表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/321

知らない場所

咲希は、頬を撫でる風に目を覚ました。鳥の声が聞こえる…辺りには、明るい日が降り注いでいた。

そして、ハッとして起き上がった。自分は、確か美穂を抱きかかえて必死に守ろうとした。美穂はどこ?

身を起こすと、回りはどこかの草原だった。離れた所には、低い木々が隙間を開けて立ち並ぶ林も見える。空気がとても澄んでいて、驚くほどに清涼だった。しかし、人は全く見当たらない。側に、自分のカバンが投げ出された状態で中の教科書が散乱していた。

「ここ、どこ…?」

咲希は呟いて、記憶を探った。しかし、自分が知っているどの公園にも該当しなかった。あの暗い研究室から、ここへ。最後の時、確かに異世界へと飛ばされるような話の流れだった。でも、女は送れないとか何とか…どうなるか分からないからと、あのモニターのハンツという人は言っていなかっただろうか。まさか、自分は異世界の、変な場所へ飛ばされたんだろうか。

咲希は、そう思った自分を諌めるように、ぶんぶんと首を振った。まさか、異世界なんて。あり得ない、すっかり毒されちゃって。

咲希は、側の教科書を拾い集めると、カバンに押し込んだ。きっと、近くのどこかだ。あそこは、知られてはいけないと言っていた。だから、気を失っている間に、どこかに捨てられてしまったんだ。そうすれば、夢だったんだとか思うと思って。でも、それなら美穂はどうなったんだろう。美穂まで、違う場所に捨てられちゃったんだろうか…。

しかし、とにかくじっとしていてはいけないので、咲希は人を探して歩き出した。このままここで居ても、自分の居場所が分からないからだ。きっとこんな山の中では携帯も繋がらないだろうと思いながらも、咲希は一応、自分のスマートフォンを見てみた。しかし、やはり完全に圏外だった。

ホッと息をついた咲希は、気を取り直して歩き出した。今は朝の6時。急げば、もしかして午後の授業には間に合うような場所かもしれないし。とにかく、あのレポートを教授に受け取ってもらわないと、単位を落としてしまう。

さくさくと背の低い草を踏みしめて、咲希は歩き出したのだった。


教科書が重い。咲希がそう思って側の岩の腰掛けたのは、それから数時間後だった。思ったより、人里離れた場所だったらしく、これだけ歩いてもまだ何も見えて来なかった。道路もなく、標識もなかった。思えば電柱も、電線もない。どれほどに山奥まで連れて来られたのかと、落ち込んだ。

カバンには、昨日の昼に食べそこなったパンが一個入っていた。それを食べて空腹をしのぎながら、ペットボトルのお茶を飲んで、これからも誰にも会わなかった時のためにと、目の前にあった湖で水を汲んだ。水はある…あと、実習で作って余ったから持って帰って来た、マヨネーズも。数日ぐらいなら、死なずに頑張れるはず…。

咲希は、自分を元気づけようと思い、小さなタッパーに入ったマヨネーズを確認した。こんなことなら、もっと持って帰ったのに。ただ、お母さんに自分の作ったのを食べてもらおうと思っただけだったから。

母親を思い出した途端、咲希は涙が浮かんで来た。もしもこんな所で行き倒れてしまったら、きっと母には分からない。どうしてこんなことになったのかも、知らせることも出来ないまま…。

携帯を見てみると、もう4時になろうとしていた。あれから、かなり歩いていたことになる。しかも、飲まず食わずで。このままじゃあ、きっと日が暮れて、こんなに人っ子一人居ない所で寝るしかないんだ…。

咲希は、誰も居ないのも手伝って、声を上げて泣いた。こんな所で、死にたくない。ちょっと知ってはいけないことを、知っただけなのに。美穂…美穂も、きっと同じ目に合ってるんだ。せめて、一緒に捨ててくれたらよかったのに。

「…誰ぞ?」

急に何かの声がして、咲希はびっくりして飛び上がった。すると、そこには青い瞳に黒髪の、それは綺麗な顔の男が一人、立っていた。回りには誰も居ない…今まで、本当に誰も見えなかったのに。こんなに見通しのいい場所で、どうやって自分に近付いたのだろう。

しかし、やっと出会えた人に咲希は必死に言った。

「あの…あの、目が覚めたら、ここで。」咲希は、言葉が上手く出て来ないのに必死だった。「帰れないんです。ここはどこですか?」

相手は、怪訝な顔をした。

「帰れない?ここは、ダッカという里の近く。とは言うて、まだ徒歩では半日以上かかる場所であるがな。この辺りは、何もない。見たところ、何の装備もしておらぬようだが、どうやってここまで来たのだ。」

