見つめ返しながら、しばらく黙っていたが、頷いた。

「…ある。」そこに居た全ての者が、息を飲んだ。シャデルはショーンをじっと見つめながら言った。「主のその命、懸けるのならの。共にと望んでおるのなら、諦めるが良い。相手が復活した時、主には命がない。つまりは、二度と会うことは叶わぬ。そのように都合の良い術など無いわ。」

ショーンは、突然に口元をゆがめたかと思うと、ハハ、と変な笑い方をした。シュレーは、それを見てぎょっとした。気が触れたのかと思ったのだ。

だが、ショーンは言った。

「…それでいい。その術を、オレがここへ無事に戻ったら教えて欲しい。きっと、役に立つ情報を持って帰って来る。」

シャデルは、険しい顔のまま、頷いた。

「待っておる。」

シュレーも他の皆も戸惑ったまま、ショーンは先に地下牢から出て行ったのだった。

次は4000字ぐらいで12月21日に更新します。

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