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アーシャンテンダ~The World Of ERSHUNTENDA~  作者:
アーシャンテンダ大陸
62/321

力の結晶

ラーキスが咲希を抱いて先頭を歩き、地上へと戻って来た。待っていたダニエラが、振り返って咲希が気を失っているのを見て、慌てて駆け寄って来た。

「なに、どうしたの?!この道、間違いだった?!」

後ろから登って来たメレグロスが答えた。

「いや、正解だった。巫女の血筋と一緒なら、弾かれずに要の間まで行けた。だが、あちらで何やら影響を受けたようで…突然に気を失うてしもうたのだ。」

ダニエラは、杖を前に構えて、じっと目を閉じた。ダニエラの足元には、何かの魔方陣が現れる。そうして、じっと咲希の前でしていたかと思うと、それはスッと消えて、ダニエラは目を開いた。

「…命に別状はないわね。それどころか、気は驚くほど清浄でとても強いものになって行ってるわ。まるで、何かが生まれようとしているみたい。」

ラーキスは、不安げにダニエラを見上げた。

「生まれる?サキはどうなってしまうのだ。何がサキをこんなことにしておる。」

ダニエラは、首を振った。

「分からない。こんなのを見たのは初めてだもの。」

リリアナが、まだエクラスの腕に乗っかったまま言った。

「多分…サキって、異世界から来てるでしょう?きっと体がこっちで使うのにいいように変わろうとしているんだと思うの。サキはあっちに住んでいたけど、潜在的に何かを持って生まれていたのよ。こっちの世界へ飛ばされて、眠っていた何かが起こされようとしているんじゃないかしら。だから、目も緑色になったんだと思うわ。」

メレグロスが、ラーキスに言った。

「とにかく、サキをこんな所に寝かせておくわけには行くまい。軍の天幕の中へ行こう。今夜はもう遅いゆえ、次の行動は明日からにして、今日の所は天幕で会議ぞ。それぞれ、持ち帰ったものをつき合わせて、対策を考えよう。」

ラーキスは頷くと、咲希を抱き上げて歩き出した。

アーティアスとクラウスと、エクラスは視線を合わせて頷き合い、その後に続く。メレグロスとダニエラは、心配そうにその背を追って歩いたのだった。


軍の天幕を二つもらい、一つには使者達三人、一つには克樹、ラーキス、咲希、リリアナ、ダニエラ、メレグロスの6人がそれぞれ入ることになった。寝る前に作戦会議だと、ラーキス達の天幕に皆集まっていた。端に置かれたテーブルの回りに、折り畳み式の椅子を置いて皆で座る。設置されてある簡易ベッドの一つに咲希を寝かせてあり、ラーキスがそれが見える位置へと腰掛けて、ちらちらとそちらを気遣わしげに見ていた。

克樹が、撮って来た写真をプリントアウトしたものを、テーブルの上へと置いた。

「書いてあることは、本で読んだのと同じだった。古代語で、あれが存在する意味とか、そんなことが書かれてあるんだ。あんまり役に立たなかったな。」

メレグロスが、腕を組んで言った。

「オレとて特別な力も無いし、何かを感じ取って来るなんてことも出来なかった。ラーキス、何か分かったことはあるか?」

ラーキスは、首を振った。

「オレはサキが倒れてついておったゆえ。あまり見てはおらなんだの。リリアナが、エクラスに言うてあの女神の石の側まで行って見ておったではないか。何か分かったか?」

リリアナは、エクラスの膝の上で顔を上げた。

「波動を読んだわ。少しショーンの力の波動に似ていたけど、もっと強力なものだったわね。自分の力を凝縮して限界まで圧縮すると、結晶化してああなるのだと思ったわ。結晶化するまで縮めているのに、一本で収まらなくて八本になるなんて、シャルディークという人は物凄い力の持ち主だったのだと思うわ。きっと、普通の術士の力だったら、このルルーの目の一個ぐらいにしかならないんだもの。」