咲希は、ダッカという知名に全く覚えがなく、ぶんぶんと首を振った。

「分からないのです。昨夜、大学の研究所へ行って、何かの台の上に居たことまでは覚えておりますが、気が付いたら、ここで。朝から、ずっと歩いて来ました。でも、誰にも会わなくて。」

相手は、頷いた。

「それも道理よ。ここらは里はないからの。」と、少し考えた。「…では、ダッカへ参るか。オレはそこから来た。父と母に、一度聞いてみようぞ。主のことも分かるのではないか。」

咲希は、ホッとして頷いた。

「はい。ありがとうございます!」と言ってしまってから、思った。ここから、徒歩で半日とか言っていたけど…車かな?見当たらないけど。「あの、でもここから歩いて?」

相手は、フッと笑った。

「そんなはずはあるまい。徒歩で半日と言うたではないか。」と、見る見る姿が変わった。『飛んで参るのだ。』

「え?きゃー!!」

咲希は、その姿に尻餅を付いた。大きな翼のある、まるで恐竜にも見えなくはない黒っぽい肌の翼竜が目の前に現れたからだ。相手は、ちらと咲希を見た。

『何を驚いておる。まさか、グーラを見るのは初めてか?』

咲希は、パクパクと口を動かした。逃げたくても、足が動かない…というか、お尻が持ち上がらない。

「ぐ、ぐ、グーラって…。」

咲希がやっと声を出すと、相手はため息をついた。

『ついぞそんな反応をされておらなんだから、忘れておったわ。我ら、魔物と言われる種族であるから、主のその反応も頷けるが、危害は加えぬ。どっちでも良いがの。ダッカへ参らぬのか。』

魔物…魔物ですって?!まさか…でもこの姿…。

咲希は、物凄い速さで頭を回転させた。でも、このグーラという魔物は、親切だ。人の姿だったりしたし、きっと大丈夫じゃないだろうか。だって、それしか今の状況を変えられる方法はないし、連れて行ってもらうしか…。

咲希は、意を決して顔を上げた。

「乗せてください!」

そのグーラは、頷いた。

『では、首の近くに。しっかり掴まっておらねば落ちるが、首を絞めるでないぞ。』

咲希は、恐る恐る近付くと、頭を下げて乗りやすくしてくれたその背に跨った。そして、首に腕を巻きつけた。

「はい。大丈夫です。」

相手は、翼をはためかせた。

『最初は揺れる。掴まっておれ。』

咲希はグッと目をつぶって、衝撃に備えた。ぶんぶんと上下に振られるような感覚があり、そしてふわっと浮き上がったかと思うと、風が髪を揺らし始める。相手の声が言った。

『もう大丈夫ぞ。』

咲希は、そっと目を開けた。

眼下には、広い土地が見えた。本当にずっと草原で、他に何もない。湖へと流れ込む川があり、それに沿うようにして、そのグーラは飛んで行く。その景色に、咲希は思った…ここは、確かに違う。違う世界だ。自分が居た世界ではない。あの、渡が言っていたことは、本当だったんだ。魔物が居て、魔法が使える場所。ここは、そんな世界なんだ!

咲希が、黙って呆然としていると、そのグーラは言った。

『我は、ラーキス。主、名は?』

咲希は、ハッとして答えた。

「咲希…咲希です。」

相手は頷いた。

『我の母と似たような名よな。もしかして、主は異世界から来たのか?』

咲希は、自信なさげに頷いた。

「たぶん、そうだと思うんだけど…。」

ラーキスは、怪訝な表情をした。

『何ぞ。分かっていて来たのではないか。』

咲希は、頷いた。

「さっきも言ったように、本当に気が付いたらここに居たんです。」咲希は一生懸命説明した。「どうしよう…帰れるのかな…。」

ラーキスは、フッと息をついた。

『さあな。オレには分からぬが、調べて見るよりないの。』と、前を向いた。『見えて参った。あれがダッカぞ。』

咲希は、前を見た。前方に小さな集落がある…木造の家が立ち並び、数人の人が居るのが遠めに見えた。それを見て、咲希はいくらかホッとした。

「ああ…よかった、人が居る!」

ラーキスが、呆れたように言った。

『当然ではないか。』と、すーっと降り始めた。『降りるぞ。また揺れる。掴まれ。』

咲希は、慌ててラーキスの首に掴まった。

ラーキスは、その村の中央にある広場に降り立ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