リリアナは、皆にルルーを見せた。みんながルルーの目を見てリリアナが言ったことを反芻していると、その視線の先のルルーが、突然にシャキッと背筋を伸ばすと、言った。

「だよね~。だって、リリーの命に一個、ボクの命に一個で充分なんだもの。」

「!!」

ラーキスと克樹以外の全員が思いっきり後ろへとのけぞった。それを膝に乗せているエクラスは、リリアナを落とさないように気をつけながらも、後ろへそっくり返って言った。

「な、な、それは話すのかっ?」

リリアナは、エクラスを振り返った。

「そうよ。兄弟みたいなものなの。同じ石が、命を繋いでいるのよ。」

ルルーが、振り返ってエクラスを見た。エクラスは、さらにのけぞった。だが、気にしていないように、ルルーは言った。

「もうじっとしてるのも黙ってるのも疲れちゃった。一緒に旅して行くんだから、よろしく。あ、ショーンには言わないでね。」

アーティアスが、いくらかショックから立ち直って言った。

「だからそやつはもう死んでおると言うに。あのシャデルに捕らえられて生きておるとは思えぬわ。」

克樹が、真顔になってアーティアスを見た。

「そんなに、そのシャデルという王は残虐なのですか?」

アーティアスは、頷いた。

「全ての民が、山脈の向こうへと有無を言わさず追いやられた。怪我をしておらぬ民など一人も居なかった。あちらは命の気が少なく、怪我の治りも遅い。命を取らぬのが温情などとはオレは思わぬ。いっそひと思いに殺してやってくれておった方が、いくらかマシであったわ。体力のない、女子供、老人は死んで逝った。腐って行く己の身に脅えながらの。」

アーティアスは、無表情に淡々と言った。他の二人も、黙っているが無表情だ。そういえば、この三人が笑ったところなど、たとえ愛想笑いでも、一度も無かった。

メレグロスが、深刻な顔をして言った。

「それは…その王も知っておってしておったのか。だとしたら、何と非情なことよ。直らぬ怪我を身に受けて、民はどれほどに不安と恐怖の中でおったことか。」

ダニエラも、視線を落としている。アーティアスは、メレグロスを見た。

「過ぎたことぞ。それよりも、これからはそのようなことが起こらぬようにせねばならぬ。もしも怪我を負っても、命の気さえあれば治るものが多いのだ。我らは、それをディンメルクに流したい。同じ大陸の中で、これほどの不公平などないと思うておるからの。」

ダニエラが、口を開いた。

「命の気の流れを、ディンメルクにも向けましょう。でも、ディンメルクだけに流れるようになったら、今度はサラデーナが同じ事になってしまう。あちこちに向かわせる必要があるわ。」

アーティアスは、頷いた。

「オレも、始めから我が地に向けてだけなどと思うてはおらぬ。そもそもあれがディンメルク一点にだけ向けて飛んで来たなら、恐らくは強過ぎる気に逆に民は殺されてしまうだろう。あちこちに分散させて流したい。そのために、このバーク遺跡と同じようなものを、あちこちに点々と作りたいと思うておるのだ。知恵はないか。」

ラーキスとダニエラ、メレグロスと克樹は顔を見合わせた。

「…仮に、気を結晶化する術が見つかったとしても、誰の気を結晶化させるのかだ。」克樹が言った。「リリアナが言うには、ルルーの目の大きさでも術士一人分だろう。シャルディークが残した命の気の結晶は、結構な大きさがある。あれは正面から見たら丸いが、奥へと円柱型になっていて、差し込まれてあるのだ。かなりの大きさだぞ。だからこそ、ルルーの瞳二つ分ぐらい削っても、ああしてビクともせずに残っているんだからな。」

リリアナが、腕を上げた。

「ちょうど私の腕、一本分の大きさだったわ。」皆がびっくりしたようにリリアナを見る。リリアナは続けた。「あの空洞に、腕を突っ込んでみたの。そうしたら、奥に手が届いたもの。ちょうど腕の付け根までの深さだったの。」

それには、エクラスも頷いた。

「リリアナの腕にぴったりだったので、抜けぬようになったらどうするのかと、ハラハラして見ておったゆえ、それは確かぞ。」

メレグロスは、リリアナの腕を凝視した。

「…結構な大きさぞ。普通の人の気では全く間に合わぬ。術士でも、何人分の気が必要になるものか。しかも、気を封じてしまえば、その者は生涯魔法が使えぬようになる。それでは、誰もその気を差し出すとは言うまい…。」

ダニエラが、頷いた。

「リーマサンデならいざ知らず、ライアディータでは魔物が出るから、魔法が使えないのは命取りだわ。そんなことを、誰かにしろとはとても言えない。」

みんなは、考え込んだ。克樹は、つくづくシャルディークという男は、博愛精神に富んだ人物だったのだと思った。大きな結晶八本分の力を、いとも簡単に民のために投げ打ったのだ。そして、そのために陰謀に巻き込まれて命を落とした…力があれば、そんな輩に殺されることも無かったのに。

「あの…私…」不意に、端の寝台の方から声がした。「私の力なら、要らないので使ってください。きっと、小さな石にしかならないかもしれないけど。」

ラーキスが、慌てて立ち上がった。

「サキ!目が覚めたか。どこか苦しくはないか?」

咲希は、首を振った。

「石版を見ていたら、急に眩暈がして、そこから覚えてないの。でも、もう大丈夫よ。あの、途中から聞いていて。私は最初から、自分の力を利用出来るならって思ってこちらに来たので。だから、使って欲しいわ。」

克樹が、咲希を見た。

「でも咲希…魔法が使えなくなるんだぞ?咲希の魔法が、必要になる時が来るかもしれないのに。」

咲希は、首を振った。

「大丈夫よ。私が魔法で役に立ったのって、最初の封印の時だけだったじゃない。それも、結局破れてしまって。術の呪文だってあまり知らないし。そもそも、あっちの異世界ってね、魔法なんか使えないし、使わない世界なの。みんな、それで生きてるのよ。いきなり魔法なんか使ったら、みんな驚いて見世物になって大変なことになっちゃう。」

ラーキスが、心配そう咲希を見た。

「だが…一人で居る時に、何かに襲われたらどうするのだ。フォトンすら出せぬようになるのに。」

咲希は、ラーキスを見上げて微笑んだ。

「ラーキスも克樹も居るじゃない。そんなに頻繁に、一人っきりになったりしないし。大丈夫よ。」

しかしメレグロスが、リリアナを見た。

「だが…サキ一人の力があってもの。ルルーの目の大きさであろう?全く足りぬ。」

だが、ルルーが浮き上がって咲希をじっと見た。

「サキは…多分、もっと力が育つんじゃないかな。」

リリアナも、頷いた。

「そうね。私もそう思うわ。ダニエラが、冷や汗を流してるでしょ?なぜだか分かる?」

そう言われて、みんなが一斉にダニエラを見た。見ると、さっきまで平気な顔をしていたダニエラが、真っ青な顔をしてガタガタと震えていた。

「みんな…感じないの…?クラウスは?術者でしょう。」

しかし、クラウスは首を振った。

「我らは、気の圧力など平気なのだ。確かに大きな力を感じると、強い力で押される感じがするがの。サキの力の場合は、大きいが危険を感じるものではない。なので、主のように恐怖を感じることもない。」

メレグロスは、びっくりしてリリアナを見た。

「つまり…サキの気は、変わったのか。」

リリアナは、うなずいた。

「正確には、色なんかは全く変わってないんだけど、強さが変わったの。とっても大きい力よ。でも、成長過程みたいで、まだ膨れて行くのが見えるわ。今はシャルディークの石だと、そうね、二本分ぐらい?」

ルルーは、前で腕を組んで首をかしげた。

「ううん、どうだろう。今は一本ちょっとぐらいかな。でも、もっと育つのは確実だよ。」

咲希は、ホッとしたような顔をした。

「じゃあ、大丈夫ね?私の力、使える?」

ルルーは、頷いた。

「サキの力じゃなきゃ、無理だよ。みんな、石一つ分でも力を取ったら死んじゃうかもしれないし。だって、命の気だからね。死なないように、しっかり気を残しながら結晶化させなきゃならないし。」

ラーキスが、慌てて咲希の前に出た。

「確実に危険がないと分かってからでなければ駄目だ!サキは、異世界へ帰って生活するためには、必要ないからと力をくれるんだ。死んでしもうたら、あちらへ帰ることが出来ぬではないか!無理はさせぬと約さねば、術を掛けることは許さぬ!」

克樹が、急いで言った。

「わかってる。ラーキス、そんなに心配しなくても、ダッカへ一緒に帰れるように、オレ達だって頑張るからさ。とにかく、術を探さないと。ショーンが居たら聞けたのに、居ないからな。」

ダニエラが、少し落ち着いて来て、言った。

「そうね…ショーンの持ってる本とか、調べられたら何か分かるかもしれないわ。あのひと、結構な数の本を持っていたわよ。」

リリアナが、頷いた。

「そうね。あれで勉強家だったものね。だったら、ルシール遺跡の家へ戻る?ショーンの荷物は、みんなあそこにあるわ。」

ダニエラは、何度も頷いた。

「確かにそうだわ!じゃあ、もう遅いし、明日にでも行ってみる?力の結晶化のことが、分かるかもしれないわ。」

メレグロスが、ホッとしたように頷いた。

「そうしようぞ。ショーンに聞けぬのなら、ショーンの本に聞けば良い。」と、ディンメルクの三人を見た。「良いか?」

三人は、頷いた。

「では、明日はその、ルシール遺跡とやらに。」と、アーティアスは立ち上がった。「では、我らは我らの天幕へ戻ろうぞ。」

クラウスも、立ち上がった。エクラスが、立ち上がろうとして、膝の上のリリアナを見た。

「そろそろ降りてくれぬか。オレは戻らねばならぬ。」

リリアナは、じっとエクラスを見上げた。

「いやよ。一緒に連れて行って欲しいわ。」

エクラスは、ため息をついた。

「そうは言うても、もう休むし。」

メレグロスが、苦笑して手を差し出した。

「さあ、リリアナ、こっちへ。オレ達とこっちで休もうぞ。客人に無理を言うてはならぬ。」

しかし、リリアナは首を振ったかと思うと、エクラスの首にしっかりと抱きついた。

「いや。」

あくまで、無表情だ。エクラスが困っていると、アーティアスが出て行こうとして、振り返った。

「良いわ。連れて参れ。子守りなどしたことがないゆえ、主には良い経験であろう。」

エクラスは、戸惑いながらも、リリアナを抱き上げて立ち上がった。

「は。では、そのように。」

そうして、三人はリリアナを連れてそこを出て行った。それを見送って、咲希が呆然としたまま言った。

「リリアナ…どうしたのかしら。あんな風に、誰かを気に入るなんて無かったのに。まして、ダダをこねることだって。」

ラーキスも、困ったように顔をしかめた。

「子が懐くような男ではなかったがの。だが、まあ良いわ。それよりサキ、まだ深夜ぞ。明日に備えて、眠るが良い。体はどこも大事ないか?」

咲希は、苦笑して頷きながら、寝台へと身を横たえた。

「大丈夫だって。これでも、丈夫なのよ?私。でもラーキスも、もう寝た方がいいわ。疲れたでしょう。いろいろあったもの。」

ラーキスは、咲希の横の寝台へと迷いなく座ると、頷いた。

「ああ、オレも休む。何かあったら、ここに居るゆえ申せ。」

咲希は、また苦笑した。

「心配性ね、ラーキスは…。」

二人がそうやって話しているのを、こちらで見ていたメレグロスは、問いかけるような目で克樹を見た。克樹は、小声で言った。

「ああ、あの二人は一緒にダッカへ行って結婚するつもりなんだよ。なのにこんな事になってて、遅れてるんだ。」

メレグロスとダニエラは、目に見えて驚いた顔をした。だが、声を出しそうになりながらも辛うじて押さえ、やっと頷いた。

「そうか…オレはそういうことに疎くて。だが、そう言われてみればそうぞ。ずっと一緒に居るものな。ラーキスがあのように誰かの世話をしておるのなど、赤子の頃から一緒であるが初めて見る。」

ダニエラも、言った。

「だったら、早く面倒は終わらせてあげないとね。さ、もう寝ましょう。私達は、こっちで。」

ラーキスと咲希は、まだ何かを話している。

すっかり誤解されたままだったが、それでも特に問題なくその日の夜は過ぎて行ったのだった。

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